令和元年10月3日(木)「自信のテスト」藤原みどり
今日から二学期の中間テストだ。
その1時間目は国語のテスト。
2年生の国語の問題は私が作成している。
最近は同じ国語教師のベテラン田村先生から、テストを作るのは上手くなったわねと褒めてもらっていた。
今回は自信作だ。
田村先生に見てもらうと、「少し難易度が高い気もするけど、良い問題だと思うわ」と評価された。
テスト作りは簡単ではない。
授業を真面目に聞いていればちゃんと解ける内容でありながら、成績の良い子の間でも理解度に応じて適切に差がつくのが理想だ。
授業で強調したことをテストに出すといった連動も欠かせない。
1学期の中間テスト前に日野さんのノートを見て、彼女には負けられないと思うようになった。
日野さんのノートは私の授業内容からテストの問題をかなり正確に予測していた。
田村先生からは良い授業をしていることで予測されたのだから気にすることないと慰められたが、授業の質とテストの質の両方を上げていくことを私は目指した。
1学期の期末テストは綺麗な正規分布の結果となる問題ができて、満点は山田小鳩さんひとりだけという作成者としても納得のものとなった。
ただ、日野さんは体調不良を訴えており、かなり具合が悪そうだった。
その中でクラストップタイの成績を上げ、私は勝てた気がしなかった。
今日の日野さんは体調も良さそうだ。
生徒相手に勝ち負けというのは大人げないと分かっていても、彼女だけは特別だ。
教師生活3年目の今年、授業の運営にはかなり自信がついた。
荒れているクラスがないというのも大きいが、様々な工夫を凝らして、生徒の多くに興味を持ってもらう授業ができている。
問題は授業以外の部分で、生徒指導や生活態度などを小野田先生や田村先生といったベテラン教師に注意されることが多い。
他の先生たちからは、それだけ期待されているとか、来年は担任を任されるのだからとか励まされているが、そんな風に私が厳しく言われるのは日野さんがいるからだと思っている。
来年度、小野田先生たちベテランがこの学校を去り、日野さんは3年生に進級する。
いまのところ、日野さんをよく知る私が彼女の担任になるという話になっている。
彼女は優秀で有能だが、大人の言葉に唯々諾々と従う優等生ではない。
大人と対立することを辞さない問題児であり、優秀で有能なだけにその対応は難しい。
ことが学校内だけであれば、教師と生徒という力関係を覆すのは難しいのだが、彼女は学校外の大人との繋がりが豊富で、その力を借りることを躊躇わないと小野田先生が指摘していた。
学校内の不祥事に、個人の繋がりを利用して警察の力を借り、問題を大きくする中学生なんてそうはいないだろう。
他人に迷惑を掛けていないとはいえ、好き勝手に振る舞う日野さんを誰も注意できない状態はどうかと思う。
一生徒を腫れ物に触るかのように扱うなんてあり得ないと思ってしまうが、いまは校長までが彼女の味方だ。
だからか、私に同意してくれる先生もいない。
みんな見て見ぬ振りだ。
貧乏くじを引いたよなあ……という思いが頭をよぎる。
職員室にはいろいろな噂が流れる。
日野さんの担任を桑名先生が務め、私がその副担任になるといったものや、評判の良い新任の岡部先生を来年度2年の担任にするといった話が耳に入ってくる。
忸怩たる思いが募る。
私の同期で他の学校に赴任した人たちはほぼみんな担任になっているのに。
同期の中ではいちばん優秀だと自負してきたのに、どこでどう歯車が狂ったのか。
3科目のテストが終わり、ホームルームの時間になる。
二学期から私がホームルームを任されているので、気を引き締めて教壇に立った。
「今日は真っ直ぐ家に帰り、明日に備えてしっかり勉強するようにね。うろうろ寄り道して学校に通報されないように気を付けなさい」
私に続いて立ち上がった日野さんがクラスメイトに声を掛けた。
「明日も気を引き締めてテストを受けるように。成績が悪い人には文化祭後に補習をするからそのつもりで」
彼女の言葉で教室内の空気がピリッと締まる。
これが嫌なのよ。
毎日毎日こんな思いを味わう身になれば、私の苦労を分かってもらえるかしら。
私はこっそりとため息をつき、「気を付けて帰ってね」とホームルームを終わらせる。
廊下に出ると、日野さんが声を掛けてきた。
「藤原先生、今日のテストは良い問題だったと思います」
「……ありがとう」
生徒に褒められたからって、舞い上がっても仕方がない。
そうは思っても、得意げな顔になるのは避けられなかった。
日野さんの言葉を耳にした日々木さんが「難しくなかった?」と日野さんに聞いている。
それに対して日野さんは、「そうだね。でも、問題集にありがちな設問じゃなくて、授業でやったことをベースにそこから少し考えたら解ける感じの問題で私は好きよ。作り手との対話が感じられるテストなんてそんなにないしね」と解説していた。
彼女の言葉をつい耳で拾いながら、この余裕ならきっと満点なのだろうと思う。
でも、悔しさはないかな。
私はリズミカルな足取りで職員室に向けて歩き出した。
††††† 登場人物紹介 †††††
藤原みどり・・・2年1組副担任。国語教師。二学期からはホームルームなどを含めほぼ担任としての仕事を任されている。
田村恵子・・・2年の学年主任で国語教師。問題を起こした谷先生に甘く接しすぎたという反省から藤原先生には最近少し厳しくあたるようになった。
小野田真由美・・・2年1組担任。理科担当。生徒よりも藤原先生への指導に手を焼いている感も。
岡部イ沙美・・・1年生を教える体育教師。新卒の1年目。ダンス部の顧問就任が決まっている。
日野可恋・・・2年1組学級委員。藤原先生に気を使おうなどという面倒なことはしない。
日々木陽稲・・・2年1組。可恋と違い今日の国語のテストには手こずった。




