表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/745

令和元年10月11日(金)「気遣い」須賀彩花

 お昼頃から雨が降り出した。

 せっかくの三連休が台風のせいで台無しになりそうと恨み節を零す生徒もいるが、それ以上に土日だと学校が休みにならないという不平不満の方が多く聞こえる。

 気持ちは分かる。

 雨の中でも仕事に行かなければならない大人の人には迷惑な台風も、学生にとっては学校が休みになるかどうかがいちばんの関心事となる。

 今回は休校とは無縁そうなので、残念な気持ちはわたしにもあった。


 一方で、台風の接近はわたしとまったく無縁ではなかった。

 今日予定していたダンス部の初の練習が中止になった。

 授業の短縮などはないが、部活は中止となり、速やかに下校するようにと通達が下った。

 わたしは昼休みに綾乃と1年生の教室を回ることになった。

 部活の中止と次回火曜日の練習について通知するためだ。

 先日の説明会で入部届を出してもらったが、早くLINEなどで連絡を取れるようにしておかないとこういう時に面倒だ。

 優奈はすぐに辞める生徒も出て来るだろうから、もう少し落ち着いてからの方がいいって言うけど。


 その部長の優奈はひかりを連れて2年生の教室を回っている。

 わたしは半年前まで過ごしていた1年生の教室に少し懐かしさを感じながら、部員リストを片手に歩く。

 まだ顔も名前も覚えていないので、入口近くにいる生徒に呼び出してもらう。

 緊張するものの、相手はこちらが上級生だと分かると丁寧な態度を取ってくれるのでまだ気楽だった。


 教室をひとつひとつ回っていくと、それぞれのクラスの雰囲気の違いに驚く。

 和気あいあいとしたクラスだと、教室にいない子にも伝えておくと笑顔で言ってくれる子がいたりする。

 その人の性格にもよるんだろう。

 ただ、空気の良くないクラスだと自分のグループ以外とは不干渉のようで、そういう気遣いをしてくれる子はいなかった。


「クラスによってこんなに雰囲気が違うんだね」


 1年生の教室を回り終えて自分の教室に戻る時に綾乃に話し掛けた。


「そうだね」とくっついて歩く綾乃が相づちを打った。


 考えてみれば、わたしの1年の時のクラスもあまり雰囲気が良いとは言えなかった。

 ギスギスするほどじゃなかったけど、グループごとにバラバラでまとまりのないクラスだったと思う。

 いまのクラスの雰囲気が良いからすっかり忘れていた。


「綾乃は1年の時2組だったよね。雰囲気どうだった?」と聞くと、「あんまり……、1組と似たようなものかな」と綾乃が答えた。


 わたしは1組で体育などでは2組と合同になることがあった。

 当時、綾乃と話したことはなかったし、2組の雰囲気なんて気にしたこともなかった。

 1年の時はグループに入れてもらっていただけという感じだった。

 2年でも美咲がいたから、同じグループに入れてもらっただけなんだけどね。


「そういえばさ」とわたしは話題を変える。


「わたしのご褒美デートの回数、クラスで2番目に多いんだって」


 今日、日々木さんから聞いたことを綾乃に伝える。

 ちょっとというか、かなり自慢が入っている。

 だって、そんなことは全然予想していなかったから。


「へぇー」と綾乃はあまり関心を示さない。


 こんな自慢を言える相手は綾乃くらいだと思うので、もう少し熱心に聞いて欲しかった。


「びっくりだよね。わたしなんかが指名されるなんて考えてもなかったもん」


「そう?」


「綾乃も美咲にすると思っていたし。最近ずっと一緒だから驚きはしなかったけど……」と言うと、綾乃は顔を曇らせた。


「ありがとうね、指名してくれて」とわたしが笑顔を見せると、綾乃はうんと頷く。


 綾乃はそれほど気持ちを表情に出すタイプではないし、自分から話すことも少ない。

 わたしは最近優奈から「彩花って結構鈍感だよね」って言われるので、相手の気持ちを読み取るのはそんなに得意ではないのだろう。

 いまも綾乃がどう感じているのかはよく分からない。


「来週、美咲とって話だから、綾乃とはまだ先になっちゃうけど……」と言うと、「いい。待つから」と綾乃は言ってくれた。


「それにしても明日香ちゃんからも指名されるなんて本当に驚いたよ」と言うと左腕に痛みが走った。


 わたしの左側を歩く綾乃がわたしの腕をつかみ、爪を立てたからだ。


「転びそうになったから。ごめん」と無表情で綾乃は謝るが、つかんだ腕は放さない。


 そうだった。

 綾乃はわたしが「明日香ちゃん」と呼ぶと不機嫌になるんだった。

 これ以上、綾乃の機嫌を損ねないように、わたしは綾乃とのデートの話をして教室まで帰りついた。


 教室に入ろうとしたら「須賀さん」と呼び止められた。

 振り向くと、廊下に2組の阪本さんがいた。


「部室から戻ったとこだけど、予定が潰れるのは痛いわ」と彼女は顔をしかめた。


 阪本さんは陸上部の次期部長だ。

 陸上部は強豪だし、今日の練習だけでなく土日の練習も予定されていたのだろう。


「須賀さん、ダンス部に入ったんだってね」と笑顔を向けられ、「副部長に指名されちゃって」とわたしは照れてみせた。


「運動会の実行委員としても頑張っていたしね。最初は頼りなく見えたけど、最後はかなり頼もしかったよ」と阪本さんが褒めてくれた。


「助けてくれる人がたくさんいてくれたから。感謝の気持ちを忘れたらバチが当たるなって」


 本当にわたしが実行委員の仕事を問題なくできたのは周りのサポートのお蔭だ。

 最初は自分でもできるかどうか不安だったけど、美咲や優奈たちがもの凄く協力してくれた。

 天候の影響で一時は体育館での開催となりそうだったのが、当日に急遽運動場での開催に戻り、みんな大変だったと思う。

 美咲や綾乃はその作業を実際に手伝ってくれたし、優奈はその間クラスをまとめてくれた。

 あと、生徒会と一緒になって指揮を執っていた日野さんも……。


「そういう素直さが須賀さんの良いところだよね。笠井にも見習えって言っておいて」と阪本さんが笑う。


 阪本さんも現場では頼もしかった。

 リーダーシップがあり、周囲への気遣いもできて、伝統ある陸上部の次期部長に相応しい人物だと思う。

 2組の教室に戻って行く彼女の背中に、ペコリと頭を下げてからわたしは教室に入った。


 1年生の教室を回った報告を優奈に済ませると、「見所のある1年はいた?」と聞かれた。


「部活だと学年ごとのまとまりが大事だからね。リーダー役の子がいるかどうかは重要だよ」と優奈は説明する。


「阪本さんみたいな?」といま会ったばかりの彼女を例に出すと、犬猿の仲である優奈は「アイツは性格が悪いけどな」と答えた。


 少なくともリーダーシップは認めているようだ。


「どうだろう?」と言って、わたしは額に手を当てて考える。


「1組の島田さん、2組の秋田さんあたり」と綾乃が名前を挙げた。


「さすがマネージャー」と優奈が褒めあげる。


 副部長としては少し面白くないけど、綾乃の方が人を見る目があると思い直す。

 日野さんも以前、「自分にできないことは他人に任せればいい。頼ることは悪いことじゃない」と言っていた。

 そして、「やってもらった時は素直に評価し、感謝すればいい」とも。


「綾乃、凄いね。ありがとう」と言うと、綾乃は珍しいほどに嬉しそうな顔になった。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。美咲のグループの一員でダンス部副部長。運動会の実行委員をしていた。


田辺綾乃・・・2年1組。美咲のグループの一員でダンス部マネージャー。運動は苦手。


笠井優奈・・・2年1組。美咲のグループの一員でダンス部部長。元ソフトテニス部で次期部長候補だった。


松田美咲・・・2年1組。美咲のグループのリーダーだが、現在悩みを抱えている。


渡瀬ひかり・・・2年1組。美咲のグループの一員でダンス部所属。文化祭の有志の合唱に参加している。


日々木陽稲・・・2年1組。ご褒美デートを発案し運営を任されている。彼女自身は4人から指名を受けた。


日野可恋・・・2年1組。学級委員。彩花を運動会の実行委員に指名し、サポートした。あと運動会直前の準備では「生徒会と一緒になって」指揮を執ったのではなく「生徒会を手足のように使って」指揮を執った。


阪本千愛・・・2年2組。陸上部次期部長。3年は実質的に引退しており、すでに部長として活動している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ