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令和2年11月23日(月)「つき合うということ」山口光月

 なぜか上野ほたるとつき合うことになった。


 始めは冗談か何かだと思った。

 だってそうだろう。

 高木先輩のことを好きかどうか聞かれて単なる憧れだと答えたら「じゃあつき合って」と言われたのだから。

 意味が分からない。


 彼女には美術部の活動中に絵を教えている。

 と言っても、わたしだってちょっとイラストやマンガを描くくらいなので教えられるほどの技術はない。

 彼女が顧問の先生から直接教わることを嫌がり、わたしから教わりたいと強く希望したのでこうなった。

 高木先輩からもお願いされ、わたしはそれを受け入れることにした。


 ただ部室で、ほかの部員たちの前で教えることは気が引けた。

 そこで部室の隣りの美術準備室を使ってふたりきりで教えることにした。


 彼女は無駄口は叩かないが無口という訳ではない。

 部長に名乗りを上げたように物怖じしない性格だし、必要とあらば理路整然と話すこともできる。

 つき合ってと言われたのはまだ互いのことが分からない時期だったので最初は断ろうとした。

 しかし、「お互いを知るためにもつき合うべきだ」と言いくるめられた。


 先輩後輩の関係ではあるが女子同士だし友だち感覚でつき合えばいいかとわたしは思った。

 相手は1年生で美術部部長に立候補し、来年のファッションショーを主催すると意気込んでいる。

 わたしでは考えられないくらい凄いことに挑もうとしている子だ。

 その手助けを少しでもできるのなら。

 朱雀ちゃんの背中を押す千種ちゃんのような存在になろうと思ったのだ。


 ところが、彼女はつき合う記念にキスがしたいと言い出した。

 これってわたしが本気かどうか試しているのだろうか。

 必死に断ろうとしたのにふたりきりの狭い部屋の中では逃げ場はなく、彼女の押しに負けて最後は首を縦に振らされた。


 それ以降わたしたちはつき合っていることになっている。

 わたしが「わたしたち、つき合っているんだよね?」と確認すると彼女は「もちろん」と頷いてくれる。

 だが、本当につき合っていると言えるのだろうか。


 この三連休も彼女からの連絡は一切ない。

 これまで一度として学校の外で会ったことはないし、連絡さえ美術部の活動についてのことしか取り合っていない。

 校内でも美術準備室以外でつき合っているような態度を取ることはない。

 そう、あの狭い空間の中だけの恋人という感じなのだ。


 ……わたしからもっと積極的に行くべきなんだろうか。


 インドア派であるわたしはこの三連休も遊びに出掛けることなく普段通りに過ごしていた。

 絵を描いたり、マンガを読んだり、千種ちゃんたちとSNSでやり取りをしたりと変わり映えしない休日を送った。

 ただ常に彼女のことが頭の片隅に浮かんでいた。

 朱雀ちゃんと千種ちゃんの仲の良い様子を見ると余計に彼女のことが気に掛かった。


 悶々としながら迎えた三連休最後の夜、彼女に連絡をするかどうか迷っていたら思わぬ人から電話が掛かってきた。

 わたしの憧れの人、高木先輩だ。


『どうしたんですか。珍しいですよね、先輩から電話なんて』


『ごめん。特に用はないんだけど、煮詰まっちゃって気分転換』


 先輩は絵でもマンガでもずば抜けた才能の持ち主だ。

 文化祭で展示された絵にはみんなが目を見張るし、マンガでもプロが描いたんじゃないかと思うような画力を誇る。

 わたしなんかが到底及ぶような人ではない。

 そんな先輩でも美術科高校進学に向けて苦労しているようだった。


『わたしで良ければいくらでもおつき合いしますよ』


 以前であればそれは純粋な気持ちだったが、いまは来ない連絡を待つ苛立ちを紛らわしたいという打算も含まれている。

 それなのに先輩はまったく気づかずに『ありがとう』と感謝した。

 そして、『予備校の友だちと話していたんだけど……』と先輩は創作論を語り出した。


 その内容はわたしではとてもついていけるものではなかった。

 技術、オリジナリティ、模倣、インスピレーション等々先輩は思いの丈をわたしにぶつけてくる。

 本当ならその予備校の友だち相手に語り合いたいのだろう。

 だが、遠慮してできないといったところだと想像した。


『ごめんね、長々と一方的に話して』と小一時間の独演会が終わって我に返った先輩が恐縮した。


『いえ、楽しかったです』


『……最近の美術部はどう? うまくいってる?』と取って付けたかのように前部長は質問する。


『そうですね……』と答えかけたわかしは思い直して『あの……』と声を掛けた。


 わたしから話があると思わなかった先輩は驚いたように『どうしたの?』と問い掛けた。

 ひとつ息を吐いて意を決してからわたしは口を開く。


『先輩は好きな人っていないのですか? つき合いたいって思ったことはこれまでありませんでしたか?』


 返答がない。

 耳には微かな呼吸音だけが届く。

 答えるにも値しない呆れた質問だったかなと思った頃、『ごめん。そんなことを聞かれるなんてまったく想像もしていなかったから……』と先輩はようやく言葉を発した。


『あたしにとってそういうのって観察対象って意識が強いから自分では……。あ、でも、芸術家としてそういう経験も必要なのかな。いろいろ観察したくて男子に頼もうかと真剣に考えたこともあるんだけど、つき合えばそういうことも……』


 ……ダメだ、この人は。

 先輩として尊敬はできるし、絵を描くことに関しては神のような存在だけど、女子中学生としては……。


『すみません、混乱させてしまって。ちょっと聞いてみたかっただけなので……』とわたしはこの話を打ち切った。


 先輩との電話を切ると、その勢いのままわたしは上野ほたるに電話を掛ける。

 コール音を聞きながらゴクリと唾を飲み込む。


『はい』


 抑揚のない声の響き。

 わたしは自分でも信じられないくらい尖った声で『つき合っているのなら連絡のひとつも寄越しなさいよ』といきなり責め立てた。


『ごめん。……泣いているの?』


『泣いてなんか……』と言い掛けた言葉が涙によって遮られる。


『いまから行くよ』


 ほんの少し慌てた雰囲気があった。

 彼女にしては珍しいことだ。


『いい。もう遅いから』


 いまは彼女が動揺したことで満足しよう。

 そして、これからは。


『つき合っているのだから、わたしからもこうして欲しいってちゃんと言うね』


 わたしの言葉に彼女は躊躇うことなく『うん』と頷いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


山口光月(みつき)・・・中学2年生。美術部。部員の中では少数派であるイラストやマンガを描いていると公言している生徒。


上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。文化祭でファッションショーを見てそれを来年開催するために美術部部長に立候補した。


原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。今年のファッションショーの立役者。光月のクラスメイト。


鳥居千種・・・中学2年生。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。光月と一緒に朱雀を主人公とした異世界転生マンガを制作している。


高木すみれ・・・中学3年生。美術部前部長。コミュ力あるオタクと自称しているが実際は……。

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