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令和元年9月25日(水)「これから」須賀彩花

 朝から美咲と優奈の様子がおかしい。

 ケンカしているようなピリピリした感じはないものの、なんだかよそよそしい雰囲気がある。

 これまで、わたしの知る限りこんなことはなかった。


 美咲は不快そうな表情をすることさえ滅多にない。

 嫌なことなんてまったくないのかと思うくらい、どんな時も余裕を漂わせている。

 ごくたまに顔を強張らせることはあるものの、自制する姿は中学生離れしているようにさえ思う。


 優奈は美咲とはまったく逆で表情がコロコロ変わる。

 嫌な時は全身でそれを表現するし、性格はお世辞にも良いとは言えない。

 でも、本当に友だち思いで、友だちのためならフットワークも軽いし、やり過ぎることもあるけどとても頼りになる。


 わたしにできることはあるのかなと漠然と考えて1時間目を終え、次の休み時間に日野さんがやって来た。


「笠井さん、ソフトテニス部はどうするの?」


「ん、そりゃダンス部やるなら辞めるしかないよな」と優奈は辞めることに特に思い入れのようなものを感じさせない言い方をした。


「辞めさせてもらえるの?」と日野さんがニヤッとする。


「何とかなるだろ」と優奈は投げやりだ。


「運動会の余韻が残っているから、いまならダンス部の勧誘もしやすいわね」


「勧誘……しないとダメか?」と優奈が少し気弱な感じで日野さんに尋ねた。


「別に部活動にしなくてもいいんじゃない、それなら。学校外をベースに活動すればいいのだし」と日野さんはこともなげに話す。


「そう……だよな」と優奈は迷っているようだ。


「ただ、ソフトテニス部を辞める口実は減るわね」と日野さんが笑うと、優奈は顔をしかめた。


「好きに決めればいい。部活なら入りたい人には開かれている必要はあると思うけど。あなたや渡瀬さんに憧れた一年生が押し寄せるんじゃない」


 優奈がふんと鼻を鳴らすと、話は終わったとばかりに日野さんはひかりに向き直った。


「渡瀬さん、もうすぐ中間テストがあるのは知ってるよね。そこで赤点を連発すれば、文化祭で予定されている有志の合唱への参加も危うくなるから気を付けてね」


 ひかりはその言葉を聞いて一瞬で青ざめた。


「えー、聞いてないよ!」


 ひかりの気持ちは分からなくもない。

 だって、二学期に入ってからはダンスの練習に一生懸命で勉強は疎かになっていた。

 勉強嫌いなひかりだと、わたし以上にピンチだろう。


「学生の本分は勉強だからね。厳しいことは言いたくないけど、最低限はやってもらわないと」と日野さんは容赦なくひかりに告げた。


「……ノ、ノート貸して!」とひかりが叫ぶ。


 日野さんのノートと言えば、一学期の中間テストで出回り、あまりの出来の良さに見たかどうかで平均点が10点は違うんじゃないかと言われたくらいだ。

 それを危惧して、先生がこのノートのコピーを使って勉強するようにと言うほどだった。


「頼り甲斐のある友だちがいるんだから、そちらに頼って」と日野さんはきっぱりと断った。


 ひかりが上の空という感じの美咲に泣きついているのを横目に、日野さんはわたしの方を向いた。


「須賀さんは、あのダンスは筋トレの成果だって宣伝よろしく」


 日野さんは笑顔でそう言うと、綾乃の方へ行ってしまった。


 え……、あたしにはそれだけ?


 そう言葉を返そうと思うが、日野さんは綾乃とコソコソと話し始めた。

 小柄な綾乃のためにしゃがみこんで、かなり顔を近付けて話している。

 何の話をしているのか、綾乃も真剣な表情だ。

 気になって側に行こうとしたら、ひかりが「彩花、勉強を教えて!」とわたしの腕にしがみついてきた。


「分かった、分かったから」


 生返事ばかりの美咲が頼りにならないと思ったのか、ひかりは目に涙を浮かべてわたしに懇願してくる。

 顔が近すぎるし、何より暑苦しく感じて、わたしはとりあえずひかりを突き放す。


「わたしも勉強しないとヤバいし、みんなで勉強会しようね」と言ってひかりを宥めた。


 ひかりが落ち着いた頃、日野さんと綾乃の話もようやく終わったようだった。

 優奈は腕組みをして考え込んだままだし、美咲は心ここにあらずといった感じだ。


「松田さん」と少し強めの語気で呼び掛けられ、美咲はハッとするように日野さんを見た。


「なにかしら?」と取り繕うように美咲が尋ねた。


「ちょっと大切な話があるんだけど、いいかな?」


 いつもは単刀直入に話す日野さんが珍しく前もって訊いた。

 気を引き締めた美咲がゆっくりと頷く。


「小野田先生にも了解してもらったんだけど、私は文化祭が終わったら学級委員を辞めるので、松田さんにそのあとを引き継いで欲しい」


「えー!」と叫んでしまったのはわたしだ。


「どういうことだよ?」と食ってかかるように優奈が日野さんに詰め寄った。


「私は気温が下がると休むことが多くなるからね。学級委員として活動できなくなるので、後任に松田さんを推薦したわ」


 すっかり忘れていたが、日野さんは転校したての三学期は半分も学校に来なかったと思う。

 同じクラスだったのに、話す機会すらなかったもの。

 4月はまだ病弱なイメージが残っていたけど、ゴールデンウィーク明け以降は元気な姿がすっかり定着した。


「ずる休みし放題かよ」と優奈が嫌味を言うと、「たまにしかしないわよ」と日野さんは軽口を返す。


「どうしてわたしなんですか?」と美咲がようやく事の次第を飲み込んだ顔で日野さんに尋ねた。


「いちばん相応しいと思ったから」と日野さんの答えは簡潔だ。


「千草さんだって……」と美咲が小声で呟くが、「松田さんには支えてくれる仲間がいるじゃない」と日野さんはにっこりと笑う。


 ……完全に殺し文句だよね。


「どうしても無理な事情があれば聞くけど、その方向で進めていくからよろしく」と日野さんはわたしたちをぐるりと見回してから自分の席に戻って行った。


 次の休み時間、優奈から「彩花」とこっそりと呼ばれ、廊下に出る。

 トイレに行くような振りで出て来たが幸い誰もついて来なかった。

 優奈はムスッとした顔をしている。

 わたしも優奈に聞きたいことがあった。


 階段の踊り場まで来て、優奈が立ち止まる。

 人通りはあっても、ここならみんな足早に通り過ぎていくだけだ。

 優奈は何か言いたそうなのに口を開かない。

 だから、わたしが先に尋ねた。


「美咲と何があったの?」


「うーん、……昨日、話をした。日野からアドバイスもらって、美咲に苦手なことがあってもそれで美咲のことを悪く思ったりしないって話した。そんなことを言う奴がいたら、アタシがぶん殴ってやるとか、そんな話」


 創作ダンスのクラスパートの主力メンバーを決めるオーディションがあった。

 その時は美咲のダンスは凄いと思った。

 それなのに美咲は主力のAチームに選ばれなかった。

 彼女よりも下手くそなわたしがAチームに選ばれ驚いた。

 わたしが練習を積むうちに、美咲のダンスの欠点に気が付くようになった。

 美咲は歌が下手だと知っていたが、ダンスでも音感やリズム感に欠けていた。

 動けているのに、合っていない。

 本人も指摘されて、なんとか改善しようと努力していると聞いていた。


 そんな美咲だからダンス部に乗り気でないのは仕方がないと思っていた。

 でも、わたし、優奈、ひかりがダンス部を作り、綾乃もマネージャーとして参加するのなら、美咲だけ孤立してしまう。

 美咲をマネージャーにするという手もあるが、運動ができないと自覚している綾乃と違い、美咲は裏方に回ることを納得できないかもしれない。


「それで?」とわたしは話の続きを促す。


「アタシがさ、いまの美咲は器用貧乏みたいだって指摘しちゃったのよ。それは美咲自身も気にしていたようで、かなり落ち込んじゃって……。言い過ぎたって何度も謝ったんだけど、その後はあの調子で……」と優奈が肩を落とした。


 美咲はなんでも器用にこなすイメージがある。

 それがあるから、歌が下手という欠点が親しみやすさに繋がっていると思う。

 あれもこれもできないわたしからすれば、歌以外なんでもできる美咲が羨ましい限りだけど、器用貧乏なんて言われたら辛いだろう。


「ひかりの勉強や美咲の学級委員の話は日野なりに気を使ってるんじゃないかな。アタシたちで一緒に協力してやれって」


 友だちだから、理由なんてなくても会ったり話したりするのは当たり前のこと。

 ……なんて、嘘だ。

 わたしと美咲は小学生の頃から仲が良かったが、中1でクラスが別れ、会うことも話すこともめっきりと減った。

 2年で同じクラスになれたから、こうしてまた友だちの顔をしていられる。

 ダンス部で忙しくなると、美咲と距離ができかねない。

 一緒にやらなきゃいけないことがあれば、それを理由に一緒にいられる。


「そうだよね。わたしたちみんなで、美咲と一緒がいいって伝えたいね」


 わたしの言葉に優奈がニヤリと笑った。

 優奈は日野さんのことを嫌っているが、こういう表情はよく似ている。


「ひかりはともかく、アタシや彩花、綾乃は頼れる存在だって美咲にちゃんと分かってもらわないとな」


 ひかりはともかくはひどい言葉だが、わたしも似たようなことを思っているので優奈を非難できない。


「きっと、大丈夫だよね」とわたしが言うと、優奈は力強く頷いた。


 教室に戻る間、優奈はダンス部について話をした。


「学外のサークル活動だと、ひかりが悪い男に引っかかった時に無理矢理連れ戻すのが難しいと思うんだ」


「悪い男に引っかかるのが前提なの?」とわたしが聞くと、「引っかかりそうだろ?」と優奈が笑う。


「その辺、アタシが部長としてひかりの面倒を見るから、彩花にはダンス部と筋トレの布教を任せるわ」


「ダンス部は分かるけど、筋トレもなの?」とわたしが驚くと、「日野に頼まれてただろ?」と言われた。


 ちゃんと聞いていたんだと少し感心した。


「筋トレ布教のついでだと言えば、日野も協力してくれるだろ」と優奈が笑い、わたしも笑った。


 昼休み、今度は本当にお手洗いに行くと、綾乃がついて来た。

 トイレを済ませ、教室に戻ろうとすると、話があると呼び止められた。

 美咲が不調のせいか、わたしが大人気ね、と心の中で苦笑する。


「今度の週末に、彩花の家に泊まりに行きたい」


 綾乃の話はとても意外なものだった。


「いいの? 美咲の時は親に反対されたんでしょ?」とわたしは訊いた。


 運動会前の合宿で、綾乃は親の反対で美咲の家に泊まれなかった。

 相当厳しいんだと思っていただけに、驚きが先に立った。


「大丈夫」と綾乃はそれだけ言う。


「でも、テスト前よね」とわたしはスケジュールを思い出す。


 確か中間テストが来週の木金だ。

 だから、次の週末はテスト前最後の週末となる。

 さすがに遊び呆けていたら親に何を言われることか。


「勉強教えるから」


 それは魅惑的な提案だった。

 綾乃はわたしたちのグループの中ではいちばん成績が良い。


「でも、わたしだけだと悪いし……」


 ひかりの勉強も見てあげないといけない。

 綾乃はひかりのことが好きじゃないから、どうしたものか……と考えていたら、「みんな呼んでいい。ただし、泊まるのはわたしだけ」と綾乃が言った。


「確かに、うちに全員は泊められないしね。でも、美咲の家とかなら……」と言うと、綾乃は激しく首を横に振り、「彩花の家がいい」と強く言い切った。


 ここまで彼女が意思をはっきり示すのも珍しい。


「分かった。親にいいかどうか聞いてみるね」と言うと、綾乃はホッとした表情を見せた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。美少女揃いの美咲グループの中ではごく普通。それが良いのか男子から話し掛けられることが多く、最近は人気も高い。


松田美咲・・・2年1組。資産家のひとり娘で、親の方針で公立中学に通っている。美人のお嬢様ということで男子からは高嶺の花扱い。


笠井優奈・・・2年1組。男子と積極的に話し人気も高いが彼氏持ち。ギャル系美少女。


田辺綾乃・・・2年1組。小柄でマイペースな不思議系美少女。一部から熱い支持がある。


渡瀬ひかり・・・2年1組。歌とダンスが好きなアイドル系美少女。運動会の時の写真が闇ルートではいちばん男子に売れているそうだ。


日野可恋・・・2年1組。学級委員。体調は回復したが、今日は病院での検査があり、お昼に早退した。

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