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令和2年11月25日(水)「対立候補」久藤亜砂美

「顔以外は特徴のない男子だよね」


 眼鏡越しに好奇心に満ちた目を輝かせながらトモコが言った。

 昼休みの生徒会室にはいま私と彼女のふたりだけだ。


「立候補した理由は分からない訳?」


「本人に直接聞いてみたんだけど、楽しい学校生活がどうとかこうとかぼんやりとした目標を掲げただけだったよ」


 私は右手で頬杖をついてトモコの顔を見る。

 彼女は1年の時に私のグループにいたが、私とは微妙に距離を取っていた。

 情報通として校内の噂に詳しく便利な存在だったので私もあえて距離を詰めなかった。


 昨日学校に登校すると2年5組の男子生徒が生徒会長選挙に立候補するという話を耳にした。

 そこで昨日のうちにトモコに周囲を探ってもらった。

 本人に会って話を聞くとは思っていなかっただけに少し驚いた。


「内申目当てじゃないの?」と訊くとトモコは首を傾げた。


 さすがに1日でそこまでは分からなかったようだ。

 私は話の方向性を変える。


「真鍋の方は?」


「交際相手の立候補については沈黙を守っているみたい。あと、立候補を宣言してから教室内でベタベタしなくなったって」


 立候補者についてはほとんど知らなかったが、彼がつき合っている真鍋という女とはある程度面識があった。

 1年でも2年でもクラス内ヒエラルキーの上位に君臨する女子生徒だ。

 つまり、私と同じような立場の人間だと言える。


 この手の力学はあくまでもクラス内の人間関係でのみ通用する。

 そして、カーストのトップに位置していてもちょっとしたきっかけで転落する可能性がある。

 それを肌で知っていれば他のクラスのカースト上位者と競い合おうとはしないものだ。


「女連れの男子じゃ票は集まらないと理解する程度の頭はありそうね」


「リア充爆発しろって思うもんね」とトモコは過激な発言をして笑った。


 つき合っている相手がいてもいいが、そのつき合い方次第で女子に支持されたり反発されたりする。

 投票日は来週の火曜日なので、適度に距離を取って恨みや嫉妬を買わない戦略だろう。


「裏でダンス部と繋がっているなんてことは?」


「ダンス部はいまそれどころじゃないみたいよ」


 なんでも引退した前部長の命令で組織改革に乗り出したそうだ。

 そういえば昨日の放課後は1年生の女子がやけに2年生の教室前の廊下をうろついていた。

 同じクラスの島田や秋田が慌ただしい感じだったのもそれが原因だろう。


 私は頬杖をついたまま大きく息を吐く。

 そして、「私が勝つと思う?」とズバリとトモコに訊いてみた。


「1年女子の支持を得られるかどうかじゃないかなあ。ダンス部をうまく取り込めれば勝つチャンスが出て来るんじゃない?」と本人の前だというのに彼女は私の不利を匂わせる発言をした。


 こうした空気を読まないところも彼女らしいが、天然なのか計算なのかは判断に迷うところだ。

 私は「真鍋が何を考えているのか分かったら教えて」と頼むと、「分かればね」とトモコは笑顔で生徒会室を出て行った。


 入れ替わりに入って来たのは山田会長だ。

 もう事実上生徒会長としての仕事はないのに、ここに来ないと落ち着かないらしい。

 私は頬杖をやめ、背筋を伸ばす。

 会長の椅子に座った先輩はしばらく机の上のノートを眺めていたが、顔を上げて私を見た。


「何か懸案でも?」


 他人に気を配らない生徒会長に気づかれるほど私は顔に出ていたようだ。

 このまま手をこまねいていたら勝つチャンスは巡ってこないだろう。

 簡単なのはハルカに頼んで圧力を掛け立候補を思いとどまらせることだが、相手がそれを反撃材料に使ったら私に勝ち目はなくなってしまう。


「聞いていませんか? 2年生の男子が生徒会長選挙に立候補しました」


 私がそう告げると会長は驚いた顔を見せた。

 すぐに真顔に戻った彼女は「久藤さんには実績がありますから」と私を気遣う発言をした。


「一度ついた悪いイメージは簡単には消えませんから」


 現実に結構酷いことをやって来たのでイメージだけではないのだが、それを口にすることもあるまい。

 教師相手の評価はずいぶん改善されたが、私のことを肌身で知っている2年生には評判が悪いままだ。

 信任投票ならともかく、対立候補が現れると2年の票では勝ち目がない。


「それにトップは男子が良いという漠然としたイメージはいまもあるようですし……」


 論争をして負ける気はしないが、相手は明確な争点を作る気はないようだ。

 そうなるとイメージ勝負になってしまう。

 イケメンで人畜無害というのは何も考えずに投票するには最適の相手だろう。


「その卓異なる才能を披瀝すれば払拭できるのではないでしょうか」


「そうだといいですね」


 会長は頭が良いので道理を語れば相手は理解してくれると信じているようだが、現実は道理の欠片も存在しない人間に満ち溢れている。

 私の母親は極端な例だが、普通の中学生でも論理的な話が理解できない場面をよく見てきた。

 近藤さんに言わせると、論理的な会話ができるのは極々一部の限られた人間だけらしい。

 高校のトップ校はそういう優秀な人材が集まるので不快感を覚えることが少なくて良いと話していた。


 山田会長は近藤さんと同じ高校を受験すると聞いている。

 彼女にはそれが相応しいと思う。

 一方、私は……。

 学年上位をキープしているがいまのままでは厳しいと言わざるを得ない。

 近藤さんでさえ塾に通わせてもらえなかったのだから、私にその機会は訪れないだろう。

 別にそのために生徒会長という肩書きが欲しい訳ではないが、狙うのならあった方がいい。


 そもそも是が非でも生徒会長にならなければならない理由はない。

 だが、目の前に”力”があり、もう少しで手が届きそうと分かったら欲しくてたまらなくなった。

 突然の両親の離婚でなにもかもを失ったように、これからの人生で何が起きるか分からない。

 何が起きてもいいように”力”は持っておきたかった。


 打開策としてトモコが言ったようにダンス部の支持を得るという手はあるだろう。

 彼女たちとは良い関係を築けてはいないが、頭を下げて今後の優遇を約束すれば可能かもしれない。

 だが、それは諸刃の剣でもある。

 ダンス部は人数が多くて目立つので最近はアンチも出て来たと聞いている。

 私なら生徒会とダンス部の癒着を攻撃の材料に使うだろう。


「会長はその男子生徒と会ってみたいと思いませんか?」


 私の質問に会長は口を開きかけたものの会いたくない理由を考える顔をしていた。

 そこで私が「いえ、結構です」と話を打ち切ると、あからさまに安堵の表情を見せた。

 ホッとしたせいか「その子が当選したらファッションショーの引き継ぎが大変になるね」とらしくない口調で会長は言葉を漏らした。


「……ファッションショー」と私は小声で呟く。


 生徒会の仕事の大半は学校側が指示するマニュアル通りに行えばいいが、ファッションショーは生徒主導だったのでそうはいかない。

 ようやく私は突破口を見つけた気がした。




††††† 登場人物紹介 †††††


久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。次期生徒会長に立候補すると表明している。


尾形友子・・・中学2年生。アサミとは1年の時に同じクラスだった。情報通。


山田小鳩・・・中学3年生。生徒会長。間もなく引退。

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