令和元年6月26日(水)「アドバイス」麓たか良
「鍛えてるよね?」
昨日の放課後、日野にそう訊かれた。
文化祭の練習に付き合わされた。
ウザいが、日野の命令には逆らえない。
日野の質問に頷くと、運動会が終わるまでの練習免除を言い渡された。
この辺が日野らしい。
ファッションショーも当日まで文句を言わずに付き合うように言われているが、本番はドタキャンしてもいいような口振りだった。
そして、今日。
ダチである恵のところへ行こうと廊下に出たら日野に呼び止められた。
「私に勝ちたい?」
ストレートに聞かれた。
鍛えている理由を聞かれているのだろう。
「そりゃ、まあな」
日野が強いから従っているが、別に媚びようとは思わない。
「例えば、そうね、安藤さんって強いと思う?」
ワタシは頷く。
日野よりも大柄で、筋骨隆々、恐らく男子でも勝てる奴がいるかどうか。
ワタシでは4、5発殴ったところでビクともしそうにない。
「でも、安藤さんでは私には勝てないわよ」
日野は淡々と話す。
日野は空手をやっている。
相当強いらしい。
「身体能力の高さは強さの一面ではあるけど、一面に過ぎないわ」
「何が言いたいわけ?」
「鍛えたところでたいして強くならないってこと」
ワタシは押し黙る。
「ケンカのノウハウもあるとないとじゃ大違いだから、普通の子相手なら通用する。同じ程度のノウハウの持ち主なら筋力や体力が勝負を分ける」
現実にタイマン勝負なんてやることはないが、どう攻撃すると効果的かなんてのは知っておいて損はない。
そういうのがケンカのノウハウだろう。
「格闘技は現代では礼儀作法だとかスポーツ精神だとか言われるけど、元々は人を殺すために始まったようなものだから、蓄積されたノウハウはケンカの比じゃないわ」
ワタシは胡散臭そうに日野を見る。
「なんでそんなことをワタシに言う?」
「だって麓さんヒマそうだから」
「はあ?」
何を言ってるんだか。
「私は結構忙しいの。練習を免除してあげたんだから、時間を有効利用して欲しいなあって」
日野の顔からは何を考えているか読み取れない。
「あなたが格闘技を習えば、そこにはあなたより強い人がたくさんいるはずよ。そういう人に面倒を見てもらえるでしょ」
ワタシは日野を睨む。
「ワタシが強くなるって思わないの?」
「それは楽しみね」
日野には余裕が感じられる。
「例えば、ワタシがそういうところで仲間集めて襲うとか考えないのか?」
「それは困るわね」
日野は全然困った顔を見せずにそう答える。
「それで……空手でも習えって?」
「まさか。空手なら経験の差は永遠に埋まらないわよ」
確かに相手の土俵で勝負することはない。
「じゃあ、何がいいのよ?」
「向き不向きや好みがあるから一概には言えないんだけど、打撃系の格闘技の方がいいと思う。それなりに強い男性相手に勝とうと思うなら、柔道やレスリングみたいな接近戦は望みがないから」
「いつもそういうこと考えてるわけ?」
「当然じゃない。足技使うのも子どもの頃からやっていないと咄嗟に出ないと思うのよ。考える前に足が出るレベルまで鍛えるのは大変だしね」
これは経験上分かる。
蹴った方が威力はあるが、バランスを崩しやすいし、手と違って蹴ろうと思わないとサッとは出ない。
「という訳で、ボクシングをお勧めするわ」
「……ボクシング」
「急所にクリーンヒットできれば、一発逆転が可能だしね。相手が強ければ難しいけど」
日野が自分の拳を顎に当てる。
「スポーツとしてのボクシングは、減量だとかボクサー相手の戦い方だとか制約があったりするけど、単純に強くなりたいだけならそういう目的でやればいい」
ワタシもボクシングにはスポーツのイメージがあった。
試合に出たり、ルールを守ったり、そんな面倒があるから習おうなんて考えてもいなかった。
だが、自分が強くなるためと思えばやってみる価値がある気がしてくる。
「私の空手もそんなものよ。大会に出るためじゃないわ」
日野にはワタシと同じような不良というかアウトローの雰囲気がある。
少なくともスポーツに打ち込んでいるという甘ったるい感じは一切ない。
「ジムは自分で探せるでしょ。情報を持っていそうな知り合いいそうだし」
それだけ言って日野は教室に戻って行った。
うまく誘導された気もするが、最近おとなしくしすぎて溜まっていたものを発散できるかもしれない。
すぐに日野に勝つのは難しくても、あの余裕は消し去りたい。
帰ったらアニキに聞いてみよう。
ワタシは自分の拳を握り締めた。
空手vsボクシングの異種格闘技戦を書ける日が来るでしょうか。




