令和元年11月30日(土)「感謝祭」日野可恋
キャシーのホームパーティにやって来たインターナショナルスクールの生徒は30人近くに及ぶ。
よく集めたものだ。
およそ三分の一が黒人の女の子、三分の一が日本人を含むアジア系の女の子、残り三分の一が男子で、男子の人種はバラバラのようだった。
彼らはジョックと呼ばれるマッチョ志向だと思われるが、まだまだ子どもっぽくてやたら騒がしい。
ひぃなに声を掛けてきた白人少年を私が蹴り飛ばしてからは少しおとなしくなったものの、それでもじっとしていられない傾向は変わらない。
キャシーも一緒になって身体を動かしたいという気持ちが見え見えで、あまり相手にされていないのに彼らの輪に加わって騒いでいる。
一方、キャシーが私たちの文化祭に連れて来たふたりの少女は肩身が狭いようで隅の方でじっとしている。
部屋の中央ではシャロンという小柄な黒人の少女が女王のように君臨していた。
『ひぃなのお姉さんが作って来てくれた料理よ。感謝して食べなさい』
私がキャシーの自宅から持って来た料理を中央のテーブルに並べると、男子が我先にと手を出した。
料理はかなりの分量だが、すぐに彼らの胃袋に収まってしまいそうだ。
私が『女の子たちにも残しなさい』と声を荒らげても、食べ尽くそうという勢いは止まらない。
私ひとりでは全方位を見張ることもできないし、キャシーまで彼らと同じ行動をしているのだから質が悪い。
私は自分とひぃなの分だけ確保して、あとは好きにさせた。
「大変ね」とひぃなが苦笑して迎えてくれた。
この部屋にはキャシーの母親もいたが、この混乱を放置したままで一切手を出そうとしない。
シャロンたちと普通にお喋りしているだけだ。
キャシーはホステス役の意味を分かっておらず、銘々がやりたい放題という印象だ。
料理の争奪戦が終わると、男子がそわそわしだした。
室内で暴れられる前に外に出した方がマシと判断し、私はキャシーを呼びつけた。
『男の子たちを連れて外で遊んで来て。ただし、庭からは出さないこと。いいわね?』
『……あいつら、私の言うこと聞かないから……』
珍しく、キャシーが弱腰だ。
『二、三発小突けば言うこと聞くでしょ』と発破をかけると、キャシーは急に嬉しそうに男子の方へ駆けて行った。
最初は従おうとしなかった男子も、キャシーが力尽くで従わせようとすると彼女に屈した。
どうせ彼らは力こそすべてという考えで行動しているのだから、より強い力で従わせてしまえばいい話だ。
キャシーが男子全員を外へ連れ出したお蔭でようやく騒がしさは収まった。
とはいえ、女子はグループごとに固まり、互いの交流や配慮といったものは感じられない。
私とひぃなでカトリーヌとリナというふたりの少女を連れて、キャシーの自宅へ向かった。
庭ではキャシーと男子たちが駆け回っている。
トラブルを起こしそうな気配はあるが、寒空の下で見張る気はさらさらない。
キャシーの姉のリサがホステス役を務める自宅でのホームパーティは隣家とはまったく趣が異なった。
平均年齢が2、3歳違うだけで、まるで人間と獣ほどの差を感じてしまうとは。
もちろん、実際のところは年齢だけが理由ではない。
リサが通う高校は進学校だと聞くし、華菜さんたちは平均的な高校生よりしっかりしてると思う。
インターナショナルスクールの生徒たちも女子だけに限れば、そこまで酷くはない。
日本人のように人目を気にしたり、空気を読んだりしないだけで、最低限のマナーは……微妙なところか。
リサの高校の友人だと紹介された日本人の女子たちは、ひぃなとリナを見て歓声を上げた。
二大美少女の競演だから気持ちは分からなくもない。
普段日本人離れしているように見えるひぃなも、リナと並ぶと日本人っぽく見えてくるから不思議なものだ。
リナはまだ幼さが色濃く、蛹の状態のように見える。
きっとこれから美しく孵化していくのだろう。
それに対してひぃなは既に完成された可愛らしさがある。
本人は成長を望んでいるが、このまま冷凍保存したくなる完璧さだと私は思う。
こちらの穏やかで心地よいホームパーティに居座りたい気持ちは強かった。
それでも私は重い腰を上げた。
カトリーヌとリナは日本語がある程度理解できるのでこちらに残して問題ない。
私はひぃなについて来るかどうかと視線を送ると、彼女は頷き一緒に席を立った。
外は寒いものの、晴れているので、たまに行き来する分には問題ない。
どちらの室内もヒーターでかなり暖かくなっていて、風の冷たさが良い刺激になる。
今日の私の衣装はひぃなが要望したドレスではなく、不測の事態に備えるためパンツスーツだ。
掃除や準備が終わってから部屋を借りて着替えた。
外を行き来する時はその上にコートを羽織っている。
ひぃなの服装は着物テイストのワンピースをベースに重ね着をしてオリエンタルな雰囲気になっている。
今日はネックレスなどのアクセサリーを数多く身に付け、歩くたびにジャラジャラと音を立てる。
護衛役としては音で位置が判別できるのでありがたいというのが率直な感想だった。
隣家の庭では相変わらずキャシーたちが騒いでいる。
何人かの服が泥だらけなのは見なかったことにしよう。
パーティだから、みんなそれなりの服装なんだけどね。
隣りの会場に入ると、むせかえるような熱気に加え、強烈な匂いを感じた。
熱気は外との寒暖差があるから仕方ない。
匂いは、食べ物や女の子たちがつけている香水などの芳香が渾然一体となっているようだ。
しばらくこちらの部屋から離れていたので、異臭と認識するようになったのだろう。
ひぃなも私と同じように顔をしかめている。
この空気の中に踏み込むことに躊躇いを感じるが、それを振り切って部屋の中央まで歩いて行く。
パーティが始まって結構な時間が経つが、女の子たちはお喋りに飽きる様子がない。
私は談笑しているシャロンたちに向かって口を開いた。
『ところで、こんなバカなことをして平気な顔をしている恥知らずは誰かしら?』
私の発言ひとつでそれまでざわめいていた室内が一瞬のうちに凍り付く。
『責任の大半はキャシーにあるのは間違いないけど、だからといって許されるとは思わないで欲しいわね』
『何よ! 馬鹿じゃないの! あなたなんかに許してもらおうなんて思う訳ないでしょ』
シャロンが食い付いてきた。
彼女の取り巻きの連中もニヤニヤ笑っている。
『自白してくれてありがとう。そうね、口先だけで謝られても嬉しくないから、この部屋を掃除してから帰ってね』と私はシャロンにニコリと笑う。
『帰りましょう』と言った彼女の前に私は立ち塞がった。
『どいてよ!』と怒鳴るシャロンに、『私の言葉が理解できないような知性の持ち主なのかしら』と微笑んでみせる。
『どけよ!』と彼女の仲間が突っかかってくるが、際立った身体能力や格闘技能の持ち主はいないようで、私は軽々と彼女たちを払いのけた。
『信じないかもしれないけど、私はキャシーより強いわよ』
そう見得を切ると、シャロンは初めて怯んだような表情を見せた。
それでも顔を上げ、胸を張って、『これはキャシーが』と責任を転嫁する。
『責任の大半はキャシーにあるって最初に言ったよね。彼女には地獄を見てもらうわ』と私は彼女の言い訳を遮った。
ぐっと言葉を詰まらせたシャロンは私を見上げる。
『こんなの監禁じゃない! 警察に訴えるわ!』
『日本では子どもへの罰として掃除をさせることがよくあるの。教育の範疇だから、警察は動かないんじゃないかな』
『こんなことをしたら、今後学校にキャシーの居場所はなくなるわよ!』
シャロンは息巻くが、私は平然と『だったら、何?』と言った。
鼻白んだシャロンは『あなた、それでも友だちなの!』と非難するが、『あー、きっとキャシーはこんなことでくじけたりしないわ。友だちだからそう信じてる』と私は気のない返答をした。
シャロンは地獄に堕ちろだの四文字言葉だのを使って罵り始めたが、『さっさと始めないと帰れないわよ』と忠告してあげた。
なおも私を睨みつけてくるのだからたいしたものだと感心していると、これまで私たちのやり取りを黙って見ていたキャシーの母親が初めて口を挟んだ。
『ご家族に帰りが遅くなると連絡しておかなきゃいけないかしら』
その言葉を聞いてシャロンはようやく肩を落とした。
ここまでの一部始終を眺めていた他の少女たちから、『そろそろ帰るわね』との声が上がり始めた。
巻き込まれたくないという気持ちがその声に籠もっている。
シャロンは不快そうに私を見た。
『掃除はあなたひとりでやってもいいし、他の人たちに手伝ってもらってもいい。この部屋があなたたちが来た時のように綺麗になれば終わりにしてあげる。誰が掃除したかは問わないわ』
室内はゴミが散乱し、台風が通り過ぎたあとのようだ。
シャロンは周囲の少女たちの顔を見回した。
果たしてどれだけの人数が手伝うのかと私は高みの見物と決め込んだ。
『お願い、私を助けて!』
シャロンはストレートに言葉を発した。
取り巻きたちがすぐに動き始め、まだ傍観している子らに『みんなでやりゃすぐに済む』と声を掛けた。
シャロンが掃除を始めると、取り巻き以外の少女たちも周りを片付けだした。
それでも、『男子はいいの?』と不満を口にする子がいる。
私が『彼らには寒い外の掃除をお願いするわ』と告げると、それ以上の文句は出なかった。
散らかっていた部屋もこれだけの大人数で掃除すればあっという間に片付く。
掃除が得意ではない子も中にはいたが、それでも真面目に取り組んでいた。
ひぃなも彼女たちに交じって懸命に掃除をしていた。
『ありがとう。みんな、よくやったわ。お疲れ様。帰っていいわよ』
私は室内をざっと確認してそう声を掛けた。
少女たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
『シャロン、あなたは男子の掃除の監督に付き合って』と言うと、シャロンは仕方なさそうに頷いた。
帰り支度を済ませた女の子たちと一緒に外に出る。
コートはひぃなに預けているのでかなり寒いが、みんなが掃除をしている間に軽く準備運動をしていたので耐えられないほどではない。
庭ではいまだにキャシーを中心に男子が遊び続けていた。
私はキャシーに『男子全員を集めて』と命じる。
キャシーの号令の下、男子が勢揃いした。
女子たちもまだ帰らず、興味津々な様子でこちらを見ていた。
『彼女たちには家の中を掃除してもらったわ。あなたたちは庭や玄関前を掃除して』
しかし、彼らの口からブーイングが起きる。
キャシーが率先して不満な態度を取っているから当然だろう。
室内ではないので、逃げ出そうと思えば容易だ。
自分のコートや鞄などのことを考えずに彼らが帰ってしまう可能性があった。
私はキャシーに向けて右手を突き出し、手のひらを上にして指を揃えて「Come on」の合図をした。
それを見たキャシーは瞬時に目の色を変える。
私と同じようなパンツスーツを着せていたのに、上は長袖シャツしか着ていない。
キャシーは低い姿勢で猛然とこちらへダッシュしてきた。
まだ空手よりレスリングの方が身に付いているということか。
私はそのタックルを紙一重で右に躱す。
キャシーは頭から突っ込み、両手を地面に突いて、反動をつけて両足を蹴り出した。
トリッキーな動きを好む彼女らしい攻撃だ。
発想の豊かさとそれを軽々とこなす身体能力はキャシーの大きな武器だろう。
驚くほど長い脚が強烈な速度で向かってくる。
何か仕掛けてくるだろうと予測していたから、かろうじてバックステップが間に合った。
躱した直後で体勢が悪かっただけに、下手に受けようとしていればガードごと弾き飛ばされたはずだ。
蹴りが届かなかったキャシーは地面に身体が着いた瞬間反転し仰向けになる。
そのままの姿勢で先ほど私がやったように「Come on」とジェスチャーをする。
ちょうどモハメド・アリと戦ったアントニオ猪木のようなやり方だが、あれは足技のないボクサー相手だから通用したのだ。
『起きてこないのなら、本気の蹴りを入れるよ』と私が言うと、キャシーは慌てて飛び起きた。
間合いを取ったキャシーが再びタックルしようとわずかに身をかがめた瞬間、私は踏み込んで回し蹴りを放つ。
* * *
『大丈夫?』と手を差しのばす。
キャシーは右肩を押さえてうずくまっていた。
『なんで寸止めじゃないの!』とキャシーは文句を言うが、私が当てないと思って蹴りに構わずタックルしようとした彼女自身が悪いだろう。
『頭は避けてあげたでしょ』と言うと、キャシーはがっくりとうなだれた。
私はこの戦いを見学していた男子に『さっさと掃除を始めなさい!』と指示を出す。
彼らはシャロンやひぃなから掃除道具を渡され、渋々といった感じで掃除を始めた。
『キャシーもよ』と睨むと、『肩が痛い』とアピールする。
『本当に痛くて動けないという体験をしたいのかしら』と言うと、珍しく私の皮肉の意図が伝わったようでキャシーは飛び跳ねるように立ち上がった。
『カレンなら本気でやる』と口にしながらキャシーはひぃなからゴミ袋を受け取った。
私がひぃなに預けていたコートを着ていると、横にいたシャロンが恐れを帯びた目で私を見て『あなた、何者なの?』と尋ねた。
何者と聞かれてもね……。
困惑して立ち尽くしていると、その質問を耳にしたキャシーが『悪魔』と叫び、ギャラリーと化していた女子からはサタンだのルシファーだの声が上がる。
ひぃなも『魔王』なんて口にしていたが気にしないことにした。
まあ悪魔と言うのなら悪魔らしく振る舞うことにしよう。
『キャシーには今回の罰として、痛い目に遭って死ぬほど勉強するか、痛い目に遭わずに死ぬほど勉強するか、選ばせてあげるわ。優しいでしょ?』
『この、悪魔!』と悲鳴を上げるキャシーに意外なほど同情の視線が集まっていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
日野可恋・・・中学2年生。面倒なことが嫌いで性急に片を付ける傾向にある。空手の形の選手だが、組み手は試合ではなく実戦対策として取り組んでいる。
日々木陽稲・・・中学2年生。可恋が戦う姿を見るのはそれほど多くない。キャシーとの戦いは互いに加減をしているように見えなくて本当に怖かった。
キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。可恋より20 cmほど身長が高く、パワーとスピードでも上回るのに勝てない。空手は7月に来日してから始め、それまでは主にレスリングをしていた。
シャロン・アトウォーター・・・13歳。G8。インターナショナルスクールでのキャシーのクラスメイト。小柄だがクラス内の黒人女子たちのボス。




