令和2年1月10日(金)「ふたりの距離」山田小鳩
「凄いね。これだけ生徒会活動に時間を割きながら学年トップの成績をキープできるって」
放課後に生徒会の仕事を補助してくれている千草が嘆息した。
彼女は私と学年首位の座を角逐する間柄だ。
「学校の定期試験で計測可能な範囲の学力を有しているだけだ」と私は返答する。
彼女は進学塾に通塾しており、学校の授業の範囲を超越して学習していると推測できる。
私は然程勉学に精励せずとも好成績を維持できているが、その限界も自認している。
「上には上がいるって思い知らされることの多い一年だったわ」
そう発言して遠い目をする千草が意識にのぼせているのは私よりも別の人物のことだろう。
その本人は否定していたが、天才とは斯様な者のことを称すのかと私も所思したものだ。
「努力することを知る者が最後は成功を遂げるのではないかな」
私がそう言及すると、「でも、小鳩さんも日野さんも私以上に努力しているよね」と千草は眉間に皺を寄せた。
私に関しては買いかぶり過ぎだと思案するが、ここで努力していないと吹聴したところで詮もない。
「他人との比較を否定する訳ではないが、過度に拘泥せぬ方がいいのでは。千草は傑物の域に存すると私は識認している」
「ありがとう。分かってはいるのだけどね」と千草は苦笑を浮かべた。
「それに……、日野は埒外の偉物だ」
日々木に依ると日野は半年ほどで母語並の英会話力を獲得したという。
英語に接する機会があったとはいえ尋常ではない。
他の科目も中学の範疇を修了し、高校相当の独習をしているとも仄聞した。
彼女のように自律して学習できるのなら、学校で他人の速度に合わせるより自分の速度で自学した方が効率的だろう。
それでも卓爾だと言及せざるを得ない。
「定期テストで勝った負けたと一喜一憂しても虚しい相手よね」と千草が諦念して託つ。
私も試験の順位に頓着しないが、日野は私以上だろう。
日頃の勉強の蓄積があれば、試験前は確認程度で十分だ。
人間だから失念することはあるので、満点を取り逃がすことはあるが、定期試験で過失の過多を競争しても意味があるだろうか。
「千草は勝負に固執するのだな」
私がそう指摘すると、千草は複雑な表情で「そうね」と肯定した。
「私はそういうところを勉強するモチベーションにしていると思うわ。あまり良いことだとは思わないのだけどね」
「動機付けは銘々で相違があって当然かと」
「そうだけど……」と意気阻喪した感のある千草に「それを己の糧に出来るか否かが肝要なのでは」と忠告する。
「優劣の比較はさておき私も日野から刺激は貰い受けている。最近は千草からも」と言葉を継続すると、千草は漸う気分を向上させた。
「私は……こうして小鳩さんと語り合う時間がとても大切なものだと感じているの。でも、仕事を手伝う以外であなたのプラスになっているか不安だったの」
千草は真剣な眼差しで私を凝視している。
感謝に値する言葉だが、彼女が纏う雰囲気に圧倒され、私はこの場から逃亡を図りたくなる。
私は他者との対話が得意ではない。
日々木や日野のように相手が距離感を適切に対処してくれるといいが、突然この様に近接されると錯乱しそうになる。
私とて千草と親交を密としたい存念はある。
頻繁に生徒会室へ来訪し、短時間でも私を補助してくれる。
徐々に増加してきた彼女との会話は私の知見を広げてくれるし、性格に類似した面もあり相互理解が可能だと思料している。
だが……。
「千草には常に深謝している」と私は生硬した態度で応対した。
千草は気まずそうに視線を逸らした。
彼女も私ほどではないにせよ他人との意思疎通を得手としていない。
彼女の困惑は察するに余りある。
されど私もまたこの状況を改善する能力を有していなかった。
しばし沈黙が続く。
仲良くなりかけても、私が原因で疎遠になってしまった関係は過去にも何度かあった。
日々木のように交流の達人でなければ、私と友人関係を保持することは至難なのかもしれない。
知らず奥歯を噛み締めていた。
日々木や日野との縁は幸運だった。
自ら努力して取得したものではない。
今後の人生もただ幸運を待望するだけでいいのか。
先程、自分で高言したではないか。
努力することを知る者が最後は成功を遂げるのではないか、と。
沈思黙考する。
自らの心底にある感情をどう伝達すればいいのか。
不首尾に終わることへの恐怖が心中に渦巻く。
しかし、怠慢に身を任せたところで不首尾と結末は変わらない。
私は決意を秘めて開口した。
「私は……」
そう切り出したものの、千草の視線を浴びた途端、頭の中が真っ白になってしまった。
「あの……、えーっと……、ごめんなさい」
最後はほとんど聞き取れないくらいの小声で呟くように謝った。
たぶん、いまの私は泣きそうな顔になっているだろう。
どうしよう、どうしようという言葉だけが頭の中を駆け巡っていた。
千草は目を見開いていた。
その時、日々木の言葉が脳裏に蘇った。
――困ったら笑顔。
1年生の時は日々木が私を心配してひっきりなしに助言をくれた。
その中でもっとも多く口にした言葉だ。
私はちゃんと笑えているか分からないが、必死で笑顔を作った。
「えーっと……、なんて言っていいか分かんないけど……、これからもよろしくね」
千草はなぜか泣き出しそうになって、何度も頷いた。
一度は広がったふたりの距離が元に戻ったようで、私はホッとする。
「こちらこそ、よろしくね、小鳩さん」
††††† 登場人物紹介 †††††
山田小鳩・・・2年4組。生徒会長。対人恐怖症と言えるほどだったが、1年時に陽稲と関わることで改善できた。それでも対人関係は苦手。
千草春菜・・・2年1組。12月から期間限定で生徒会を手伝っている。真面目すぎて周囲から浮くことが多いと自覚している。
日々木陽稲・・・2年1組。笑顔の伝道師。日本人離れした美少女。1年生の時は小鳩や宇野都古と仲が良かった。
日野可恋・・・2年1組。生徒会を裏から支配していると噂されている怖い人。勉強に関しては、本人曰く、学習効率が良いだけ。




