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令和元年6月2日(日)「鍵」日野陽子

 横浜駅の待ち合わせ場所にいたのは、シックなジャケットに身を包んだ可恋と、ゴージャスなパーティドレスを着た陽稲ちゃんだった。

 可恋はショートの黒髪で普段も男子っぽいけど、今日の男装ぶりはいつも以上で、正装が様になった高校生男子に見える。

 一方の陽稲ちゃんは、そんな可恋にエスコートされるお姫様といった趣で、周囲の視線を集めていた。


 ――これは高級レストランに連れて行かないとダメな状況だよね。


 私は急いで友人に電話する。

 情報通で、顔が利く人なので、お願いしてホテルのフレンチの席を取ってもらった。

 お土産のいっぱい入った手荷物をコインロッカーに詰め込んで、ホテルへ向かう。


「電車で来たの?」と可恋に問うと、「ひぃなのお父さんに車で送ってもらった」と答えた。

 この服装ならさすがにそうだよね。

 それならご家族を夕食に招待した方が良かったかなと思っていると、「私もご家族でと言ったんだけど、今日はひぃなのお母さんが仕事なので今度機会を作りましょうと言われた」と可恋が私の考えを読んでそう教えてくれる。


 ホテルに着くと、私はレストルームで身だしなみを整える。

 こんな高級レストランに行くなんて予定していなかった。

 ひどい格好という訳ではないが、陽稲ちゃんの正装に比べると見劣りする。

 きっと可恋が言い出したんだろう。

 今度、可恋にもあんなパーティドレスを着せてやると企むことで心を落ち着ける。


 瀟洒な店内。

 きらびやかな夜景。

 高級感が肌に伝わる。


 大学教授なんて言っても、こんな店に来る機会なんて滅多にない。

 可恋をフレンチに連れて来た覚えなんてないのに、どうして落ち着いていられるのかと思ってしまう。

 可恋と陽稲ちゃんはこの雰囲気にも動じず、軽やかに談笑しながら優雅に食事している。

 私の方がマナーを気にして焦っているほどだ。

 私が中学生の時にこんな店に来ていたら、カチコチに固まって食事も喉を通らなかったに違いない。


「今日はこんな素敵なお店でご馳走していただいて、ありがとうございます」


 陽稲ちゃんが恐縮した顔で感謝の言葉を述べた。


「いいのよ。いつも可恋が面倒を見てもらっているお礼だから」


「面倒を見るだなんて……」


「成りとおっぱいだけは大人になったけど、つい最近までお母さんお母さんって私を恋しがってた子どもだから」と茶化すと、可恋が威圧感100%の視線で私を睨みつけてきた。


「でも、陽稲ちゃんみたいな良い子が嫁に来てくれて嬉しいわ」


 私の言葉に陽稲ちゃんは赤く頬を染めた。

 可恋の目は更にキツくなってきた。

 そのうち睨んだ相手を焼き殺すビームでも出すんじゃないかってくらい。


「手を出して」と陽稲ちゃんに言うと、素直に小さな手を出してくれる。

 その上に手を載せる。


「これって……」


「うちの鍵。陽稲ちゃんが持ってて」


 これまでも陽稲ちゃんが泊まりに来た時にはその都度スペアキーを渡していた。


「いいんですか?」


 陽稲ちゃんは驚いた顔で私を見た。


「私は仕事仕事だし、この子は急に体調崩したりするしね。陽稲ちゃんなら安心して任せられるから」


 陽稲ちゃんは口をグッと引き締め、決意を込めた眼差しで「分かりました」と頷いた。

 両手で鍵を大切そうに包み込んでいる。


「可恋、陽稲ちゃんを幸せにしなさいよ」と笑いながら声を掛けた。


 可恋はなお憮然としていたが、陽稲ちゃんが可恋を見ると、優しく微笑んで頷いてみせた。


「陽稲ちゃん、今度買い物につきあってね。可恋のパーティドレスを買いましょう」と言うと、陽稲ちゃんは緊張を解きほぐしたような明るい笑顔で頷いてくれた。


 ムスッとしている可恋を横目に、どうせなら私も新調しようかなと思う。

 母離れの記念に。

 でも、その前に少しダイエットしないといけないか……。

今日2話目。

もう少し前に予定していたエピソードでしたが、このタイミングとなりました。

明日は短めな話になるかもしれません。

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