小学生日記(4)
「君たち、こんなとこで何やってんの?」
親しみやすい声音だった。近所の優しいお兄さんが、笑いながら声をかけているような雰囲気のものである。健一と正和は、恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、優しそうなお兄さんではなかった。作業着のような服を着た男がふたり立っている。どちらもニット帽をかぶりマスクをしているため、人相はわからない。ただひとつわかることは、目の前にいる男たちは堅気の人間ではない。
ふたりの後ろには、布に包まれた長い物体がある。いつの間に運びこんだのか。
そもそも、いつ入ってきたのだろう。
「ヨッシー、こいつらどうする?」
片方の男が、明彦たちを指差す。
ヨッシーと呼ばれた男は、ポケットから何かを取り出した。
次の瞬間、しゃがみ込むと同時に明彦の襟首を掴む。強引に口を開けさせ、ポケットから出したものをちらつかせる。
それはナイフだった。ボールペンより少し長い程度のサイズだが、人を傷つけたり殺したりするには充分だろう。
続いて、鋭い刃が明彦の口の中に押し込まれた。口の中がどうなっているのかは見えないが、頬に刃が当てられているのはわかる。初めて味わう刃物の感触は、あまりに恐ろしい。思考が停止し、体が硬直していた。
そんな中、ヨッシーが静静かな口調で語り出した。
「いいかい、よく聞くんだ。俺たちの言うことを聞いて、おとなしくしていろ。でないと、君は口裂け男になっちゃうよ。口が耳元まで切れてね……無茶苦茶痛いよ」
もちろん、明彦に抵抗など出来るはずがない。泣きそうになりながら、ウンウンと頷いていた。
次にヨッシーは、正和の方を見た。
「君はどうする?」
だが、正和は何も答えない。無言のまま、その場にへたり込んだ。
直後、嫌な匂いが周囲に広がる。匂いの原因が何であるかは、考えるまでもなかった。
「ヤス、こいつクソ漏らしたぜ」
ヨッシーの言葉を聞き、ヤスと呼ばれた方の口から舌打ちの音が聞こえた。
「ざけんなよ……」
呟くように言った後、ヤスは部屋の隅を指し示した。
「お前ら三人、そこでおとなしくしていろ。俺たちがいいって言うまで口を閉じて、じっとしているんだ。でないと殺すよ」
そして、作業が始まった。
ヨッシーとヤスというユニークな名前のコンビは、明彦たちの目の前で人間の死体をバラバラに切り刻み解体していった。彼らが運びこんだ物体は、男の死体だったのである。二人は布を引きはがし、体を器用に解体していった。手足を関節部分で切り離し、腹を切り裂き内臓を取り出す。常人なら、確実に吐いている行為だ。しかし彼らは、雑談を交えながら、楽しそうに作業していた。
明彦は、大人になった今もはっきりと覚えている。彼らの作業は実に手際がよく無駄がない。明彦は何度も吐き、胃の中は空になった。にもかかわらず、目の前で行われていることから目が離せなかった。
やがて、ふたりは作業を終えた。綺麗に解体した体を、部位ごとに分けてビニール袋に詰める。さらに、部屋の中に薬品を撒いた。
最後に、ヨッシーの視線が明彦を捉えた。
「君、凄いね。ずっと見てたのかい」
その言葉には、何らかの感情が込められていた。彼は明彦の目の前にしゃがみ込むと、再びナイフを取り出す。
刃を、明彦の喉元に押し当てた。
「実はね、作業が終わったら君ら三人も殺すつもりだったんだ。けど、気が変わった。君は度胸がある。その度胸に免じて、生かしておいてあげるよ。だけど、ここで見たものの話は誰にもしちゃダメだ。もし他の人に話したら、俺は必ず君を殺す。君だけじゃない……君の家族も、全員殺す。わかったね?」
そう言った後、ヨッシーはヤスの方を向いた。
「腹減ったな。帰りにコンビニで何か買っていこう」
「ああ、俺も腹減った。モツ煮込みうどんでも食いたいな」
そう言って、ニヤニヤ笑いながら去って行った。
しばらくして、明彦は他のふたりの方を見た。
健一は両手で顔を覆い、震えながら下を向いていた。
正和は、意識を失っていた。だが、彼を心配する余裕などなかった。直後、明彦は疲労に襲われ深い眠りについたからだ。あるいは、失神だったのかもしれない。
空が明るくなった頃、三人は家に帰った。唯一、意識のあった健一がふたりを起こした。それは覚えている。
だが、他のことはよく覚えていない。不思議なことに、ところどころの記憶がすっぱり飛んでいるのだ。もっとも、帰った後のことはよく覚えている。家に帰った両親にこっぴどく叱られたこと、その後にひどい熱を出して寝込んだことくらいだた。
空き家で目にしたもののことは、誰にも言わなかった。
翌日、明彦は学校を休む。熱は下がらず、ストレスのせいか肌に腫れ物が出来た。悪夢にうなされ、夜中に飛び起きることが一晩に三回か四回。
また、食欲もなくなっていた。食物を体が受け付けず、無理に食べると吐いてしまう。しばらくの間、お粥くらいしか食べられなかった。登校など、出来るはずもない。
十日ほどして、ようやく体調が回復した。しかし、健一や正和とは会えなかった。することは出来なかった。なぜなら、野口家は転勤のため引っ越すこととなったからだ。
引っ越すことになり、学校も変わることになる。
この事実を、明彦が父から聞かされたのは一月以上前だった。転校すれば、健一や正和とは会うことが出来なくなる。連絡くらいは取れるだろうが、同級生だった頃のように遊ぶことなど出来なくないだろう。
明彦は考えた。自分が、ここにいたことを何かの形で残したい。そして、親友の健一や正和との思い出も作りたい。
そこで思いついたのが、三丁目のお化け屋敷だ。あそこに侵入し探検する。隅々まで調べ、記念として何かを持ち帰り、さらに三人の名前も書き込む。他の連中には真似できないことをやり遂げ、三人の思い出にしたかった。
その時、ふたりに引っ越すことを告げるつもりだった。
しかし、思い出作りのための探検は、悪夢としかいいようのないものになってしまった。引っ越すことなど、言えるはずもない。
結局、健一や正和とは顔を合わせることなく転校した。
ヨッシーとヤスのコンビとは、その後会うことはなかった。あれ以来、ニュースはそれとなくチェックいたが、逮捕されたというニュースは見ていない。
明彦は今もわからない……なぜ、奴らは自分を見逃したのだろうか。もしかしたら、正和が「もらした」せいなのかもしれない。真相は永遠にわからないだろう。
あの日から、明彦は完全に変わってしまった。
いたずらを繰り返していたやんちゃ少年は、転校した先で目立たぬ小学生と化してしまう。休み時間には、誰とも喋らず椅子に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
あれを見てから、明彦の中で何かが崩壊してしまった。かつて大事だと思っていたものが、今では何の価値も見いだせない。何もかもが色あせ、無意味に見えてくる。学校に行くこともまた、無駄な時間としか思えない。
何をしていても、あれが頭から離れてくれないのだ。出来ることなら、忘れ去ってしまいたい。しかし、忘れることなど不可能だった。
壊れた心を抱えたまま、明彦は中学生になった。




