令和2年11月15日(日)「クーデター計画」晴海若葉
「話くらい聞いてくれたっていいのにな」と奏颯が唇を尖らせている。
昨日1年生部員だけで集まり、話し合いをしたことを先輩に注意された。
テスト前だからという理由だったが、彼女はまだ納得していないようだ。
「仕方ないよ。学校の決まりなんだし」とあたしが慰めると、「あれは部活動じゃなくて、自主的に集まったものだったのに……」とコンちゃんも不満そうな顔をした。
今日は勉強会という名目で可馨の家に集まっている。
実際はお菓子を持ち寄ってああだこうだとお喋りばかりしている。
「だいたいさ、ほかの部員の話を聞けって言ったのはほのか先輩じゃん。それをちゃんとやったからあの集会ができたのに、頭ごなしに怒ることはないよな」
「やっと1年生もまとまってきたって思った矢先だものね」
奏颯の意見にダメ出しをすることが多いコンちゃんが今回は同調している。
この2週間ふたりは手分けをして1年生部員ひとりひとりと話し合いを重ねてきた。
ダンスに対する思いはひとりひとり違うものだ。
もの凄く熱心な部員もいれば、ほとんど自主練をしない人もいる。
ダンス部は大会などの明確な目標がないのでよりハッキリ違いが出て来てしまう。
そんなバラバラの意見をまとめて、とりあえずここまでは頑張ろうという線を引いた。
それができないのなら退部するか裏方に回るかするという合意を取り付けた。
昨日はそうした話し合いが行われ、ようやくひとつの結論にたどり着いたのだ。
「わたしが琥珀先輩にバレたせいで……」とみっちゃんが落ち込んでいる。
「あんなんしゃーないって」とさつきが寄り添っている。
それを見ていた可馨が口を開いた。
切れ長の目に怒りが満ちている。
「年功序列ガ正シイトハ限ラナイ。能力ヲ持ツ者ガ上ニ立ツベキダ」
「実力優先って言うなら可馨が部長でも良いくらいだよな」
「美術部も1年生が部長に就任したし、それもありかも」
奏颯とコンちゃんがすぐに賛同した。
わたしも疑問に思わないでもなかった。
なぜ辻先輩が部長なのか。
ダンスの実力ならほのか先輩や沙羅先輩の方が上だ。
3年生と比べてはいけないのかもしれないけど、前部長の格好良さや須賀先輩の温かさのようなものはいまの部長からは感じない。
もちろんわたしに比べたら何もかも上だと思う。
でも、奏颯や可馨と比べたら……。
冗談半分という感じだった奏颯たちに対して可馨は真剣な顔つきで「革命ヲ起コス」と語った。
その本気度に場の空気が変わった。
「いや、さすがに無理でしょ」と真っ先に意見を変えたのはコンちゃんだ。
それに対して奏颯は「1年生の方が遥かに人数が多いんだから、多数決をすれば余裕で勝てるじゃん」と自信を見せた。
わたしは「でも、みんな先輩たちに逆らうのはしたくないんじゃ……」と小さな声で意見を出す。
コンちゃんも「そうだよね。先輩を敵に回してでも奏颯たちを支持する1年生は半分もいないんじゃない」と冷静に指摘した。
たとえば挙手で辻先輩と奏颯のどちらを部長に選ぶか決めるとしたら、奏颯の友だちであるわたしですら彼女に手を挙げられる自信はない。
ほのか先輩を除いて優しい先輩ばかりだし、厳しいことを言われたのも昨日が初めてのようなものだ。
それでも先輩という存在が恐ろしいと感じられた。
そういう常識の下で生まれ育ってきたからだろう。
アメリカ育ちの可馨は「1年早ク生マレタダケデ尊敬ノ対象ニナルノハオカシイ」と口にするが、それが正しいと思っていても変えられないものなのだ。
奏颯は爪を噛み、可馨は腕を組んで座っている。
このふたりが黙り込むと場は静かになる。
わたしとしてはこのまま諦めてくれた方が良かった。
先輩と奏颯たちの対立なんて見たくなかったから。
だが、意外なところから声が上がった。
「1年が部長になるのに抵抗があるんやったら、沙羅先輩を部長に推すいうんはどうやろ?」
「それだ!」と奏颯がさつきの提案に飛びついた。
一方の可馨は賛成とは言いかねる表情をしている。
コンちゃんは「それにしたって部長を変える大義名分がいるよね。どうするつもり?」と問い質す。
さらに、みっちゃんが明確に「部長変更には反対」と言い出した。
こんな風に意見がぶつかり合うのはいつものことだ。
しかし、ことがことだけにハラハラしてしまう。
「傀儡ハ良クナイ。さつきハ時々腹黒イ」
傀儡なんて難しい日本語を良く知っているなあと感心していると、「陰でこっそりクーデターの計画を練ってるんも腹黒いやん」とさつきが頬を膨らませた。
奏颯が「ふたりとも人格攻撃じゃん」と珍しく注意する側に回っている。
「私もそういうやり方は嫌かな」とコンちゃんが表明し、「こういうのは後腐れがないように正々堂々とやった方が良いと思う」とつけ加えた。
奏颯は「そう……そうだよな」とすぐに意見を変える。
節操がないとも言えるが、彼女は自分の意見にこだわり過ぎないところが良さでもあった。
「1年生ノ結束ヲ固メルコトガ革命成功ヘノ道ダロウ」と可馨もあくまで正面突破を目指したいようだ。
奏颯はひとりひとりの家まで説得しに行きそうな勢いで「よし、その線で行こう! 今から始めたら試験が終わる頃にはある程度計算できるんじゃないか」とまくし立てた。
そんな奏颯にコンちゃんが「勉強はどうするのよ」と冷や水を浴びせる。
「それは、まあ、適当に……」としどろもどろになる奏颯に、「テストの結果が悪かったら部活動禁止になるよ。……まさかそのルールを撤廃したいから部長になりたいとかじゃないよね?」とコンちゃんが鋭くツッコんだ。
「そ、そんなことはないさ。あくまでもダンス部の未来のためを思って……」
「私が間違っていた。こんな子がいるからテスト前は部活禁止になるのね。部長たちの苦労が分かった気がするわ」
「ひでーな!」
奏颯とコンちゃんのやり取りを見て可馨が肩をすくめた。
さつきも溜息を吐いている。
みっちゃんはやれやれという顔になった。
わたしもなんとも言えない表情になっていた。
その時、これまでこの部屋でひと言も発さなかった美衣が誰ともなしに呟いた。
「話し合うのなら、まずは部長たちとじゃないのかな」
††††† 登場人物紹介 †††††
晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。須賀先輩に憧れて入部した。
恵藤奏颯・・・中学1年生。ダンス部。姉は3年生の元部員。その親友の早也佳先輩に憧れている。
紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。自分の勉強の計画はしっかり立てているので大丈夫。しかし、奏颯や若葉の尻を叩く必要があるようだ。
劉可馨・・・中学1年生。ダンス部。言葉の問題があっても好成績を誇る。問題を全部英語で書いてくれたら満点を取れると豪語している。
沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。関西出身。可馨に言わせると「小学生の頃のさつきの心は天使のようだったのに……」。さつきに言わせると「可馨は夢を見すぎ」だそうだ。
小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。みっちゃんと呼ばれている。部長たちと接する機会が1年生部員の中では多い方。
山瀬美衣・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。口数は少ないが徐々に自分の意見を言えるようになりつつある。




