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令和2年1月14日(火)「嵐への備え」藤原みどり

 最近、空き時間があると小野田先生や田村先生から生徒指導のあり方について事細かな教示を受けている。

 他の先生方からはもう一人前に見られているのに、このふたりのベテラン教師は私を未熟扱いしたままだ。

 まるで生徒のように扱われ、それに不満な様子をチラッとでも見せると自覚が足りないと言われるのだからたまったものではない。


 連休明けの今日も小野田先生に捕まってしまった。

 先日、大学の教職課程で学んだことを失念していてこっぴどく怒られた。

 それを復習しておくように言われ、今日はその確認をさせられた。


「藤原先生は授業は優秀なのですから、それ以外の部分でも自分を高めていこうという気持ちがあれば良い教師になれると思います」


「……はい」


 私としては教師の第一の役割は勉強を教えることで、人格形成や躾、マナーなんてものは家庭で学ぶべきだという考えがある。

 それを正直に言うと塾の講師になればと指摘されるが、そこはほら、公務員の方が何かと安定しているし……。

 そういう訳で生徒指導については身が入らないので、事あるごとに小野田先生から睨むような怖い目を向けられることになる。


 小野田先生は溜息をつくと肩を落とし、「来年度は苦労すると思いますよ」と口にした。

 そう告げられても私には”苦労”の具体的なイメージが浮かばない。

 教職はブラックな印象が広がっているが、他の職業に就いた同期の話を聞いて教職だけが特段大変とは思わなかった。

 幸いモンスターペアレントに遭遇したことはないし、職員室の雰囲気もそれほどギスギスしていない。


「次の校長は望月先生だそうです。彼女は『生徒のため』という確たる信念の下で行動しますから、周りは大変ですよ」


 教師になってまだ3年目でこの学校にしか在籍したことがない私はその名前にピンと来なかった。

 生徒のためなんてたいていの教師が唱えているのだから特別な感じもしない。


「どんな方なんですか?」


 私の疑問に、小野田先生は少し考えてから答えてくれた。


「そうですね。教師に対しては『生徒のため』なら死ぬほど働くのが当然と思っている方です。そのため田村先生とは天敵と言える間柄でした」


 私は血の気が引くのを感じた。

 田村先生は教職員の職場環境改善に長年取り組んで来た方で、この学校の教師の仕事量はかなり少ないと他の先生方から伺ったことがある。

 その田村先生がこの学校を去り、その対極にいるような人が校長としてやって来るとは……。


「生徒に対しては優しいところもありますが、管理することが当然だという考えなので日野さんと対立するのは確実でしょう。上手くやってくださいね」


「え、えーっと……」


 どう上手くやればいいのかさっぱり分からない。

 来年度、私が日野さんの担任になることはほぼ確定事項なので、両者の板挟みなんてことが起きるかもしれない。


「日野さんはキャンプの時を見ても分かるように、問題を学校の外部に持ち出す傾向にあります。おそらくメディアを利用するでしょう。教師の仕事ではありませんが、メディア対応も学んでおくといいかもしれません」


「そ、そんなことを言われても私には荷が重すぎます!」


 下手をしたらテレビのワイドショーでブラックな学校、生徒を抑圧する教師として取り上げられるかもしれない。

 そんなことで世間に顔をさらしたら嫁のもらい手がなくなってしまうではないか。

 あ、谷先生のように悪目立ちしたら新たな出会いが……って、あんなのは容姿に恵まれた人だからできることだ。


 眼鏡越しに私に冷たい視線を向けていた小野田先生は「準備を怠らないように。私や田村先生があなたにノウハウを授けているのもそのためです」と厳しい口調で言った。

 しかし、準備なんて言われても……。

 いっそのこと、新しい校長に泣きついて担任を下ろしてもらうとか……。


「覚悟を決めなさい。あなたもいい大人なんだから」




 放課後、ソフトテニス部の顧問の仕事が終わり、職員室に戻ろうとしていたら岡部先生とばったり出くわした。

 彼女は新任1年目で、この学校で唯一私が先輩風を吹かすことができる相手だ。


「お疲れ様です」と挨拶して足を速める彼女を「あっ!」と思わず呼び止めてしまった。


「何でしょうか?」と振り向く彼女の悩みのなさそうな顔を見ていると苛立ってしまう。


 さすがにそれは八つ当たりなので、それを態度に出さないように気を付けながら、「岡部先生も来年度は担任になるのでしょう?」と訊いた。

 彼女は淡々と「そんなお話をいただきました。頑張りたいと思います」と優等生的な発言をする。

 彼女は体育教師で、率先して面倒な仕事をこなすので他の先生方からの受けが良い。

 新校長の下でブラックな仕事を割り振られても黙々とやってしまいそうだ。


「……そうだ。岡部先生は日野さんを知っていますよね。もし、もし彼女を受け持つとしたらどうしますか?」


 岡部先生は現在ダンス部の顧問だ。

 そして、私が副担任をしている2年1組の生徒がダンス部の中心メンバーとなっている。

 ダンス部に所属はしていないが、日野さんもかなり関わっているという話は聞いていた。

 当然、岡部先生とも面識はあるだろう。


「難しい質問ですね。私では彼女をどう扱っていいのか分からないと思います」


 意外と率直な回答が返ってきた。

 私なら”できる”アピールをするために教育論のひとつもぶち上げるところだろう。

 分をわきまえているのか、自分に自信がないのか。


「そうは言っても、どんな生徒を受け持つことになるかなんて分からないじゃない」


 昨年度の麓さんや今年度の日野さんのケースはレアだ。

 ここまで対応の難しい生徒はそうそういる訳ではなく、普通はクラス分けをしてから担任を決める。

 岡部先生の場合は2年目での初担任なので、問題のある生徒を減らすという調整が入るかもしれないが。


「日野さんと出会って3ヶ月ほどですが、時々私より大人なんじゃないかと思うことがあります。私もこれまで色々な体験をしてきましたが、彼女はそんな私より濃密な人生を歩んできたんじゃないかと思いました」


 彼女の言葉のように私も感じることがある。

 10歳も歳下なのに、時として私より大人びた、何か超越したような発言や態度をすることがあった。

 日野さんの苛酷な生まれ育ちが原因なのだろうが、そういうところが私を苛立たせ、怯えさせた。


「それでも歳相応の顔を見せることがあるので、そういうところを引き出してあげたいですね」


 岡部先生は最後は優等生発言で締めてしまった。

 私は新しい校長とも日野さんとも敵対せずに済む方法を探したいのだが……。


「次の校長先生と日野さんが対立するかもしれないのよ。そんなことになったらどうしたらいいか……」


 後輩とは思えぬほどしっかり者の岡部先生につい相談してしまう。

 ペラペラ喋る感じではないが、あとで誰にも言わないように釘を刺しておかなきゃ。


「生徒のために何ができるかを考えることが教師の役割なんじゃないでしょうか」


 真面目な言葉が返ってきた。

 また、”生徒のため”か……。


「そうなったら岡部先生も協力してね」


 彼女は素直に「はい」と頷く。

 私よりペーペーの岡部先生が味方についたところでたいして役に立つとは思わないが、小野田先生や田村先生が学校を去る以上ひとりでも味方が欲しかった。

 これも”準備”よね。

 私は迫り来る嵐に備えて、できる限りの”準備”はしておこうと思った。




††††† 登場人物紹介 †††††


藤原みどり・・・2年1組副担任。国語教師。教師歴3年目。まだ担任の経験がなく、来年度に初めての担任となる。


小野田真由美・・・2年1組担任。理科教師。50代のベテラン。今年度限りでこの学校を去ることが決まっている。


田村恵子・・・2年の学年主任。国語教師。50代のベテラン。今年度限りでこの学校を去ることが決まっている。


岡部イ沙美(いさみ)・・・1年女子を指導している体育教師。教師歴1年目。来年度に担任となることが決まっている。


日野可恋・・・2年1組。影からこの中学を支配していると噂されているが、こんな学校を支配してどうするの? とのこと。

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