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令和2年3月26日(木)「秘密」須賀彩花

 昨日から学校が再開された。

 普段通りとはとても言えない。

 先週末はうららかな春の陽気もあってこのまま騒ぎは終わってしまうのではないかと感じていた。

 それがまたピリピリしたムードに変わってきている。


 先生たちは相当警戒しているようだ。

 いつもより気が立っているように見える。

 生徒たちは久しぶりの再会を喜んでいたが、どれくらいの距離感で接したらいいか分からずに戸惑う姿も見られた。


 ダンス部は学校のグラウンドでの自主練があるから優奈やひかりとは定期的に会っていたが、美咲と顔を合わせたのは1週間振りくらいだった。

 そして、綾乃は今日も欠席だった。


 今日も給食はなく、4時間目が終われば下校だ。

 明日は卒業式だが、1、2年生は自宅待機となる。

 週明けの月曜日に修了式があり、それでわたしの中学2年生は終わりだった。


 とても楽しい1年間だったし、とても成長できたと感じている。

 それだけにもっと別れを惜しみたかった。

 数日でも再会できたことは良かったけど、もっと楽しく語り合いたかった。


 教室ではお喋りすることを咎められるムードがあり、あれほど仲が良かったクラスなのに小さなグループに分かれて小声で話をすることしかできない。

 美咲は「体調は悪くないの。ただこの雰囲気ではどうしても気分が沈んでしまいますね……」と溜息をついた。

 優奈も「いつ終わるんだろうな」と今日は元気がない。

 その様子が気になったわたしは「どうかしたの?」と声を掛けた。


「あー、ちょっと週末に出掛ける予定がね……」と優奈は歯切れ悪く答えた。


 それでピンとくる。

 おそらくデートの予定だったのだろう。

 でも、昨日東京に外出自粛の要請が出ていたし、とても遊びに行ける状況ではなくなってしまった。

 いつもの優奈だったら荒れて愚痴を大声で言っていそうだが、彼氏のことは美咲には内緒にしているのでこんな態度になっていると思う。


「綾乃のことも心配よね」と美咲が口にする。


 LINEでは毎日やり取りしている。

 本人は元気だと話しているが、事情があって学校に行けないという。


 わたしもつい溜息をついてしまう。

 綾乃の顔が見れたのは休校中にたった一度だけだ。

 彼女と同じクラスになったのは初めてだったが、夏休み前くらいから仲良くなり、それ以降は本当にいつも一緒にいた。

 わたしはひとりっ子なので、急に妹ができたような気分だった。

 それが休校になってからは理由も分からずに会えなくなってしまった。


 今日は良い天気で暖かい。

 全開の窓から入ってくる風も心地よいくらいだ。

 しかし、春の息吹は重く淀んだ空気を振り払ってはくれない。


 3、4時間目の美化活動中わたしはひとりでダラダラと過ごしてしまい、気が付けば下校時間になっていた。

 ひかりは三島さんとさっさと帰ってしまい、美咲も「また月曜に」と言って先に帰宅した。

 わたしと優奈は帰りがけにダンス部の打ち合わせをする。

 最近部員のモチベーション低下がはっきり目に見えるようになってきて頭を痛めている。。


「部活の再開は新学期が始まってからになりそうだね」と部長の優奈に話し掛けると、「この調子だと夏に全国大会を開催するかどうかも分かんないし、どうしたもんかね……」とうんざりした表情で彼女は答えた。


 明日は卒業式があるのでグラウンドは使用禁止で自主練も中止となった。

 替わりに土曜日に行う予定だったが、日野さんから電話で自粛要請が優奈のもとに届いたそうだ。


「東京だけでなく、ここ神奈川でも自粛の動きが出るから止めた方がいいんだってさ」


 優奈の言葉にわたしは肩を落とす。

 仕方がないこととはいえ、子どもは振り回されてばかりだ。


「月曜日はできるのかな」と不安を口にすると、「さあな」と優奈は投げやりに言葉を返した。


「4月から校長が替わるからグラウンドの使用もどうなるか分からないんだってよ」と言った優奈は、「できなくなったら公園使うしかないけどな」と続けた。


「休校中にだらけて過ごしてた奴は青白い顔して元気なさそうにしてたじゃん。それよりマシだろ」と優奈は大声を出すが、わたしたちも似たり寄ったりだ。


「もう4月なんだね」とわたしは当たり前のことを声に出してしまう。


 自主練をしていたから曜日の感覚はあったものの、日付への関心は薄れていた。

 間もなく4月になり、わたしたちは受験生と呼ばれるようになる。

 それなのに、全然そういった実感がわかない。

 世の中がこんなだから勉強が手につかないと言ったら甘えだろうか。


「日野から、ひかりを見習って目の前の1日1日を大事に過ごせって言われたけど、分かっていたっていろいろ考えるよな。それに、ひかりはダンスができれば満足なんだから、あんなのを見習えってどうすんだよ」


 優奈が憤る気持ちはよく分かる。

 ひかりのようにダンスだけに集中できればと思うことはあるが、現実はままならないものだ。

 どうしたって気になることはある。

 ……綾乃のこととか。


「優奈って、綾乃の事情を知っているんだよね?」


 わたしが突然話題を変えたことに優奈は戸惑って、「え? ああ。……いや、それは」と曖昧な返事をした。

 薄々察してはいたが、これまでいつか話してくれるだろうと問い詰めることはしなかった。

 わたしが優奈の目をじっと見つめていると、短く「知ってる」と優奈は頷いた。


 優奈は自分の顔を右手で押さえ、大きく息を吐く。

 その手でおもむろに髪をかき上げ、上を向いた。


「綾乃と約束したんだ。彩花には言わないって」


 それは予想していたことだ。

 それでも知りたかった。


「誰にだって、親友相手でも、いや親友だからこそ言いたくないことがひとつやふたつはあったりするんじゃないの」と優奈はわたしの顔を見ずに話す。


「アタシも美咲に彼氏のことをずっと黙ってきた。それを心苦しく思うことはある。話すべきだと思うことも。でも、それは他人が決めることじゃない。アタシが決めることだ」


 優奈はそう言うと再びわたしに向き合った。

 視線と視線がぶつかる。


「彩花が苦しんでいる以上に綾乃は苦しんでいると思う。無理に事情を聞き出そうとするんじゃなくて、綾乃を信じてあげて欲しい」


 わたしは唇を噛み締め、ゆっくりと頷いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・中学2年生。美咲グループの一員。ダンス部副部長。


田辺綾乃・・・中学2年生。美咲グループの一員。ダンス部マネージャー。


笠井優奈・・・中学2年生。美咲グループの一員。ダンス部部長。


松田美咲・・・中学2年生。美咲グループの一員。学級委員。


渡瀬ひかり・・・中学2年生。美咲グループの一員。ダンス部。

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