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令和元年12月22日(日)「クリスマスイベント」須賀彩花

 寒風が吹き、外は身を切るような冷たさだ。

 午後から天気が崩れるという予報のせいか、午前中なのにクリスマスムード一色に染まった大型商業施設はごった返すような人混みになっていた。

 そのエントランスホールも大勢の買い物客で溢れている。

 いまからここでダンス部のイベントが開催される。

 緊張感というよりも、現実離れした感覚の方が強かった。


 舞台の確認を終えて、わたしたちは裏手から施設内に入り、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を越えて大きな部屋にたどり着いた。

 着替えのために用意してもらった部屋だが、暖房は入っておらずかなり冷えている。

 それでも場所を貸してもらえるだけでありがたかった。

 ダンス部のメンバー全員――マネージャーの綾乃や顧問の岡部先生を含む――が部屋に入ったのを確認すると、部長の優奈が声を掛けた。


「さあ、着替えて準備を始めよう」


 いつもなら着替え中は私語が飛び交うものだが、緊張した空気が室内に充満しているせいでボソボソという声が時折聞こえる程度だ。

 わたしもそんな空気に感染してしまい、頭が回らなくなってきた。

 いろいろと事前にチェックしておきたいことがあったはずなのに出て来ない。

 部員たちの表情はどれも固く、きっとわたしもこんな顔付きなんだろう。


 そんな中、ひとり緊張などどこ吹く風とニコニコ楽しそうなのがひかりだった。

 彼女の笑顔を見ていると、コチコチになった肩の力が抜けていく。

 わたしはようやくひとりひとりの部員の顔を確認できるようになった。

 1年生でも藤谷さんや秋田さんは気負いこそすれガチガチって感じじゃないし、2年生の何人かはリラックスしているようだった。

 そして、部長の優奈は不敵な笑みを浮かべていた。


「彩花、大丈夫?」と心配そうな綾乃に気遣われたわたしは、無理やり笑顔を作って「何とかね」と微笑む。


 二度、三度と深呼吸をしてから優奈に近付き、「みんなに声を掛けないとね。優奈が無理なら日野さんに頼む?」とわたしは挑発する。

 優奈は一瞬ムッとした顔をしたあと、「平気だって」とわたしにウィンクをしてみせた。


 優奈はバシンと両手を叩いて注目を集めると、「みんな、聞いて!」と声を張り上げた。


「これから、いよいよダンス部にとって初めてのイベントが始まります」


 優奈は自分に向けられる部員たちの顔を見回してから言葉を続けた。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、顔を上げよう!」


 優奈の力強い言葉に部員たちの表情から不安な思いが薄れていく。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、笑顔になろう!」


 強張った顔付きが徐々にほぐれていく。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、楽しもう!」


「部長の言葉に続けてみんなも声を出そう」とわたしは提案した。


 優奈は頷き、もう一度「大丈夫。アタシたちはできる。だから、顔を上げよう!」と高らかに言った。

 それに続けて、わたしが同じ言葉を口にすると、他の部員たちも声を合わせ始めた。

 最後の「楽しもう!」は綺麗に揃い、一体感と気合が湧き上がるのを感じた。


「失敗なんて気にしなくていいから! 楽しもう!」とノリで大声を出すと、「副部長のお墨付きが出たから、失敗を恐れずガンガンやろう」と優奈が笑う。


「それじゃあ、わたしが厳しいみたいじゃない」と優奈に抗議すると、「今日は怖~い先輩が来ているからな。ビクビクしている1年がいるかもしれないけど、失敗しても彩花が庇ってくれるんだろ?」と優奈が茶目っ気を出してみんなにも聞こえるように大声でわたしに言った。


「え! 日野さんの矢面に立つのはちょっと……」とわたしが口籠もると、「アタシは名前なんか出してないよ」と優奈が言って部員たちの笑いを誘った。




 エントランスに戻り上に着ていた防寒具を脱ぐと、ダンス部のユニフォーム姿のわたしたちに買い物客の視線が集まった。

 再び緊張が部員の間に走ったが、優奈やわたしが準備を急ぐように言うと表面上は収まったように見えた。

 わたしたちと買い物客との間にはロープによって仕切りが作られている。

 その向こう、正面の最前列には撮影役を買って出てくれた明日香ちゃんがビデオカメラを手に持って腰をかがめていた。

 その横には分厚いコートでカンガルーのように日々木さんごと包み込んだ日野さんが立っている。

 日野さんの逆側には美咲の姿があった。

 心配するような表情ではなく、絶対に成功すると信じているような顔付きだった。

 他にも何人か見知った顔があった。

 足を止めて見てくれるお客さんたちには悪いかもしれないが、見て欲しい何人かに楽しんでもらえれば十分という気持ちになった。

 自然と笑みが浮かんでくる。


 部長の挨拶のあと、Aチーム全員によるダンスが始まった。

 ベースとなっているのは運動会で踊ったクラスの創作ダンスだ。

 何回も何回も練習して、もっとも馴染んだダンスだけど、だからこそ気を抜かず意識を集中して踊る。

 足や手の角度、身体の切れ、曲とのタイミング、全身に神経を行き渡らそうとしても完璧には届かない。

 運動会の時より成長したわたしを見てもらいたいと思いつつ、もっともっと上手くなりたいという気持ちを込めて舞う。


 続いて部長の優奈のソロ。

 新設した部の運営や他の部員の指導に追われ、自分の練習をする時間はあまりなかったはずなのに、相変わらずキレッキレのダンスを踊る。

 完成度だけならひかりや日野さんに劣るかもしれない。

 しかし、弾けるような彼女のダンスは他の子には真似のできないワクワク感があった。


 Aチーム3人組のパートが終わるとわたしのソロだ。

 わたしのソロは実力で勝ち取ったものではなく、副部長だから与えられたものだ。

 実力主義を標榜する優奈は、次回からはたとえイベントでも実力優先でソロを決めるだろう。

 最初で最後になるかもしれないソロパート。

 日野さんや明日香ちゃんや美咲に見てもらおう。

 ただそれだけの気持ちでわたしは思い切り身体を動かした。


 わたしのあとに続く部員たちはちょっとした失敗などはあったが観客の視線を浴びながら踊り続けた。

 Bチームのダンスはハラハラしながら見ていたが、秋田さんと辻さんのふたりを中心によく頑張っていた。

 中休みとなり、サンタ姿に着替えた優奈が前に立ち話をして時間を繋ぐ。

 動じた様子は微塵もなく、これだけの人垣ができていても堂々と話し、時には笑いを取っている。

 こればかりはわたしじゃ絶対に真似ができない。


 後半のスタートは同じくサンタコスをしたひかりからだ。

 音楽とともに彼女が登場する。

 アイドル顔負けのパッチリした大きい目に、踊ることが待ち遠しくてワクワクした気持ちが表れていた。

 突然、ひかりが激しいダンスを踊り始めた。

 長い手足をダイナミックに使い、アクロバティックな動きを軽々とこなす。

 わたしならすぐに息が上がりそうなのに、彼女は余裕の笑顔を浮かべている。

 音楽に合わせるのが抜群に上手く、この環境だから音とダンスが少しズレていた部員も多かったのに彼女だけはまったく問題なさそうだった。


 本当にアイドルになれれば、と思わずにいられない。

 才能だけなら優奈も日野さんも太鼓判を押している。

 彼女の性格や事件のことがあって周りは慎重になっている。

 今日だって、彼女だけサンタの帽子をかぶり、白い髭をつけている。

 そんなコスプレ姿でも観衆を魅了し、明らかに他の部員より熱い視線が集まっていた。


 その後、数人ずつのパートが続き、最後にダンス部全員でのダンスとなった。

 ラインダンス的なものをやりたかったが今回は間に合わず、優奈やひかりを他の部員たちが盛り上げていく感じになっている。

 曲はお客さんに馴染みのあるフォークダンスのメドレーで、オリジナルダンスとフォークダンスを混ぜ合わせて盛り上げた。

 観客から手拍子まで起き、踊りながらどんどんと感情が盛り上がっていった。

 エントランス全体が暖かい空気に包まれたようだった。


 曲が終わると拍手の渦が巻き起こった。

 それがわたしたちに向けられたんだと思うと、熱いものが込み上げてきた。

 わたしたちは整列して頭を下げ、手を振って退場する。

 もっと踊っていたかった。

 名残惜しい気持ちはあったが、部長の「ほら、行くよ」という声に続いてわたしたちはその場を去る。

 みんなの顔にやり遂げた充実感が浮かび上がっていた。

 それを見て、わたしは堪え切れなくなった。

 同じようにすすり泣く女の子たちが増えていく。

 藤谷さんや秋田さんまで涙ぐんでいるように見えた。

 優奈も……。


「ほら、泣いてないで急ぐよ」と声を掛ける優奈の目も赤く潤んでいた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・中学2年生。ダンス部副部長。自他共に認める”普通”の女の子。


笠井優奈・・・中学2年生。ダンス部部長。部長が多芸過ぎると次の部長が大変になるとまだ気付いていない。


田辺綾乃・・・中学2年生。ダンス部マネージャー。まだ気付かれていないが、ダンス部は彼女がいないと回らなくなりつつあるくらい有能。


渡瀬ひかり・・・中学2年生。ダンス部。当の本人は自分の才能に十分気付いていない。楽しいから踊っているだけ。


藤谷沙羅・・・中学1年生。ダンス部。1年生唯一のAチームメンバー。性格に難あり。


秋田ほのか・・・中学1年生。ダンス部。性格に難があり実力は1年生トップながらBチーム。


日野可恋・・・中学2年生。ダンス部創設に協力し、いまもトレーニングについて相談を受けている。1年生が「怖い先輩」と言えば彼女のことを指す。


塚本明日香・・・中学2年生。運動会の創作ダンスの練習で彩花と仲良くなった。


松田美咲・・・中学2年生。彩花や優奈がクラスで属するグループのリーダー格。彩花の幼なじみで憧れの人とも言える。


岡部イ沙美・・・ダンス部顧問。体育教師。基本生徒の自主性に任せているが、フォークダンスのアイディアを出したのは彼女。

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