表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/745

令和元年5月25日(土)「モデル」日野可恋

改行のやり方を少し変えてみました。

 スケッチブックに描かれた私とひぃな。

 素人目に見ても、その絵が優れていると分かる。

 自分が描かれたところは気恥ずかしくてじっくり見れないけど、ひぃなの感情豊かな表情や仕草、雰囲気までもがよく表現されていて見入ってしまう。

 そんな絵が何枚も何枚もあった。

 連休明けからふたりの距離が縮まった変化さえ捉えられている。


 ひぃなが昨日語った、高木さんの絵に対する真剣さはこのスケッチブックを見れば誰も疑わないだろう。


「マンガも描いてるの?」


 目をキラキラさせながらスケッチブックを覗き込んでいたひぃなが高木さんに訊いた。


「はい。勉強のために描いてるのがこちらで、こっちは同人誌です……18禁ですので見ちゃダメですよ」と言って高木さんがノートや薄い本を見せてくれる。

 ひぃなが同人誌を開き、「うわー」と叫ぶ。

 スケッチブックの温かみのある絵とはまったく異なる絵がそこにあった。

 私はあまりマンガを読まないが、シャープで綺麗な絵だった。

 描かれているのは男性同士のSEXシーンだったけど。


「こういうのって自分で考えて描くの?」と私が尋ねると「いえ、同人誌は作画だけです」と高木さんが答えた。


「普通のマンガも自分で描いたりはしてるんですけど、ストーリーやキャラクターを作るのが全然ダメで……」とマンガが描かれたノートを見せる。


「これって実物見なくても描けるの?」と顔を赤く染めたひぃなが同人誌を指し示す。


「資料として写真や動画は見ますけど、マンガの場合は他のマンガを参考にすることが多いですね。リアルに描けばいいってものでもないですし、マンガはいかに記号化するかってところが大事なので、過去から積み上げられた表現方法を踏襲しないとかえって読みにくくなったりしますし、とはいえ新しさや独自性がないと見た目が綺麗でもすぐに埋もれてしまうという厳しい世界ですし……」


 普段見せない熱い語りを見守っていると、高木さんは我に返って「あ、すいません、ひとりで喋ってしまって」と恐縮する。


「気にしないで」とひぃなが優しく慰めると、「でも、一度くらいは生でちゃんと観察したいですね」と高木さんが何でもないことのように話す。


「高木さん、問題だけは起こさないでね」と私が釘を刺すと、高木さんは笑って誤魔化すだけだ。

 今回のモデルの依頼で意外と行動力があると分かったので少し心配だ。


「こういう絵とマンガとは、やっぱり違う?」とひぃながスケッチブックと同人誌を両手に持って高木さんに質問する。


「そうですね。全然違うと思います」


「どっちが本命?」と私が訊くと「絵の方です」と即答した。


「絵の方が本命ですけど、厳しいです。油彩なんかで成功する人なんか本当に一握りだけですし、どれほど技術があってもそれだけで評価されるってこともないですし……。マンガやイラスト描いてると絵の方に悪影響があるって意見もありますけど、同人誌の手伝いをすることで美術科高校の学費を出してもらうって約束もありまして……」


 頑張れば成功するなんて保証はない。

 それが分かっていてもこれだけの情熱を持って取り組んでいる目の前の女の子に、私は協力したいと思った。


「そろそろ、始める?」


 私の言葉に緊張が走る。

 モデルになるひぃなにも、描く側の高木さんにも、張り詰めたような空気を感じる。

 私自身も平常心ではない。

 まるで空手大会で演武を行う直前のようだ。


 私の今日の服装は、Tシャツにデニムのパンツ、サマージャケットというシンプルなもの。

 ひぃなはキャミソールに同色のサマーカーディガン、スカンツという女の子らしい出で立ちだった。


 上着を脱いでハンガーに掛け、おもむろにTシャツを脱ぐ。

 インナーはひぃなと買い物に行った時に買った上下揃いの清楚なものだった。

 デニムのパンツを脱いでいると、「日野さん、ストップ!」と高木さんから声が掛かる。

 振り向くと、「ちょっとそのままでお願いします」と言われた。

 脱ぎかけで、腰をかがめた姿勢を背後から描かれている。

 身体を動かしてはいけないと思うと、意外ときつい姿勢だ。

 どれくらい続くのかと思っていると、4、5分で「ありがとうございます」と言われた。


「もういいの?」と訊くと「今日はクロッキーなんで」と答えた。

 クロッキーとは速写のことだそうだ。

「できるだけ多くのポーズを描きたいんです!」と高木さんが熱弁する。


 ひぃなは既にショーツ一枚で、胸元を手で隠している。

 私が恥ずかしがっていると、ひぃなはますます緊張しそうだったので、手際よくブラとショーツを脱いでみせた。

 隠さずに堂々と立っていると、「そのまま自然体でお願いします」と高木さんがまた描き始めた。


 熱心に描く高木さんを横目に、私はひぃなに微笑みかける。

 私の身体を見つめていたひぃながそれに気付き、まだ少し固さの残る微笑を返してくれた。

 そして、ひぃなは決意したようにひとつ頷くと、手早くショーツを脱いで、畳んであった自分のキャミソールの下に入れた。


 使い古された表現だが、白磁のような透き通った肌という言葉はひぃなのためにあると思う。

 その肌の白さは日本人には見えない。

 小柄で子どもっぽい体型だけど、手足は長く、痩せていて、人形と見間違うほどだ。

 私にとっては美醜よりも、あばらが浮いているのでもう少し太らさなければという想いの方が強かったのだが。


 身長差があるせいか、ふたりが立ったままではポーズが決まらず、私がベッドに腰掛けて、ひぃなが私の膝の上に横向きに座るという体勢でようやくデッサンが始まった。


「重くない?」とひぃなが気にするが、重さは気にならない。


「平気」と答えるが、普段よりも顔が近いのでそちらの方にドキドキする。


 私はひぃなの身体を支えるために彼女の腰に右手を当てている。

 ひぃなも私の背に左手を回し、私の身体に密着する。


 ひぃなの背中側から描いていた高木さんが、「今度はこっちから描きます」とひぃなの正面側に回る。

 見つめ合ってと言われ、鼻と鼻が触れ合う距離でひぃなを見る。

 ダークブラウンの瞳に吸い込まれそうな気分になった。

 鼓動が高鳴り、部屋全体に響いているのではないかと感じるほど。

 ここに鏡がなくて良かった。

 自分の顔が熱く火照っている。

 いつの間にかひぃなとは頬と頬が触れ合う距離になっていた。


 ほんの数分のことなのにとても長い時間が流れたように感じた。

 汗ばんだ身体を借りたタオルで拭う。

 ひぃなの顔も上気していた。


 次のポーズは私がベッドに仰向けに寝て、その上にひぃながうつ伏せになり、顔を私の胸にうずめるというものだった。


「汗臭くない?」と私が気にするとひぃなが首を振る。

 気を遣ってくれているのだろう。

 この頃には裸でいることの恥ずかしさはほとんどなくなっていたが、ひぃなと触れ合うことのドキドキは高まりこそすれ収まることはなかった。


 高木さんは位置を変えながら描いていく。

 私の腰の位置辺りに立って、上から見ながら描いたり、ベッドの高さまでかがんで描いたりとその熱の入れようは尋常ではなかった。


 ベッドに並んでうつ伏せになったり、私がひぃなをお姫様抱っこしたり、座った私が立っているひぃなの胸に顔をうずめたり、仰向けに寝たひぃなの上に私が四つん這いになったりと高木さんの求めるままにポーズを取り続ける。

 ポーズを変える時には短い休憩を挟むが、高木さんの熱に当てられたせいか、初めての経験に舞い上がっていたせいか、私はひぃなの疲労に気付くのが遅れた。


「ごめん、ひぃながしんどそう」と言うと、「あ、すいません。あたしも夢中になってしまって。今日はこれで終わりにしますね」と高木さんが慌てたように様子を見に来た。

 ひぃなは「大丈夫だよ」と微笑むが、明らかにぐったりしている。

 ひぃなをそのままベッドに寝かせて、私は心配そうな高木さんに「シャワー借りていいかな?」と訊く。

 お互いの汗でベタベタしている。

 できればひぃなにもシャワーを浴びさせたいけど、この感じだと濡れタオルで身体を拭いてあげた方が良いだろう。


 高木さんは「準備してきます」と部屋から出て行った。

 私はショーツだけ穿き、ひぃなには近くにあった毛布をかぶせ、ドアのところで座って待つ。

 人の気配がしたのでドアノブをつかむと、無言で開けようとする。

「高木さん?」と尋ねるが返事がなく、離れて行く気配があった。


 しばらくしてまた人の気配があり、同じようにドアノブに手をかけると、ノックがあり、高木さんの声で「入りますね」と聞こえた。

 私が先ほど起きたことを話すと「弟だわ」と飛び出していった。


「追い出してきたから大丈夫です」と話す高木さんと協力してひぃなの身体を拭く。

 私はフリーサイズのTシャツを借りて、ノーブラのまま着る。

「自分でできる」と言うひぃなの身体を隅々まで絞ったタオルで拭うと、さっぱりしたのか少し元気が出て来たように見えた。

 そして、急に「トイレ」と言い出した。

 我慢できないようで、急いで下着だけ着せて連れて行く。


 さすがに他人の家でこの薄着は不安だ。

 トイレの前でひぃなを待っていると、それを察した高木さんが何か着るものを持って来ましょうかと言ってくれた。

 しかし、高木さんがいなくなると、それはそれで何かあった時に困るので私は首を振った。


「…………!」


 微かな悲鳴のようなものがトイレの中から聞こえた。


「ひぃな、どうかした?」


 私はできるだけ優しく声を掛ける。


「……可恋」


 不安そうな声。


「開けていい?」


「……うん」という返事とともに鍵が外れる音がした。


 私はゆっくりと扉を開け、青ざめた顔のひぃなを見る。

 ひぃなは下着をおろして便座に座ったままだった。

 私は近付いて、ひぃなの頭を胸に抱く。


 ひぃなが落ち着くのを待ってから、「初めて?」と訊く。

 戸惑うような「うん」という返事が耳に届いた。


 私は抱いていた身体を離し、「ごめん、汗臭かったよね?」と謝る。

 シャワーを浴びる前だったことを思い出した。

「ううん、落ち着く匂い」とひぃなは自分から私の胸に顔を寄せた。

明日は陽稲視点です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ