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令和2年4月15日(水)「容赦がない」野上月

 可恋ちゃんなら、電話、LINE、メールの返信といったことを複数同時にやってのけるかもしれない。

 しかし、わたしには無理だ。


 4月になって若者の間にも危機感が広がった。

 志村けんさんが亡くなったり、政府が非常事態宣言を出したりしたことでようやく身近な問題になったのかもしれない。


 わたしは人脈作りが趣味というか生き甲斐なので、友だち、知り合い、顔見知りの数が非常に多い。

 傾向として、彼ら彼女らはアクティブでアウトドア志向でイベント好きが多い。

 わたしがそうだから、同じタイプが寄ってくるのかもしれない。

 顔が広い人を優先して仲良くしているからそうなってしまうのだろう。

 そんな彼ら彼女らも4月に入ると自宅に籠もることになった。

 中には危機感なく遊び歩いている人もいるけど少数派だ。

 わたしもそうだが、普段外に出て人に会う生活をしていたので家ではやることがない。

 だから、無茶苦茶ヒマになるだろうと予想していたが、実際は逆だった。

 みんなヒマだから、やたらと連絡をしてくるようになった。


 最初はそれを喜んでいた。

 じっくり語り合う時間ができたくらいに考えていた。

 だが、日が経つうちに問題が出て来た。

 知り合いは多岐にわたるので、みんなでグループチャットという訳にはいかない。

 個別対応が求められる。

 話が長い人もいれば、少しでもリプが遅れると怒り出す人もいる。

 わたしのことをヒマだと思っている相手が多いので余計に対応が難しい。


 人脈作りで大切なことのひとつに関係を切らせないというのがある。

 友だちになってもその後何ヶ月も連絡が途絶えたら疎遠になる。

 こちらが必要な時だけ連絡するのは相手の心証が悪くなる。

 人数が多くなると全員を同じように扱うことはできないが、大事な人には定期的な連絡は欠かせない。

 しかし、現状は連絡をくれた相手への対応に追われ、こちらから連絡を入れる余裕がなかった。


 ……どうにかしないと。


『聞いてよー、彼ったら熱が出たから看病に来てくれなんて言うのよ! 無理に決まってるじゃない』


 電話の向こうで不満をぶちまけているのは他校の友人だ。

 以前、合コンのメンバー集めに協力してもらってそれ以来よく連絡を取り合っている。


『そうだよねー』と返すと、『お前だけが頼りだとか言うから、ひとりで死ねって言って別れたわ』と語気を荒らげた。


 このあとの展開は予想できる。

 男を紹介して欲しいと言い出すだろう。

 わたしは先手を打って、『今度ビデオチャットでの合コンをやるときは誘うね』と言って話を切り上げた。

 向こうは話し足りないようだったが、『また連絡するね』とかなり強引に通話を終える。


 わたしはふーっと息を吐き、可恋ちゃんに電話を掛ける。

 彼女は中学生とは思えない優秀さを誇るが、特に知識やアイディアの宝庫だ。

 彼女に頼ってばかりなのは癪に障るが背に腹は代えられない。


 残念なことに電話に出ない。

 忙しいのかなと思っていたらメールが届いた。

 用件があるならメールで問い合わせて欲しいと書かれていた。

 少し前までは普通に電話に出てくれたので、彼女も対応に追われるようになったのだろう。

 同じ問題を抱えているのなら協力し合えるのではないかと思い、わたしはメールを送った。


 しばらくして可恋ちゃんから電話が掛かってきた。

 挨拶もそこそこにすぐに本題に入る。


『こういう機会ですから、人脈を広げることより絞ることを考えた方がいいかもしれません』


『分かっちゃいるんだけど、いちど繋がった糸を切るってなんだか不安じゃない?』とわたしは反論する。


『大切なことは自分の価値を高めることです。価値が認められれば向こうから繋がりを求めてきます』


 可恋ちゃんは誰がどう見ても優秀な存在だからそんな風に言える。

 わたしはそこまで自分に自信がない。


『有名な誰それと知り合いだなんてことを誇ったところで意味はありません。何のために人脈を広げているのか。そこを見つめ直す時じゃないでしょうか』


 相変わらずこの子は正面から言葉をぶつけてくる。

 でも、そんな風に言ってくれるからこそこうして意見を聞こうと思うのだ。


 この可恋ちゃんや愛羅さんと今後も関係を続けようと思うのなら、やはりわたし自身の価値を高めなければならない。

 わたしはこれまで人脈の数を誇ってきたが、それではこのふたりに相手にしてもらえなくなるかもしれない。

 とはいえ、人脈の質を上げるなんて口で言うほど簡単ではない。


『わたしは可恋ちゃんや愛羅さんのように頭が良くないから……』と言い訳が口を衝く。


『勉強は大事だと思いますがそれだけではないと思います。優れた人と信頼関係を築くことは簡単ではありませんが、いま信頼関係を持っている人を優れた人に育てるという考え方もできるでしょう』


『育てる?』


『例えば、ゆえさんのように広い人脈を持ち、それを活用する意欲を持った人材をゆえさんが束ねるみたいな形ですね』


 可恋ちゃんの言葉を聞いて、わたしは腕を組んで考え込んだ。

 わたしの人脈には顔の広い子が多い。

 積極的に知り合いの数を増やしている子もいる。

 わたしはオヤジの影響で、その人脈を活用して自分の価値を高め、更なる人脈作りに利用してきた。

 そのわずかな違いがわたしの価値だと思ってきた。


 可恋ちゃんの提案はそのノウハウを教えろということだろう。

 下手をしたら自分のアドバンテージが失われ、取って代わられるかもしれない。

 相当なリスクだ。


『ちょっと考えさせて』とわたしは呻いた。


『創造的破壊という言葉があります。現状維持という安直にたゆたっていては成長は望めません』


 言葉が出ない。

 わたしはグッと歯を食いしばる。


『厳しい言葉で背中を押して欲しいから私に連絡してきたのでしょう?』


 そう、可恋ちゃんという劇薬に頼ったのはわたしだ。

 この1年で可恋ちゃんや愛羅さんという本当に秀でた人たちと出逢い、これまでの延長線上のやり方ではダメだと感じていた。

 このままだとちょっと顔が広いだけの高校生で終わってしまう。


『分かった! 変える!』とわたしは叫んだ。


 オヤジに相談したら、「好きにしろ」の一言で片付けられるだろう。

 わたしにとっては大問題でも、要はその程度のことだ。

 苦労してコツコツ築き上げたわたしの人脈はわたし以外にとってはたいした価値がない。


『ゆえさんは自分をもっと高く売りつけてもいいと思います』と可恋ちゃんが指摘した。


 不安な気持ちを押し殺し、あえて明るく『そうだよね』と肯定する。

 凄い人たちと比べて自分はダメだと言っていても何も始まらない。

 わたしだけの武器が何かは分からないが、わたしの長所は考えるよりまず動くことだ。


『次に会う時は新しいゆえになっているから楽しみにしていてね』とわたしは高らかに宣言した。




††††† 登場人物紹介 †††††


野上(ゆえ)・・・高校2年生。父親の影響で中学生の頃から人脈作りを趣味にしていた。


日野可恋・・・中学3年生。聖徳太子じゃあるまいし並行処理はできません。むしろ効率が悪くなると思います。それより不必要な相手との連絡を絶つ方が良いでしょう。キャシーとかキャシーとかキャシーとか。


茂木愛羅・・・大学3年生。某超有名私大に通う。大手広告代理店業界第一位の企業を志望している。

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