令和2年12月16日(水)「部長失格」辻あかり
休憩に入るたび、あっという間に身体が冷える。
日の光は降り注いでいるというのに、北から吹き付ける風が体感気温をかなり押し下げている。
それでも1年生は元気だ。
1歳しか違わないはずなのに1年の中心メンバーの熱気は凄まじい。
初めて自分たちに任されたイベントということもあってか、可馨ちゃんを中心に気合が入っている。
「コノママダト間ニ合ワナイヨ!」
「それをどうにかするのが可馨の役割だろ」
焦った表情の可馨ちゃんを奏颯ちゃんが諫める。
以前はふたり揃って脇目も振らずに突っ走る印象だったが、最近は奏颯ちゃんがブレーキ役となっている。
「ソノタメニハ練習ノ量ヲ増ヤス必要ガアルト言ッテイルノニ」
「現在の練習量で踊れるダンスを考えるのが可馨の仕事だよね」と指摘したのは練習メニュー担当のコンちゃんだ。
終業式の日に予定しているクリスマスイベントまであと1週間ほどだ。
イベント担当が考案したダンスはかなり見映えのするものだった。
しかし、難易度は高く、いまのままだと本番での完成度は低いだろう。
2年生の間ではそうなったらそうなったで仕方ないという話になっている。
最近、このダンス部の将来の方向性を決めるのは3代目に当たる現1年生の世代になるのではないかとあたしは考えている。
昨年笠井先輩によって創設されたダンス部は、部長を務めた先輩のカリスマによって牽引された。
部の方針は部長の実力重視といった考えに基づくものだったが、部員数が少人数だったからできた部分もあった。
2代目部長であるあたしは、そんな明確な方針を持って部長に就任した訳ではない。
あたしにはカリスマなんてないし、2年生部員は団結しているとは言い難い。
前部長のやり方を引き継ぐことで精一杯だった。
それに比べるといまの1年生は人数が多く、部長を任せられるような優秀な子も少なくない。
今後のダンス部の礎は彼女たちが築いていくんじゃないかという思いを強く持つようになった。
あたしたちは谷間の世代としてそのお手伝いができればいいかと思っている。
コロナの影響で校外でのイベント参加ができず、いまは耐える時期だ。
彼女たちの代になれば環境も現状よりはマシになっているはずだ。
その時に備えていまは彼女たちに経験を積んでもらいたいと考えていた。
「なんや達観してんなあ」
そんな思いで見ていたことに気づいたのか副部長の琥珀がそう声を掛けてきた。
もうひとりの副部長であるほのかは「あかりが部長なんだからもっとズバズバ言っていいのよ」とよくけしかけてくる。
あたしが1年の議論に口を出さない姿勢を取ることに歯がゆさを感じているのかもしれない。
「ダンス部の未来は若い者に任すよ」と冗談めかして答えると、琥珀も言い争っている1年生の方を眺めて「まあそうやなあ」と頷いた。
1年は気持ちの切り替えも早く、休憩が終わるとすぐに練習に集中する。
練習中はダンスのことだけを考えていないといけない。
そう分かっているのに、部長に就いてからは踊っていても別のことに気が取られることがあった。
部長がこれでは示しがつかない。
そのせいかダンスの実力も伸び悩んでいる。
1年以上ダンスを続けていれば自分の実力や周囲の実力は分かるようになる。
入部して半年程度の1年生部員でも気づく子は気づいている。
「何よ、不景気な顔して」と次の休憩時間にほのかが近づいてきた。
このところ練習中はあまりベタベタしないようにお互いに心掛けている。
それを破ったのは見るに見かねたからだろう。
「寒いから」と誤魔化すが、あたしの考えなどお見通しなのか「あかりはグダグダ考えすぎよ!」とほのかは苛立った顔で言った。
「下手の考え休むに似たりって言うでしょ。あかりは自分なんかが考えてもって言いながら考えるし、1年に任せると言いつつ任せきれていないじゃない」
相変わらず彼女は痛いところを突いてくる。
あたしは「分かってはいるんだけど、つい考えてしまうのよ」と言い訳をする。
「ダンスにもっと真剣に向き合いなさいよ! 部長だからではなく、ダンス部の部員として」
大勢の部員がいる中で、ほのかは大声でまくし立てた。
ダンスに向き合っていると言い返すことはできなかった。
かと言って周囲の目が気になり何と言葉を返していいか分からない。
「いくら仲がええからて、みんなの前で責めるんはあかんと思うんよ」
琥珀が割って入ってくれてあたしはホッと息を吐く。
ほのかもさすがに周りの視線に気づき、「ごめん」と謝った。
「でも、ほのかの気持ちも分かるんよ。頑張ることが売りのあかりが悩むんは性に合ってない感じやしなあ」
「頑張ることしか能がないってズバリ言ってくれていいよ」とあたしが自嘲気味に言うと、琥珀は目を細めて睨むようにこちらを見た。
「副部長ふたりの権限において、部長の職責を一時停止します」
琥珀の言葉に周囲が何ごとかとざわめいた。
ほのかも驚きを隠せないでいる。
そもそも副部長にそんな権限があるなんて聞いていない。
「……意味が分からないんだけど」と問い返すと、「だから、しばらくあかりは部長やのうてただの下っ端部員ってこと」と琥珀は笑みを浮かべた。
「しばらくっていつまで?」と尋ねると、「あかりの復調次第やね。いまのあかりやと、とても部長を任せられへんから」と琥珀が答えた。
あたしは一度ギュッと唇を引き結ぶと、覚悟を決めて「大丈夫なの?」と質問した。
ここで大丈夫だとあっさり肯定されてしまうと、心がポッキリ折れそうだ。
「大丈夫な訳あらへん。でもな、こういう時こそ周りがカバーするもんやろ? それが仲間ってもんや」
ほのかも「私も琥珀に賛成」と真剣な顔で決意を滲ませた。
あたしは「もうすぐイベントだし外部との交渉が……」となおも納得できずにいると、「うちらで頑張るさかい、あかりはまず自分のことを考えや」と琥珀に言われてしまった。
最近集中できていないとは思っていたが、ここまで心配されるほどとは考えていなかった。
ありがたい気持ちよりも戸惑いの方が強い。
自覚があまりないので、どう対処していいか分からないのだ。
これまで頼りにしてきた先輩たちは受験直前で力を借りる訳にはいかなかった。
「あかりは大丈夫よ。……私がついているし」
あたしが不安そうにしていたからだろう。
ほのかが怒った顔でぶっきらぼうに言った。
「そうだね。頼りにしてるよ」とあたしが信頼を寄せると、「大船に乗った気でいなさい」とようやく彼女は表情を緩めた。
††††† 登場人物紹介 †††††
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。笠井先輩を追い掛ける形でソフトテニス部からダンス部に転部した。
島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。部の運営面で部長をサポートしている。
秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。部の技術面で部長をサポートしている。あかりとは親友以上の関係。




