令和元年10月29日(火)「文化祭のあと」日々木陽稲
朝から雨が降り続き、今日はまったく気温が上がらず寒かった。
ある程度の寒さ対策はして来たけど、急激な冷え込みに身体がついていかない。
朝、可恋から電話があり、とても元気そうな声で「今日休むから」と言われた。
いや、分かっている。
可恋は寒さに弱いということは。
先日も少し寒かっただけで、唐突に「沖縄に引っ越したい」と言い出したほどだ。
さすがにそれは冗談だったが、湘南の方が良かった、ここは寒すぎと不満たらたらな態度だった。
確かに神奈川県内でも内陸の方なので冷える。
横浜と比べても冬場の寒さは一段上だ。
「声だけ聞くと健康そのものなんだけど」とわたしが指摘すると、わざとらしく咳をしたあと、「今日行けば確実に体調崩すからね。ひぃなも気を付けて」と可恋は言った。
可恋の、免疫力が低いという体質がどれほど危険なのか、わたしは話に聞くだけで実際には分からない。
転校したばかりの今年の冬は休んでばかりで姿を見掛けることがなかった。
2年生になって同じクラスになり、初めて顔を合わせた。
しかし、4月はわたしの方がおたふく風邪に罹ったりして会う機会が限られていた。
暖かくなってからの元気な可恋しか知らないので、今日みたいな日に簡単に休む可恋をずるく感じてしまうのは仕方ないよね。
可恋の場合、休んでいても勉強は問題ない。
残り全部休んでも2年の学年末テストで満点近くを取る自信があるそうだ。
学級委員の仕事も松田さんへの引き継ぎが終わったと話していた。
通常の仕事だけでなく、現在このクラスの良い雰囲気を維持するための心がけのようなものも引き継いだらしい。
可恋のいない教室。
その雰囲気は4月頃とはまったく違うものになっている。
グループ間の垣根が低くて、交流も盛んだ。
全体的に和気あいあいとした感じで、孤立した人がいない。
いまもファッションショーの思い出話に花が咲いている。
麓さんだけは誰とも関わろうとしないけど。
お昼休みになって1年生の原田さんと鳥居さんがわたしの元を訪れた。
大事な話ということで、わたしは純ちゃんについて来てもらい家庭科室に向かった。
いつもは体育館でトレーニングをする純ちゃんに無理を言った形だ。
今後可恋が休むことが増えると、純ちゃんに皺寄せがいかないかと心配になる。
可恋は用心深いので、わたしひとりで教室の外に出ることさえ許さないし……。
「今日は怖い先輩は一緒じゃないんですね」と原田さんは上機嫌だ。
可恋は素敵な美少女なのに、大柄で目つきが少しキツいのでよく怖がられる。
無表情でも睨んでいるように見られることもあるしね……。
本人は威圧感を出さないように抑えているつもりでも、自然とにじみ出てしまう。
パッと見だけなら純ちゃんの方が大きくていかつい感じなのに、純ちゃんが怖がられることは滅多にない。
人徳の差? ……なんて口が裂けても言えないけど。
「文化祭はどうだった?」と水を向けると、「楽しかったです!」と原田さんはハイテンションで答えた。
「クラスの方は全然でしたが、手芸部の方は日々木先輩に来てもらえましたし、何よりファッションショーが最高でした!」
鳥居さんも横で大きく頷いている。
「運動会もそうでしたが、中学って凄いですね。小学生の時とは全然違うと思いました」
「そうだね」と相づちを打ったものの、可恋と見て回った限りではそこまで凄いと思うような出し物は見当たらなかった。
大学生と協力した3年生の企画には興味深いものもあった。
しかし、手前味噌になるがファッションショーが全ての中で飛び抜けていたと思う。
可恋に言わせると準備の質と量が圧倒的に違うのだから当然なのだそうだ。
ほとんどのクラスが運動会の終わった9月末や中間テスト後の10月初旬から本格的にスタートしたのに対し、うちのクラスは6月末から準備を始め、特に夏休み中にかなり進めていたので大きな差がついた。
原田さんたちはクラスの合唱とファッションショーの見学以外は手芸部の展示が行われた家庭科室にいてあまり他を回れなかったそうなので、そんな印象になったのだろう。
「それで、大事なお話って?」とわたしが笑顔で本題に入る。
「来年の文化祭でまたファッションショーを開催してくださるんでしょうか?」
原田さんがわたしの目を真っ直ぐに見つめて問い掛けてきた。
その表情は真剣さに満ちている。
「来年かぁ……。まだ終わったばかりで全然考えてなかったよ」
可恋からはキャシーやお姉ちゃんのお友だちの間でファッションショーをやりたいという声が上がっていると聞いた。
もちろん、それは来年の文化祭とはまったく別の話だ。
可恋なら来年の文化祭のことも考えているかもしれないが、わたしはまったく頭になかった。
「もし、日々木先輩がクラスで開催する予定がなければ、有志によるファッションショーを企画しますから協力して頂けないかと思い、お願いに来ました」
そう言って、原田さんと鳥居さんが深々と頭を下げた。
これなら2年1組の教室で話を聞けば、他にも関心を持つ生徒がいたかもしれないと思った。
ただ可恋と関係のないところで話ができあがってしまうと、可恋が困る可能性がある。
「少し時間をもらえるかな?」とわたしは即答を避けた。
わたし自身飛びついてオッケーしたい気持ちが満々だが、可恋の力なしに成し遂げられるとは思えない。
原田さんと鳥居さんは有能そうだし、開催のノウハウはあるから、初めての時の苦労に比べれば楽にできるとは思うけど……。
「前向きに考えているのだけど、わたしひとりでは決められないの」
「分かりました。時間はありますから」とわずかに落ち込んだ感じで原田さんが答えた。
いまオッケーしたら放課後までに学校中に話を広げそうな顔付きだった。
終わったばかりのわたしと違い、ファッションショーを見て自分もやりたいと火が点いたばかりの人たちは焦るような気持ちなのかもしれない。
でも、それを一年間持続させるのは難しいだろう。
……可恋の側にいると、一歩引いた見方ができるようになるね。
「一年先の話だもの。じっくりと行きましょう」
わたしは宥めるようにふたりにそう声を掛けた。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・2年1組。沖縄に行ったら一歩も外を歩けなくなるよ! と言うくらい日焼けに弱い透き通るような白い肌の持ち主。
日野可恋・・・2年1組。冬場の通学時間を少しでも減らすために学校の目の前のマンションに引っ越した。それでも休む時は休む。
安藤純・・・2年1組。後日、教室内でトレーニングができるように、可恋が教室にマットを配備した。
原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。休みの間に来年の文化祭でのファッションショー実行計画をちーちゃんとふたりで作成した。
鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。最近、山口光月(美術部)とふたりで「脳筋戦士朱雀と天才美少女魔法使い千種の冒険」というマンガを作り始めた。




