表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/745

令和元年9月28日(土)「日野からの呼び出し」麓たか良

「どうせヒマでしょ」の一言でワタシは日野から呼び出された。


 ボクシングジムを飛び出して以来、何度か日野と話をした。

 何があったか聞かれただけで、戻れとは言われなかったが、今日もその話だろう。


 学校の正門前で待っていると、日野が現れた。

 相変わらず私服は男っぽい格好だから、恵あたりが見たらデートと間違われてからかわれそうだなと思った。


「いい加減しつこい」とこれ以上ボクシングの話題に触れないように釘を刺したら、「今日は別件」と言われた。


「小西さんの1年の妹を知ってるわよね?」


 日野の口から意外な名前が出て来て驚いたが、恵の妹は知っている。

 ワタシは頷いた。


「彼女とつるんでいる久藤さんについては?」


「くどう?」


「いまの1年3組を小西さんと一緒に牛耳ってるみたいなの。不良仲間って訳じゃないのね」


 いまの1年は、男子については縦の繋がりで顔を知っている奴もいるが、女子に関してはさっぱりだ。


「それで?」とワタシは聞いた。


「月曜日に顔を見に行くから付き合って。なんなら小西さんも連れて来ていいわよ」


「ケッ」と声を出す。


 恵の妹に会うのに、姉を連れて行く必要はない。

 いくらなんでも舐めすぎだろとワタシは日野を睨みつける。


「それだけかよ?」


 ここまで呼びつけておいて、たったこれだけで話が終わりならバカにされた気分だ。

 電話で済むことなのに、と思っていると、日野が少し考えてから言った。


「キャシーと戦う気、ある?」


 ワタシは否定も肯定もしない。

 日野のその言葉だけではなんとも答えようがなかった。


「キャシーに打撃系の怖さを教えたいのよ。だから、ボクシングでの対戦はどうかな? 体重差が大きいからハンディキャップもつける。麓さんに勝たせてあげるわ」


 そう言って日野はにっこり笑った。


 ボクシングは辞めたと断ることもできた。

 でも、あの黒人女に勝てるという言葉はあまりにも魅力的だ。


「本当に勝てるのか?」と聞いてしまう。


「勝負事に絶対はないから、麓さん次第ではあるけど、十分にチャンスはあると思ってる」


「具体的には?」


「5秒……いえ、3秒くらい、ゴングが鳴ってからキャシーに目をつぶってもらうわ。その間に麓さんの渾身のパンチを入れて倒す。倒せなくても十分なダメージを与えられたら勝てるでしょ?」


 ワタシのパンチ一発であの巨体が沈むとは思えない。

 それでも、ある程度のダメージは入るはずだ。


「キャシーとは体重差も大きいけど、身長差も問題よね。まず、顔面には入らない。ボディーは効果的だけど、当然そこは相手も警戒する。脇と腹をコンビネーションで崩す感じかしら」


 日野が身振り手振りも入れながら説明する。

 近くのコンクリートブロックに載り、「キャシーの高さはこれくらいかな」とイメージしやすいようにしてくれた。


「彼女はアメリカでレスリングはやっていたけど、打撃系のヒットはあまり受けたことがないと思うのよ。嫌がるようならつけ込む隙はできるわ」


 ワタシも殴るのは平気だが、殴られるのは死ぬほど嫌だ。

 すべてのパンチを避けることなどできないと分かっていても、殴られる練習なんてやりたくないと飛び出した。


「本当に勝てるのか?」と再度確認する。


「キャシーの強さはね、勝てない相手にもガムシャラに向かって行くところなのよ。数年もすれば、彼女は世界で戦ってるでしょうね」


 ワタシはゴクリとつばを飲み込む。


「麓さんの現在の実力を把握してないからどの程度の確率かは言えないけど、彼女に勝てる最後のチャンスよ」


「……分かった」とワタシは意を決して答える。


「じゃあ、明日ね」と日野は軽く言った。


「明日!?」とワタシは驚きの声を上げた。


「どうせヒマでしょ?」とまた言われた。


 ジムに行ってないからヒマなのは事実だ。

 ワタシは仕方なく「どこ行けばいい?」と尋ねた。


「どこって、ボクシングジムの知り合いはあなたの通ってたところしかないわよ」


「な……」


 開いた口が塞がらない。


「別にジムに戻れなんて言わないわよ。こんなことにリングを貸してくれる当てが他にないってだけで」


「別にリングじゃなくても」と反論するが、「今回はちゃんとボクシングをするの。リングでないと使えないテクニックもあるでしょう?」と言われると返す言葉がない。


 明日行かなくて済む言い訳を考えようとしたら、「来なかったら、ボクシングで戦うのが怖くて逃げ出したって学校中に広めてあげるわ。後輩と会うのに面目丸つぶれね」と日野がニヤリと笑う。

 こいつが怖いのは、本当にすっぽかしたらそれだけでは済まないだろうと思うところだ。

 日野をうまく利用してやろうというワタシの思惑は、いつの間にか日野からうまく利用されているだけの状態に成り変わっていた。

 しかも、こうして簡単に呼び出されのこのこ会いに行くほど、深みにはまっていると感じてしまう。

 日野は以前、3年でも同じクラスになりそうだと話していた。

 それが本当ならあと1年半も日野に振り回されてしまう。


「麓さんはヒマだから悪さをしてしまうと思うのよ」


 日野がまた何か言い出した。


「ジムに戻らないのなら、笠井さんに頭を下げてダンス部に入れてもらうか、冬の間毎日放課後に補習の授業を受けるかして、時間を潰すことを考える必要があるわね」


「意味が分かんねえよ!」とワタシは叫ぶ。


「あなたのためを思って言っているのよ。ボクシングやダンスはあなたに適した技能だし、それがダメなら勉強をもっとできるようにしなきゃいけない」


 言葉とは裏腹に、ワタシを押しつける相手を探しているのが丸わかりの表情だった。


「真剣に考えてね」と言う日野の殺気にワタシは言葉を失った。


「明日の時間は決まったら連絡するわ」と言って日野は自分のマンションに向かって歩き出した。


 日野はワタシを脅迫するためにわざわざ呼び出したんだとようやく気が付いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


麓たか良・・・2年1組。不良。日野に手を出し返り討ちにされてからアゴで使われている。日野のアドバイスに従いボクシングジムに通っていたが火曜日に飛び出してしまった。


日野可恋・・・2年1組。空手家。イジメ問題に首を突っ込みたくなかったが、高木すみれに頼まれ、陽稲にお願いされたため動くことに。ついでに、麓のこととキャシーのことをどうにかしたいと考えている。


小西恵・・・2年5組。麓のダチ。1年の時はいつも一緒で互いの家を行き来したりしていた。兄と妹がいる。彼女は周りを囃し立てるだけだが、妹の方は暴力的な面を持つ。


キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。空手家。インターナショナルスクールでは浮いているが、まったく気にしていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ