令和元年5月17日(金)「ハンバーグ」日々木華菜
「氷水で冷やしながらしっかりとかき混ぜます」
日野さんがボウルの中の合い挽き肉を力強くかき混ぜる。わたしもお父さんが作る時に手伝うけど、ハンバーグのタネを手で混ぜるのはうまくできない。かなり力が必要だし、すぐに手が冷たくて耐えられなくなる。日野さんはそれをいとも簡単そうにやってのける。
今日はわたしの妹ヒナの友だちである日野さんが、我が家で夕食を作ってくれることになった。中学校のテスト前ということで、今週は毎日放課後にヒナが日野さんに勉強を教わり、代わりに日野さんをうちの夕食に招待した。その夕食のお礼として料理の腕を振るいたいと日野さんが言った。
中間テストが終わった今日、早速それを実行してくれた。わたしはレシピを教えてもらいながらお手伝いをしている。日野さんの段取りが良くてあまり手伝うことはないのだけど、初めて使うキッチンだから不慣れな部分を手助けしている。
洗い物はあとでまとめてやるから良いよと言ったのに、作りながら手が空くとさっと片付けたりする手際の良さは料理をやり慣れている証だろう。できたタネを冷蔵庫に入れ、下準備が終わって一息入れる。あとはうちの両親が帰って来てから焼き始めれば良さそうだ。
「高校は大変ですか?」
「授業は中学の延長って感じがしてたけど、テストは予想以上に難しくて焦ったかな」
ヒナは明日日野さんの家に泊まりに行くので、家族の家事の分担である風呂場とトイレの掃除をしている。友だちをほっぽり出してと思わなくもないけど、それだけ信頼しているのだろう。
「日野さんはテストどうだったの? ヒナはかなり手応えがあったみたいだけど」
ヒナは帰宅後に顔を合わすなり「今まででいちばんできたかも」と喜んでいた。ヒナは勉強ができる方だし、平均点に近い成績だったわたしよりも優秀だ。そのヒナがそう言うのだから、かなり手応えがあったのだろう。そして、ヒナの成績が上がったとしたら、それは日野さんのお蔭であることは間違いない。
「そうですね、できたと思います」
気負うこともなく、自慢することもなく、平然と答える。勉強のできる子は小中学校時代にもいたけど、彼女ほど超然としている子は知らない。
「日野さんは高校はどこに行くか決めてるの?」
全国レベルの進学校に行くと言われても驚かないだろう。しかし、日野さんは少し思案してから「まだですね。こっちの高校についてはよく知らないので調べ始めている段階です」と答えた。
「可恋ならどこでも行けそうだよね」と掃除を終えてキッチンをのぞきに来たヒナが会話に加わった。その口振りは我が事のように自慢げだ。
「母からはMARCHに現役合格できる学力はキープするように言われています。それさえできれば好きなところでいいと」と日野さんが苦笑する。すかさず「マーチって?」とヒナが聞くので、「偏差値60くらいのそれなりにランクの高い私立大学」と教える。わたしじゃ無理っぽいところだ。
「私としては母のいる大学に受かる学力は欲しいところですが……」と日野さん。それはもう私大のトップな訳だし。「なら、かなりの進学校になるよね?」と私が言うと、「あまり勉強勉強という雰囲気も好きではないので迷っています。折角の高校生活ですしね」とヒナの方を見ながら答えた。
「ひぃなは決まってるんだよね?」とヒナに尋ねる。
「臨玲っていうこの辺じゃ割と名の知られた私立の女子高」というヒナの言葉に「昔は凄いお嬢様学校で男子からも女子からも憧れの目で見られていたの」とわたしが補足する。
「”じいじ”の若い頃に憧れの人が臨玲にいたらしいの。それで、臨玲に行けってわたしが生まれた頃から言ってるんだから」とヒナが笑う。「お祖父ちゃんが学費を負担してくれるってことで決まったんだけど、正直今は落ち目だからヒナならもう少し上の学校でもいいかなあって思う」とわたしは顔をしかめる。
「制服はちょっと古い感じだけど、可愛いことは可愛いよ」
「ヒナは制服しか見てないでしょ」
「そんなことないよー」
日野さんはわたしとヒナとのやり取りを微笑んで見ている。「私立の女子高なのに中高一貫でもなければ大学の付属でもないっていう中途半端なところが人気を落としてるのよね。昔の栄光のお蔭で高い学費でもやっていけるんだろうけど、最近は良い話を聞かないし……」とわたしは愚痴を零してしまう。
「そうなんですか?」と日野さんから水を向けられ、「裕福なところの子しか入れないから、大丈夫だとは思うんだけど、ヒナひとりだと心配にはなるよね」とわたしは本音を漏らした。純ちゃんとは高校が別になるのは確実だし、ヒナの友だちを作る能力は疑いようもないけど、始めから悪意のあるような相手には通用しないだろう。
「大丈夫だよ」とヒナはなんの不安もないかのように微笑む。わたしが妹離れできていないだけかもしれないけど、不安なものは不安だ。わたしは日野さんを見る。口を開きかけた時、「ただいま」という声が玄関から聞こえた。
相次いでお父さんとお母さんが帰ってきた。ヒナは食卓回りを片付け、わたしと日野さんで最後の仕上げに取りかかる。初めてのキッチンで火加減が難しいと日野さんは心配していたが、焼き加減は完璧だった。
ハンバーグは絶賛の嵐で家族全員に迎え入れられた。肉汁にあふれ、お肉の味もしっかりしていて、隠し味も効いている。デミグラスソースもハンバーグ作りの片手間に作ったとは思えないほど味に深みがある。日野さんは、ハンバーグは母の好物だから得意だけど他の料理は人並みだと謙遜しているが、絶対にそんなことはないはずだ。
わたしは料理の腕だけは自信があった。大人には勝てなくても、同級生たちの間では負ける気がしなかった。ヒナに食べさせたいというのが大きなモチベーションで、それがわたしの料理の腕を引き上げた。
思わぬライバルの出現は、わたしの料理に対するやる気にさらに火をつけた。まずは今日教わったレシピを完璧にマスターする。その後は日野さんに自慢できるレシピを開発しなくては。それに、日野さんはお菓子作りはこれから勉強すると言っていた。教えて欲しいとお願いされたのでそれも楽しみ。ヒナを取られたという気持ちもなくはないけど、料理仲間ができたという喜びがまさった。それに、彼女になら安心してヒナを任せられる。わたしはヒナと談笑する日野さんを見ながらそう思った。




