令和元年12月28日(土)「別れ」日々木陽稲
「行ってくるね、可恋」
わたしは永久の別れを迎えるような切ない気持ちで涙ぐみ、可恋の手を両手でギュッと握って自分の胸元に押しつけた。
対する可恋は普段の部屋着のまま苦笑を浮かべている。
わたしはこれから北関東にある父方の祖父――”じいじ”の家に行く。
長期休暇には必ず行く我が家の年中行事だ。
この冬は札幌から従妹たちが来るので3日には自宅に戻るが、それでも1週間近く可恋と会えなくなってしまう。
夏は可恋も来てくれたが、年末年始は親戚一同が集まるし、地元の人も大勢やってくるため、彼女の負担の大きさを考えて来てもらうのを諦めた。
春休みは一緒に来てくれると約束してくれたので、今回は我慢する。
お父さんの車で向かう途中で可恋のマンションに立ち寄り、こうして別れの挨拶をしている。
お父さんとお姉ちゃんを待たせているので長居はできない。
しかし、1週間も離れ離れになると思うと、別れがたかった。
「気を付けて行って来てね」と言った可恋の目は真剣だ。
日頃から危機管理には口うるさい可恋だから、今回の帰省についても再三再四注意を受けている。
それだけ心配してくれているんだと前向きに捉えているが……。
「絶対にひとりにならないこと。常に華菜さんと一緒にいること。定期的に私に連絡すること。防犯ブザーは片時も離さないこと。危険に近付かないこと……」
同じことを延々と繰り返されるとさすがにわたしも鬱陶しく感じてしまう。
「分かってるって! 可恋も気を付けて行って来てね」
可恋は明日大阪のおばあちゃんの家に行く。
昨年の年末に引っ越して来て以来、初めての里帰りだ。
本人は勝手に決められただの、祖母は苦手だのぼやく言葉ばかり口にしている。
「うん。折角の機会だから、いろいろと仕事をして来るよ」
中学生とは思えない発言だが、代表を務めるNPO関連で人と会ったりすると聞いている。
「……浮気しちゃダメだよ」と小声で呟くと、しっかりそれを耳にした可恋は笑いながら、「ひぃなほどの美少女は世界中探したって他にいないよ」と歯の浮くようなセリフを口にした。
わたしが眉をひそめると、「大丈夫、大丈夫」と可恋はわたしの頭をポンポンと叩いた。
「筋肉の話に夢中になって、わたしへの連絡を忘れないように」
「分かってるって」
「あと、いつもスーツはダメだからね!」
「あー……」と可恋は気まずそうに指で自分の頬をかいた。
可恋の旅行鞄の中の衣装はわたしが選ぶべきだったと後悔していると、「あんまり待たせると悪いからね」と可恋はわたしの頭を撫でながらそう切り出した。
わたしは歯を食いしばって頷く。
可恋は部屋着の上にロングコートを着て下まで送ってくれた。
「お待たせしてすみません」と可恋はわたしのお父さんとお姉ちゃんに挨拶する。
「お祖父様によろしくお伝えください」とお父さんに手土産を渡し、お姉ちゃんにも「愛花さんにこちらを」と小さな包みを手渡した。
その様子を見て、わたしは可恋からもらったクリスマスプレゼントのことを思い出す。
彼女が贈ってくれたのは素敵な装飾の施された木製のオルゴール付きジュエリーボックスだった。
そして、もうひとつ、実用品として手渡されたのがシークレットポーチで、いまも身に付けている。
わたしは機能ではなく見映え最優先で服装を選ぶので、荷物はすべて鞄に入れている。
しかし、それだと危険だからと可恋はポーチをくれた。
鞄は忘れたり、無くしたり、奪われたりしやすいから。
貴重品や非常時に必要なものは分散して持つように厳しく言われた。
ちなみに、わたしが可恋に贈ったのは帯留めだ。
もちろん、彼女に着物を着せて遊ぶためである。
最初はスーツを着ることが多い可恋にネクタイピンを贈るつもりだったのだが、可愛いものが見つけられず、結果としてこうなった。
ファンシーなネクタイピンを作らなきゃとわたしが力説すると、可恋は「気持ちだけで十分だよ」と焦り気味に答えていた。
わたしが後部座席に乗り込み、手を振ると可恋も手を振り返してくれる。
お父さんの「行くよ」の声とともに車が動き出す。
わたしは可恋が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ほら」とお姉ちゃんがウェットティッシュを渡してくれた。
目から涙が溢れ出していた。
きっとお姉ちゃんは呆れているだろう。
でも、悲しいのだからしょうがない。
「最近は宿題を無くした方が良いって話もあるのに、うちの学校は時代に逆行するくらい宿題が死ぬほど多いのよ……この冬休みも」と唐突にお姉ちゃんが話し始めた。
「ヒナは楽で羨ましいって思ってたんだけど……これ」とお姉ちゃんはわたしに本を3冊渡してきた。
何かなと思い受け取ると、「それ、可恋ちゃんがお祖父様の家にいる間に読むようにだって」とお姉ちゃんが説明した。
「は?」と変なところから声が出た。
だって、可恋は何も言っていなかった。
そもそも、読書は押しつけられて読むものじゃないと言っていたのに……。
「押しつけたくはないけど、ヒナが全然読まないから心配になったって」
確かにわたしはあまり活字を読まない。
ファッション誌のグラビアを眺めることはあっても、教科書以外の本を読むことは滅多になかった。
読んだ方がいいとはわたしも思っていた。
しかし、時間がないからといつも後回しになっていた。
手元の本は世界史を扱った新書が1冊と上下巻の小説の文庫本だった。
「1週間で3冊なんて無理だよぉ……」と弱音を呟くと、「ヒナなら大丈夫! って可恋ちゃんが太鼓判を押していたよ」とお姉ちゃんが無責任なことを言う。
お父さんまで「折角なんだから頑張ってみるといい」と言い出した。
「でも、なんでこのタイミングなの?」と口にすると、お姉ちゃんは苦笑しながら、「このタイミングなら嘆き悲しむという無駄な時間が無くなるだろうって可恋ちゃんが……」と答えた。
確かに嘆き悲しむ気持ちは吹き飛んだ。
でもね、次に可恋に会ったら文句を言ってやらなきゃいけないと強く思った。
本は読んだと突き返してから、何と言おうか考えておかなきゃ!
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・中学2年生。冬休みの宿題の計画はばっちり立てていたのに、どうしよう!
日野可恋・・・中学2年生。家でゴロゴロと読書三昧の年末年始を過ごしたかったが叶わなくなった。祖母と一緒にいるよりは外に出た方が良いかといろいろ予定を立てている。
日々木華菜・・・高校1年生。陽稲の姉。夏休みの英語の宿題はクラスの2/3以上が未達成だとして補習させられた。冬休みの宿題の量もシャレにならないレベル。




