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令和元年7月28日(日)「昨日のこと5」醍醐かなえ

「あの子たち、私たちの年齢の半分にも届かないのよ。歳を取ったって思うわ」


「私たちにもあんな頃があったはずなのよね、全然覚えてないけど」


 私の愚痴に桜庭が付き合ってくれる。


「中学生の頃なんて、少しファッションに興味があるくらいの普通の子だったわよ」


「当時はバスケに夢中だったな。ケガして止めたけど」


 私の言葉に続けて、本庄さんが自分の過去を振り返った。


 私たち三人は東京のとあるバーで飲んでいる。

 昨日も打ち上げで飲んだが、今日は主催だった桜庭と私とモデルの本庄さんの三人だけだ。

 ほぼ同世代の三人だが、知り合ったのは社会人になってからだった。


 桜庭はデザイン学校を卒業後、物販や企画のみならず、物流やイベントといった様々な仕事に携わり、本人曰く何でも屋として知られる存在となった。

 顔が広く、フットワークが軽いので便利屋扱いされることもある。

 だが、商才に恵まれているのか実業家として成功を収めている。

 今回のイベントも彼女の思い付きから出発し、あれよあれよという間に規模が大きくなり、そこそこのキャパの会場を埋める程度には成功した。

 ……採算的には大赤字だけどね。


 本庄は日本人のトップモデルとして知られる。

 駆け出しの頃に桜庭に助けてもらったという話だが、桜庭はたいしたことはしていないと言っている。

 こんな名もないショーに出てもらえるような存在じゃないし、出演料だって満足に払えていないのだが、色々と助けてもらった。

 私はこれまで何度か顔を合わせてはいたが、一緒に仕事をするのは初めてだった。


 私は本職はOLで、デザイナーは副業だ。

 デザイナーとしてはWebでの活動のみだが、幸いにしてOLの収入より稼げている。

 桜庭とはいつの間にか知り合いになり、なんとなく手伝うことが多くなった。

 今回は一緒に飲んでいた時の冗談話がきっかけだったので、最初から付き合う形だったが、桜庭の捉えどころの無さをまざまざと実感した。


「来年は無理でも、なんとか定期的に開催できれば面白いのに」


「これだけ赤字出して、どう考えても無理でしょ」


 桜庭は調子に乗りやすいので、いつも私がたしなめる側に回る。


「今回をショーケースにして、どこかスポンサー探さない?」


「いまの日本でスポンサーになってくれそうなところがあると思えないんだけど」


「でも、若手の登竜門って位置づけなら話題になるんじゃない?」


「そもそも今回は本庄サツキが出るから観客が集まっただけよ」


 残念ながら他に売りと呼べるものがないイベントだった。

 もちろんスタッフは頑張ったし、精一杯の努力はした。

 しかし、そんなのは当然のことで、お客への売りにはならない。

 デザイナーの質だって、決して高くはなかった。

 数年後まで生き残れるデザイナーがひとりでもいるかどうか。

 まあ私のようにWeb専業なら自称デザイナーとして名乗り続けられるだろうが。


「あの子たちが参加するまで続けたいなあ」


「何年先の話をしてるのよ」


 ほとんど漫才のボケとツッコミのようになってしまっている。

 それを本庄さんは微笑みながら見ていた。


「でも、面白い子たちだったね。参加して良かったって思えるほど刺激を受けたよ」


 いままで黙っていた本庄さんが口を開いた。


「忙しくてほとんど話せなかったのが残念だわ」と桜庭が言う。


「かなり真面目に、モデルやって欲しかったって思ってる」と私は愚痴を零した。


「だよなあ。どうせ素人が混じるんだから、彼女たちが出ても良かったよ」と桜庭が同意してくれた。


 モデルが足りなくて、デザイナー本人やスタッフが舞台に立たざるをえなかった。

 彼女たちが高校生なら無理にでも引き受けてもらったのだけど……。


「仕方ないよ」と本庄さんに慰められた私は、「モデルと言えば、日々木さんをイメージしたブランドを立ち上げたいと結構本気で思ったんだけど、どうにかならないかな」と話題を変える。


「本人はモデルではなく、デザイナー志望だって言ってたね」


 本庄さんの言葉に私は頷く。

 しかし、諦め切れず、「体型なんていまの時代関係ないし、彼女ならすぐにでもモデルでやっていけるでしょ?」と私は零す。


 本庄さんに「無理強いはダメだよ」と釘を刺され、「分かってる」と答えた。


「キャシーだっけ? 私はあの子が欲しいな。あのスケールは先が楽しみだ」


 桜庭が商売人の顔をして言った。


「彼女は世界最強になることを優先するそうだよ」と本庄さんが笑う。


「世界最強?」と桜庭が訝しがったので、「空手をやってるそうよ」と私が教えてあげた。


「格闘家なら、私がプロモーターになるのもありだな。モデル兼業でやればいい」


 桜庭のいつもの大言壮語に付き合わず、私は「本庄さんは誰が気になったの?」と尋ねた。


「日野さん」と即答する。


「ちょっとまとまりすぎじゃない?」と桜庭が言った。


 私も同感だった。

 もの凄く優秀なのは間違いなく、OL視線では欲しい人材だが、デザイナー視線だと面白味に欠けるように見えた。

 モデルとしても既に完成されていて伸びしろをあまり感じないというか……。


「そう? 煮えたぎるマグマを大量に抱いているように感じたけど」


 少なくとも本庄さんには桜庭や私が見えなかったものが見えたのかもしれない。


「マグマね……私も負けちゃいられないな」と桜庭が苦笑する。


 マグマ。

 私にもあった気はする。

 いまはかなり熱が冷め、量もわずかになってしまったかもしれない。

 でも、まだ三十路を迎えたところだ。

 人生の折り返しにもたどり着いていない。


「彼女たちの文化祭って10月末って言ってたよね。日本にいれば行きたいな」


 本庄さんの言葉に桜庭も「私も」と言い、「醍醐ちゃん、手配よろしくね」と私に丸投げする。


「はいはい、分かりました」と答えると、「はいは1回!」と桜庭がツッコむ。


 本庄さんは明日から海外だと聞いているし、桜庭も日本と海外を頻繁に行き来している。

 どうせ私はあの子たちの文化祭に顔を出すつもりだったし、忙しいこのふたりの分まで手配することくらいたいした手間ではない。

 それにまた三人で飲む機会ができるかもしれないし。


「じゃあ、あの子たちの文化祭での再会を祈って乾杯しようか」と私はグラスを掲げた。




††††† 登場人物紹介 †††††


醍醐かなえ・・・OL兼デザイナー。ファッションショーでは広報などを担当。


桜庭・・・実業家の女性。仕事に応じていくつかの名前を使い分けている。ファッションショーを主催した。


本庄サツキ・・・プロのモデル。海外を拠点に活躍中。


日野可恋・・・中学2年生。文化祭でのファッションショーの参考にするために見学に行ったが、予想以上のレベルの高さに頭を抱えている。


日々木陽稲・・・中学2年生。素敵なファッションショーを見学できて、わたしたちも頑張らないとと気合いを入れている。


キャシー・フランクリン・・・14歳。『ファッションモデルになってあげてもいいぜ!』

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