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令和元年10月1日(火)「可恋との会話」日々木陽稲

「消費税上がったね」


 いつものように放課後に可恋の家に寄り道した。

 いつもと違うのは、テスト前なのでテーブルの上に教科書やノートを広げていることだ。


 隣りで純ちゃんは集中して問題を解いている。

 わたしは一段落したので休憩することにした。


 可恋は勉強せずにスマホをずっと見ていた。

 彼女にテスト勉強が必要ないことはこれまでの経験で理解している。

 体調さえ崩さなければ、ほぼ満点は間違いない。


「そうだね」


 可恋はスマホの画面から顔を上げずに、わたしの雑談に答えた。


「わたしは日曜に”じいじ”と秋冬ものの服を買いに行ったけど、可恋は買わなくて良かったの?」


 去年買った服がまだ着れてしまうわたしの事情には言及せず、可恋に買い物の必要性を説いた。

 今日は衣替えの日には相応しくない残暑で、まだまだ夏服の子が多かったけど、すぐに秋冬ものが必要になってくるだろう。


「通販で買ったから」


「えーっ!」とわたしは可恋の言葉に激しくブーイングする。


「買い物するのが楽しいんじゃない! 言えばいつでも一緒に行くよ!」


「面倒だし、時間が掛かるしね」と可恋はにべもなく答える。


 わたしが頬を膨らませても、いまだに可恋はこちらに目を向けない。


「可恋はわたしと買い物に行くのが嫌なんだ」と拗ねてみせると、ようやく顔を上げ、「分かったよ。次の休みに買いに行こう」と苦笑した。


 わたしはそれだけで機嫌を直し、鼻歌が出てしまう。


「そういえば、いじめの問題はどうなったの?」


 昨日の放課後、可恋は麓さんといじめが起きた1年3組の教室に行った。

 わたしは待っていたかったけど、「先に帰ってて」と可恋に言われ、純ちゃんと帰った。

 電話や学校では聞きづらかったので、ようやくその時の話を聞かせてもらえる。


「久藤さんと小西さんと話したよ。久藤さんは今後二度とこんなことが起きないようにグループ内の子に言い渡したって」


「え?」とわたしは驚いた。


「もともと彼女はイジメに関与してなかったしね。他にも、男子のいじめの状況を詳しく教えてくれた。それを先生に話してもいいって」


「すごく良い子じゃない」


 原田さんたちから話を聞いていたので、もの凄い不良の人かと思っていたら、全然違うみたいだ。


「それは、そうすることが彼女にとって好都合だからだね」


 可恋の評価は手厳しい。


「どんな子だったの?」


「頭の切れるタイプ。成績も優秀。でも、ルールや規範、道徳、倫理なんかに価値を置かない感じがした。私によく似てるよ」と可恋が笑う。


 その笑顔に暗いものを感じて、わたしは眉間に皺を寄せた。


「派手にイジメをするより、もっとねちねちといたぶるのが好きなんじゃない? まあ、イジメの問題は解決したからどうでもいいけど」


「いいの?」とわたしは問う。


「原田さんたちに被害が及ぶならともかく、そうでないなら私が手を出す問題じゃないでしょ」


 わたしには可恋の言葉は冷たく響くけど、忙しい彼女にこれ以上の負担を強いることはできない。


「不満や嫌なことは誰だってあるからね。その中で他人の助けが必要なレベルのものを見つけ出すのは大変だ。まして自分から助けを求めなかったりすると余計にね」


 わたしは頷く。

 今回のイジメだって、いじめられた生徒が学校を飛び出したことで発覚した。

 そのまま耐えていれば、何も変わらなかった。


 去年1年3組で起きていたことだって、夏休み中にいじめられていた子が転校したことでようやく他のクラスの生徒に何があったのか伝わった。

 わたしは合同クラスの時などに3組の子を励ますくらいしかできなかったけど、1学期のうちはそこまでひどい状態だったとまったく気付かなかった。


「生徒会を通して、助けを求める意識を高めたり、助けを求めやすい環境を作ったりするよう働きかけてもらうつもりだけど、グループ内の繋がりがすべてになっちゃうと難しいんだよね」


 可恋は頬に手を当ててため息をついた。

 例として渡瀬さんの名前を挙げ、事件として表面化しないとなかなか見えてこないからと唸った。


 渡瀬さんは合唱部時代、顧問の谷先生の指示で盗撮をしてそれを可恋に発見された。

 しかし、盗撮以外に売春などをやっていたことが明らかになった。

 本人が当時のことを気に病んでいる素振りを見せないことが救いだが、合唱部の他のメンバーでさえそこまでのことが行われていたとは気付かなかったそうだ。

 そのせいで、渡瀬さんを被害者ではなく共犯者なんていう声も上がった。

 可恋は、人間は追い詰められれば善悪の判断や倫理観なんて曖昧なものになってしまうと言っていた。


 わたしは他人と共感するのは得意だけど、暗い雰囲気の時は一緒に気持ちが沈んでいってしまうことがあるので、意図的に切り替えるようにと可恋から言われている。

 いまもずるずると可恋の重い感情に引きずられそうだった。

 わたしはそれを振り払おうと、ポンと手を叩いた。


 可恋がこちらを見る。

 何か話を振らないと。

 でも、話題が浮かばない。

 こんな時はいちばん楽しみにしていることを言えばいい。


「ファッションショー!」


 それだけ言っても、あとが続かない。

 だが、心配する必要はなかった。

 可恋がニヤリと笑って、わたしに言ったからだ。


「ひぃなに言おうと思ってたんだ。約束して欲しいことがある。キャシーをファッションショーの舞台に上げないようにね」


 わたしは両の手のひらを自分の頬にピッタリとつけ、言葉を失った。

 可恋はそれを見てニヤニヤしている。


「な、何のことかな?」とわたしは焦って聞き返す。


「約束ね」と可恋が言うので、わたしはスマホの画面から可恋がくれた「願いをなんでも聞いてくれる券」を見せた。


「ひぃなも知っての通り、このファッションショーは6月からクラスの全員がコツコツと努力して作り上げようとしている舞台だ。その晴れの舞台にクラスの一員ではないキャシーを上げるのはどうだろう?」


 可恋に真面目な顔でそう言われてしまうと、これ以上我が儘を言えなくなってしまう。


「分かったよ」


「サプライズは私が準備してるから、ひぃなは自分の仕事をやり遂げることに集中して」と不満顔のわたしを宥めるように可恋は言った。


「サプライズって?」と聞いても「秘密」と教えてくれない。


「そうだ。ひぃなにもうひとつ役割を与えるよ。司会進行をやって」と可恋が言い出した。


「えーっ! 無理だよ!」とわたしは即座に拒否する。


「大丈夫。芝居と違って失敗してもやり直しが利くから。何なら出ばなに噛んで笑いを取る台本を書こうか?」


「えー、何よ、それ」とわたしが怒ると、「これでも私、大阪人だからね」と可恋は笑った。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・2年1組。ファッションショーはともかく、週末の買い物で可恋にスカートを買わせようと画策中。


日野可恋・・・2年1組。陽稲と行くと、自分の着せたいものを買わせようとするから長くなるんだって。


安藤純・・・2年1組。試験前だけ勉強に集中。その集中力は見るべきものがあるのだが……。


久藤亜砂美・・・1年3組。クラスの女子のボス格。日野たちの来訪を予測していた。


小西遥・・・1年3組。姉の親友の麓たか良が来て、馴れ馴れしく扱われたのでキレる寸前だった。麓には勝てないけど。


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。日々木陽稲を光の女神と崇拝している。


キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。カレンやヒーナが出るならワタシも出る! と絶対言い出すに決まっている。

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