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令和2年12月5日(土)「寒さを忘れる方法」辻あかり

 雨は上がったものの今日はとても寒い。

 真冬のような雲が空を覆っている。

 練習中は身体を冷やさないようにと何度も声を掛けた。

 晴れていたら扉や窓が開けっぱなしの体育館よりもグラウンドの方が暖かく感じることもあるが、今日は練習場所がグラウンドだったことを呪った部員が多そうだ。


 土曜日は練習が終わると会議だ。

 各グループの進捗状況などを確認する会議を毎週土曜日の練習後に行うことが決まった。

 グループのリーダーだけではなく持ち回りでほかの多くの部員に参加してもらうことになっている。

 そのためかなりの大人数となってしまう。

 そのままグラウンドで会議をする予定にしていたがこの寒さだ。

 急遽変更し、多目的室に移動することになった。


「クリスマスイベントですが、終業式が終わってから体育館で行う予定です。学校の許可は得ましたが、生徒会が引き継ぎ中のようなので観覧者の誘導などをダンス部で担当することになるかもしれません」


 これまでは校内イベントに生徒会が人手を貸してくれた。

 本来の業務ではないそうなので新生徒会長の方針次第で継続するかどうか分からないそうだ。


「イベント担当グループにはその辺もやってもらうから。詳しいノウハウは生徒会の役員やった子に聞いた方が早いかもしれへんね」と副部長の琥珀がフォローしてくれる。


「ソレヨリ練習時間ガ足リマセン」


「限られた練習時間の中でどうするか考えて。練習メニュー担当と協議して頑張ってね」とあたしは抗議の声を上げた可馨クゥシンちゃんに笑顔を向ける。


 彼女は不満そうな表情を浮かべながらも「分カリマシタ」と一応納得してくれた。

 あたしの隣りに立つ奏颯そよぎちゃんに「イベント班と練習班の調整は奏颯ちゃんに任せるから」と仕事を割り振った。

 奏颯ちゃんは一瞬顔をしかめたが、すぐに真剣な表情を見せ「分かりました」と頷く。


 ……まあ揉めるのが分かり切っているので引き受けたくはないよね。

 ただ2年生が受け持つと日本の先輩後輩の関係に慣れていない可馨ちゃんとトラブルが発生する可能性があるし、マネージャーのみっちゃんではダンスの技術的な話はしにくい。

 奏颯ちゃんと可馨ちゃんは仲間であり、ライバルであり、今後もぶつかっていく相手でもある。

 奏颯ちゃんが部長職を引き継ごうとするのなら、可馨ちゃんと周囲との調整は避けては通れない役目となる。


「月曜日に行うオーディションは新しい方式で初めてのものとなります。疑問点は担当者にどんどん聞いてもらうということでいいですね?」


 あたしがオーディション担当のリーダーに確認すると彼女は強張った顔で承諾した。

 気持ちはすごくよく分かる。

 あたしが部長となって初めてオーディションを行った時もこんな感じだった。

 自分が選ぶ側に立つというのは思った以上に責任を感じるものだ。

 ほのかは平気な顔をしていたが、あたしの心臓には毛が生えていない。


 そのほのかに動画担当の連絡事項を尋ね、そのあと統括担当として来週のスケジュール等を発表する。

 仕事の多くを各グループに任せるようになったが、冬休み中に行う練習の計画などやることは山ほどあった。


 こちらからの連絡が終わると会議参加者の意見を聞く。

 いつもの顔触れだけにならないようにしたのはこのためでもあった。

 ダンス部では部員はお客様感覚ではなく自分たちの手で運営しているんだという実感を持って欲しかった。

 これまでは部員にどこまで任せていいか分からず、部長副部長だけで何でも決めてしまっていたが新しい運営方式にしてより良くなったように感じる。

 さすがは笠井先輩だ。


 寒いと自主練をやる気が起きないという開けっぴろげな意見には目を三角にする部員もいた。

 だが、「励まし合うことが大切やと思うねん」というさつきちゃんの意見を元に自主練全般を担当する動画班に何か良い仕組みが作れないか考えてもらうことになった。

 堅苦しい雰囲気も話をしていくうちに徐々に緩んでいく。

 特に寒さ対策は誰にとっても重大な関心事なので話が盛り上がった。


「寒いんは気持ちの問題やと思うんよ。温めてくれる人がおったら気にならんもんやない?」


 琥珀がなぜかあたしを見ながら言った。

 寒いものは寒いと思うが違うのだろうか。

 しかし、その言葉が火付け役となって今度はクリスマスまでに一緒に過ごす相手が欲しいという話題へ移る。


「生徒会長、格好良かったね」

「彼女、いるんでしょ?」

「あたしにもあんな素敵な人がいたらいいのに……」


 こういう話では1年2年関係なく騒がしくなる。

 最近ほのかに教えてもらったことだが、女三人と書いて姦しいとはよく考えたものだ。

 ほのかは女性差別だと口をへの字にしていたが、この喧しさに顔をしかめているいま聞けば考えを変えるのではないか。


「でも、あの生徒会長は敵なんだよな」

「ファッションショーに積極的ではないってほたるちゃん言ってたものね」

「弱みでも握って味方につけないと」


 1年生の一部が物騒な話を始めた。

 2年連続でダンス部がファッションショーに関わったため彼女たちも来年の開催を楽しみにしているようだ。

 立ち会い演説で久藤さんがファッションショーがなくなるかもしれないと訴えて関心を集めていたが、果たしてどうなるんだろう。


「あかりは彼と同じクラスやんね?」と琥珀があたしに耳打ちする。


 頷くと琥珀は「何も聞いてへん?」と聞いた。

 意味が分からず「何を」と問い返す。

 彼女は言いづらそうに「新しい生徒会長の噂」と口にした。


 噂に詳しいかどうかは興味のあるなしと友だちの多さが影響する。

 あたしはどちらも普通で、琥珀は人並みよりかなり好奇心があり友だちも多岐にわたっている。


「どんな噂?」と誰にも聞かれないよう小声で尋ねる。


 琥珀は言い渋るが、自分から振った話だ。

 ここまで興味をひいておいて言わないのはズルい。

 睨んでも全然怖くないと言われるあたしだが、目力を籠めて琥珀を見つめると「しゃーないな。まだ誰にも言わんといてや」と前置きしてから噂を教えてくれた。


「当選した男子が生徒会長を辞退するんやないかって」


「へー」


「あんまり驚かへんのやね」


「生徒会長をやる柄って感じじゃなかったからね。むしろ立候補するって言った時の方が驚いたよ」


 あたしの素直な感想に琥珀は眉を寄せた。

 あたしは「じゃあ久藤さんが生徒会長になるの?」と当然の質問をしたが、琥珀は首を横に振った。


「それとなく聞いてみたんよ。でも、それは絶対にないって」


 久藤さんが教室に乗り込んできた時、あたしは不在だった。

 ダンス部のことで1年の教室に寄り道していてギリギリに教室に行くと大騒ぎになっていた。

 当選した男子は戻ってからもほとんど口をきかず、つき合っていた女子の方はその日は早退してしまった。

 心配している友人もいるようだが、久藤さんや小西さんが絡むことだけにどこまで関わっていいか迷っているようだ。


 あたしと琥珀がコソコソ話している間に、話題は昨年ヒットした映画『クリスマスの奇蹟』のことになっていた。

 昨年のクリスマスの時期にカップルで見に行く映画としてメディアにも取り上げられ、来年は彼氏を作って見に行くんだと心に誓った女子も多かった。

 特に昨年小6だった現1年生にはその思いが強い。

 すでに中学生になっていたあたしには極一部のリア充のお祭りだと分かっているが、中学生になれば素敵なクリスマスを過ごせると夢見た小学生は結構いたようだ。


 いつの間にかこちらに近づいていたほのかがあたしの耳元で囁いた。

 マスク越しにくぐもった声で「続編見に行くから予定空けておいて」と。

 正確に言えば続編ではないが、あの映画で注目された女優が主役となるクリスマス映画がもうすぐ公開される。

 あたしはまだ部活中なのに表情が崩れてしまいそうで、それを止めるのに精一杯になる。

 もちろん寒さなんて感じる余裕はなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。前部長の笠井優奈に憧れて入部した。ダンスの実力やリーダーシップには欠けるが責任感は強い。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。部の運営管理の面であかりをサポートする。顔が広く、ダンス部一の情報通でもある。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。あかりとラブラブだが、映像担当のリーダー格となって以前ほどベタベタする時間はない。


恵藤奏颯(そよぎ)・・・中学1年生。ダンス部。次期部長と目されている。本人もかなり自覚している。


可馨(クゥシン)・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。ダンスの実力ではいまや部内トップ。イベント担当のリーダー格を担う。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。可馨の親友。関西出身で積極的に会話に加わるタイプ。


小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。みっちゃんと呼ばれ1年生部員の間ではもっとも信頼される存在。


久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。会長選挙に立候補したが落選した。琥珀とはクラスメイトだが対立関係にある。

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