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令和2年3月4日(水)「ゆえとわたし」日々木華菜

『ちょっと化粧して大人っぽい服を着ていたら大学生に見られるから問題ないよ』


 電話越しにゆえが自慢げに話す。

 彼女は学校が休みになったことをいいことに遊び回っている。

 正確には彼女の趣味である人脈作りに奔走しているらしい。


『大丈夫なの?』とわたしが心配しても、『リスクを恐れてちゃ何も得られないわよ』と気にした素振りがない。


 ゆえは可恋ちゃんをライバル視している。

 いま可恋ちゃんが自宅に引き籠もっているので、その隙に人脈作りを頑張りたいと話している。


『会って話さないと相手を見極められないからね。可恋ちゃんには築けないような人脈を作ってみせるわ』とゆえは意気込んでいた。


 ゴールデンウィークに予定していたファッションショーは中止という決断を下した。

 延期でもいいんじゃないのと尋ねると、宙ぶらりんにしておくよりキッパリ手を打って次へ進んだ方が良いのとゆえは答えた。

 あれだけ力を注いでいたのだから苦渋の思いだったに違いない。

 それを引きずることなく、前に進もうと彼女はしている。

 方法が正しいかは疑問だけど……。


『宿題、進んでいる?』とわたしは話題を変えた。


 この高校は1年生の夏休みに大量の英語の宿題を課す伝統があり、その量を見た時は茫然自失になった。

 ゆえが優等生のアケミや帰国子女のハツミを誘って勉強会を行い、なんとかその宿題を乗り越えることができた。

 大変な思いをしたものの、友情が深まったので1度きりなら良い思い出だったと言えるだろう。

 しかし、ほとんど準備期間がなかったはずなのに学校側はまたも大量の宿題を用意して生徒に配布した。

 夏休みの悪夢再びである。


『夏休みはやらなかったら補習が待っていたけど、今回は無理でしょ。休校になった分の補習があるんだし』とゆえは楽観視している。


 不要不急の外出をするなとは言われている。

 守っている生徒はごく一部だが。

 学校の指示に従えば友だちと一緒に勉強会をすることもできない。


『でも、夏休みが削られるんじゃ』とわたしが心配しても、『オリンピック期間中は休校になるでしょ』とゆえは予想している。


『カナみたいな真面目な子が宿題に追われて外出しないことを狙っているんでしょ』というゆえの予測は当たっているのだろう。


 わたしはゆえのように勉強をサボることはできず、日中はコツコツと宿題をこなしている。

 アケミも妹の面倒を見ながら宿題をしているそうなので、分からないところを教えてもらっている。

 ハツミはゆえの考えに感化され、自由気ままに過ごしているようだ。


『この状況が収束したら大きなイベントをやろうと愛羅さんといろいろ相談しているんだけど、いつになるか分からないのが辛いよね』と溜息をつくゆえは『それで、この状況でもできることを考えて、ハツミをユーチューバーにしようって話で盛り上がったのよ』とわたしに打ち明けた。


『本人に言ったの?』


『嫌って即答された』


 ハツミは人目を引くほどの美女だ。

 ファッションショーのモデルには興味を示していたが、アイドルのような活動には関心がないようだった。

 クールに見られることにかなり気を使っているようなので、自分から積極的に売り出すスタイルはしたくないのだろう。


『何度もお願いしていたら、最近は電話に出てくれないの』とゆえが言うので、『あんまりしつこくしちゃダメだよ』とわたしは注意する。


『ヒナちゃんでもいいんだけどな』とゆえが冗談めかして言ったので、『可恋ちゃんに殺されるよ』と脅しておく。


『ヒナちゃん、可恋ちゃんのところにいるんでしょ? カナ、寂しいんじゃない? シスコンだから』とゆえがからかってくる。


『ちょくちょく会っているから平気』とわたしは強がりを言ったが、寂しいのは事実だ。


 昨日だって、雛飾りを出していたのにヒナ不在のひな祭りになってしまった。

 夕食は可恋ちゃんの家に行って、ちらし寿司を作って一緒に食べたけど……。


 ヒナがいない我が家は太陽が出ていないような雰囲気がある。

 週末にはいつも可恋ちゃんの家に泊まりに行っていたし、春休みにヒナひとりで祖父の家に滞在することもあった。

 だから、そこまで特別な状況ではないのに、喪失感のようなものがあった。

 大好きな料理ですら、ヒナがいないと作る気が起きてこないことさえあった。

 いつか離れて暮らすと頭では分かっていた。

 それが突然やって来て戸惑っているのだろう。


『ハクション! ハクション!』と電話の向こうでゆえが立て続けにくしゃみをした。


『大丈夫?』


『花粉症だからね。でも、外でくしゃみするだけで一斉に白い目で見られるから辛いわ』


 家で大人しくしていればいいのにという喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 代わりに『気を付けてね』と声を掛ける。


『ありがとう。またね』と言ってゆえは電話を切った。


 可恋ちゃんが周りに与えた影響でもっとも大きいことは、人生は有限で時間は無駄にできないというものだ。

 今回の問題は感染症だから自分のことだけでなく他人に感染させないためにある程度の制約は必要だろう。

 その制約の中で1日1日をどう過ごすのか。

 簡単にこうだなんて言える話ではない。


 わたしは気合を入れようと両頬をバシンと手で叩いた。

 ゆえとわたしは親友と言える間柄だが、考え方も能力も全然違う。

 比較したって仕方がないし、羨んでみたところで何も変わらない。

 わたしはわたしだ。


 わたしから可恋ちゃんに感染させる訳にはいかない。

 それが分かっているから、ゆえもわたしとは電話やLINEでのやり取りしかして来ない。

 学校の宿題だけでなく、いまやるべき勉強があるはずだ。

 他人をどうこう言うのではなく、自分がやらなきゃいけないことをする。

 それだけのことだ。


 ヒナからメッセージが届いた。

 昨日のちらし寿司のお礼と、今日の出来事が綴ってある。

 ヒナや可恋ちゃんを見ていると、優秀な人というのはそれだけの努力をしている人だ。

 いや、努力というのは正しくないかもしれない。

 努力と感じずに当たり前のようにやっている。

 わたしは料理以外のことはその域まで達することはできないだろうが、彼女たちの姿勢を見習うことは忘れずにいたい。

 この1分1秒を大切に生きるという姿勢を。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校1年生。料理の腕は玄人はだしで将来は栄養士か調理師を目指している。


野上(ゆえ)・・・高校1年生。父親の影響で人脈作りが趣味。その自由人の父親は非常時に引っ張りだこになっているようだ。


矢野朱美・・・高校1年生。真面目な優等生。


久保初美・・・高校1年生。長身長髪で普段からよく大学生に間違われる。ナンパされることが多いので繁華街は好きじゃない。


茂木愛羅(あいら)・・・大学2年生。超有名私大の経済学部生。学内学外に幅広い人脈がある。


日々木陽稲・・・中学2年生。華菜の妹。天使と言われるほどの容姿を持つが、努力家でもある。


日野可恋・・・中学2年生。人生二周目だとか人の3倍の速度で生きているだとか言われる才女。

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