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令和元年11月2日(土)「部長の仕事」笠井優奈

 ダンス部にとって初めての休日練習があった。

 様々な問題は起きているが、前もって来れないと連絡してきた子を除く全員が参加した。

 昨日Bチームへの降格を告げた1年生の辻も、真面目に練習に取り組んでいた。

 そちらはホッとしたが、同じ1年生の藤谷がしきりにアタシに話し掛けてくるようになった。

 こびを売るような態度がウザい。

 しかし、そう直接言う訳にもいかず、アタシは無視しない程度に対応した。


 練習が終わってもやるべきことは多い。

 来週の練習の打ち合わせを顧問の岡部先生としようとその姿を探していると、彩花から「話があるから来て欲しい」と言われた。


「何?」と尋ねると、「いいから、着替えて来て」と彩花は話す。


「まだ、やることがあるから」と断ると、「大事な話なの。岡部先生にも話してあるから」と彩花は強い口調で言ってアタシに帰り支度をさせる。


 アタシが着替えて更衣室を出ると、彩花だけでなく綾乃、ひかり、三島までがアタシを待っていた。


「なんでコイツまでいるの?」とアタシが指差すと、三島はむくれた表情を見せた。


「いいから、来て」と彩花は説明もなく歩き出した。


 休日練習と言っても午後から3時間程度と短い。

 いまもまだ空は明るく、過ごしやすい気候で、仲間たちに囲まれて外を歩いていると束の間ダンス部の問題を忘れることができた。

 向かった先は学校近くのファミレスで、そこには日野、日々木、美咲の三人が既に座っていた。


「何かな、これ」とアタシが彩花を睨むと、彼女は顔の前で両手を合わせて謝った。


「さっさと座って」と日野が苛立たしげに言い、アタシは怒って帰るのも大人げないかと思い席に着く。


「笠井さんが困っているからって須賀さんに泣いて頼まれたのよ」とドリンクバーから取って来た飲み物や注文した軽食がテーブルに揃ったところで日野が口を開いた。


 アタシは再び彩花を睨むが、今度は彼女はニコリと微笑んだだけだった。

 ……彩花に心配をかけるほど、アタシがいっぱいいっぱいだったってことだな。


「私、自分ひとりで何でもやろうとしないように言ったよね」


 日野の説教にアタシは頭をかく。

 最初はダンスができないと悩む美咲に、ひとりで何でもできなくてもいいじゃないと伝えるように日野がアタシに言った。

 その時は日野の言う通りだと思った。

 しかし、ダンス部を創設してアタシが部長になると、あれもこれもやらなきゃいけなくなってしまった。

 その時も日野はアタシに対してそれを言ったが、分かっているつもりでも自分でやることになってしまう状況だった。


「分かってるよ。でも、仕方がないだろ」と反論する。


「明日から1ヶ月笠井さんが休んだってダンス部は潰れないわよ」


 日野の言葉に心臓が潰されるかと思った。


「そんなことは……」と言い掛けて思いとどまる。


 周りへの負担は増えるだろうし、思うように部員のレベルは上がらないかもしれないが、アタシがいなくてもダンス部が潰れるということはないだろう。

 アタシだって、それくらい冷静に見ることはできる。

 ただいままでそれが見えていなかっただけだ。


「少人数の部なら笠井さんのやり方で通用するでしょうけど、いまのダンス部は部員が増えすぎたわ。あなたは一度身内認定してしまうと甘い対応になるから、簡単に部員を切れないでしょ。だったら、あなたがやるべきことは直接指導することではなく、部の仕事を細分化し、それを部員に任せることよ」


 日野の言い方には腹が立つが間違ってはいない。


「Aチームの指導は渡瀬さんと三島さんに任せ、当面は笠井さんがそれをサポートすることにしましょう」と日野は勝手に決めてしまう。


 アタシが言い返す前に、日野は視線をひかりに向け、「渡瀬さん、運動会の時のようなみんなで一丸となったダンスを踊りたいでしょう?」と尋ねた。

 ひかりは一も二もなく頷く。

 それを見て、日野は微笑み、「それをするためには、渡瀬さんがダンス部のメンバーをそんな風に踊れるように鍛えなくちゃいけない。それが笠井さんを助けることにもなるのよ」と優しくひかりに語り掛けた。

 ひかりは一度アタシに視線を送り、再び日野を見て「分かった」と頷いた。


 次に日野は三島に顔を向ける。


「ダンス部にとって渡瀬さんの代わりはいないけど、あなたの代わりはいるわ。部に貢献して自分の居場所を作りなさい」


 厳しい視線を投げかけられても、三島は目を逸らさずに日野を睨みつけ、「ひかりを手伝えばいいのね」と聞いた。

 日野は「そうね。ただ、渡瀬さんの指導の手伝いだけでなく、周りとの連携連絡といったこともあなたの役割よ。渡瀬さんの足りないところを補うこと全般が仕事だと思って」と答えると、「足りないところなんてほとんど全部じゃない」と三島が顔をしかめた。

 それでも三島は「何とかする」と言い切った。


「いいのかよ?」と三島の前だが、アタシは日野に問うた。


「コイツとひかりを近付けて」


 アタシの言葉に三島が心底嫌そうな顔をする。

 ひかりの方は自分の話なのに興味がなさそうだった。


「あなたが警戒しているから大丈夫でしょ」と気のなさそうな声で日野が答えた。


 日野がダンス部に関わってくれることは正直ありがたい。

 コイツの能力は中学生離れしている。

 だが、日野がダンス部に関わるのはアタシのためじゃないし、彼女の希望とアタシの希望は完全には一致しない。

 ひかりと三島を近付けるのは不安だが、ひかりにばかり構ってあげられない以上他人の手を借りることも必要なのだろう。


「他の2年生にも仕事を与えなさい」という日野の言葉に、アタシは自分が抱えているダンス部の役割について話す。


「練習の準備、後片付け、体育館などの使用許可、練習メニューの作成と作成のための準備、他にも新しい振り付けを考えたり……」


 アタシが指を折って数えていると、彩花が「多すぎ!」と声を出した。


「でも、綾乃や彩花にも手伝ってもらってるしね。あとは部員への声掛けとか……」


「もういいわ」と日野がアタシの言葉を遮り、「声掛け以外は笠井さんはやらなくていいわ」と切って捨てた。


 アタシの反論を無視して、日野は「練習の準備や練習メニューについてはマネージャーの田辺さんが総責任者で他の1、2年生の担当を決めて定期的に岡部先生と話し合って」とまた勝手に決める。

 綾乃は「分かった」と頷き、彩花は「指導する役割の子もその話し合いに参加しないとね」と言った。


「アタシが部長なんだけど」と言ったら、「優奈は指導しないのだから話し合いに出なくてもいいよ」と彩花に言われてしまう。


「出るわよ!」と思わず怒鳴るが、彩花はニコニコ笑うだけだ。


「1年生の問題児ふたりについては切ってしまった方が速いけど、切りたくないんでしょ?」と日野に問われた。


「ふたり? 秋田もか?」と聞き返すと「問題児としては似たようなものよ」と日野は辛辣に言い切った。


「でも、秋田さんは部のことをよく考えてくれているから……」と彩花が抗議するが、「ふたりとも同じ1年生を見下しているのでしょ。個人種目なら和を乱しても構わないけど、団体競技だと仲間へのリスペクトができない人はいるだけでマイナスよ」と日野は容赦がない。


「まだガキなんだからしょうがないだろ。日野はともかく、アタシたちはまだガキに毛が生えたようなものだし、あいつらとそんなに違わねえ!」


 赤の他人のことなら日野の言葉に頷くところだが、ダンス部の部員のことを言われて黙っている訳にはいかなかった。

 日野はアタシの言葉を聞いて目を細める。


「そう言うと思ったわ。そこで、秋田さんは私と、もうひとりの子は松田さんと話す機会を作って欲しいの。一度話したくらいで人が変わったりなんてするものじゃないけど、何もしないよりはいいでしょ?」


 そこで美咲の名前が出て来てアタシは戸惑った。


「なんで美咲?」とアタシは美咲を見てから質問する。


「ひぃなでも良かったのだけど、そんな物騒な子とふたりきりにする訳にもいかないし、松田さんに頼んだら承諾してくれたから」と日野は言ったが質問の答えにはなっていない。


「わたしじゃダメかしら?」と美咲がダンス部の話になってからは初めて口を開いた。


「そうじゃないけど……」


 アタシは歯切れが悪く答えた。


「日野さんが言ったように、わたしが話しても何もできないかもしれません。でも、わたしだって優奈の力になりたいと思っています」


 アタシはここ最近ダンス部のことで頭の中がいっぱいだった。

 教室で一緒にいる美咲が、アタシが苦しんでいることに気付かなかったはずはない。

 しかし、いま美咲に力を借りる状況ではなかった。

 おそらくこれは1年生たちのためではなく、美咲のために作った機会なのだろう。


「分かった。美咲にお願いする」とアタシは目礼した。


 美咲もアタシに少しだけ微笑んでみせた。


「あと、もうひとつだけ」と日野が話し出す。


「まだあるのかよ」と本音を漏らすと、「ひとつだけよ」と日野が笑う。


 渋々日野の言葉に耳を傾ける。


「目標があるといいなと思ったの。大会はまだ先だから、もう少し短期の目標ね。そこで、二学期末、ちょうどクリスマスの時期だし、どこか外でダンス部のパフォーマンスを披露するというのはどうかな?」


 ひかりが目を輝かす一方、彩花は不安そうに「外?」と尋ねた。


「どこでもいいんだけど、折角なんだし街中でやってみたらいいじゃない。その辺のショッピングモールなんかどう? 交渉してあげるわよ」


 クリスマスのショッピングモールなら人目は引くだろう。


「大会を目指すなら度胸もつけろって?」とアタシが笑って聞くと、「そうね、ソロパートがあると良いわね」と日野も乗り気に笑う。


 彩花の顔が青ざめている。

 でも、彼女だって運動会ではみんなの前で立派に踊れたのだ。

 アタシに内緒でこんな話し合いをセットした彩花に、「家族や友だちを呼んで大々的にやりたいね」と言って、少しばかり溜飲を下げた。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・2年1組。美咲グループのひとり。ダンス部部長。創部したばかりのダンス部の問題に頭を抱えている。


須賀彩花・・・2年1組。美咲グループのひとり。ダンス部副部長。苦労している優奈を助けたくて日野に泣きついた。


渡瀬ひかり・・・2年1組。美咲グループのひとり。ダンス部。ダンスの実力は校内トップ。元合唱部で指導能力がまったくないという訳ではない。


田辺綾乃・・・2年1組。美咲グループのひとり。ダンス部マネージャー。これまでは優奈や彩花に頼まれたことをやっていた。役割と責任を明示されたことで、やる気が上昇している。(態度には示していない)


松田美咲・・・2年1組。美咲グループのひとり。ダンスが苦手で入部しなかった。


三島泊里・・・2年1組。ダンス部。あとからの参加だが、Aチームに昇格した。元合唱部でひかりとべったりな関係だった。


日野可恋・・・2年1組。可恋にとってダンス部は来年度の学校側に対する重要な手駒に育ちつつある感じ。


日々木陽稲・・・2年1組。自分にとって場違いな集まりでも可恋の隣りにいることを当然と思ってもらえることに内心喜んでいる。

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