表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
644/745

令和2年12月25日(金)「クリぼっち」水島朋子

 今日から冬休みだ。

 昨日の夜、遅くまで動画を見ていたのであたしは昼頃にようやく眠い目をこすりながらベッドから抜け出した。

 クリスマスイヴ?

 何のことやら……。


 だいたい中学生だと、キラキラしたイメージの特別な日と思っていても実際に何かをやるってことは少ないんじゃないか。

 家族でちょっとご馳走を食べ、プレゼントをもらって終わりだ。

 クリスマスパーティーなんてごく一部のリア充だけのものだろう。

 クラスの中にはそういう話も飛び交っていたが、当然あたしは誘われていない。

 こんなにコロナが流行っているんだから、パーティーなんてしてどうすんだ。

 それで感染したヤツがいたら嗤ってやりたい。


 中学生になると家族との関係もギクシャクしてくるものだ。

 うちもそんな感じで、晩飯は少し豪華だったがお祝いって雰囲気じゃなかった。

 プレゼントも現金が良いって言ったら本当に現金でくれた。

 まあ微々たる額だったけどな。


 だから、あたしがクリスマスのクの字も関係ない夜を過ごしたって別に変じゃない。

 最近はクリぼっちなんて言葉もあるらしいが、あたしのはそういうんじゃない。


 あたしは欠伸をしながら台所に向かう。

 冷蔵庫の中を見るものの、すぐに食べられそうなめぼしいものは入っていなかった。

 棚も確認しても、ろくなものがない。

 両親は共働きだ。

 今日から冬休みだってことを忘れているんじゃないかと思いながら居間に戻ると、テーブルに書き置きがあった。


『昨日あげたお金で、お昼ご飯を買って食べなさい』


「なんじゃそれ」と思わず声が出てしまった。


 どこの世界にクラスマスプレゼント代わりのお金を翌日の昼飯代にしろなんて親がいるんだ。

 あたしは「あー、くそ」とぼやきながら頭をかいた。

 髪はボサボサだが、コンビニまでなら平気だろう。

 それよりも腹が減った。

 自分の部屋に戻り、スウェットの上下に着替え上にジャンパーを引っ掛けた。


 学校に行かなくて済むのはいいが、休み中は退屈だ。

 夏休みの時も、今年は短かったせいもあるが一度も上野やくっきーと会わなかった。

 あいつらは学校の中だけの友だちくらいに思っているんだろう。

 昨日だって……。


 終業式のあとダンス部のイベントがグラウンドであった。

 簡単に言えばダンスショーだ。

 ダンス部には来年のファッションショーで協力を仰ぐ立場にあるというのに、上野はあろうことか真っ直ぐ帰ろうとしていた。

 あたしが慌てて、くっきーとふたりで上野をグラウンドまで連れ出したのだ。


 ムチャクチャ寒いという訳ではなかったが、真冬に外で突っ立って見ているというのは結構つらい。

 そのせいか観客はまばらで、ほとんどが部員の友だちって感じだった。

 ダンスを鑑賞する趣味は持ち合わせていないので、しばらく見ていると飽きてきた。

 ふたりに相談しようと思ったら、いつの間にかふたりが側にいなくなっていた。


 上野は美術部の先輩と寄り添ってダンスを眺めていた。

 くっきーは手芸部の先輩たちとのお喋りに夢中になっていた。

 取り残されたような気分になったあたしはふたりに声を掛けずにその場をあとにした。

 あいつらには部活があって、放課後はそっちの人間関係を優先させるのが当たり前だ。

 上野からは来年生徒会に入るように言われているが、それよりあたしも何か部活を始めた方がいいかもしれない。

 ま、どこでも不良扱いされるあたしを入れてくれる部活なんてあるかどうか分かんないんだけど。


 そんなことを思い出しながらブラブラ歩いていると、見知った顔が向こうから歩いて来た。

 上野だ。

 散歩中なのか手ぶらだった。

 私服姿をあまり見たことはなかったが、意外と清楚で女の子らしい服装をしている。

 あたしに気づいていないはずはないと思うが、こちらに視線を向けようとしない。

 無視するつもりかよとあたしは彼女の前に立ち止まって「おい」と呼び止めた。


 顔を上げた彼女は「あ、水島」と何でもないことのように言う。

 演技でなければ本気で気づいていなかったっぽい。


「普通、気づくだろ?」


「人の顔なんて見ないから」


「それでよく人の姿を描こうなんて思ったな」と呆れると、不思議そうにあたしを見た。


 上野は表情をほとんど変えないので、不思議そうというのもあたしの気のせいかもしれない。

 こいつが何を考えているのか読み取るのは難しく、いつも考えているうちに匙を投げてしまう。


「あー」と言い掛けたあたしは、昨日黙って先に帰ったことを謝ろうかと思った。


 だが、口から出たのは「散歩か?」という質問だった。

 3人は住むエリアがバラバラで学校からの帰り道も重なるところがほとんどない。

 街中でこうして会うことも稀だ。


 上野は首を横に振り、「家に帰るところ」と答えた。

 あたしは意味が分からずポカンとしてしまう。

 マスクをしていなかったら口を開けた間抜け面を見られてしまっただろう。


「クリスマスイヴだったから、先輩とふたりで夜を過ごした」


 彼女の言葉を聞いて「ぅげっ!」変な声が出てしまった。

 人間、驚くと訳の分からない反応が出るものだ。


「何? もう一度聞かせて」と上野はあたしの驚き方に興味を持ったようだが、それどころじゃない。


「……ふたりって、ふたりきりでか?」


 女同士だから最悪の心配はしなくていいのかもしれないが、こいつはキスをしたと堂々と告白するようなヤツだ。

 何かいろいろとマズいんじゃないかと心が騒いでしまう。

 くっきーが上野のことを、サンタクロースやコウノトリの存在をまだ信じているんじゃないかと笑っていたがとんでもない話だ。

 あたしやくっきーより遥かに進んでいそうで不安になる。


 上野は小首を傾げてから、「一緒に寝た」と口にする。

 あたしは唖然としたが、衝撃の度を越えたせいか少し落ち着くことができた。

 左手で顔を押さえながら、「先輩の家に泊まったんだよな?」と確認する。


 上野が頷いたのを見て「先輩の家族は家にいたんだよな?」と問うと、それにも上野は首を縦に振った。

 つまり、単なるお泊まりだったということなのだろう。

 先輩の部屋でふたりきりになるのは当然で、紛らわしい表現にあたしが勘違いをしたというのが真相のはずだ。


 あたしがホッとしていると上野は「次は水島の家に泊まりたい」と言い出した。

 こんなことを言われたのは初めてだ。

 どう答えたらいいだろう。

 親に許可してもらう方法に頭を悩ましていると、彼女が口を開く。


「先輩のおっぱいは綺麗だった。柔らかかった。ほかのと比べてみたい」


 上野の視線はあたしの胸あたりを彷徨い、両手は何かを揉むように広げている。

 貞操の危機を感じたあたしは「バカヤロー!」と大声で叫んだ。


 危ないところだった。

 取り返しのつかないことが起こるところだった。

 クリぼっちなんて言葉に惑わされて、淫魔を家に招くところだった。


 このあと「泊めて」としつこく迫る上野から逃れるのにどれほど苦労したことか。

 ま、楽しかったけどな。




††††† 登場人物紹介 †††††


水島朋子・・・中学1年生。「不良じゃねえよ!」という彼女の言葉を信用する人は少ない。外見や言動は不良そのものだが、性的な事柄に対してはウブ。


上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。来年のファッションショーのために画力向上に取り組んでいる。最近女性の胸の美しさに惹かれ、それを観察して描きたいと強く望んでいる。


朽木陽咲(ひなた)・・・中学1年生。手芸部。空気が読めずにクラスで浮いていたところを水島に拾われた。愛称はくっきー。


山口光月(みつき)・・・中学2年生。美術部。つき合っているほたるに振り回される日々を送っている。強く断れないので、押しに弱い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ