令和2年12月11日(金)「神様に伝えたいこと」日々木華菜
「もうすぐクリスマスか……」
わたしは頬杖をついて窓の外を見ながら独りごちた。
このところ暖かい日が続いているが、すでに12月に入り半ばに達しようとしている。
外は曇り空だが、冬特有のどんよりとした重い雲ではない。
だが、わたしの心には暗雲が立ち込めていた。
例年であればこの時期はクリスマスにどんな料理を作るかと浮き立っているところだ。
定番料理はあるが、そこに一手間を加えてわたしらしさをアピールする。
食卓に並ぶ数々の料理と妹のヒナを中心とした家族団らんがクリスマスのイメージだった。
そのヒナが今年はいないかもしれない。
新型コロナウイルスの感染状況次第だとは聞いているが、ヒナは可恋ちゃんとともにその時期に大阪に行く予定だ。
ヒナとは毎朝ジョギングで顔を合わせている。
彼女は楽しそうにクリスマスの予定を語ってくれるが、家族よりも可恋ちゃんを優先する姿には一抹の寂しさを感じてしまった。
一方、友だちの間でもクリスマスに集まって騒ごうという話は出ていない。
普段わたしが一緒にいる友だちは真面目な子が多く、感染症対策にも熱心だ。
夏の第2波では新規感染者数増加の報道の割りに周囲は落ち着いた雰囲気があった。
しかし、ここ最近は春の不安な空気に戻りつつある。
そんな中で気軽にパーティーなんて口に出せない雰囲気になっている。
ゆえたちのグループはコロナなんて我関せずと言った感じで盛り上がっているようだ。
それを不快な顔で見つめる子たちとのクラス内での分断は簡単には解決しそうになかった。
ゆえは同じグループでありながらそんな友人たちとは一線を引いている。
彼女は校外の人脈を生かしたクリスマスイベントを企画中だ。
感染対策をしながらだとできることは限られるから……と頭を悩ませつつも、その中で何とか工夫をしてみんなを楽しませたいと前向きに頑張っている。
やはりゆえは目標に向かって邁進している時がいちばん光り輝いている。
今年度ずっと続いている45分の短縮授業とコロナへの警戒を呼び掛けたいつも通りのホームルームが終わり、わたしは席を立つ。
隣りのクラスに行くと、所在なげにぼんやりと座っているアケミに声を掛けた。
気づいたアケミは顔を上げ、わたしを見た。
どこにでもいる真面目な優等生といった外見。
しかし、いまは生気に乏しく、抜け殻のようだと感じてしまう。
そうなっても仕方がないと思うほど今年彼女にはいろいろな不幸が降りかかった。
わたしが来てから帰り支度を始めたアケミを辛抱強く待つ。
停学になった友だちとは疎遠になり、彼女はまた居場所を無くしてしまった。
大学進学を諦め、男たちに乱暴され、新しい友人も失った。
なぜアケミにばかりこれほどの災いが降りかかるのか、神様がいるのなら問い質したい気持ちだ。
そんなアケミに対してどうしても腫れ物に触るような接し方になってしまう。
それが互いに壁を感じさせることになる。
もっと寄り添いたいと思うものの、その方法がわたしには分からなかった。
「もうすぐクリスマスだね」
廊下を歩きながらわたしはアケミに話し掛けた。
話題を選ぶのも容易ではない。
クリスマスの話もどうかと思ったが、ほかに良いトピックが浮かばなかった。
返事はない。
それ自体は珍しいことではないので、気にせずに話を続ける。
「こんな状況だから浮かれているのはごく一部だけど、騒いだりしなくても特別な気持ちにはなるよね、クリスマスって」
今年は盛り上がりに欠けるとはいえ、それでも聖なる夜という言葉には神聖な響きがある。
愛だの恋だのとは縁遠いが、そんなわたしでも夢見てしまう。
それがクリスマスというものだろう。
「ハツミは教会に行くって言っていたね……」
アケミの声はマスク越しの上ボソボソと小さく聞き取りづらい。
わたしは耳をそばだてる。
このところアケミと一緒に帰宅している。
ゆえから頼まれたというのもあるし、いまのアケミを放っておく訳にはいかなかった。
苦労して話し掛けても会話が成立することは少ない。
だから、わたしは勢い込んでこの糸口を広げようとした。
「いいね、雰囲気があって。一度は行ってみたいよね」
信仰心は全然ないのに憧れだけは持っている。
多くの日本人がそうだと思うが、わたしもムードといったものに弱い。
神頼みで何かが成し遂げられるとはまったく信じていなくても、いまのアケミにはお祓い感覚で神様に縋ってもいいんじゃないかという気持ちが湧いた。
「一緒に行ってみない?」と誘ったのは本当に話の流れであって深く考えてのことではなかった。
アケミが「それも良いかもしれない」と答えるなんて予想もしていなかった。
最近の彼女を見る限りスルーされると思い込んでいた。
驚きの声が出そうになるのを辛うじて抑え、わたしはどう対処するか慌てて考える。
折角アケミの琴線に触れることができたのだから、この機を逃してはならない。
とはいえ思いつきで誘っただけなので具体的な計画があってのことではない。
こういう計画はゆえに任せることが多く、自分で考えることには慣れていなかった。
どうにかアケミの気が変わらないうちに約束は取り付けておきたい。
「いつがいいかな。……って、いつ行っていいのかから調べないとだね。教会は……横浜まで行けばいくつかあるだろうけど、コロナだし……」
わたしが準備不足を露呈すると、アケミは「いいよ、いつでも」とこちらを見ずに口にした。
その反応にホッとしつつ、「明日までにちゃんと予定を立てるから」とわたしは意気込む。
帰ったら急いでゆえやハツミに連絡を取らないと。
調べなきゃいけないこともたくさんある。
その段取りを料理の時のように頭の中で整理していると、アケミがポツリと言葉を漏らした。
「クリスマスにみんなで過ごすなんてもうないのね……」
「そんなこと……」と咄嗟に言い掛けたわたしは口を閉ざす。
来年は大学受験の真っ只中だ。
のんびりとクリスマスを祝っている余裕はないだろう。
そして、その後の進路はバラバラだ。
特に、就職するアケミが大学に進学するゆえたちと会うのはいま以上に難しくなる。
たとえ同じ大学生になったとしても環境が変わればずっと友だちでいられるかも分からないことだ。
「わたしたちの高校生活のいちばん大事なところがコロナのせいでメチャクチャにされた感じだよね」
高校に慣れ、受験に追われるまでの期間。
いちばん高校生活を謳歌するはずの時間がコロナによって台無しにされた。
アケミに至ってはコロナの影響で大学進学を諦めることになってしまった。
「神様にひと言文句を言わないと気が済まない。絶対に教会に行こうね」
不届き者って感じだが、心の中で思うくらいは許して欲しい。
過ぎた時間は返ってこないけど、これからの時間を有意義に過ごすためにケジメをつけたくなったのだ。
「そうだね」と応じたアケミの目に少し生気が戻っているような気がする。
せめてアケミに笑顔を取り戻して欲しい。
わたしはなけなしの信仰心で神様にそう祈りを捧げた。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木華菜・・・高校2年生。調理師か栄養士を目指している。進学は大学か専門学校かで思案中。
野上月・・・高校2年生。華菜の親友で、人脈作りが趣味という変わった女子高生。大学進学希望。
矢野朱美・・・高校2年生。成績優秀だが妹のことも考え進学を諦めた。
久保初美・・・高校2年生。帰国子女。海外留学を目指しているが、いまは難しそうなので国内の大学も選択肢に入れている。




