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令和2年12月3日(木)「生徒会長の椅子」田中七海

 それはまったく想像していない、あまりにも予想外の話だった。

 わたしは「考えさせてください」と答えるのが精一杯で、呆然としたまま自分の教室に戻った。


 昼休みにわたしは生徒会の顧問を務める先生から職員室に来るように言われた。

 生徒会活動で顔なじみの相手ではあるが、どちらかと言うと苦手なタイプの教師だった。

 ちょっと威圧的なところがあり、その先生の前ではいつもおどおどしてしまう。

 たいていのことなら何も考えずに言われたまま引き受けてしまっただろう。

 それができないほど衝撃的な内容だったのだ。


 教室に何とかたどり着いたわたしは真っ直ぐに久藤さんの元へ向かう。

 同じ生徒会のメンバーだったが教室で口をきくことは少ない相手だ。

 所属するグループ同士が対立傾向にある。

 だから親しげに話をしてはいけないような空気があった。

 しかし、いまは躊躇うことなく彼女に話し掛けた。


「生徒会長のこと、聞いたんだけど」


 そう言った途端、彼女の周囲にいた女子たちが目に見えて剣呑な顔つきになった。

 一昨日の会長選挙で彼女が落選し、いつも以上に腫れ物に触るような雰囲気になっていたのは知っている。

 普段のわたしならすぐに引き下がるところだが、わたしは彼女たちの刺すような視線をグッと堪えて久藤さんの返事を待った。


「そう。もう昼休みは時間がないから、放課後でいい? 場所はそうね……、生徒会室を借りましょうか」


 彼女はわたしが話し掛けてくることを予想していたようだ。

 いつもよりも改まった態度で応じてくれた。

 わたしは頷くと、自分の席へ行く。

 教室に帰ってきてからの一部始終を見守っていた同じグループの島田さんが心配そうな顔で「何かあったん?」と聞いてきた。


「えーっと……」


 わたしは話すかどうか少し悩んで、「ごめん、いまは……」と言葉を濁す。

 島田さんは「話したくなったらでええからな」とニッコリ微笑んだ。


 次の休み時間、わたしは真央に会いに4組の教室に向かった。

 幸い彼女は教室の中にいた。

 クラスの中心というオーラを醸し出しながら、楽しそうに友人たちとお喋りをしている。

 そこに割って入るには勇気が必要だった。

 だが、いまはそんなことは言っていられない。


「真央」と呼び掛けると、彼女は「悪ぃ」と周囲に謝って廊下に出て来てくれた。


 人目があるところでは話しづらく、わたしは彼女の手を引いて行き当たりばったりに校内を歩く。

 どこも話をするには相応しくないような気がして場所が定まらない。

 休み時間は短いので焦る気持ちも募った。


「ここでいいよ」と強引に止められた。


 理科室前はほかの生徒の気配がない。

 わたしが真央と向き合うと、彼女は迷惑そうな顔を一切見せずに優しい笑顔を浮かべた。


「どうしよう。昼休みに生徒会の顧問の先生から呼び出されて……」とわたしは話を切り出す。


 事実と感情が入り交じったまとまりのない話だったのに、彼女は真剣に聞いてくれた。

 一通り話してからもう一度「どうしよう」と彼女に尋ねる。


「最後は七海が決めることだから」と語った真央は続けて「どちらを選んでもあたしは七海について行くよ」とハッキリ言ってくれた。


 彼女のその言葉でわたしの気持ちはかなり軽くなった。

 わたしは「うん」と頷く。


「どうしよ。今日は部活があるんだけど……」とわたしが久藤さんと会うことを心配する真央に、「ひとりでも平気」とできるだけ安心させるように余裕を見せて答えた。


 そう言ったものの、放課後に生徒会室へ向かうわたしの足取りは重かった。

 本当は真央について来て欲しかった。

 いつまでも彼女に頼ってばかりいてはいけないと頭では分かっている。

 それでもいまは……。


 主がいない生徒会室は鍵が掛かっている。

 ドアの前でしばらく所在なげに待っていると、久藤さんがひとりで現れた。

 特に言葉を交わすことなく、彼女は手に持っていた鍵で扉を開ける。


 わたしは座り慣れた自分の席につく。

 会長と真央に挟まれた席だ。

 久藤さんは自然な態度で会長の席に座った。


「気持ちは決まった?」


 生徒会長にもっとも相応しそうな彼女がわたしに問い掛けた。

 わたしは久藤さんの顔を真っ直ぐに見つめる。

 わたしでは彼女の表情からその心の裡を読み取ることはできない。

 だから言葉をぶつけるしかない。


「どうして会長を引き受けなかったの?」


 わたしの質問にわずかに眉を寄せた久藤さんは「昨日のトラブルのことは聞いたでしょ。これで私が生徒会長になったら悪い噂が本当だって証明するようなものじゃない」と淀みなく答えた。

 昨日の朝、久藤さんと小西さんが当選した男子生徒とその交際相手を呼び出しどこかへ連れて行った。

 授業が始まっても戻って来なかったのでちょっとした騒ぎになった。

 1時間目が終わった頃に全員の所在が確認されたと聞いている。


 そして、わたしが昼休みに聞いたのは次期生徒会長が辞退することを顧問の先生に伝えたというものだった。

 理由を問い質すと、久藤さんたちと諍いがあり相手を困らせるためだけに立候補したということだった。

 昨日その諍いのケリをつけたのでもう生徒会長をやる気はないと彼は断言した。

 粘り強く説得したそうだが意志は固かったそうだ。


 久藤さんからも生徒会長を断られ、前生徒会長に相談したところわたしが推薦されたそうだ。

 今年6月に学校が再開された折に、不測の事態で次期生徒会長が決められない場合は前任の生徒会長の指名で決定するという項目を作っていた。

 まさかそれがこんな形で機能するとは思ってもみなかった。


「久藤さんは生徒会に残ってくれるの?」


「貴女が望むのなら残ってもいい。迷惑を掛けることになったのだから。でも、私が残ればいろいろと言われるわよ」


 2年生を中心に昨日のトラブルのことはかなり噂になっているようだ。

 わたしは詳しくないが、真央は相当耳にしていることだろう。

 選挙に負けた側が勝った側を連れ出し辞退に追い込んだのだから、これが生徒たちに知られたら大騒ぎになっても仕方がない。

 久藤さんや小西さんは覚悟の上だっただろうし、ある程度そういう視線には慣れているのかもしれないが、彼女たちを生徒会に残せばわたしや真央にまで非難が向けられる可能性が高い。


「生徒会長を引き受けることも含めて、もう少し考えたいと思っているの」


 それがいまの本心だった。

 今年の夏に目の前の彼女が生徒会に入ってくるまで、わたしは次期生徒会長だと周囲から期待されていた。

 わたしより遥かに優秀な彼女がその力を見せ、やがて生徒会長の座を目指すようになるとそれを当然のことのように周囲もわたしも受け入れた。

 それなのに、またこんな形で巡ってくるなんて。


「貴女ならやればできるわ」と言って久藤さんが席を立つ。


 自分が座った椅子を振り返り、「二度とここに座ることはなさそうね」と笑う。

 その顔には吹っ切ったような清々しさがあった。


 強く望んだ者のところへは来ず、まったく望んでいなかった者のところへ転がり込んできた椅子。

 わたしはそこに運命めいたものを感じていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


田中七海・・・中学2年生。2年1組。生徒会役員。1年生から役員を務め次期生徒会長とずっと目されていた真面目な生徒。


鈴木真央・・・中学2年生。2年4組。生徒会役員。七海の親友でソフトテニス部と掛け持ちしながら役員を務めていた。


久藤亜砂美・・・中学2年生。2年1組。生徒会役員。今夏に役員となり会長の座を目指した。2年の間では悪評が知られている。


山田小鳩・・・中学3年生。前生徒会長。日野可恋から会則の見直しを助言され、休校が続いた場合の会長選挙の取り扱いを明記した。

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