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令和3年1月3日(日)「日常」矢口まつり

『今年の手芸部の目標は全国制覇だよ、まつりちゃん!』


 スマホ画面の向こう側で唾を飛ばしながら朱雀ちゃんが熱く語った。

 彼女が突拍子もないことを言い出すのはいつものことだが、話についていけないわたしは口をポカンと開けてしまう。


 わたしと違い冷静な千種ちゃんが『大会もないのにどうやって全国制覇するつもり』と尋ね、『それを考えることが今日の議題だね』と朱雀ちゃんはにこやかに微笑んだ。

 彼女たちとビデオチャットで顔を合わせるのは今年初めてのことだ。

 LINEでは言葉を交わしたが、わたしが親戚の家に行っていたのでこうして話すことはできなかった。


『そんなことより手芸部を存続させることの方が重要だと思う』


『大丈夫。七海ちゃんが来年度まで特例を認めるよう努力してくれるって言っていたから』


 そんな千種ちゃんと朱雀ちゃんの会話を聞いていると気持ちが和むのを感じる。

 お正月の三が日ももうすぐ終わろうとしている。

 親戚宅で過ごした時間は良くも悪くも非日常だった。

 お年玉ももらったり晴れ着を着たのは嬉しかったものの、挨拶をしたり自分だけの時間が持てなかったりするのは大変だった。

 朱雀ちゃんたちの顔を見てようやく日常に帰って来た気がした。


 こんな穏やかな日常がずっと続けばいいのに……。

 首都圏では知事たちが緊急事態宣言を政府に要請したそうで、両親や親戚たちが暗い顔でそのことについて話していた。

 学校が休みになるのは良いけど、いろいろと行動が制限されるのは困る。

 前回の長期休校で友だちと会えない辛さを感じた。

 やはりオンラインだけでなく直に会いたい。

 このふたりとも早く同じ空間でお喋りしたいと強く思った。


 わたしがボーッとそんなことを考えていると既に話題は変わっていた。

 朱雀ちゃんは悩ましげな顔で『今年はバレンタイン、どうなるんだろうね』と首を捻っている。


『それこそ新生徒会長、七つの海を支配する者の腕の見せ所だよ』


『うーん、そんな大層な子じゃないし。七海ちゃんは先生にダメって言われたらあっさり引き下がりそうだよね』


『ここはすーちゃんが英雄に相応しい働きをするといいんじゃ?』


『わたしが立ち上がるところかな』と朱雀ちゃんが気合を込める。


 わたしはふたりの会話に水を差すと思いつつ、『あのう……、今年の2月14日は日曜日なんだけど……』と口を挟んだ。

 朱雀ちゃんは画面の外に身を乗り出して確認してから『おお、ホントだ!』と大声を張り上げた。

 千種ちゃんも手帳のようなものを見て、『この前後は私立や公立の高校入試だから3年生は学校に来ないかも』と口にする。


『日々木先輩にどうやって渡そう? 呼び出したら会ってくれるかな?』


『女神様は進むべき道が定まっているので受け取ってくれるのでは?』


 ふたりはお目当ての先輩にチョコレートを渡す相談を始めた。

 わたしは「友チョコ」をどうするか頭を悩ませる。

 14日にこだわる必要はないが、学校への持ち込みが禁止されたらそれに逆らってまで持って行こうとは思わない。

 ももちや朱雀ちゃんたちに渡したいとは思うので『14日頃にみんなで会えるといいね』と希望を口に出した。


『手芸部の名誉会長である日々木先輩の卒業を祝う場を作ってもいいかな。……コロナ次第だけど』


 いつから名誉会長になったのかは知らないが、朱雀ちゃんは前向きだ。

 ただ新型コロナウイルスの状況次第というのは間違いないだろう。

 何をするにもこのことが頭をかすめ、楽しい話題に暗い影を落とす。


『卒業式も昨年みたいに在校生が参加できないってなったら嫌だよね』


 昨年の卒業生に知り合いはいなかったが、今年は日々木先輩を始め何人かの顔見知りが卒業する。

 朱雀ちゃんは特に卒業式に参加したい思いが強いようだ。


『小学校の時はあんまり感じなかったけど、中学だと部活とかで先輩後輩の関係ができてちゃんと送り出すことが大切だって思うようになったもの』


 真面目な顔でそう言った朱雀ちゃんは卒業式に潜り込む方法を考え始めた。

 昨年は生徒会長のみ在校生の中から出席が許されたという話を千種ちゃんから聞き、生徒会長に立候補すれば良かったと嘆いた。

 果ては『七海ちゃんの代役ってどうすればなれるだろう』と真剣に悩み出す。


『魔王様に手引きしてもらったら?』


『そうだよね。このためなら魔王の軍門に下っても仕方ないよね。さすが、ちーちゃん』


 最近の朱雀ちゃんは魔王を倒すという当初の目的をすっかり忘れてしまった感じだ。

 それよりも優先すべき目標のために魔王の力さえ利用するというところが彼女らしさでもあるが。


 わたしとしては卒業式よりもその後のことが気になった。

 4月には中学3年生となり、わたしたちも受験生だ。

 それにクラス替えもある。

 いまのクラスが快適なので、できればずっとこのままが良い。

 それが叶わない望みだと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。


『朱雀ちゃんと千種ちゃんは違うクラスになったりしないか不安じゃないの?』


 わたしが抱える不安なんて笑い飛ばすに違いないと思っていたのに、朱雀ちゃんはあっさり『不安だよ』と答えた。

 千種ちゃんも頷く。


『そりゃあクラスや担任の当たり外れはあるからもの凄く気になるよ。でも、まつりちゃんだってずっと心配している訳じゃないでしょ? そんなもんだよ』


 朱雀ちゃんにそう言われるとそんなものかと思ってしまうから不思議だ。

 千種ちゃんは『勇者は魔を払う力があるから』と説明したが、確かに朱雀ちゃんと話していると心が軽くなることが多い。


『2年でみんな一緒のクラスになれたのは功徳を積んだお蔭なんだよ。いじめで困っていたみっちゃんをグループに入れたりね』


 千種ちゃんも『情けは人のためならず』と呟いて朱雀ちゃんの言葉を補った。

 朱雀ちゃん、千種ちゃん、光月ちゃんが同じクラスになったのはきっと偶然ではない。

 このふたりが先生たちに信頼されているからこういうクラス分けになったのだろう。


『という訳で、新たな功徳を積む方法を考えよう。マスク作りは手芸部の功績だったから、何かほかのが必要だね』


 朱雀ちゃんは腕を組んでうんうんと唸る。

 閃きが冴える彼女でも良いアイディアが出て来ないようだ。


『先生方に贈り物をするのは?』『賄賂だから』


『先生の弱みを握るのは?』『犯罪だから』


 思いつきを口にしては即座に千種ちゃんにツッコまれている。

 というか、功徳という話はどこへ行ってしまったのか。


『そんな考え方ばかりするのは、魔王様に魂まで売ってしまったからね』と千種ちゃんがお芝居じみた泣く仕草を見せた。


 美少女だから絵になるが、表情や口調には感情がまったく籠もっていない。

 朱雀ちゃんは『これも女神様を助けるためなのよ。魔王様に取り入って機会を見て必ず助け出すわ』と応じた。

 こちらは演劇部があれば声が掛かるんじゃないかという良い演技だった。


『よし! 3学期の目標は一日一善ね』


 素に戻った朱雀ちゃんが結論を述べた。

 なんだか小学生のような目標だけど、夢や幸運をつかむ人は大まじめにこういうことに取り組むような気がする。


 でも、『まつりちゃんにも毎日報告してもらうからね!』と朱雀ちゃんに言われると、わたしは『え、え、えー!』と焦った声を上げることしかできなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


矢口まつり・・・中学2年生。手芸部。引っ込み思案な性格で、平穏な日常を愛している。


原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。1年生の時に手芸部を創部するなど行動力の高さが特徴。まつりを振り回すのものの、まつりはそんな朱雀の行動力に憧れを抱いている。


鳥居千種・・・中学2年生。手芸部副部長。朱雀の幼なじみで常に彼女を支える存在。美少女だが、その奇抜な発言により奇異の目を向けられることも少なくない。


日々木陽稲・・・中学3年生。手芸部創部に協力した先輩。天使のような美少女で、朱雀たちは女神と呼んで崇拝している。


日野可恋・・・中学3年生。女神・陽稲を独占する魔王。その手から女神様を救い出したいと朱雀は願っているが、現実には魔王の力に頼ることも多い。

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