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令和元年10月7日(月)「ご褒美デート」日々木陽稲

「えーっとね、ご褒美デートのことなんだけど……」


 今日から放課後にウォーキングの練習を再開する。

 これまでは筋トレがメインだったが、残り3週間は美しく歩く練習をすると可恋は言った。

 その前に時間をもらって、わたしはクラスの女子たちにご褒美デートの詳細を説明することにした。

 大勢の前で話すのは得意ではないが、ここは頑張らないといけない。


「今度の週末からを予定しているんだけど、台風が来そうなので延期するかも。でも、必ずデートしてもらうから心配しないでね」


 文化祭のファッションショーのテーマが女の子同士のデートなので、雰囲気を盛り上げるためにその前にご褒美デートを実施したかった。

 しかし、大きな台風が直撃すれば予定をずらさなければならない。


「デートの希望相手と10月11月の休日の予定をわたしに連絡してね。直接でもいいし、お手紙やメールでも構わないから。早く連絡してくれた人から優先的に予定を組んでいくからね」


 可恋からはそれほどひとりに集中することはないだろうという予測を聞いている。

 天候の問題がなければ、次の三連休とその次の土日でほぼ終わらせることが可能かなと考えていた。


「デートはあまり短いと可哀想だから最低でも3時間くらいは一緒にいてね。デートの内容は基本希望する側が考えること。中学生だからお小遣いに優しいデートを目指すようにしてね」


 わたしは手元のメモをみながら注意事項を伝える。

 この他、デート内容や服装の相談、急用ができた場合の連絡、デートで不満を感じたりした時の報告が必要なら、わたしにするように言って、説明を終えた。


「何か質問はある?」と聞くと、すぐに可恋が手を挙げた。


 ご褒美デートはわたしひとりで進めようとしていたのに、可恋から事細かなチェックを受けた。

 いま話した内容はすべて事前に知っていたのに、わざわざ手を挙げて質問するなんて嫌がらせのように感じて眉間に皺を寄せる。


 他に手を挙げた人がいないので、渋々「可恋」と声を掛ける。


「申し込みの締め切りを設定した方がいいんじゃない?」


「うーん、迷ったり悩んだりする人もいるだろうから、じっくり考える時間があった方が……」とわたしが反論すると、「締め切りがあった方が踏ん切りがつくんじゃない」と可恋は涼しい顔で答えた。


 可恋はこの前小鳩ちゃんにもそういうことを言っていたが、みんながみんな可恋のように即断即決できる訳じゃない。


「締め切りはいつがいいと思っているの?」と確認しておくと「水曜日」と可恋は即答する。


「えー、早過ぎるよ!」とわたしが叫ぶと、「次の週末の予定を組むんならそうなるでしょ」と可恋は説明した。


 理由は分かるものの、さすがにそれだと考える時間が短すぎる。

 そう思って頬を膨らませていると、可恋は「みんなの意見を聞いてみよう」と言い出した。

 確かにわたしたちだけで決める話ではない。


「そうだね、ひぃなの顔を立てて1日延ばして木曜日、10日の木曜日までで良いと思う人は手を挙げて」と可恋はさっさと決を採る。


 最初はポツポツという感じだったけど、他の人が手を挙げるのを見て自分もという人が増え、最後にはほぼ全員が挙手していた。


「いいの? みんな」とわたしが驚くと、「だいたいご褒美デートの話が出たのはだいぶ前だしね。考える時間は十分にあったはずだよ」と可恋が他の生徒たちの気持ちを代弁する。


 賛成が大多数となったので、わたしは受け入れることにした。

 ただ、何人か手を挙げていない人もいたので、「分かった。締め切りは木曜日ね。それまでに決められなかった人は相談しましょう」と一言添えた。

 相談については可恋から異議が出なかったので、これで決定だ。


 ウォーキングの練習が始まってから、可恋にこっそりと「なんで締め切りの話をしてくれなかったの?」と聞くと、「ひぃなが反対しそうだったから」と可恋は苦笑した。

 わたしが眉をひそめると、「こうしてみんなの意見を聞けば、ひぃなも納得するでしょ」と可恋に言われた。


「もしかして、みんなに賛成するように言っておいたとか?」


 可恋ならやりかねないと思って質問する。


「そこまではしてないよ」と可恋は微笑んだ。


「文化祭直前はそこに集中したいねとは言ってあるけどね。ひぃなもそう思うでしょ?」と可恋に言われると頷かざるをえない。


 ご褒美デートは大事なイベントだけど、そのせいでファッションショーの準備ができなくなったら本末転倒だ。


「そんな風に説明してくれたなら、わたしも納得したよ」と零すと、「締め切りは私が強引に決めたことにしておいた方がいいんだよ」と可恋は目を細めて言った。


 その表情から、全員が賛成できないことだから不満を感じる人が出て来ても、その鉾先がわたしではなく可恋に向くようにと考えていることが読み取れた。

 可恋なりの配慮を感じ、わたしは素直に「ありがとう」と口にする。


 ウォーキングの練習が終わり、帰り際に松田さんから呼び止められた。


「少しよろしいですか?」


 わたしは側にいた可恋に視線を送る。

 可恋はわたしの目を見て頷いた。


 全員が教室を出て、わたしと松田さんのふたりが残った。

 昼までは日差しが出ていたのに、窓からは黒い雲がいくつも見えた。

 肌寒さがあり、わたしも松田さんも冬服だ。


「ご褒美デートのお話なんですが……」と松田さんは思い詰めた表情で切り出した。


 わたしは努めて明るい笑顔で彼女の話を聞くことにした。


「以前、日々木さんにお願いしたいと話しましたが、それを撤回させていただきたいと思います」


 合宿で彼女の家に泊まった時に、ご褒美デートの相手にわたしを指名して良いか相談されたことがあった。

 わざわざ事前に許可を得ようとするなんて、これが育ちの良さなんだと感じたことを思い出す。

 気にすることないよ、どんどん指名してと笑顔で答えると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 その彼女が苦痛に顔を歪めるように、わたしと向かい合っている。


「それはもちろん構わないよ。わたしのことは気にしなくていいからね」


 わたしが気にする相手は可恋だけというのもあるが、苦悩する松田さんを少しでも楽にしたいと思った。


「相手は優奈を指名します。心苦しいお願いですが、できるだけ早く予定を組んで欲しいと思っています」


「分かった」と言って、わたしは松田さんの手を取った。


 松田さんと笠井さんがケンカではないがすれ違っているという話は可恋から聞いている。

 笠井さんはダンス部創設に向けて邁進している。

 そのダンス部に松田さんのグループから松田さんを除く4人全員が参加する予定だ。

 松田さんは自分がダンスを上手くできないことを自覚し、克服しようと取り組んでいるみたいだが、簡単ではないようだ。


 松田さんの口から、笠井さんとゆっくり話す時間が取れないこと、話す機会があっても何を話していいか分からずに悩んでいることが語られた。

 今日の休み時間に笠井さんの姿を教室内で見かけることはなかった。

 ダンス部のために動き回っているらしい。


「笠井さんもきっと松田さんを指名するよ」


「そう信じていますが……、もし、もしそうでなかったら……」


 笠井さんが自分を指名してくれるのを待つこともできたはずだ。

 それができないほど、いまの状況を苦しく思っているのだろう。


「大丈夫だよ!」


 わたしは可恋のように言葉で説得することはできない。

 ただ想いを込めて励ますだけだ。


「ありがとうございます」


 松田さんは無理をして微笑んでくれる。


「ふたりきりのデートは無理でも、またみんなで遊びに行こうよ!」


 以前、松田さんのグループとカラオケに行ったことを思い出して、わたしはそう言った。


「そうですね」と言った松田さんの微笑みから少し陰が消えていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・2年1組。ご褒美デートの発案者。調整役も任され、気合いが入っている。


日野可恋・・・2年1組。最近校内のことは他人に任せようとしているが、自分でやった方が速いと思うことも多い。


松田美咲・・・2年1組。優奈だけでなく両親からも苦手なことがあってもいいんだよと言われたが、納得できずにいる。


笠井優奈・・・2年1組。ダンス部なんて作るんじゃなかったと思うほど多忙を極めている。

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