表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
239/745

令和元年11月20日(水)「天国と地獄」原田朱雀

「聞いてよ! 可恋ったら、今日は寒いから休むって言って、本当に休んじゃったのよ!」


 珍しく日々木先輩が昼休みに家庭科室に顔を出してくれた。

 いつも一緒の怖い顔付きの先輩ではなく、更に大柄な女子生徒と一緒だ。

 確か日々木先輩の幼なじみのクラスメイトだったはずだ。

 大きくても優しい感じがするので、あの先輩のような威圧感はない。


 日々木先輩は膨れっ面になっているが、それですらとても可愛らしい。

 ドールは専門外だけど、先輩のようなドールが作れるならと思ってしまう。


「今日は本当に寒いですよね」


 暦の上ではまだ秋だが、もう一足早く冬が来たと言っても間違いではないだろう。

 家庭科室は調理実習のあとならともかく、普段そんなに使われていないため普通の教室より寒く感じる。

 それでも部活の時に寒くないように膝掛けなどを持ち込んでいるのでなんとか耐えられる。

 ちなみにあたしの膝掛けはいま日々木先輩に使ってもらっている。

 代わりにあたしは編み掛けのマフラーを膝の上に置いて寒さをしのいでいる。


「金曜日くらいまでこの寒さは続くって言ってたんだけど、明日と明後日は2年生は職場体験なのよ。可恋は行かないって言っていたから、この寒波の間、ぬくぬくと過ごす気ね……」


 そんなにずる休みして平気なのかと思うが、そんなことより気になる発言があった。


「職場体験はどこに行くんですか?」


 日々木先輩はあたしの質問に実に嬉しそうな顔をする。


「ふふふ、どこだと思う? なんとね、アパレルメーカーの企画開発のお仕事を体験できるのよ!」


「うわ! 凄いじゃないですか」


 日々木先輩が名前を挙げたアパレルメーカーはかなり名前の知られた企業だ。

 職場体験というと地元のお店屋さんあたりでアルバイトっぽいことをするのかなと考えていただけに非常に驚いた。


「可恋が探して、交渉してくれたことろなんだけどね……」


 それから延々と日々木先輩はことの経緯を語ってくれた。

 まるで惚気話のように聞こえたのは気のせいだろうか。

 あたしは「凄いですね」と何度も相づちを打つ。

 日々木先輩が楽しそうだから、わたしも楽しかった。


 幸せな時間は長く続かず、昼休みはあっという間に終わってしまう。


「わたしが頑張って、来年原田さんも行けるように良い印象を与えてくるね」


 そう言い残して日々木先輩は自分の教室に戻って行った。

 あたしたちも戻らないと。

 別の作業机で顔を寄せ合っているちーちゃんとみっちゃんにあたしは声を掛けた。


「そろそろ行こう」


 ふたりはノートを鞄にしまった。

 最近ふたりでマンガを描いている。

 ちーちゃんが考えたストーリーをみっちゃんが絵にしている。

 ストーリーはあたしとちーちゃんが異世界に転生して冒険するというよく分からないものだけど、みっちゃんの手に掛かれば面白そうに見えるから不思議だ。

 あたしは編み物をしながらふたりのやり取りを聞いているのが昼休みの日課になっていた。


 1年3組の教室に戻り、席に着いたタイミングでチャイムが鳴り、すぐに先生が入って来た。

 あからさまないじめこそ影を潜めたが、このクラスの雰囲気の悪さはたいして変わっていない。

 授業中はともかく、休み時間は息が詰まる。

 昼休みや放課後の部活があるからなんとか学校に来ようと思える状態だった。


 ……ファッションショーの話も先送りになっちゃったし。


 来年の文化祭でファッションショーをやりたいと日々木先輩に打ち明けたものの、大々的に人を集めたりするのは来年度になってからと言われた。


「一年後の文化祭の時に自分が何をできるか、いまから考えておくといい。それに、人脈を作ることも」と例の怖い先輩に言われて、2年1組で行ったファッションショーのレポートをもらった。


 そこに書かれていたショーで使われた衣装や小物のリストを見て、それを自分たちだけで集めることの難しさに気付いた。

 手芸部で一年掛けても作れるものなんてたかが知れている。

 日々木先輩はできる限り協力すると言ってくれたけど、頼ってばかりはいられない。


 5時間目が終わり、あと1時間の辛抱だと思っていた時、後ろから怒声が聞こえた。


「いい加減にしろよ!」


 振り向くと教室の後方で小西さんが仁王立ちになっている。

 遠く離れていても分かるほど、怒りの表情が顔に刻まれていた。

 その視線の先にいたのは金田さんだ。


「な、何よ。本当のことを言っただけでしょ」


 金田さんは怯えているくせに反論して火に油を注ぐ。


「てめえ!」


 ぶち切れた小西さんが金田さんにつかみかかろうとしたが、久藤さんが割って入り、内水さんも必死で止める。

 ひぃぃぃと悲鳴を上げて頭を抱えた金田さんだが、小西さんの動きが止まったのを見ると、急に強気に出た。


「な、何よ。す、すぐに暴力で……」


 あたしは「金田!」と大声で名前を呼ぶと、急いで彼女のところへ行って口を塞いだ。

 久藤さんが連れて行けとあたしに目配せする。

 あたしは頷いて、口を塞いだまま彼女を教室の外へ連れ出そうとするが、暴れるのでなかなか思うようにいかない。

 ちーちゃんも側に来てくれるが、こんな時は役に立たない。

 結局、陸上部の高橋さんと島さんが手伝ってくれて廊下に引きずり出すことに成功した。


「な、何よ! これだって立派な暴力だからね! 先生に言いつけるわよ!」


 口から手を離した途端にこれだ。

 だから、彼女の相手はしたくないんだ。

 あたしが溜息をついて反論しようと思ったところでチャイムが鳴った。

 あたしは手伝ってくれたふたりにお礼を言って、一緒に教室に戻る。


 金田さんは先生が入って来る直前に教室に戻り、何食わぬ顔で自分の席に着いた。

 こうして何ごともなかったかのように6時間目が始まった。


 小西さんは久藤さんのグループのひとりで、切れたら怖いと評判だ。

 男子をボコボコにしたという話や、姉が2年の不良グループの一員だという話がクラスメイト全員に知れ渡っている。

 しかし、このクラスになって半年以上経つが、みんなの前でこんな姿を見せたことはなかった。

 腫れ物に触るような態度を周りが取っていたからだが、逆に言えば理不尽にキレたりすることはなかったのだ。


 一方の金田さんはクラスの中では浮いていて、以前は久藤さんのグループからいじめに遭っていた。

 からかわれてもムキになって反論するので、内水さんあたりによくちょっかいを掛けられていた。

 見かねて助けても、感謝の言葉はおろか、「余計なお世話」などと言われる始末で、彼女と関わりたくないと思う生徒がクラスの大半を占めていると思う。


 今日の放課後、金田さんがさっさと帰ればいいけど、これ以上小西さんを怒らせて何かされても自業自得だろう。


 ……あたしの知ったことじゃない。


 そう思っていたのに。


 あたしは終わりのホームルームが終わったあと、金田さんに声を掛けるのだった。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。日々木先輩を敬愛してやまない。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。朱雀からはちーちゃんと呼ばれている。


山口光月(みつき)・・・1年3組。美術部。以前はいじめにあっていたが、発覚してからは被害にはあっていない。最近は朱雀や千種と一緒にいることが多い。ふたりからみっちゃんと呼ばれるようになった。


日々木陽稲・・・2年1組。朱雀から光の女神様扱いされている。意図して広めた訳ではないが、他の1年生からそう呼ばれることも……。


日野可恋・・・2年1組。ダンス部の件もあって1年生の間では「あの怖い先輩」という認識が定着した。


小西遥・・・1年3組。久藤のグループのメンバーで久藤の親友。他のメンバーとはあまり絡まない。


久藤亜砂美・・・1年3組。このクラス最大のグループのリーダー。ハルカを止めたのはあくまでハルカのため。


内水魔法(まほ)・・・1年3組。久藤のグループのひとりで、最近はNo.3的なポジションにいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ