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令和元年5月22日(水)「鈴」藤原みどり

 昨日とは一転して今日はいい天気になった。


 昨日、中学校は大雨警報により臨時休校だった。私は出勤したけれど、前日から予測されていたので多くの先生方が有給を取って休んでいた。閑散とした職員室で溜まっていた仕事を黙々と片付ける一日を過ごした。


 私は教師になって3年目。初めて赴任したこの中学校で現在2年1組の副担任を務めている。他の学校に赴任した同期の多くが既に担任を経験していると聞くと焦りもある。それでも今は目の前の仕事に全力を尽くしている。


 このクラスには特徴のある子が多い。特に女子に。この学年で目立つ女子生徒をランキングしたら、上位5人はこのクラスに在籍していると言っても間違いじゃないだろう。目立つから問題児という訳ではないが、教師の立場としてどうアプローチすればいいのか考えることばかりだ。


 今日の昼休み、担任の小野田先生が学級委員の日野さんを職員室に呼んだ。6月始めにある野外学習の班分けの話ということで私もそこに加わった。なぜか日々木さんも一緒だったけれど、小野田先生は気にした風でもなく、今日のホームルームで説明する内容を二人に知らせた。


「男女混合で6人の班を作ります。基本、男女3人ずつですね」


「自由でいいんですよね。でしたら、男女別に3人ずつの班を組んで、男女の班の組み合わせは後で調整するという形で良いでしょうか?」


「それで結構です」


 始めから6人の班を作るより、3人組の班を作る方が簡単だし、その後の調整もしやすいだろう。今、話を聞いたばかりで瞬時にそれを提案してくる日野さんには驚かされる。しかし、小野田先生は驚く様子もなく、淡々と期限や注意事項などを説明している。


 一通り話し合いが終わり、二人が戻ろうとしたところで、小野田先生が呼び止めた。


「ああ、そういえば、文化祭のことなんですが」


 野外学習の話は小野田先生と打ち合わせていたけれど、文化祭についてはこれといって話していなかった。何のことだろうと耳をそばだてる。


「校長が、もう少し生徒に自主性を発揮して欲しいそうです」


 日野さんはわずかに目を細めて小野田先生を見る。「考えてみます」とだけ言って一礼して去って行く。


 二人が職員室を出るのを見届けてから、私は「どういう事ですか?」と質問した。


「うちの中学はしばらく文化祭をやめて合唱コンクールのみにしていたんです。一昨年に今の校長が来て、去年から文化祭を復活させた訳ですが、現在もクラス発表の大半が合唱です。もう少し刺激が欲しいですね」


「刺激、ですか」


 小野田先生は以前も「刺激を与えたい」と言われたことがある。日野さんを学級委員に指名した理由を聞いた時だ。


 私が赴任する直前までこの学校はかなり指導が厳しかったと聞いている。校長が替わり、生徒の自主性を重んじるという方針が打ち出されて色々と変革が試みられているところだが、すべてが簡単に変わるというものではない。私は去年の文化祭の記憶をたどる。確か、クラスの出し物では演劇がふたつくらいあっただろうか。文化祭では調理などは禁じられているので、できることは限られている。生徒の側からしても、指導する側からしても、合唱が楽という雰囲気になるのは否めない。


「何を提案してきますかね」


「班分けのサポートもですが、文化祭のことも藤原先生にお任せします」


 雑用だけでなく、クラスの運営に直結する仕事を私に振ってくれるのはありがたいが、日野さんの相手をすることに気の重さも少しある。教師としてはあるまじきことだけれど、彼女の優秀さにはついていけないと感じてしまうことがあった。


 日野さんだけでなく、今の中学生は私が中学生だった頃よりもずっと大人に感じる。10年前の私はもっと子どもだったと思う。それだけ、今の子どもは学校という場で子どもっぽいままでいられないということかもしれない。スマホやSNSで否応なく社会と繋がりを持っているし、同調圧力やクラス内ヒエラルキーなんてものもより深化しているように感じる。子どもらしくなんていう無邪気さは通用しないと学校現場にいると嫌でも気付かされる。


「ひとつお伺いしていいですか? 小野田先生は日野さんのような生徒を受け持たれたことはこれまでにありましたか?」


 改まって、私は大ベテランの教師に質問した。小野田先生は私より倍以上の年齢の女性教師だ。トレードマークと言える眼鏡を外して回答を探している。


「そうですね。早熟な子はいました。勉強のできる子、大人のように考える子も。優秀さだけで言うなら、何人か日野さんに匹敵する子は知っています」


 そこで一旦口を閉ざすが、まだ眼鏡をもてあそんだままだ。


「日野さんの特殊性は、そういう優秀さとは別にあるのだと思っています」


「別ですか?」


「彼女にはかなり深刻なハンディキャップがあります。そのせいか、大人が考える優等生や良い子といった規範ではなく、独自の規範を持っているように感じます」


 私は学生時代優等生だった。それが当然という意識だったけれど、同時に周りから評価して欲しいという気持ちがあったことは間違いない。当時はそれに気付いていなかった。教師になって今の生徒たちを見ることで、自分がどれほど他人の目を気にしていたか思い知らされ、恥ずかしさがこみ上げてくる。


 日野さんは空手を習っていると聞く。そのせいか、どこか不良と呼ばれる生徒たちと同じような自分の力だけですべてを乗り越えていこうという雰囲気がある。それが世間知らずや単にいきがっているからではなく、自分の実力を見極めた上でそう考えているように見える。そこに対応の難しさを感じる。話せばちゃんと分かってくれる子だけど、それはこちらが大人だからとか教師だからとかではなく、話に筋が通っているからだ。逆に言えば、筋の通らない話には従わないということだ。


「それだけに、日々木さんは"鈴"です。彼女を観察することで日野さんの考えが分かるでしょう」


 そういえば、なぜ日々木さんは一緒にいたんだろう。これまでは日野さんひとりで職員室に来ていたのに。


「クラスの中で何か起きているんでしょうか?」と私は口にする。日々木さんをひとりで残していけないと思ったのだとしたら……。


「そうですね、私たちも注意しておきましょう」


 そう言って小野田先生は眼鏡をかけ直した。

「百合はどこへ消えた」って話ですが、おまけを追加する予定です(そちらも百合成分は希薄ですが)

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