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令和2年12月23日(水)「ダンス部部長」辻あかり

 明日の終業式のあとにダンス部のイベントが行われるとあって、部員たちは誰も彼もとても忙しそうにバタバタしている。

 そんな中、部長の仕事を取り上げられたあたしはひとりやることがなく、彼女たちをただ眺めていることしかできなかった。


 ……何をしているんだろう。


 ほんの少し前までダンス部の中に居場所がなくなるなんて想像もしていなかった。

 だって、部長だったから。

 しかし、あたしが部長の仕事をしなくてもダンス部は普通にやっていけている。

 イベントの中心を担う1年生は大変そうで、須賀先輩だったらいいアドバイスができるんだろうけど、あたしはどう声を掛けていいか分からない。

 2年生はなんだかんだ言いつつ頼もしそうに自分の役割を果たしている。


「ボーッとしている暇があるなら、少しでもダンスの腕を磨きなさいよ」


 グラウンドの隅で部員たちを眺めていたあたしを見つけてほのかが声を掛けてきた。

 しばらくデレた時期が続いたほのかだが、またツンツンした態度が増えてきた。

 いまも眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしている。

 このままだとほのかにも見放されるかもしれない。


「うん」と頷きつつもサッと動かないあたしをイライラしたようにほのかは見つめた。


 何か言いたそうな顔つきだが、小声で「……しっかりしなさいよ」と呟いただけで自分の仕事に戻って行く。

 彼女が心配してくれていることは痛いほどよく分かる。

 あたしにその価値があるとは思えないけど……。


 なおもじっと部員たちの様子を見ていたあたしに「ちょっといいですか?」と声を掛ける人がいた。

 顧問の岡部先生だ。

 まだ若い体育の先生で、生徒からの人気が高い。

 押しつけがましいところは全然なくて、いつも温かく見守っている感じの人だ。


「何でしょうか」とあたしは顧問に向き直る。


 説教をされるんじゃないかとあたしは身構えていた。

 優しい先生だけど、いまのあたしを見たら厳しい言葉のひとつやふたつ掛けられて当然だから。


「ダンスは楽しいですか?」


 面と向かってそう聞かれてあたしは言葉に詰まる。

 岡部先生は柔らかな表情のままだ。


「えーっと……、最近は集中できなくて……」


 あたしが俯きがちに答えると、先生は「そうですか」と軽く応じた。

 そして、グラウンドに目を向け、「私、学生時代サッカーの選手だったんです」と口を開いた。

 顧問が自分のことを話すのは珍しい。

 あたしより頭ひとつ背が高い先生を見上げて、「そうなんですか」と相づちを打つ。


「結構凄い選手だったのよ」と言葉を崩してはにかんだ先生は、「ケガで辞めちゃったんだけどね」と言葉を続けた。


 あたしは何と言っていいか分からず立ち尽くしたままだ。

 岡部先生はあたしが黙っていることを気にも留めずに「毎日毎日練習練習で、サッカーのこと以外何も考えられない生活が続いたわ」と語った。

 そこには懐かしむような響きはなく、苦い思い出を語るような息苦しさがあった。


「監督やコーチは厳しかった。練習から逃げ出したいと何度思ったことか……」


 あたしはこの話がどこへ向かうのか分からず、口を開かずにじっと聞き耳を立てていた。

 顧問は声を落とし、「部員はたくさんいたけど、仲間である以上に彼女たちはライバルだった。性格の良い子もいたけど、そういう子はなかなか続けられない環境だったわ」と言ってから大きく息を吐いた。


「当時は私も強くなるためにはそれが当然だと思っていたの。仲が良かった子が辞めた時、悲しむよりもライバルが減ってホッとしたのよ」


 先生の声音にはやり切れなさのようなものが混じっていた。

 あたしは息を呑んで先生を見ていた。


「ダンス部の顧問を引き受けるかどうか、とても悩みました。でも、いまは引き受けて良かったと心から思っています」


 ダンス部ができたのは昨年の秋だ。

 どういう経緯で岡部先生が顧問を頼まれたかは知らないが、そんな葛藤があっただなんて知る由もなかった。


「笠井さんが実力主義を唱えていたので不安はありました。しかし、自分たちの手で、悩みながら部員の気持ちに寄り添いながら頑張ってくれました。今年は大変なことが続きましたが、本当によくやったと思います。私にとっても学ぶことが多かったです」


 笠井先輩のことを褒められると自分のことのように嬉しい。

 それはいまも変わらない。

 彼女はあたしの憧れだから。


「それを後輩にうまく引き継ぐことができるのかどうかも心配していました。こちらもいまの2年生部員によって上手く成し遂げられていると思っています」


 顧問はそう言ってくれるが、自分ではその言葉が信じ切れなかった。

 2年は引退した3年生たちのようなまとまりがない。

 1年生部員に至ってはあたしに反発するような言動があった。

 とてもじゃないが、上手くできているという評価は得られないだろう。


「信じられませんか? しかし、いまの1年生は引退した3年生ではなく2年生の背中を見て、ここまでやって来たのですよ」


 今年は休校の影響で新入部員が入って来たのは7月だった。

 引退が間近ということもあって3年は1年の相手を2年に任せた。


「でも……」


「あなたひとりの力ではないでしょうが、2年生部員の力があったから自分たちの力でこうしてやり遂げようとするダンス部があると思えませんか?」


 1年生部員は人数が多く、優秀な子が揃っている。

 今回のイベントは彼女たちが中心になって進めている。

 だが、それを陰から支えている2年生部員たちのサポートがあってこそだろう。

 あたしは何の役にも立っていないが、ほかの2年はよく頑張っている。

 まとまりがなく、実力も劣るが、それでも先輩という立場に相応しい働きはしている。


「それはそうですが、でも、あたしは……」


「あなたが部長の仕事をしていないのはこの1週間だけですよね?}


「……はい」


「いまのダンス部を形作っているものの多くはあなたが一生懸命に築き上げたものだと思いますよ」


 本当にそうだろうか。

 ここまで言われてもあたしは信じられなかった。

 それでも、ほのかや琥珀に言われるよりは信じられる気がした。


「ところで明日のダンスは大丈夫ですか?」


 顧問の質問に「あー……」と言い淀む。

 岡部先生は「特訓が必要ですね」とニッコリ微笑んだ。


「特訓、ですか?」と恐る恐る尋ねたあたしに、「部長として示しがつきませんからね」と先ほどまでの穏やかな目から体育会系の燃える瞳に変わる。


「いまは部長じゃないですから」と言っても許してくれない。


「それでもあなたがこのダンス部の部長なんです。みんながあなたの姿を見ていますよ」




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長だが副部長の琥珀によって部長の仕事停止処分を受けている。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。あかりの親友。


笠井優奈・・・中学3年生。ダンス部前部長。彼女のあとを追ってあかりはソフトテニス部から転部した。


岡部イ沙美・・・体育教師。ダンス部顧問。2年女子の体育を担当。

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