令和元年10月30日(水)「嵐の船出」須賀彩花
文化祭が終わり、ダンス部の活動が本格始動した。
初練習の時に日野さんが厳しいことを言ったので辞める生徒が出て来るかもと心配していたが、むしろ増えた。
ファッションショーでダンス部のパフォーマンスを披露したことで、いままで入部を躊躇っていた子がやりたいと言い出したのだ。
前回の初練習に参加していない子は、今日は顧問の岡部先生に見てもらうことになっている。
体育館の一角で運動能力の確認と自主トレの方法を先生から教えてもらう。
その中にはクラスメイトの三島さんの姿もあった。
「自主練をやったかどうかは確認しません。今後は学年関係なく、ダンスの練習についていける子をAチーム、ついていけない子をBチームに分けて練習します」
前回の初練習に参加した子はいまわたしの目の前に並んで立っている。
優奈の言葉に険しい表情を浮かべた人は2年生が多く、1年生の中には野心的な目をした子が何人かいた。
「とりあえず2学期中に、アタシたちがファッションショーで踊ったダンスをマスターしてもらいたいと思っています。できた子はより難度を上げていくからそのつもりでいてください」
ファッションショーで披露したダンスは運動会の創作ダンスをベースにしたものだ。
優奈とひかりとわたしの三人で踊ると言われたときは心臓が飛び出るほど驚いた。
運動会で同じAチームだったとはいえ、ふたりとわたしの実力の差は歴然だったからだ。
ひかりのケガがあって難易度を上げるのではなく演出で見映えを良くするアレンジを行うことになった。
合唱の練習もあって忙しかった優奈が頑張って考えてくれたものを、岡部先生や日野さんに調整してもらい完成した。
わたしはダンスの創作なんてちんぷんかんぷんでまったく手伝えなかった。
いまは綾乃とダンスの動画を見て勉強中といったところだ。
まずは手本として三人がみんなの前で踊ることになった。
ひかりはケガをする前に考えていた難度の高いダンスをしたいと言ったが、優奈に却下された。
観察されながら踊るのはいまだに恥ずかしいが、もう身に付いた動きなので自信を持って踊ることができた。
そのあと数人ずつに分かれて踊ってもらう。
やはり1年生と2年生では基礎の部分に差を感じる。
しかし、1年生でも3人だけは2年生と遜色のない動きを見せていた。
その3人と2年生全員を暫定のAチームとし、1年生の残りがBチームとなった。
今日はAチームを優奈が、Bチームをわたしが見ることになっている。
打ち合わせの時、優奈は簡単に「Bチームは彩花が見てね」と言ったが、わたしは優奈と違い運動部に所属した経験がない。
何も知らない1年生から見れば、優奈もわたしも2年生の先輩としてひとくくりにされるだろうが、いまのわたしはできるかどうか不安で心臓がドキドキしている。
初練習の時は日野さんが仕切ってくれたけど、ダンス部ではない彼女は当然ここにはいない。
わたしは深呼吸をしてからBチームのメンバーに向き合った。
頭が真っ白になりそうだったが、「えー、それでは始めますね」と声を出して変な間ができることを防いだ。
「ダンスの練習は1年生でも授業でやりますが、2年生になるとかなり内容が高度になるので、いまできていなくても気にしなくていいです。これからできるようになればいいからね」
わたしはなるべく優しく聞こえるように後輩たちに語り掛けた。
ここまでは事前に考えていたことだからいいが、ここからの指導ができるかどうかだ。
フレーズごとに分けて、手拍子に合わせて踊ってもらう。
曲の入りのところからできていない子がいる。
自分で手本を示しながらやってもらうが、うまくできない。
……これは大変そうだ。
ひとりに付きっきりになると、他の子が不満そうな顔をするし、できない子は泣きそうな顔をするしで、雰囲気が悪くなる。
仕方なく、「あとでまた見るね」と言って次の箇所へ進む。
ひとりひとりできない理由は違う。
明らかに筋力不足の子もいれば、物覚えが悪い子、意識が一ヶ所にいって別のところが疎かな子、腕や足の角度の付け方が雑な子、そして、どこが悪いのかよく分からないけどできていない子。
マンツーマンならまだしも、これを全員一斉に指導するのはわたしにはキャパオーバーだと思った。
しかも、止めては気になるところを指導するやり方だと、すぐに集中力を切らせる子が出てきた。
そして、だらける子が出始めるとまるで感染したかのように他の子もだらけ始める。
今度こそ頭が真っ白になって、どうしていいか分からないと頭を抱え込みそうになった時、その声が聞こえた。
「いい加減にしてよ!」
優奈が指導していたAチームのところから聞こえてきた。
かなり尖った声だった。
わたしだけでなく、他の1年生たちもそちらに視線を向けた。
1年生のひとりが別の1年生につかみかかった。
遠くからでもジャージの色でそれだけはよく分かる。
つかみかかられた方も反撃しようとする。
「やめな!」と優奈が大声で制止しようとするが、ふたりの耳に入らないようだ。
「みんなはここにいて」と言ってわたしはそのふたりのところに駆け寄る。
わたしが駆けつけた時には、優奈や他の2年生部員によってふたりは分けられていた。
すぐに岡部先生も来て、鋭い視線で「何があったの」と問い詰めた。
残るように言ったBチームの1年生や今日初参加の部員も集まってきてふたりを囲むように人だかりができた。
つかみかかった方である辻さんは顔を真っ赤にして泣きそうだった。
対する藤谷さんは眉間に皺を寄せて辻さんを睨みつけている。
「今日の練習はここまでにします」と優奈が宣言した。
優奈は顧問の岡部先生を見て、頷くのを確認した。
「みんなは着替えて帰っていい。ちゃんと汗拭いて風邪を引かないように気を付けて。ひかりと綾乃にはそっちを任せるから。彩花と秋田さんだけ残って」
なかなか去ろうとしない面々だったが、2年生の山本さんが「行こう」と声を掛けてくれたのでようやく動き出した。
帰るように指示された全員が体育館を出たのを見届けてから、優奈は短く息を吐いた。
この場にいるのは優奈、わたし、岡部先生、Aチームに抜擢された1年生の3人だ。
「それで、原因は何?」と怒りを抑えながら優奈が尋ねる。
しかし、辻さんはぐっと唇を引き結んだままだし、藤谷さんは無表情のまま乱れた髪をトレードマークの黄色いヘアピンで留めようとしていた。
「秋田さん、何か知ってる?」と1年生の残るひとりに優奈が訊いた。
秋田さんは憤然とした様子で「こっちの子があっちの子をからかっていたみたいです」とふたりを指差して答えた。
からかっていたのが藤谷さんで、からかわれていたのが辻さんか……。
「もうふたりは退部でいいんじゃないですか。こんなことで練習ができないなんて最低です」
秋田さんは面と向かって辛辣な意見を言った。
辻さんと藤谷さんがギョッとした顔付きで秋田さんを見た。
練習中にケンカをするのもどうかと思うが、それ以上に秋田さんの発言は驚きだった。
こんな1年生を指導できるのかな、と不安になる。
「済みませんでした。もうこんな騒ぎは起こさないので退部は許してください」と辻さんが優奈に頭を下げる。
それを見て、藤谷さんも小さな声で「すいませんでした」と言い、わずかに肩をすくめた。
優奈は手のひらを広げて自分の顔面に当て、頭を抱えた。
その気持ちは痛いほど理解できる。
優奈がいない時はわたしがあの立場に立たされるのだと思うと、副部長を引き受けたのは早まった判断だったかと後悔してしまうほどだ。
「藤谷は二度と問題を起こさないように。次、やったら退部。辻は何かあったらすぐに部長か副部長に相談しろ。秋田はふたりをまとめろ」
「嫌です!」と秋田さんが即答する。
「1年のリーダーは実力からいって3人のうちの誰かにやってもらうことになる。辻と藤谷が問題を起こした以上、消去法で秋田になる。部として、チームとして、ダンスをするのなら自分のことだけじゃなく周りに対して貢献する必要がある。それが嫌ならソロでやればいい」
秋田さんは奥歯を噛み締め、優奈を睨んだ。
そして、悔しそうな表情で「……分かりました」と口にした。
「三人一緒に帰すにはまだ頭に血が上っていそうなので、先生は藤谷に、彩花は秋田に付いていてくれますか」と優奈が言った。
岡部先生は頷くと「藤谷さん、行きましょう」と声を掛けた。
藤谷さんは顔をしかめながらも先生のあとをついて歩いた。
残された4人は無言のまま立っていた。
沈黙を重く感じる。
しかし、それを破る言葉は出て来ない。
少し経って、「彩花」と優奈に言われ、わたしは秋田さんを伴って歩き出した。
わたしは自己アピールの激しい藤谷さんを苦手に感じていた。
何かにつけ部長の優奈に取り入ろうとしていたし、相手によって態度をコロコロ変えるところがあった。
わたしに対しても副部長だと知る前と知った後ではあからさまに態度が異なった。
秋田さんはこれまではほとんど目立たない1年生だった。
他の子と関わる様子はなく、マイペースな印象を抱いていたが、こんな子だったとは。
正直どう扱っていいのか分からない。
それでも、何も話さない訳にもいかない。
「ダンス上手いね。誰かに習ったの?」と聞くと、少し間を置いてから「独学です」と秋田さんは答えてくれた。
「今日の練習はどうだった?」と尋ねてみる。
あんなことがあって練習は半分ほどしかできなかったけど。
「非効率です」と秋田さんは歯に衣着せない意見を言った。
「創部したばかりだからね。まだ手探りなの。秋田さんもこんな風にすれば良いとかあれば教えてね」
「……いいんですか?」と少し驚いた顔で彼女は言った。
「これからみんなでダンス部を作っていくんだから、部員みんなの協力が必要なのよ」
いまは優奈ひとりで支えている感じだ。
もっと周りがサポートしないと大変なのは分かっている。
でも、実力的にわたしが手伝えることは限られていた。
「部長から1年生のリーダーに指名されたんだもの。あなたの力が必要なのよ」
優奈が何を考えて彼女を指名したのかは分からないが、実力はあるのだから彼女が協力すれば大きなプラスになるとわたしは考えていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・中学2年生。ダンス部副部長。Bチームの指導を割り当てられ、前夜は眠れなかった。
笠井優奈・・・中学2年生。ダンス部部長。ひかりがもう少し頼りになればと嘆いている。
田辺綾乃・・・中学2年生。ダンス部マネージャー。不安になったり落ち込んだりする彩花を慰める機会が増えて喜んでいる。
渡瀬ひかり・・・中学2年生。元合唱部。ダンスの実力は抜群だが、他人への指導などには向いていない。
三島泊里・・・中学2年生。元合唱部。ひかりを追ってダンス部に入ることを決めた。
岡部イ沙美・・・体育教師。ダンス部顧問。新任1年目で1年生の体育担当。
辻あかり・・・中学1年生。元ソフトテニス部で、優奈を追ってダンス部に入った。
藤谷沙羅・・・中学1年生。黄色いヘアピンがトレードマーク。
秋田ほのか・・・中学1年生。ダンスが好きでこれまではネットの動画を見てあんなダンスを踊りたいと思っていた。運動会の創作ダンスに衝撃を受けダンス部に入部。
山本早也佳・・・中学2年生。優奈の友だちでムードメーカー。




