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令和元年8月6日(火)「綾乃」須賀彩花

 生まれて初めて男子から告白されたのは7月半ばのことだ。

 土曜日だったので昼間はいつも通り美咲たちと過ごしていた。

 夕方に呼び出されて、付き合って欲しいと言われた。

 頭が真っ白になり、まともに言葉が返せなかった。

 逃げるように家に帰ったことだけをはっきりと覚えている。

 いちばん恋愛関係に詳しそうな優奈に相談し、あまり難しく考えずに付き合ってみればと背中を押してもらった。


 いざ、付き合い出しても、気恥ずかしくてLINEでのやり取りがメインだった。

 1学期が終わり、学校で会えなくなると、顔が見たいと言われた。

 何度かふたりきりで会ううちに、うち解けて来たように感じた。


 しかし、その矢先に問題が起きた。

 彼から釣りに誘われ、わたしはそれを断った。

 すると、彼は不機嫌になり、拗ねて、わたしを責めるような言葉を使った。

 彼の生々しい感情にわたしはショックを受けてしまい、どうしていいか分からなくなった。

 その二日後にクラス全員でファッションショーの見学に行く予定だっただけに、彼と一緒にいることができるかどうか不安で美咲に話を聞いてもらった。

 美咲だけでなく、優奈や綾乃、ひかりも家まで来て、慰めてくれた。


 勇気をもらったわたしは彼に自分の気持ちを伝えた。

 彼は謝ってくれた。

 別れはしなかったけど、気まずくなってしまった。

 これからどうなるんだろうと思う。

 いまは1日に数回LINEで挨拶を交わすだけだ。


 その時から毎日のように来てくれるのが綾乃だ。

 美咲は習い事があったり、家族旅行があったりとなかなか会えなかった。

 その美咲以上に忙しいのが優奈とひかりで、特に優奈は合唱の練習とソフトテニス部の活動の両方を掛け持ちしている。


 美咲たちと遊ぶ時は綾乃も一緒だし、それができない日は必ず綾乃が家まで来るので、本当に毎日顔を合わせている。

 お互いこれといった予定がないというのが理由だろうが、こんなにこまめにやって来るとは思いもしなかった。

 綾乃はマイペースで飄々としている。

 1学期から仲は良かったけど、わたしも綾乃も自分から相手に踏み込んでいく性格じゃないから、ほどほどの距離感を保っていた。


「明日どうする?」


 わたしは隣りに座ってスマホをいじっている綾乃に聞いた。

 綾乃は黒のタンクトップの上に漆黒のベストを羽織り、下も黒系のハーフパンツ姿なので、腕や足の白さが際立っている。

 わたしはTシャツに短パンという部屋着のままだ。


「美咲の代わりに会議に出ることになっちゃったし」と首を傾げた綾乃に説明した。


 美咲は昨日から軽井沢の別荘に行った。

 軽井沢の別荘だよ!

 彼女は本物のお嬢様で、私立の名門の中学校に行っていてもおかしくない存在だ。

 親の教育方針で公立に通っている。

 軽井沢にはわたしと綾乃も誘われた。

 最初は行ってみたいと思ったけど、話を聞いてとてもじゃないが恐れ多いと思った。

 なんと軽井沢で社交をするという。

 軽井沢に別荘を持つような人たちが集まって、パーティを開いたり参加したりするそうだ。

 そんなの一般庶民のわたしが行ける訳ないじゃない。


「一緒に行く」と綾乃が答えた。


 会議はクラスの文化祭の進み具合を確認するためのものだ。

 本来は文化祭実行委員である美咲が出席するところだが、わたしが代役を頼まれた。

 優奈とひかりは合唱の練習があると言うし、代役ならわたしか綾乃のどちらかとなる。

 綾乃の方が頭は良いし、何でもそつなくこなすけど、マイペースで、人をまとめたりするタイプじゃない。

 わたしもリーダーシップなんて全然ないけど、司会進行くらいだからと言われ引き受けた。


「ありがとうね」とわたしは綾乃の腕をつかんで喜んだ。


「ひとりだとやっぱり不安だったから」と打ち明けると、綾乃は小さく「うん」と頷いた。


「それにしても、綾乃の腕って細いよね。羨ましいよ」


 ちょっと細すぎる気もするけど、自分のぷにぷにの二の腕とは大違いだ。

 すべすべの肌も羨ましい。

 日野さんからスクワット以外の筋トレも教えてもらって実践してるけど、成果が出てるとは言えない。

 腹筋は気持ちマシになったかなあと思う程度。

 ダイエットが必要かなと思うものの、無理なダイエットはリバウンドするか健康を害すかの二択だって日野さんからきつく言われている。


「私は彩花の方が羨ましい」


 綾乃は日々木さんほどではないが、小柄だし身体の線が細い。

 自分にないものに惹かれてしまうんだなとわたしは思った。


「ごめんね、いつまでも触ってて」


 綾乃の顔がうっすらと上気していることに気付いて、慌てて手を離す。

 綾乃の肌の感触が心地よくてつい触りすぎてしまった。

 珍しく肩を出しているから、肉の付き具合を確かめていたりした。

 何をやっているんだろう、わたしは。


「いいよ。でも、私にも触らせて」と綾乃が上目遣いでわたしを見た。


 ちょっとドキドキする。

 わたしは照れながら「うん」と答えた。


「柔らかくて気持ちいい」と綾乃はわたしの二の腕の肉をつまむ。


「えー、恥ずかしいよ」とわたしは大きな声を出してしまう。


 綾乃は両手でわたしの腕にしがみつくように握った。

 声を出すほどではないけど、かなり強い力だった。

 ここ最近の綾乃の様子と合わせて、心配になってくる。


 ……聞いた方がいいのかな。


 無邪気な振りをして、このまま気付かなかったことにしたい気持ちもある。

 わたしは相談することはあっても、相談されるようなキャラじゃなかった。

 だけど。

 わたしが困ったり苦しんだりしていた時、美咲や優奈や綾乃が助けてくれた。

 手を差し伸べてくれた。

 それが大きな力になった。

 なら。


「わたしにできることがあるなら、言ってね」


 わたしの腕を握ったままの綾乃の手に、わたしはもう一方の手を重ねる。


「……もう少し待って」


 綾乃のかすれるような声に、わたしはしっかりした声で「待っているね」と答えた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。美咲のグループのひとり。このグループは美人揃いで自分は場違いに感じていたが、そんな負い目がほとんどなくなってきた。


田辺綾乃・・・2年1組。美咲のグループのひとり。美咲や彩花は好き。優奈は苦手。ひかりのことは好きじゃない。


松田美咲・・・2年1組。グループの中心メンバー。親の教育方針は「いろんな経験をしなさい」。


笠井優奈・・・2年1組。美咲のグループのひとり。友だち思いだが、友だち以外には辛辣。


渡瀬ひかり・・・2年1組。美咲のグループのひとり。地域の合唱サークルの練習に参加しつつ、新しい音楽教師の指導も受けている。


日野可恋・・・2年1組。筋トレ布教に励んでいる。須賀さんは信者のひとり。


日々木陽稲・・・2年1組。自分では可愛い系を着ないのに、綾乃にはショーで可愛い系を着せようと企んでいる。

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