令和2年8月4日(火)「先勝」島田琥珀
「すごく長くかかったんだね、ホームルーム」
廊下で待っていたあかりが声を掛けてくる。
ほのかがあらましを説明するのを聞きながらわたしは大きく息を吐いた。
「大丈夫なのかなあ」と七海ちゃんが不安げな顔をする。
「帰るん?」と彼女に尋ねると「真央は部活があるから先に帰ったって」と教えてくれた。
現在学校は昼までなので、午後も活動する生徒は一度家に帰るか部室でお弁当を食べるかする。
ダンス部は今日はお休み。
わたしは「ホームルーム長引いてしもうてごめんな」と彼女に謝った。
「凄いね。さすが琥珀」とあかりは無邪気に微笑むが、そんなたいしたものではない。
一方、「何かやって来るかな?」とほのかは警戒している。
久藤さんは1年生の時ほかのクラスにまで悪い噂が流れていた。
大半は小西さんとセットになったものだが、不良仲間との繋がりはあると思った方がいいだろう。
「うちに直接ってことはないと思うんよ。ただほのかや七海ちゃんは気ぃつけた方がええんちゃうかな」
ほのかは難しい顔をしただけだが、七海ちゃんは随分怯えている。
久藤さんは予想していたほど抵抗してこなかった。
口先だけでとりあえずOKしておこうという態度ではあったが、嫌ならもっと嫌だと言えたはずだ。
不利を悟って今回は傷口を広げずに撤退する判断をしたように見えて、かえって厄介な相手だという認識をわたしは強めた。
「さすがに暴力はないと思うんやけど、七海ちゃんはできるだけ鈴木さんと一緒にいた方がええね」
ちょっとした嫌がらせが増えるのは想定内だ。
すぐに夏休みに入るので当面は気にならないと思うが、久藤さんのあの顔を見ていると夏休み明けまで根に持っていそうだった。
「何かするとしても夏休み明けてからかな」とほのかがわたしと同じ考えを示した。
「例えば行事の担当を引き受けた上で面倒事を私たちに押しつけてくるとか」
ほのかの想像はありそうだ。
その程度で済むなら対処は可能だろうけど。
「向こうから何かやって来たら徹底的に返り討ちにしたらいいじゃない」
あかりの脳天気な発言にほのかが呆れた顔で「そんな簡単に行かないわよ」とダメ出しした。
久藤さん本人が自らの手を汚すとは思えないし、あかりが考える100倍くらい陰険な方法を採ってきそうだ。
「それにしてもよくこんなことやろうと思ったわね」
ほのかの呆れ顔はあかりだけでなくわたしに対しても向けられたものだったようだ。
わたしも後悔49パーセントといったところだ。
「彼女のせいで学級委員にならされたんやから少しくらいは痛い目を見てもらわんとね」
久藤さんがズルいって訳じゃないんやけど……。
モデルのような外見。
学年トップクラスの成績。
クラスを牛耳る手腕。
その上、生徒会役員になって優等生の仲間入りって……。
おそらく何でも簡単に手に入れてしまう彼女への嫉妬が根底にあったと思う。
彼女には彼女なりの苦労があるんだろうけど、隣の芝生は青く見えてしまうものだ。
「担任が守ってくれる言うし、ここらで内申の評価をゴッソリ稼いでおきたかったしね」と冗談めかして言ったのに、ほのかは「琥珀と久藤さん、いい勝負だね」と醒めた目でこちらを見ている。
「一緒にせんといて」と言いながら、確かに似ている面が多いと納得する。
おそらくほのかと比べてもわたしや久藤さんは一歩引いたところから周りを見ているし、友人であっても駒のような感覚を持っている気がする。
ただ根本的なところで相容れんような気もするけど。
「長い戦いになりそうやな」
こちらから仕掛けた以上そうなるのは間違いない。
気負いすぎても疲れるだけだから、わたしらしく自然体で……。
「ダンス部は琥珀の味方だから」
あかりの言葉は心強い。
わたしは「ほのかが惚れるのも分かるんよ。いまのあかり、格好良かったもん」と茶化した。
照れて顔を見合わせるふたりを見て、わたしは「何とかなるやろ」と心の中で呟いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
島田琥珀・・・2年1組。学級委員。ダンス部。今日のホームルームで久藤さんにいくつかの要求を呑ませた。
辻あかり・・・2年5組。ダンス部。次期部長候補。
秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部。毒舌だが根は真面目。
田中七海・・・2年1組。生徒会役員。真央とは親友。誰からも真面目だと言われる性格。
鈴木真央・・・2年4組。生徒会役員。ソフトテニス部と掛け持ちしている。
久藤亜砂美・・・2年1組。生徒会役員になったばかり。クラス内ヒエラルキーの頂点に位置している。




