令和元年9月8日(日)「嵐の前」日野可恋
お昼を食べたあと、ひぃなを家まで送り届ける。
台風が接近しているため、いつもは夕方まで一緒にいるが、今日はお昼でお別れだ。
いまは雲が切れて、晴れ間さえ見えている。
しかし、空のところどころに重そうな黒い雲が浮かんでいる。
ムッとするような熱した空気とともに、台風の気配が感じられた。
昨日はひぃなの姉である華菜さんの高校の文化祭に顔を出した。
ひぃなとふたり校内を散策したが、お目当てはもちろん華菜さんのクラスの出し物だった。
華菜さんは夏休みが終わってすぐの開催だから、準備の時間が十分に取れなかったと嘆いていた。
夏休み中も少しは準備を進めていたらしいが、膨大な量の英語の宿題の前に計画通りに行かなかったらしい。
華菜さんのクラスは仮装喫茶だった。
店員の仮装は借り物を着ただけという感じだった。
しかし、内装は凝っていて、さすが高校生だと感心した。
「凄いでしょ。ゆえが頑張ったのよ」と華菜さんが自慢する。
出された紅茶はしっかり茶葉から淹れたもので、お菓子も一工夫された他にないものだった。
高校の模擬店とは思えないレベルだ。
「美味しいです。喫茶店だけで勝負してもいいくらいじゃないですか」と私が言うと、「内装の班と厨房の係は頑張ったからね」と華菜さんは苦笑した。
学校行事でみんなが同じように頑張るというのは理想ではあるが現実は難しい。
それは中学も高校も変わらないなと思った。
この仮装喫茶のもうひとつの売りは、ただひとり規格外の美しい仮装姿を披露している店員だった。
以前、ひぃなの家で会ったことのある久保さんだ。
長身長髪で非常に美形だが、ハリーポッターの制服姿がその現実離れした容貌とマッチしている。
オシャレな教室の内装とも合っていて、全員その制服姿で良かったのにと思ってしまった。
店員なのに笑顔を見せずクールに振る舞うのも受けていたが、ひぃなが話し掛けるととても魅力的な笑顔を見せてくれた。
彼女目当てのお客さんも多いようだが、華菜さんはもっとお茶とお菓子を味わって欲しいと零していた。
今日も華菜さんは文化祭で学校だ。
台風のせいで予定より早く終わるから、もうすぐ帰って来るだろうとひぃなのお父さんに教えてもらった。
ひぃなを送ったらすぐに帰る予定だったけど、急に強い雨が降ってきたので、小やみになるまでお茶をいただくことになった。
ひぃなのお父さんが、朝からひとりで台風対策として外に置いているものを片付けたり、風で飛ばされないか確認したりしたという苦労話を語ってくれた。
それを聞いてるうちに雨音が弱まり、そろそろ帰ろうと思った矢先に電話が掛かってきた。
笠井さんからだ。
昨夜、今日の集まりの中止を決めた時にも愚痴愚痴言われたが、まだ言い足りないのかと思った。
出たくはなかったが、大事な用件である可能性も万に一つくらいはあるので、電話に出る。
「何?」
「合宿をする!」と弾んだ声が聞こえた。
「頑張ってね」と言って電話を切る。
困ったことに、すぐにまた掛かってきた。
自宅なら放置するところだが、ここでだとそういう訳にもいかない。
「まだ何か?」
「いきなり切るなよ!」と怒鳴り声だ。
「そうね。いきなり切ったことは謝るわ。じゃあね」と通話を終えようとすると、「待て待て待て」と慌てたような大声が聞こえる。
面倒事には巻き込まれたくなかったが、「切ったら、次は日々木に電話するからな」と笠井さんに脅された。
少しは知恵が回るようだ。
こんな話をひぃなが聞けば、後先考えずに飛びつくに決まってる。
厄介な事態を避けるため、「分かった、話して」と渋々話を聞く。
「次の週末って三連休じゃない。だから、合宿しよう。二泊は無理でも一泊くらいならできるでしょ」
「どこでするつもりなの?」と当然の疑問をぶつける。
「日野のマンション」と笠井さんが即答した。
頭大丈夫? とか、寝言は寝て言えとか、罵詈雑言が浮かぶ。
しかし、ひぃなたちの前だから、「夢でも見てるんじゃない?」とオブラートに包んであげた。
「練習は学校でするとして、そこからいちばん近いじゃん」
「徒歩圏内というなら、すべての生徒の自宅が当てはまるわ」
「正門から1分なんて他にないだろ。それに全員泊まれる広さがあるのもそんなにないしな」
「言ったよね。私はこれまで十分に助けてあげてるって。これ以上の協力をする気はないわ」
私の言葉にはかなり棘が含まれている。
それをものともせず、「そこをなんとか!」と笠井さんは頼み込む。
私は冷たく「無理」と突っぱねた。
「分かった。場所は他を当たる」と彼女は急に態度を変えた。
「代わりに、参加者の親を説得する方法を考えてくれない?」と持ちかけた。
どうやら笠井さんの本当の狙いはこちらのようだ。
「泊まりがけだと反対する親もいるだろ?」と彼女は言葉を続ける。
「そうね」と相づちを打つと、「そこを日野の力でなんとかしてくれ」とさっきよりも切実な声で懇願してきた。
合宿ね……と私は頭を働かせる。
一定の効果があることは認める。
親睦会の時とは違い、一週間あるので準備も少しはできる。
ただ、私はAチームのチームワークの向上にはあまり必要性を感じていない。
バラバラでもちゃんと練習してるのだから、このままでも結果は出る。
むしろ、必要なのは……。
「笠井さんの考えてるものとは違うかもしれないけど、やってみましょう。私の計画だと、松田さんの協力が不可欠なので、笠井さん、口説き落としてね」
私が急に熱を帯びて話したので、彼女は驚いていた。
笠井さんにいくつかお願いを言ったあと、電話を切ってひぃなに向き直る。
「ひぃな、お願い。手伝って!」
††††† 登場人物紹介 †††††
日野可恋・・・中学2年生。高校の文化祭に刺激を受けた。特に短時間であれほどの内装を飾ったノウハウに興味を持った。
日々木陽稲・・・中学2年生。週末は可恋の家にお泊まり継続中。
笠井優奈・・・中学2年生。今日は昼までふて寝していた。
松田美咲・・・中学2年生。Aチーム落選にはがっかりしたが、日々木さんと同じCチームになったことに喜んでいる。
日々木華菜・・・高校1年生。英語の宿題の鬱憤をお菓子作りで晴らした。渾身の一作。
野上月・・・高校1年生。月と書いてゆえと読む。教室の内装は英国風をイメージ。
久保初美・・・高校1年生。帰国子女。クラスでは孤高を保っていたが、夏休み中の勉強会を機に月、華菜、朱美と仲良くなった。




