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令和2年1月4日(土)「香波ちゃん」日々木陽稲

 Uターンラッシュに巻き込まれ、宣子叔母さんは我が家に到着した時に疲れた表情を見せた。

 わたしよりほんの少しだけ大きい小学3年生の桂夏ちゃんはぐったりしていて、駅まで迎えに行ったお姉ちゃんが抱きかかえるように家まで連れて来た。

 小学6年生の香波ちゃんはお母さんを助けるために大きな荷物をいくつも持っていた。


「いらっしゃい、疲れたでしょ」とわたしとお父さんが出迎える。


 わたしは三人を中へ案内し、お父さんは荷物を運ぶのを手伝った。


「寒くなかった?」と香波ちゃんに尋ねると、「外はとってもあったかかった。でも、家の中は寒いね」と感想を述べる。


 北海道は外は寒いが、家の中は薄着でも平気なくらい温かくしているそうだ。

 わたしはエアコンの温度を少し上げ、加湿器も強めにする。


「ああ、もう歳ね」と嘆息する宣子叔母さんに、「まだまだお若いですよ。誰だってこの時期に東京方面に向かえば大変ですよ」と声を掛ける。


 帰省ラッシュの時に来てもらえればもっと楽だったのだが、わたしたち家族は北関東の”じいじ”の家に帰省していた。

 昨年の夏休みに北海道へ行った時に、別れを寂しがる従妹ふたりにわたしが思い付きで語ったことが発端なだけに申し訳ないと思う。

 春休みもわたしの誕生日を祝ってもらうために”じいじ”の家を訪問するのが恒例なので、まだ時間的な余裕がある冬休みに来てもらうことになった。

 北海道の冬休みはこちらのものより長いので、うちに二泊したあとTDLに一泊して帰る予定になっている。

 ただ宣子叔母さんの旦那さんは用事があってこちらに来るのが明日になり、ひとりでふたりの娘を連れて来なければならなかった。

 宣子叔母さんの実姉であるお母さんは今日は仕事始めだし、お父さんも所用があって空港まで迎えに行けなかった。

 わたしではこういう時は役に立たないのが辛いところだ。


「すぐに夕食にしますか? もう少し休んでからがいいですか?」とお姉ちゃんが桂夏ちゃんを気遣いながら宣子叔母さんに尋ねた。


 宣子叔母さんも桂夏ちゃんを心配そうに見ていたが、クッションに寝そべっていた桂夏ちゃんが「お腹空いた……」と呟いたのですぐに食事にすることになった。


「手伝います!」と立とうとした香波ちゃんを「今日は疲れているだろうからゆっくりしていて。明日は手伝ってもらうから」とお姉ちゃんがニッコリ笑って押しとどめる。


 お姉ちゃんとお父さんが夕食の準備を急ぎ、その間わたしは三人の相手をしていた。

 わたしが札幌に行ったのは夏がほとんどだ。

 昨年はゴールデンウィーク前に悲しい出来事があり急遽訪れたが、冬の北海道は体験したことがない。

 わたしは大げさに驚いてみせながら、小学生のふたりに冬の北海道の常識をいろいろと聞いていた。


「凄いねぇ。雪かきのお手伝いするんだ。偉いねぇ」


「陽稲お姉ちゃんは雪かきしないからおっきくなれないんだよ」と徐々に元気になってきた桂夏ちゃんが笑う。


「こらっ」と香波ちゃんが叱ってくれるが、わたしは「ははは……」と苦笑するしかない。


 宣子叔母さんの旦那さんが大柄なせいか、香波ちゃんも桂夏ちゃんもクラスの中で背が高い方だと聞いている。

 わたしは小3の桂夏ちゃんと同じ歳に見られそうだし、小6の香波ちゃんと並ぶとわたしが歳下に見られるだろう。

 可恋には「それだけ可愛いんだから身長の悩みは贅沢な悩みだね」と言われたが、分かっていてももう少し欲しいと思ってしまうのは人の性だろう。

 ちなみに、可恋も胸が大きすぎることを悩んでいるが、「それも贅沢な悩みだよね?」と指摘すると「分かってる」と顔をしかめていた。


 わたしは朝から純ちゃんと可恋のマンションに行っていた。

 純ちゃんに宿題をさせることが主目的だが、わたし自身の宿題も予定より遅れていた。

 可恋から本を読めと三冊も渡されていたからだ。

 ピアノコンクールを扱った上下巻の文庫本は最初は苦戦したが、途中からはぐいぐい引き込まれて最後は夢中になって読んだ。

 一方、世界史を扱った新書は最後まで目を通したがちゃんと頭に入ったかどうか疑わしかった。

 可恋は「いいよ、いまはそれで」とわたしの感想をさらりと流し、「海外に行くなら歴史は知っておいた方がいいから、少しずつ勉強しよう」とニヤリと笑った。

 可恋のことだからどっさりと課題を出すかもしれない。

 ただ勉強の大切さはわたしも理解しているつもりだから、頑張るけどね。


 可恋は夏に札幌へ行った時に香波ちゃんたちに会ったので、今日の夕食にも誘ったが、印象に残ってないだろうからと言って断った。

 あの時はキャシーも一緒で、彼女のインパクトの強さに比べると誰も太刀打ちはできないだろう。

 180 cmを越える長身で褐色の肌を持ち、オープンでバイタリティに溢れ、言葉は通じないのに香波ちゃんたちとも打ち解けていた。

 可恋は歳下には怖がられる傾向があるし、子どもの相手が得意とは言い難いのでそれ以上誘うのは諦めた。


 お母さんは会社の新年会に顔を出すので帰るのが遅れると聞いている。

 わたしたち家族3人と宣子叔母さんたち3人の計6人で夕食の席を囲む。

 メインディッシュはお姉ちゃんが事前に従妹たちにアンケートを採っていた結果からハンバーグとなった。

 前に可恋が教えたものを更にアレンジした絶品のハンバーグである。

 子ども向けには濃厚なデミグラスソース、大人向けにはあっさりした和風ソースと趣向が凝らされている。

 箸で簡単に切れるほど柔らかく、肉汁が溢れ、食べると肉の味がしっかりと口の中に広がる。

 つけ合わせの野菜などで栄養のバランスも取れていて、カロリーも高すぎず低すぎずとよく考えられていた。

 ……重すぎないのがいいよね。

 きっとお姉ちゃんはわたしに合わせて改良をしてくれている。


「華菜ちゃん、料理の腕上げたね。私じゃもう全然敵わないわ」と宣子叔母さんに褒められ、お姉ちゃんは凄く嬉しそうだった。


「華菜ちゃんも陽稲ちゃんも将来のことをしっかり考えていて……。お義兄さんと姉さんの教育の賜物なんでしょうね」と宣子叔母さんが息を吐く。


「香波ちゃんも桂夏ちゃんも良い子に育っているじゃないですか」とお父さんが笑顔を見せ、「それに中学生や高校生になると親よりも友だちの影響が遥かに大きいですよ」と続けた。


 宣子叔母さんは自分の学生時代を振り返るような顔になり、「そうですね」と頷いた。

 そして、「私立に行けば良い友だちができるとは限りませんが、親としては少しでもその可能性を高めたいと思ってしまうんですよね」と口にした。


 いまのわたしは、人との出会いは”運”だと知っている。

 もし、中学受験に成功していたら……。

 純ちゃんとは疎遠になっていたかもしれない。

 可恋と出会うことはなかっただろう。

 そこでどんな出会いがあったかは分からない。

 ただ言えることは、いまのわたしとは全然違ったわたしになっていただろうということだけだ。


 中学受験に失敗したわたしでは香波ちゃんにたいしたアドバイスはできないと思っていた。

 しかし、香波ちゃんはわたしの言葉を真剣に聞いてくれた。

 わたしが一発勝負に緊張してしまう性質であることを差し引いても、中学受験は緊張するものだし、その対処法を知っておくに越したことはない。

 わたしは可恋から教えてもらったリラックス法を伝えた。


「人によってリラックス法は違うと思うけど、頭が真っ白になってもこれをすれば大丈夫と思えるものがあれば、かなり気が楽になるんじゃないかな」


 中学受験をするからには合格して欲しいと思う。

 わたしは実力を発揮できなかったことが尾を引き、トラウマのようになっていた。

 香波ちゃんは自分の気持ちをストレートに表に出すタイプではないだけに、失敗しても気丈に振る舞うだろう。

 でも、心に傷は残ってしまうんじゃないか。

 彼女が良い子だけに余計そう心配してしまう。

 大人びた表情とあどけなさが同居する香波ちゃんの顔立ちを見ながら、わたしは心から彼女の成功を祈った。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・中学2年生。中学受験は試験会場で頭が真っ白になりまったくできなかった。


日々木華菜・・・高校1年生。両親は中学受験を考えていたが、本人の意欲が乏しく地元の公立中学に進学した。


里中宣子・・・陽稲の叔母。昔から優秀だった姉(陽稲たちの母)へのコンプレックスを抱えている。


里中香波・・・小学6年生。歳上の親戚は他にもいるけど、華菜お姉さんや陽稲お姉ちゃんはものすごく優しいと思っている。


里中桂夏・・・小学3年生。クラスでいちばん背が高いことが自慢。


日野可恋・・・中学2年生。自宅に帰ったことでひぃなが落ち着いたようでホッとしている。


安藤純・・・中学2年生。少しタイムが良くなって泳ぎ込みがしたいところだが宿題を終わらせないとダメだと言われた。


 * * *


 夜9時前に可恋におやすみの電話をすると、明日うちに来てもいいかと聞かれた。


『もちろん、いいよ。香波ちゃんたちは明後日東京でお買い物をしてからTDLに向かうので、明日はゆっくり休んでもらおうってことになっているし』


『休んでもらえるかどうかは分からないけど……。キャシーが明日来るって連絡があってね』


『あー……、キャシーの面倒を香波ちゃんたちに押しつけたい訳ね』とわたしは笑う。


『まあ、そんなとこ』と可恋も否定はしない。


 わたしとしては可恋に会えると思うだけで嬉しくなる。

 キャシーに感謝しないとね。

 わたしは幸せな気持ちになって電話を切った。

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