表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ババ!!  作者: 井越歩夢


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/17

エピソード3「語るか、黙るか」④

「ババ!!」


ある街で起きる連続失踪事件。

真相を追う刑事、沢登修吾と

街で喫茶店を営む女店主、馬場カーミラルの物語。


「今は語らず、黙っていて」



=④=


「…蓮見も、そうなのか?」


沢登は、慎重に問いを投げた。白川の前に姿を消した株式会社ネオムレクス人事部長、蓮見克則。“会社のルールの化身”とまで言われた男の名を口にしたとき、ミラはまるでそれを待っていたかのように、ニッと口元を吊り上げた。


「ニシ。まるで取り調べみたいね。でも、悪くないわ。修吾さん、あなたの言う通り。蓮見克則を消したのも、私。」


金色の瞳が細められ、愉悦と邪気が入り混じった闇笑みが浮かぶ。


「耳障りだったのよ。 “私は間違っていない”“規則がすべて”。カウンターでそんなふうにぼそぼそと繰り返されるのが。“私は正しい”って、何を根拠に? 善人ぶるなよ、善人。 規則だけが“善”だと? 世の中には、そんなものじゃ測れないことがあるんだよって、教えてあげたの。口を封じて、塵にしてね。ニシシシシ…」


そう話すミラの声は上機嫌そのものだった。それはまるで歌うように軽やかで、そんな言葉の内容との大きな落差が、沢登の背筋に再び寒気を走らせた。


「ねえ、修吾さん。この際だから全部話しちゃうけど…この一年、深水市で起きた十件の失踪事件のすべて。それは、私がやったこと。」


「…君が!全部…?」


沢登の声は、カスカスとかすれていた。愕然とする思考が、平静を保とうとする思考を超速で追い越していく。沢登がこの店に足を運んだ理由。それは、馬場カーミラルがこの事件に関与していないことを確認するためだった。だが今、目の前にいるのは“馬場であって馬場でない“何か。黒い靄に包まれた、音のない喫茶店Terminalの中。非現実的な空間で非現実の存在、理不尽を可視化した怪異と名乗る彼女”ミラ“が、「すべては私がやった」と、現実のように語っている。それに驚かない理由など、どこにもなかった。


だがこの時、沢登はミラの語りの中にひとつの矛盾を感じ取っていた。確かに、蓮見克則や白川誠一郎は、内情を知らない者から見れば“善人”に映るだろう。白川を例に挙げれば、彼は表向きは誠実で街の発展を語っていたし、蓮見は規則を重んじる。そんな顔を持っていた。だが、失踪者の中には、最近騒ぎになった中瀬商店街の落書き事件の犯人三人も含まれている。彼らは、蓮見や白川のような表向きの“善人”とは程遠い存在だった。言ってしまえば、ただの小悪党。善人の仮面すら持たない、浅はかな悪意の持ち主と言っていい。彼らもまた、この中瀬で消えた。

もしそれが、馬場…いや、ミラの手によるものだとすれば、彼女は「善人ぶる者」だけでなく、「ただの悪人」までも消していることになる。

その選別の基準は何なのか。“理不尽”という言葉の中に、彼女の感情の衝動が混じっているのか。まさか自分の店のシャッターに悪戯された怒り?

これまでミラの語った“理不尽”は、ただの概念ではなく、感情と欲望を帯びた怪異の意思なのか?


「あのシャッター事件の犯人は、どうして君に消されたんだ? あの三人は、他の失踪者と違って、ただの小悪党だった。 まさか、彼らも君から見たら“善い人”だったのか?」


沢登の問いに、ミラはスッと一瞬だけ黙り込んだ。だがその沈黙は、すぐに次の言葉へと変わっていった。


「…小悪党。ほんと、その通り。善人ぶる善人も嫌いだけど、覚悟のない悪人が“悪人ぶる”のも、私は大っ嫌いなの。」


その瞬間、ミラの表情が変わった。挑発的で楽しげだった闇笑みが、明らかに不機嫌なものへと塗り替えられる。店内に立ち込める黒い靄もズズズと濃くなり、まるでそれは彼女の苛立ちがそのまま店内の空気に染み出したかのようだった。

眉間に皺を寄せたミラは、言葉を捲し立てる。その語り口は、まるで香蘭亭の女将・立花裕美を思わせるほど高速の言葉の羅列だった。


「小悪党なんてさ、生きる価値なし。悪さで自己顕示?そんなくだらないことで目立とうとする?阿呆かって言うんだよ。悪ぶって悪さして、その程度で“悪”?ふざけんな。悪さするなら、とことんやる覚悟くらい持てっての。喧嘩?そんなの覚悟のない小悪党の遊びじゃない。事を構えるなら、殺す気でやれ。それができないヤツは、ただの小者。暗い部屋の中で文句言いながら縮こまって黙っていろって言うんだ。くだらなすぎる。」


ミラの声は、冷たく、鋭く、そして何故かその中に美しさすら感じさせるものだった。だが、それを語る姿はいつも穏やかな微笑みを浮かべていた馬場カーミラルとは、まるで別人だった。今の彼女を形容するならば、 それは彼女を見る者すべてに「悪女」と言わせるほどの、圧倒的な存在感だった。


「俺は…君がとてもやさしい人だと思っていたんだけどな。」


沢登は、ぽつりとそんな言葉を漏らした。その声には驚きでも怒りでもなく、ただ深い落胆が言葉の奥に滲んでいた。

もちろんミラがそれを聞き逃すはずもなく、一瞬だけ眉をひそめた。だが、すぐにニヤリと口角を上げ、彼女らしいいつもの闇笑顔へと戻っていた。


「前にも言ったでしょ。誰にでもあるじゃないですか“意外な一面”って。」


「…君のは、意外すぎる一面だよ。馬場さん。」


「ニシシシシ……」


その二言のやり取りの中で、沢登の中にあった混乱は少しずつほどけていった。戸惑いは落ち着きへと変わり、冷静さが戻ってくる。そして彼は、目の前の銀髪の女性“ミラ”を、 改めて“馬場カーミラル”として認識し直していた。

それに応じるように、ミラもふっと表情を緩める。その笑みは馬場が見せていた、あの柔らかな微笑みに確かに似ていると、沢登は感じていた。


◇◆◇


緊張が少し緩んだことで、沢登修吾と馬場カーミラル、いや、今は“ミラ”と名乗る銀髪の女性との間には、いつもの「店の店主と常連客という関係だけでは説明できない、どこか親密な雰囲気」を思わせる空気が漂い始めていた。そこまで五歩の距離があるとすれば、そのうち二歩ほどは近づいたような、そんな感覚だ。

だが、沢登は油断しなかった。言葉を選びながら慎重に、深水市中瀬連続失踪事件に関わる情報を彼女から引き出そうとしていた。

彼女は、自身を「理不尽を可視化した怪異」と語った。その言葉に沢登は、ここに来る前に読んだ雑誌の一節が、スッと脳裏に浮かんだ。

オカルト情報誌「月刊ヌー!?」の記事にあった民俗研究者・三輪博士の語り。


「この妖怪は、“理不尽”という人間の感情が形を持った怪異です。 筋道の通らない怒り、報われない努力、突然の別れ。それらの思いが形となり、新しい妖怪として生まれたのです。」


沢登は、目の前のミラを見つめながら考える。彼女は、この記事の三輪博士が語る“理不尽の怪異”と同じ存在なのだろうか。それとも、似て非なるまったく別の何者なのか。

ミラの金色の瞳は何も語らず、ただ静かに沢登を見つめ返していた。その視線の奥にあるものは何なのか。“理不尽を可視化した怪異”とは何か。そして、“馬場カーミラル”の目的とは何なのか。


「馬場さん。君が考える“善人”と“悪人”って、どんなものなんだ?」


沢登は、あえてここで聞きたいことの本筋から少し外れた問いを投げかけた。ここまでの会話で、彼女が次の言葉をある程度先読みしていることは感じ取っていた。だからこそ沢登は、意図的に別の角度から言葉を切り込んだ。

ミラは、沢登が自分を「馬場さん」と呼ぶことをもう咎めない。二人が出会って一年、ずっとそう呼ばれてきたのだから。彼女は闇笑の中に呆れ顔を浮かべながらも「仕方ないわね」と、それを受け入れていた。


「そうね……“善人”は“善人”でいたいし、“悪人”は“悪人”でいたい。だからみんな、自分に都合のいいように“自分語り”をするのよ。様々な言い訳を並べて、自身を正当化する。善人も悪人も、語った瞬間に“都合のいい見立て”が生まれて、その言葉の中には、五月蠅さが宿る。」


ミラは、金色の瞳を細めながら、静かに言葉を続ける。


「そういうの、イライラしない?修吾さん。」


ミラの声は、冷ややかでありながらどこか柔らかさを含んでいた。だがその響きの奥には、“言葉の騒がしさ、五月蠅さへの深い嫌悪“が潜んでいるようにも、沢登には感じられた。一度思考の整理をしよう。沢登は、これまでの彼女の言葉を静かに整理することにした。彼女にそれを読まれていたとしても、話す手間が省けたと思えばそれはそれでいい。 今は余計な言葉よりも、思考と情報の輪郭を彼自身の中で分かりやすく整理することが大事だ。


ミラは、世の中の理不尽が生み出した“理不尽を操る怪異”。善人ぶる者、悪人ぶる者、その語りの中にある矛盾や自己正当化に反応し、彼女の“理不尽”の力で、この世から消し去っていく。


それは、彼女自身が語った言葉が裏付けている。


「そうね……“善人”は“善人”でいたいし、“悪人”は“悪人”でいたい。だからみんな、自分に都合のいいように“自分語り”をするのよ。様々な言い訳を並べて、自身を正当化する。善人も悪人も、語った瞬間に“都合のいい見立て”が生まれて、その言葉の中には、五月蠅さが宿る。」


彼女は、この言葉通り「善人、悪人でいるための言い訳、矛盾」を語られた時、彼女の持つ“能力・理不尽”を操り人を消しているのではないか?ミラが人を消す“きっかけ”は単なる善悪の判断ではなく、「語られた言葉の中にある“矛盾”や“自己正当化”」に対する反応なのではないか?


さらに沢登は、今やこの事件を紐解くための彼自身の教本になりつつあるオカルト情報誌「月刊ヌー!?」に載っていた、ある一節を思い出す。それは民俗研究者・三輪博士の言葉。


「筋道の通らない怒り、報われない努力、突然の別れ―― それらの思いが形となり、新しい妖怪として生まれた。」


この定義とミラの言葉、そして自身の考察を照らし合わせたとき、沢登は確信した。

ミラは、“語られた理不尽”を感知し、それに応じて現実を歪める怪異。人間の語りに潜む欺瞞や矛盾を嗅ぎ取り、それを“処理”する存在。理不尽を可視化した怪異。それが、彼女の本質なのだと。

その時ミラは、沢登の沈黙の思考を読み取ったかのように、ニヤリと笑った。


「ニシシシ…概ね正解よ。さすが修吾さん。他の警察関係者なら、捜査に“非現実”を掛け合わせた考察なんて真っ向から否定するはずなのにね。その目を持つことで、私に捜査の目を向けた、ただ一人の男。ニシシシシシシシ。」


思った通りだった。いや、想像以上にしっかりと読まれていた。沢登は、内心で小さく安堵する。彼女の前では、余計な心の呟きは禁物だ。言葉も、思考も、より慎重に選ばなければならない。

沢登は、闇微笑を浮かべるミラと静かに目を合わせ、読まれたすべてをその通りだと言うように、黙ってコクリと頷いた。


◇◆◇


「理不尽に巻き込まれた者たちの恨み。その強い思いが形を持った時、“私たち”は生まれる。」


ミラの声は、沢登の耳を撫でるように冷たく響いた。その言葉は挑発なのかそれとも宣告なのか。どちらともつかない静かな重みがあった。


「こんな私を、捕まえられる?この“非現実”の中で起きた出来事を、修吾さんは“現実”として解決できる?」


細められた金色の瞳が、沢登を射抜くように見つめる。


「私は“現実”ではない。“非現実”の中で、“現実”を消し去る怪異そのもの。」


そして、じりッと鼻先が付くほど顔を近づけふっと笑みを浮かべる。


「どうする?修吾さん。」


そこには馬場カーミラルが時折見せる妙に近い距離感の心地よさはなかった。銀髪の女性ミラが放つのは、黒く淀んだ圧迫感。言葉にできないほどの重圧だった。この状況、いつものように軽く「近いよ」と冗談めかして言える空気ではない。それほどの強烈な“圧力”だった。「俺も、消されるのか?」その恐怖が、沢登の思考の中でふと呟かれてしまった瞬間、「しまった。読まれたか!?」そう思うよりも早く、ミラはニッと笑みを浮かべて沢登の耳元で呟いた。


「大丈夫。修吾さんは、まだ“言っていない”。出会って一年、ずっとあなたはそれを口にしなかった。沈黙の中で思考する修吾さんみたいな人。私は、好きよ。」


その言葉に、沢登の思考は後頭部をズギューンと撃ち抜かれるような衝撃に貫かれた。 最近、馬場の距離感が妙に近いことは彼自身も気づいていた。そして、それを半ば受け入れていた。手がかりの掴めない事件。その捜査の疲れを、彼女が淹れてくれる苦味の効いたコーヒーと、優しい笑顔が癒してくれていた。それは確かに、沢登にとっての“癒し”だった。


だが今、目の前にいるのは馬場でありながら、そうとも言い切れない。それは、人ではない。“怪異”だ。その怪異から、突然「私は好きよ」と言われた。これは驚きでは済まされない。言葉の衝撃を超えた、存在の衝撃だ。俺は、何を言えばいいか!?いや、待て。 “沈黙の中で思考する”。 まだ、それを“言って”いない。そうか。馬場さんは、もう俺の過去も知っているんだな。沢登は、思わずふっと笑みを浮かべた。その笑みは、恐怖でも混乱でもなく、理解と覚悟の入り混じったものだった。


「馬場さん、君は俺が過去…う?」


そう言いかけたその瞬間、沢登の唇にミラの右手人差し指がそっと添えられた。それは、先ほどまでの圧迫感とは違う。まるで「言わないで」と優しく制するような、静かな仕草だった。迫力ではなく、柔らかな制止。沢登はその手の感触に、思わず言葉を飲み込み、ゆっくりと彼女の顔を見上げる。

長い銀髪と金色の瞳。その外見は変わらない。だが、そこに浮かぶ表情は確かに“ミラ”ではなく、いつもの馬場カーミラルの、あの優しい顔だった。


「言わないで修吾さん。今は語らず、黙っていて。そうね…話せないように。」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女はそっと自らの唇を沢登の唇に重ねた。沢登が言いかけた“過去”を、言葉にすることができないように。

どうしてこうなっている!?突然の出来事がこうも連続して起きれば、理解を追いつかせるのは容易ではない。だがなぜかこの時沢登は、今自分がどこか“とても安心している”ような感覚を覚えていた。

それは、理屈では説明できない。馬場カーミラル、“ミラ”という狂気の中に美しさとどこか内に秘めている悲しさを感じる怪異の中に、確かな“優しさとぬくもり”のようなものが宿っていることを静かに感じていた。


そんな彼女の唇がゆっくりと離れ、じっと見つめ合った二人。数秒の沈黙。すっかり馬場の顔に戻っている彼女の金色の目に問いかけるように、沢登は静かに言葉をかける。


「馬場さん、君の望みは、何だ?」


その言葉に、彼女の金色の瞳が、わずかに揺れた。そして再び数秒の沈黙が二人の間に降りてくる。その間に、店内を漂う黒い靄が少しだけ薄らいだように見えた。


「…私の望みは。」


その声は、怪異ミラのものではなく、どこか人間的な迷いを含んだ響きを大きく含んでいるように沢登の耳には聞こえていた。


◇◆◇


「望みを叶えた怪異は、この世から消えるというのは本当の事よ。」



エピソード3「語るか、黙るか」終【完全版は電子書籍にて】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ