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令和元年10月9日(水)「ダンス部入部説明会」笠井優奈

「緊張するね」


 彩花が硬い表情でアタシに言った。


「彩花、何もしないじゃん」と彼女の顔を見てアタシは笑う。


「そうだけど……」と膨れる彩花のお蔭で、少し緊張が取れた気がする。


 会議室には多くの1年生、2年生が集まっている。

 この三日間ダンス部の説明会を告知するために1、2年の教室を歩き回った成果と言える。

 女子のみと制限した訳ではないが、男子の姿は見当たらない。

 この女の子の集団に堂々と割って入れる男子がいたら褒めてあげるけどね。


 ……見たところ、ダンスやりたいって子が三分の一、興味本位が三分の一、友だちの付き添いが三分の一ってところかな。


 全員が入部すればソフトテニス部を上回る大所帯になってしまうが、さすがにそんなことにはならないだろう。

 それに急に人が増えても対処するのは難しい。

 やる気のある三分の一を仮入部で絞って半分が残れば良い感じ。

 そんな計算をしながら、アタシはみんなの前に立った。


「ダンス部部長の笠井優奈です。今日はダンス部の入部説明会に来てくれてありがとう」


 特別緊張する性格ではないが、これだけ注目されていると声がうわずってしまう。

 美咲ならもっと優雅に振る舞えるだろうなとアタシは思った。


「これからダンス部の活動方針や今後の予定について説明します」


 アタシはお腹に力を入れて声を張り上げる。

 何ごとも初めが肝心だ。


「運動会でアタシたちの創作ダンスを見てくれた人も多いと思うけど、アタシたちは本気でダンスをやっていくつもりです。体育会系の厳しい部になると思います」


 アタシは参加者の顔を見回す。

 顔をしかめる子がちらほら見える。


「入部するのに上手いか下手かは問いません。そこの須賀さんは二学期最初の時点ではとても上手いとは言えなかったけど、一ヶ月練習を頑張って主力チームで見事に踊れるようになりました」


 彩花は突然名前を出されたことで、両手を口に当てて驚いている。

 彼女が狙い通りの反応を見せたことで、アタシは笑みを零した。


「ダンス部はできたばかりです。一緒にこの中学で新しい伝統を作ってくれる仲間を募集しています。目指すは全国大会です」


 全国大会を目標に上げたのは日野からのアドバイスだ。

 明確な目標を掲げた方がまとまりやすいと日野は言った。

 ソフトテニス部は個人個人の目標はあっても部としての目標の意識は希薄だったから……。


 その後は手続き的な話をした。

 文化祭までは仮入部扱いとなること。

 他の部に入っている子は退部するのか掛け持ちするのか顧問の先生と相談すること。

 練習は文化祭までは週二回だけど、毎日1時間程度の自主練を課すこと。

 文化祭後は週三回プラス週末一日を練習に当てることを事務的に伝えていく。


「入部届は必要事項を記入の上、顧問の岡部先生、部長のアタシ、副部長の須賀さん、マネージャーの田辺さんのいずれかに提出してください。質問がある時もこの4人のいずれかにお願いします」


 唯一名前を呼ばれなかったひかりに目をやると、特に気にした素振りがない。

 彼女らしいと言えるが、そんなだからいつまでも信頼できない。

 あれでも合唱部員だったのだし、技術的なことなら少しは指導できるみたいだから大丈夫だとは思うが、もう少ししっかりして欲しいという気持ちは拭えなかった。


 説明を終えると、すぐに「入部します!」と声を上げる生徒がいた。

 1年生だ。

 黄色の可愛いヘアピンが彼女の笑顔に似合っていた。

 彩花が入部届用紙を持って近付き、「これに書いてください」と手渡す。

 彼女に続くように何人かの生徒が用紙を受け取っていった。


 一方で、様子見に来ただけといった感じの生徒たちはぞろぞろと会議室を出て行った。

 アタシがそれを目で追っていると、入部希望届を彩花に渡したヘアピン少女が近寄ってきた。


「部長のダンス、素敵でした! あたしもあんな風に踊れるようになりたいです!」


「……ありがと」


 こんな風に面と向かって褒められると照れくさい。

 美咲は凄いと思ったらすぐにそれを口にして褒めるので、アタシもその対象になることがある。

 でも、何度言われても照れる時は照れる。

 美咲のように慣れた態度で受け答えする様には憧れるものの、自分ではできそうにない。


 ソフトテニス部でもやる気のある後輩の面倒はそれなりに見てきた。

 慕ってくれる子も何人かいた。

 ダンス部創部でソフトテニス部を辞めると話すとついて行くと言ってくれた子もいた。

 自分のやりたいことをやるようにと言ったが、その子は今日も来ていた。


 ヘアピン少女が運動会でのアタシのダンスのどこが素晴らしかったか熱く語るのを聞きながら、ソフトテニス部の後輩の姿を目で探していた。

 ダンス部顧問の岡部先生と熱心に語っているのが見えた。

 おそらくソフトテニス部を辞めることへの相談なのだろう。


「優奈」と名前が呼ばれた。


 振り向くと、ひかりがアタシを呼んでいる。


「何?」と聞くと、「彩花が優奈手伝ってって」とひかりは彩花の方を見る。


 アタシも同じように彩花を見ると、そこには人だかりができていた。

 それを彩花と綾乃のふたりで対処している。

 アタシは「悪い、また今度ね」とヘアピン少女に声を掛け、彩花たちのヘルプに入った。


 予定の時間を相当オーバーして、岡部先生の「今日はここまでにしましょう。最初の練習日は金曜です。放課後、体操服を持参してこの会議室に集合してください」の言葉でお開きとなった。

 部室は部員数がある程度固まるまで暫定となっている。

 一応割り当てられた部屋は狭いので、仮入部の半数が辞めたとしても着替えが入れ換え制になってしまう。


「思っていたより仮入部の子が多かったね」と彩花が疲れた顔で言った。


「ヘアピンの子が真っ先に入部するって言ったせいで、迷っていた子も雰囲気に乗せられて入部届を書いた感じだな」


 アタシはほとんど愚痴のように言った。

 仮とはいえ入部届を出した子にはそれなりに対応しなければならない。

 冷静になってからやっぱり無理だと思う子も出て来るだろうし、最初の練習に顔を見せない子もいるだろう。

 入部届を受け取った以上は、意思の確認くらいはする必要が出て来てしまう。


「ほら、みんなも帰りなさい」と岡部先生にアタシたちも追い出される。


「辻さんはソフトテニス部を辞めるつもりですか?」とアタシは会議室を出る前に顧問に尋ねた。


「本人の意志は固いようね」


「そうですか」


「彼女が自分の意思で決めることだから、あなたは必要以上に気にすることはないわ」


 ソフトテニス部の後輩の話は岡部先生にもしてある。

 辻さんがソフトテニス部に入部したての頃に「テニスが好きなんです」と笑顔で語っていたのを思い出す。

 小学生までは運動には無縁だったのに、大坂なおみの活躍を見てテニスが好きになり、中学に入ってソフトテニス部の門を叩いた。

 初めは下手くそだったけど、この夏の練習でようやく様になってきたと思っていただけに、複雑な思いがよぎる。


 岡部先生はアタシの肩に手を置いて、「好きなことをするのもパワーを生み出すけど、好きな人とするのもパワーを生み出すものよ」と微笑んだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。元ソフトテニス部。敵には容赦ないが身内には甘く面倒見も良い。


須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。普通の少女だが「筋トレのお蔭でこんなに踊れるようになりました!」と宣伝するように日野さんから言われている。


渡瀬ひかり・・・2年1組。ダンス部。元合唱部。本人としてはダンスや合唱がいっぱいできていまがいちばん幸せ。


田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。彩花と一緒なのは嬉しいが、悪い虫がつかないか心配している。


松田美咲・・・2年1組。クラスでは優奈、彩花、ひかり、綾乃と同じグループ。


日野可恋・・・2年1組。ダンス部創設に協力した。顧問、正副部長による練習メニューを考える会議にも何食わぬ顔で参加した。


岡部イ沙美・・・1年女子担当の体育教師。ダンス部顧問。新任1年目。

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