令和元年9月20日(金)「ダンス」渡瀬ひかり
放課後の練習が終わった。
運動会に向けて毎日続いた創作ダンスの練習は今日で最後だ。
合唱部を辞めてしまったわたしにとってはとても楽しい時間だった。
身体を動かすことは好きだ。
音楽はもっと好きだ。
その両方が揃うダンスにわたしは夢中になった。
「そんなに好きならダンス部でも作ったら」と優奈に言われたことがある。
「優奈入ってくれる?」と聞いたら、「アタシはソフトテニス部に入ってるしね」と断られた。
わたしが泣きそうな顔をしたせいか、優奈は優しい顔で「でも、考えとくよ。運動会が終わったらどうするか決める」と言ってくれた。
わたしはすぐに満面の笑みを浮かべたけど、「まだやるって決めた訳じゃないから喜ぶのは早いよ」と笑われてしまった。
その優奈がわたしの目の前でしょんぼりしている。
着替えのために教室に戻り、窓から晴れ間が残る空を眺めている。
「なんで明日雨なのよ」
元気のない声で優奈が嘆く。
「こればかりは仕方ないわよ」と美咲が慰めた。
他の生徒はほぼ帰宅した。
わたしたちは委員会に行った彩花を待っている。
戻りが遅いのは、明日の運動会が体育館での開催に変更されるからだそうだ。
「わたしはダンスだけに集中できるから嬉しいな」
徒競走などが中止され、創作ダンスがメインになるみたいだ。
わたしと同じように創作ダンスに力を入れてきた優奈がどうして雨を嫌がるのかよく分からない。
「体育館は狭いから」と優奈が顔をしかめた。
「そう? 7人で踊る分には十分な広さがあるよね?」とわたしは首を傾げる。
「Aチームは問題ない。だけど、せっかくBチームやCチームも入れて大規模にやろうとしていたのに」と優奈は悔しがった。
体育館だと幅が取れないのでAチームの後ろに回ることになり、観客から見づらくなるらしい。
わたしは自分のダンスさえ見てもらえれば良いので興味がなかった。
ドアが開き、日野さんが教室に入ってきた。
そのまままっすぐこちらに来る。
「もう少しかかりそうだから先に帰ってていいよって須賀さんが」
「手伝えることない?」と優奈が日野さんに尋ねた。
「今日はもう人手は必要ないけど、明日は大変そうだから余裕があれば須賀さんを手伝ってあげて」
「優奈とひかりはダンスの方で忙しいでしょうから、わたしと綾乃でフォローします」と美咲が言うと、綾乃が頷いた。
優奈は「頼むよ」と美咲に声を掛け、日野さんに向き直った。
「体育館対策、何か打つ手ないの?」
「くどい。いまから変えようとしてもミスが起きやすくなるだけ。それよりも余計な事を考えずに、やって来たことに集中できるように気を配らないと。リーダーはおろおろせずにどっしりと構えてなさい」
予行演習があった頃から、優奈が修正を提案しては日野さんが却下するということが続いている。
パパッと変えられそうなのはAチームの中でも半分くらいだし、日野さんが正しいと思う。
「修正してくれなきゃ、わたし、踊らない」
わたしはそう口にしていた。
だって、優奈が可哀想だから。
ギョッとした顔で優奈と美咲がわたしを見ている。
でも、日野さんは平然としたまま「いいよ」と答えた。
「ダメよ、ひかり。それはダメ」と優奈が大声を出す。
日野さんを困らせるつもりだったのに、逆になっている。
わたしはがっかりして、「ごめん、優奈。怒らせたのなら謝るから」と言った。
「怒ってはないけど、そんなこと言っちゃダメよ。ひかりはちゃんと踊って」と優奈は怒った顔をしている。
「踊るよ。優奈のために頑張って踊るよ」とにっこり笑うと、優奈はため息をついた。
「分かった。腹をくくる」と優奈が日野さんに宣言する。
気合いを入れた優奈の表情はとても素敵だ。
落ち込んでいる優奈は見たくない。
「頑張ろうね」と言って優奈に抱き付くと、困った子どもを見る目で優奈はわたしを見た。
††††† 登場人物紹介 †††††
笠井優奈:ひかりは歌とダンスが好きなんだし、アイドルになる気はないの?
渡瀬ひかり:アイドル? いいかも~。
笠井優奈:あっ、でも、街でアイドルにならないかって声掛けられてホイホイ付いてっちゃダメだよ!
渡瀬ひかり:大丈夫だよぉ~。
笠井優奈:(まったく大丈夫とは思っていない顔で)アイドル目指すんならスカウトされるの待つんじゃなくて自分から積極的に行かないとね。オーディションを受ける気はないの?
渡瀬ひかり:優奈も一緒に受けてくれる?
笠井優奈:無理。アタシはアイドルより彼氏が大事だもん。アイドルより愛を取る。(ちゃんちゃん)




