令和2年11月12日(木)「変わる日常」矢口まつり
学校生活は毎日同じようなことの繰り返しだ。
でも、実際は次々にいろいろなことが起きていく。
勉強は少しずつ難しくなっていく。
そろそろ受験のことも考えなきゃいけない。
運動会、文化祭と大きな学校行事が続き、わたしの手に余るような役割が押しつけられたりもした。
そして、穏やかな人間関係にも変化が訪れた。
「どうしたの? 元気ないね」
教室でぼんやりしているとももちが声を掛けてくれた。
わたしは慌てて笑顔を作り、「そんなことないよ」と答える。
「なら、いいけど」と微笑んだももちは「1組に行ってくるね」とわたしに手を振った。
わたしも手を振り返して、彼女の後ろ姿を見送った。
ごく普通の生徒だった彼女もいまやダンス部の中心メンバーだ。
休み時間でも時間があればこのようにほかの部員のところへ話し合いに出掛けていく。
いちばんの友だちと言えるももちが席を離れることが多くなってもいまのわたしは寂しくない。
同じクラスに手芸部の仲間や一緒にいて安心できる友だちがいるからだ。
そのひとりである光月ちゃんも「最近元気がないね」と千種ちゃんから声を掛けられていた。
「精神攻撃を受けたの?」という千種ちゃんらしい問い掛けに、「……そうかも」と光月ちゃんが呟く。
どこか心ここにあらずな光月ちゃんの様子に千種ちゃんだけでなく藤花ちゃんも心配そうな顔になる。
千種ちゃんは「女神様に護符でも作ってもらおうか」なんて言っているが、光月ちゃんは聞いていないようだった。
「あー、分かんないや! ちょっと聞いてくる!」
大声を出して席を立ったのは朱雀ちゃんだ。
彼女は休み時間も机に向かってノートに何かを書いていた。
おそらく文化祭の報告書だ。
次にファッションショーを企画した人が参考になる程度の詳細なレポートを生徒会役員の久藤さんとふたりでまとめているところだった。
自分が参考にした前年のレポートに負けないものを作ると意気込んでいたがなかなか大変そうだ。
入れ替わるようにももちが戻って来た。
わたしが「早かったね」と言うと、「ほのかはいないし、琥珀は忙しそうだったからメモを渡して帰って来た」とももちは答えた。
「ももちゃん、ちょっといい?」と声を上げた光月ちゃんの表情が先ほどとは違い思い詰めたものなっていた。
「ん、どうしたの?」とももちはニコニコと応じる。
「後輩とのつき合い方というか、接し方というか、そんな相談なんだけど……」
光月ちゃんの言葉はわたしも気になった。
手芸部は勧誘を頑張ったにも関わらず後輩を得られなかった。
それが文化祭明けにようやく新入部員を迎えることができた。
初めてできた後輩だったが……。
「参考になるかなあ。ダンス部は後輩がいっぱいできたけど、多すぎてひとりひとりと話せてないの。アタシは2年担当だから練習中に声を掛けるくらいだし」
ももちの言葉に光月ちゃんは肩を落とした。
次の言葉を探しあぐねる彼女を差し置いて、わたしは「苦手な後輩とかいないの?」と尋ねた。
ももちはわたしの方を向いて「うーん、どうだろう」と小首を傾げた。
「まつりちゃん、新しく入った子が苦手なの?」とズバリ言ったのは藤花ちゃんだ。
「え、あ、べ、別にそんな訳じゃ……」とわたしはしどろもどろになってしまう。
藤花ちゃんはわたしの答えをじっと待つようにつぶらな瞳をこちらに向けている。
そんな目で見られると誤魔化しちゃいけない気分になってくる。
わたしは項垂れて「す、少しだけ」と彼女の言葉を認めた。
藤花ちゃんはわたしをそれ以上追及せず、「光月ちゃんは?」と鉾先を変えた。
ホッとするわたしにももちが「気にすることないよ」と声を掛けてくれる。
わたしは頷くものの、それでも気持ちは晴れなかった。
新入部員は朽木陽咲という子だ。
来年のファッションショー開催を目指す1年生3人組のひとりで、ショーを見て手芸に興味を持ったらしい。
いつも愛想笑いを浮かべているが、他人を見下すような目をすることがあった。
そして時折辛辣な発言をする。
わたしの苦手なタイプだった。
朱雀ちゃんに振り回されることはあるものの、手芸部はわたしにとって気持ちが安まる場所だった。
そこに後輩がひとり入っただけで、わたしの心はかき乱された。
「……苦手、苦手かあ。嫌いじゃないの。凄いと思うし、一緒にいて楽しいと思う時もあるし、好意を示してくれて嬉しかったし……。ただ、何を考えているのか全然分かんなくて、それが苦手と言えば苦手なのかなあ……」
光月ちゃんは言葉を選びながら藤花ちゃんの問い掛けに答えていた。
わたしのように単純なものではないようだ。
嫌悪感というよりも当惑のような感情が垣間見えた。
人間関係も心の中も成長するにつれて複雑になっていく。
小学生の頃はもっと世界はシンプルだったと思う。
好き嫌いもはっきりしていた。
その変化にみんなはしっかり対応しているのに、わたしだけが取り残されているように感じる。
わたしだけが子どものままだ。
わたしだけが新入部員が苦手だからとくよくよしている。
みんなはどんどん成長して大人になっていくのに、わたしはいつまで経っても……。
藤花ちゃんやももちは光月ちゃんの話をしっかり聞くだけで、特にアドバイスをする訳でもない。
それでも光月ちゃんは少しだけスッキリした面持ちになった。
その時、わたしの肩に手が置かれた。
振り向くと千種ちゃんが背後に立っていた。
彼女はわたしの耳元に顔を寄せると「私も彼女が苦手」と囁いた。
わたしは千種ちゃんの顔をまじまじと見る。
普段と変わらない無表情だ。
彼女はわたしの肩に置いた手を離し、わたしの背中をポンと叩いた。
やっぱりみんな大人だ。
でも、みんな、わたしと同じように悩みながら日々を過ごしているんだという気がした。
††††† 登場人物紹介 †††††
矢口まつり・・・2年2組。手芸部。人見知りな性格ゆえに朱雀の強引さに憧れている。しかし、朱雀に振り回されることも多い。
本田桃子・・・2年2組。ダンス部。まつりら1年の時のクラスメイトやダンス部部員からはももち、いまのクラスメイトからはももちゃんと呼ばれている。
山口光月・・・2年2組。美術部。1年生で部長の上野ほたるに対して絵の指導を行っている。
黒松藤花・・・2年2組。おとなしい性格の美少女。
鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。中二病的発言が多いが、そんな自分を受け入れてくれる相手に対しては親身になる。
原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。ゴーイングマイウェイな性格。現在久藤亜砂美とファッションショーのレポートを作成中。




