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令和2年12月26日(土)「正解」紺野若葉

「ねぇ、コンちゃんはどう思う?」


 わたしと同じ名前を持つ少女が耳打ちしてきた。

 この呼び方にはいまだに不快感がついて回るが、ダンス部ではすっかり定着した。

 いまさら変えることは無理だろう。

 時間を巻き戻すことができるのなら、別の呼び名を提案して抵抗するところだ。

 なんとなく流されてしまったあの時の判断をいまも悔やんでいる。


 ダンス部は、昨日は休みで今日が冬休み最初の活動となった。

 晴れていて陽差しは暖かいが、グラウンドでじっとしているとすぐに身体が冷えてくる。

 一昨日、終業式の日は曇っていた。

 そんな中でダンス部のイベントを行った。

 3年生は受験が近づいているので見に来ないのは仕方ないにしても、1、2年生の観客も少なく盛り上がりを欠いてしまった。


 イベント後に行われた打ち上げ兼クリスマスパーティーがお通夜のようになったのはそれだけが原因ではない。

 ダンスのパフォーマンスが悪かった。

 明らかに練習不足というミスが目立ち、悪いことにそれが連鎖した。

 寒い中を最後まで見てくれたのは部員の知り合いだけだったのではないか。


 可馨クゥシンは不機嫌な気持ちを隠そうともしないし、奏颯そよぎは落ち込んでいた。

 このふたりが黙り込むと1年は一気に静かになる。

 先輩に慰めてもらったものの、打ち上げは早々に終了した。

 SNS上でも言葉少なで、昨日は集まることなく1日が終わった。


 そして、今日。

 練習前にミーティングをやりたいと可馨が提案し、それが了承された。

 彼女がやり玉に挙げたのはわたしたち練習メニュー担当班だ。

 イベント担当として全力を尽くしてきただけに可馨は怒りが収まらないのだろう。

 わたしは若葉に答えるのではなく立ち上がって反論を試みた。


「練習メニュー担当として大いに反省しています。こんな無謀な難易度を承諾してしまったことが反省点です」


 わたしは感情が顔に出ないとよく言われる。

 自分としては隠す気はまったくないのだが、伝わらないようだ。

 冷たいなんて言われたりするものの、変えようと思って変えられるものではない。


「無謀ダト!」


 対照的に可馨は顔が真っ赤だ。

 彼女は大人っぽさと子どもっぽさが同居している。

 そこが魅力でもあるのだが、いまは後者が前面に出ていた。


「自分を基準に難易度を設定されても困ります。……可馨も失敗していたじゃない」


 マネージャーのみっちゃんが「言い過ぎ」と止めたが、可馨には言いたいことが山ほどあった。

 わたしは「いまのは失言」と謝ったものの、「要は、自分にできないことを要求しないでってこと」とつけ加えた。


「紺野ハokayシタジャナイカ! アトカラ言ウノハ責任逃レダ」


「だから、そこが反省点だと言いました。だいたいこのやり方でイベントを行うのは初めてなのですから、やってみないと分からない部分が出て来て当然ですよね?」


 ギリギリになってから難易度を落とす修正が入ったが、それによって練度が落ちたかもしれない。

 こういうやり方をすればミスが起きるということを学べたのが唯一の収穫だろう。


「調整役のアタシの力不足だ」


 わたしと可馨の間に割って入るように奏颯が口を出した。

 普段の自信はどこへ行ってしまったのかと思うくらい憔悴している。


「わたしは奏颯に調整役としての役割を求めていません」


 そう言い放ったわたしは「それよりも、みんなが失敗を恐れて縮こまる中で彼女たちを勇気づけて欲しかったです」と思いをぶちまけた。

 調整役はわたしにもできる。

 だが、感情が表に出ないわたしでは盛り上げ役は務まらない。


「先輩たちはこうなることが分かっていましたよね?」


 わたしは項垂れて黙り込む奏颯から先輩たちに視線を移した。

 代表して答えたのは現在部長の職務を停止中のあかり先輩だ。


「あたしが余計な口出しをしないように言ったので、責任はあたしにあります」


 後輩が失敗する姿を見て喜ぶためにやったことじゃないくらいは分かっている。

 引退した3年生の多くが見に来てくれたので、先輩たちも良いところを見せたかったはずだ。

 それでもわたしたちに経験を積ませてくれたということだろう。


「責めている訳じゃありません」と言ったわたしは一度ギュッと唇を噛んでから「わたしたちはどうすれば良かったのでしょうか?」と尋ねた。


 正解を知りたかった。

 テストで言えば、勉強のやり方についての反省点はたくさん出て来た。

 ただテストそのものの答え合わせが済んでいないという居心地の悪さがあった。


「コンちゃんは、……紺野さんはどう思う?」


 あかり先輩はわたしの呼び方を言い直して問い掛けた。

 わたしはイベント後からずっと考えていたことを口にする。


「可馨を、……難易度を抑えて、もっと確実にできるダンスをすれば良かったと思います」


 可馨は練習メニューに文句を言い、わたしは難易度を落とすことに躍起になった。

 そんなことをしているうちに準備期間が過ぎてしまった印象だ。

 自分が考えたダンスを披露したいという彼女の気持ちは分かるが、実力も時間も足りていなかった。

 もっと早く修正できていればという思いが拭えない。


 可馨は何か言いたそうだが、さつきにマスクの上から口を塞がれている。

 ほかの1年生はだいたいわたしの意見に同意のような顔をしていた。


「本当に、そうかな?」


 そう言った先輩の顔つきはわたしの出した解答が正解ではないと物語っていた。

 わたしはうわずった声で「それでは正解は何ですか?」と問い詰める。


「明快な正解があるとは思わないけど」と前置きしてから、「楽しむって何だろうね」と自問するようにあかり先輩は言葉を発した。


 突然出て来た「楽しむ」という語にわたしは戸惑う。

 先輩はそんなわたしの様子に気づくことなく語り続ける。


「あたしも最近楽しむことができていなかったと思う。それが部長失格になった原因かも。1年前にあったクリスマスイベントのことを思い出したの。あの時は無我夢中で本当に楽しかったって」


 大型ショッピングモールで開催されたダンスイベントのことは話には聞いている。

 いまは外部でのイベントができないのでとても羨ましい。

 ただ一昨日のダンスの出来では観客に笑われるだけに終わってしまいそうだ。


「あたしたち2年生が1年生部員にそういう体験をさせてあげられていないって反省したの。ダンス部の次の目標は原点に立ち返ってみんなで楽しむことだと思う。……って、部長じゃないのにこんなことを言っても仕方ないよね」


 すると、琥珀先輩があかり先輩の肩を叩き、「もう大丈夫そうやから部長復帰や」と微笑んだ。

 先輩たちの間では良い締めという雰囲気が漂っているが、わたしはまだ納得できていない。


「楽しむってどういうことですか?」


 わたしの質問にあかり先輩は「ダンスって楽しいよね?」と質問を返して来た。

 わたしが頷くとさらに「ダンス部も楽しい?」と質問を続ける。

 それにも頷くと先輩は「その楽しさを周りの人に、ダンスを見てくれる人に伝えるためにイベントがあるんだと思う」と言った。


「感情を、言葉では伝え切れない気持ちを伝えるために、あたしたちはダンスを踊るのよ」




††††† 登場人物紹介 †††††


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。練習メニュー担当グループのリーダー格。ズケズケものを言う性格。


晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。練習メニュー担当の一員。


恵藤奏颯(そよぎ)・・・中学1年生。ダンス部。次期部長候補として調整役を務めていた。


可馨(クゥシン)・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。イベント担当として気合を入れて振り付けを考えた。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。イベント担当。可馨のお目付役。


小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。自己主張の強い1年生部員の中では宥め役。


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。しばらく部長の仕事を取り上げられていた。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。イベントの準備に追われてあかりのフォローができていなかったが、無事に立ち直ったようでホッとしている。

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