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令和元年9月7日(土)「チームワークのために」笠井優奈

「もっとチームワークが必要だと思わない?」


「思わない」


 アタシの問い掛けに日野が即答する。

 少しくらい空気を読めよと言いたくなる。


 放課後の創作ダンスの練習後に日野と話すことが増えた。

 日野のことは気に食わないが、練習の進み具合や課題などを相談する相手としてはうってつけだ。

 昨日も運動場での練習の後に話し合いをしていて、その流れでの質問だった。


 運動会まではあと二週間。

 時間はあるので、Aチームはもっといい振り付けができないか試行錯誤を重ねている。

 安藤、塚本、彩花の三人はレベルの引き上げが急務だが、いざとなればAチームの中でも難易度に差を付ければいいと考えている。


 そんな状況でアタシがいちばん気になっているのが、Aチーム内のまとまりのなさだった。

 アタシもクラスの中では和を乱す方だが、この7人のバラバラさ加減は半端ない。

 塚本と彩花は練習について行くのが精一杯だから仕方がない。

 しかし、アタシを除く他の4人は誰一人まとまろうという意思が見えない。

 ひかりはアタシの指示には従うが、アタシ以外とは関わろうと一切しない。

 日野はダンスの成功のために周りに働きかけているが、あくまでも自分自身の判断であって、アタシの言うことを聞くとは限らない。

 アタシの指示が気に食わなければ、空気を読まずに即座に断る。

 麓には何かを期待するだけ無駄だし、安藤も似たようなものだ。


 でも、ダンスってひとりで踊るものじゃない。

 結束やチームワークがあってこそ成功するんじゃないか。

 それをどうにかできないかと悩んで聞いたのに、日野の返事はあまりにも素っ気なかった。


「いやいやいや、チームワークなしじゃ成功しないだろ?」


「ひとりひとりが自分のベストを出せば十分じゃない」


 アタシへの嫌がらせではなく、日野は本気でそう思っているようだ。


「日野だって助け合いが必要だって言ってたじゃないか」


「助け合いは必要よ。ただし、それはみんながまとまるためじゃないから」


「じゃあ、なんのためだよ?」


「ダンスの質を上げるためよ。それ以外に何かある?」


「ダンスの質を上げるのなら、チームワークが……」というアタシの言葉を遮って、「必要だという根拠はどこにあるの?」と日野が冷ややかに言い放った。


「よく言うだろ」と反論しても、「世間で言われてるからって常に正しいとは限らないわ」と取り付くしまもない。


 日野が冷たい空気を漂わすのとは正反対にアタシはどんどん熱くなる。

 カッカと頭が煮えたぎるようだった。

 それでも怒鳴りつけるのを歯を食いしばって堪えた。


「そうね、笠井さんがそうしたいと言うのなら止めないわ」と長身の日野がアタシを見下すように言った。


 何様だよという言葉を飲み込んで、チームワークを高めるための思い付きを日野に提案してみる。


「名前呼びにするのはどうかな」


 相手をどう呼ぶかは人間関係の重要なポイントだ。

 女子の場合、身内意識を高めるには名前呼びが最適だ。

 日野は目を細めて、アタシに睨むような視線を送ってくる。

 諸手を挙げて賛成でないのはすぐに感じ取れた。


「私に対して、さん付けなら許してもいいわ。私は呼び捨てにするけど」


「何様だよ!」と今度はさすがに口に出した。


「冗談よ。でも、あなたや渡瀬さん、麓さんから名前呼びされるのは気持ち悪いわね」と日野は無表情に言い切る。


 面と向かって気持ち悪いとか言うか。

 アタシは眉をひそめ、睨み返す。

 ただ、日野の言葉にあった麓の扱いはアタシにとっても難題だ。

 アイツに優奈と呼び捨てにされた日には、不良仲間になったみたいで虫唾が走りそうだ。


「……名前呼びは保留する」とアタシは提案を取り下げた。


「じゃあさ、土日にどっかに集まって交流を深めるってのはどうだ?」と別の提案を持ち出す。


 会って話せば仲良くなれるって訳じゃないが、それでも何もしないよりはマシだろう。

 せめてもう少しはお互いを知ろうとしていいんじゃないかと思う。


 だが、日野はこれも「やらない」と即答した。

 断るにしても断り方ってものがあるだろ。


「なんでだよ!」と声を荒らげる。


 もう気を使っていられない。


「面倒」とめんどくさそうな顔をして日野が答えた。


 あまりの返答に言葉を失う。

 これはもうぶち切れてもいいよな。

 そう思っていると、「笠井さんが自分で5人の参加を取り付けてきたら参加してあげてもいいわ」と日野は上から目線で言った。

 素直に参加すると言えよとアタシが叫び出す前に、「場所だけど、ウチはダメよ」と釘を刺される。


「クラスの全員が入っても平気な広さって聞いたぞ」と言うと、「だから、何? ダメなものはダメよ」とにべもない。


 日野の家は学校の真ん前だし、とてつもなく広い部屋があると聞いたので、こういう時にもってこいだと前々から思っていた。

 行ったことのある彩花たちから話を聞いて、一度は足を踏み入れたいと思っていたが、今回は無理そうだ。


「場所はこっちで探す。5人の参加が決まったら、日野も来るんだな」と念を押すと、日野は無言で頷いた。




 家に帰って早速他の5人に連絡を入れる。

 彩花とひかりはすんなり賛成してくれた。

 塚本は土曜日はデートがあると言い、日曜日なら大丈夫だと参加を承諾した。

 問題は麓と安藤だが、こちらの連絡に返事も寄越さない。


 仕方がないので、日野に電話する。


「何?」と嫌そうな声が返ってきた。


 アタシだってこれ以上日野に頼りたくはなかったが、手をこまねいていたら週末が終わってしまう。


「麓と安藤と連絡が取れないんだけど、どうにかできないかな?」


「自分で集めてって言ったはずだけど……」


「分かってる、分かってるよ。だけど、連絡取れなきゃどうしようもないじゃん。日野も言ってたじゃん、助け合いが必要って」


「私は十分に助けてあげてるつもりだけど」


「そうなんだけど、そこをなんとか……」


 スマホなのに、思わず頭を下げてしまう。

 なんだって日野に謝らなきゃならないんだと思うが、アタシがやり始めたことだ。

 創作ダンスで最高のパフォーマンスを見せるためにじっと我慢する。


 電話の向こうから大きなため息が聞こえ、「貸しだと思ってね」と日野は言った。


「分かった」と答えると、「安藤さんは家ではスマホの確認を忘れがちだから、直接あった方が確実ね。毎朝6時過ぎにひぃなと公園をジョギングしてるから会いに行くといいわ」と日野が言った。


「朝の6時かよ」と嘆くと、「嫌ならやめれば」と冷たい言葉が浴びせられた。


「いや、行くって。ありがと。それで、麓の方は?」


「私からなら連絡がつくけど、そうすると私が参加を促しているように見られるから、麓さんとも直接会ってもらうわ。土曜の午後はボクシングジムに通っているから、場所を調べて会いに行って」と日野はそのジムの名前を教えてくれた。




 そして、今朝、6時前になんとか起きることができた。

 マジで二度寝したい。

 早起きしなきゃと分かっていても、ついクセで夜更かししてしまった。

 だいたい急に早く寝るなんてできっこない。

 眠い目をこすりながら、ベッドから這いずり出る。

 きっとこれも日野の陰謀だと罵りながら、アタシは立ち上がった。


 顔を洗い、着替えて、そそくさと教えられた公園に向かう。

 髪もボサボサだし、服装もなんだかパッとしない感じがした。

 これがデートならあと1時間は鏡の前に張り付くところだが、いまは時間が押している。

 公園に行って会えなかったら、早起きのし損だ。


 幸い、安藤と日々木はすぐに見つかった。

 凸凹コンビなのでかなり目立つ。

 アタシが声を掛けると、日々木はアタシが来るのを知っていたかのように挨拶した。


「もしかして日野から聞いてた?」と尋ねると、日々木は笑顔で頷いた。


 最初から日々木に連絡して、安藤に参加するように言ってもらえばよかったと後悔する。


「晴れて絶好のジョギング日和だよ」と日々木はニコニコ笑うが、寝不足のアタシにはこの眩しさは辛い。


 歩くような速さでジョギングするふたりについて行きながら、明日の集まりへの参加を安藤に頼み込む。

 平身低頭なアタシを見かねたのか、「可恋が行くのなら、わたしが純ちゃんを連れて行くよ」と日々木が言ってくれた。




 朝ご飯を食べた後、少し横になったが、悪い夢を見てうなされて目が覚めた。

 夢の内容はよく覚えていないが、逃げても逃げても悪魔のようなものに追いかけ回される夢だった。

 頭がスッキリしないが、これ以上眠る時間はない。

 午後には最後の難関が待っているのだから。


 ボクシングジムの場所はあまり来たことのないエリアだった。

 グーグルマップを頼りに足を運び、なんとかたどり着いた。

 ボクシングジムなんて、女の子ひとりで入ったら無事に帰れないようなヤバそうな場所かと思っていたけど、そこは割と近代的な建物で、スポーツジムのような雰囲気がした。


 受付のようなものはなく、練習の激しい音を頼りに中へ進む。

 ジムと思われる扉を開けると、熱がムワッと押し寄せてきた。

 眉をひそめて、中をうかがう。

 練習中の男性が何人かこちらをギロリと見た。

 一般人の視線とは違い、痛いと感じるほどの鋭さだ。

 飛んで逃げ出したくなったが、なんとか踏みとどまり、中を見回す。


 ……いた。


 オッサンたちに混じって小柄な少女がひとり練習をしていた。

 間違いない、麓だ。

 アタシは安心して、麓の名前を呼ぶ。

 彼女はこちらをチラッと見ただけで、無視して練習を続けた。


「あら、うちのジムに入りたいのかしら?」と見知らぬ女性が声を掛けてきた。


 顔を見ると三十は超えていそうだが、Tシャツにショートパンツというラフな服装からはみ出す鍛え上げられた筋肉が強烈で、年齢不詳に見えてしまう。

 優しそうな笑顔に向けて、「あ、いえ、友だちに会いに来たんです」とアタシは麓を指差した。


「見学ね。歓迎するわ」と長椅子が置いてある一角に連れて来てくれた。


「危ないから、この辺りで見ていてね」と言われ、「ありがとうございます」とアタシは頭を下げる。


 その女性はアタシをその場に残して、麓のいる方へ歩いて行った。

 麓に何か話し掛けているが、ここまで声は聞こえない。

 ジムの中はとてもやかましい。

 大人の男性の練習は迫力があって圧倒される。

 その中で麓は淡々と自分の練習をしていた。


 しばらくして、麓がやって来た。

 アタシの座っている横に腰掛け、タオルで汗を拭う。

 ダンスの練習の時よりも麓は息が上がっていた。

 ペットボトルの中身を口に流し込んでから、「何しに来た」と口を開いた。


 練習中とは違い、学校で見せるムスッとした表情になっていた。


「なんだか凄いね」とアタシは感想を述べてしまう。


 こんなところで大人に混じって真剣に練習する麓が別人のように見えたから。

 アタシの言葉に麓は怪訝そうな顔をした。


「あー、明日ね、Aチームのメンツ集めて親睦会みたいなのをするのよ。麓も来て」


 アタシはいつもより少し早口で麓に言った。

 彼女は興味なさそうに「面倒」と答えた。


「日野もそう言って断ったんだけどね。他の全員が参加するならって条件で来てくれるって」


 麓が無言でアタシを見つめる。


「日野を困らせると思って、来てくれない?」とアタシは両手を合わせて頼み込む。


 麓が考え込んでいるようなので、あと一押しと思い、「貸しってことでお願い」と頭を下げた。


「貸しな」と言って、麓が立ち上がった。


 ゆっくりと練習に戻って行く。

 アタシはその背中に、「ありがとう! 場所と時間はLINEで送るね」と声を掛けた。

 麓は振り返らず、ただ右手を挙げた。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・2年1組。1年の時に見た上級生の創作ダンスが格好良くて、今年は自分たちもというのが原動力。


日野可恋・・・2年1組。創作ダンスは無理しない程度にと思っているが、良いものを完成させたいという気持ちはある。


安藤純・・・2年1組。スイミングスクールとダンスの両立はさすがに大変。可恋が彼女のコーチと連絡を取り合い、オーバーワークにならないように注意している。


日々木陽稲・・・2年1組。可恋から笠井さんが直接純ちゃんに頼んだら助けてあげてと言われていた(最初から仲介してはダメとも)。


麓たか良・・・2年1組。ボクシングを始めてから身体を動かすこと自体が楽しいと感じるようになった。

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