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真夜中は別の世界  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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小学生日記(2)

 明彦らの生まれ育った場所は、いわゆる下町である。治安が良いとは、お世辞にも言えないような場所だ。住人も、スーツ姿のサラリーマンよりはブルーカラーの人間が圧倒的に多い。失業者の数も、他の地域とは比較にならない。犯罪発生率も、日本トップクラスである。

 実際、近所では夏になると上半身裸の日雇い労働者や工員などが路上をうろつき、スーパーに買い物に来ていた。全身に入れ墨の入った体など、小学生の段階で見慣れている。しかも夜になると、路地裏で怪しげな取り引きが行われることもあった。

 ワンカップ片手に、下半身を丸出しにして徘徊するホームレスも定期的に出没していた。そんな時、明彦と健一はゲラゲラ笑いながら跡をついて行ったものだ。普段は人々から完璧に無視されている彼らが、己に注目してもらう最終手段としてその方法を選んだのかもしれない……ということに思い至ったのは、成人してからである。当時は、愉快な見世物として見ていた。

 公園に行けば、リーゼントやパンチパーマの中学生が、タバコを吸いながらしゃがみこんでいる。明彦や健一らはタバコを吸わせてもらい「タバコ吸ったぜ。俺たち、今日から不良だよ」などと、笑いながら言い合っていた。

 そんな不良中学生同士の喧嘩も、日常茶飯事である。


「てめえら、どこ中だ!」


 そんなことを言い合い、殴り合う光景はしょっちゅうだった。明彦と健一と正和は、物陰に隠れドキドキしながら見物したものである。プロレスや格闘技の試合を観るような感覚だろうか。

 しかし、そんなのはまだマシだった。当時の明彦たちは、自分の住んでいる町に潜む裏の顔を知らなかった。それは、まさに異世界への入口……そう、この町には別の世界があったのだ。




 その日の給食は、牛乳と揚げパンとカレー汁、それに野菜サラダとプリンである。

 クラスの皆が席に着いていた。明彦と健一は、じっと睨み合っている。今日もまた、ふたりは闘うのだ。


「では、いただきます」


 日直の号令と共に、クラス全員が給食を食べ始める。明彦と健一もまた、凄まじい勢いで食べ始めた──


「やったぞ! 俺の勝ちだ!」


 いきなり立ち上がったのは明彦だ。彼は食べ終わり、すぐさま余ったプリンを取りに行く。そう、今日はひとり欠席していたのだ。そのため、プリンや揚げパンはひとつ余ることになる。一番先に食べ終えた者が、好きなものをお代わりできるのだ。

 明彦はすぐさま前に行き、プリンを取る。遅れて前に出たのは健一だ。悔しそうに、明彦の手にしたプリンを見つめる。


「カトケン、今回は俺の勝ちだな」


 プリンをトロフィーのごとく掲げ、勝ち誇る明彦。健一は、悔しそうに地団駄を踏む。


「くそう、牛乳のふた開けるのに手間取ったよ」


 ちなみに正和はというと、まだ食べていた。彼は大食いではあるが、早食いではない。食べる早さでは、このふたりには敵わなかった。もっとも、食べる量を競わせたら彼の勝ちは確定である。

 



 やがて、授業が終わる。

 明彦は、まっすぐ家に帰った。ランドセルを家に置くと、すぐさま秘密基地の倉庫跡へと向かった。鉄条網の柵を乗り越え、敷地内へと侵入していく。

 建物内に入ってみると、まだ誰も来ていない。明彦は、隠しておいた駄菓子のバードチップルの袋を取り出す。ここは外と違い、口うるさい大人はいない。叱りつける親も教師もいない。自分たちは自由だ。すきなことを何でも出来る。

 そう、ここは三人だけの聖域なのだ──

 

 やがて、健一も入って来た。床に座り込むと、バードチップルの袋に手を伸ばした。

 ポリポリと食べている健一を見ながら、明彦が口を開く。


「なあカトケン、六年の武田(タケダ)だけどよ、ウザくねえか?」


「ああ、ウゼえな。六年てことで、ちょっとは顔を立ててたけどよ、そろそろシメちまった方がいいかもな」


 武田とは、六年生でもっとも喧嘩が強いと言われている少年だ。体が大きく、腕力も強い。態度も横柄であった。


「お前、ひとりであいつに勝てるか? 何なら、俺も手伝うぞ」


「何言ってんだよ。ふたりがかりで勝ったら意味ねえだろ。俺ひとりでやってやるよ」


 そう、健一は密かに鍛えていたのだ。いつか武田とやり合う時のため、ボクシング漫画やカンフー映画などで観た練習方法を参考にしてトレーニングしていた。明彦も、彼のトレーニングに付き合うことがあった。


「本当に、ひとりで大丈夫か?」


 念を押す明彦に、健一はムッとした表情になる。


「さっきからしつこいぞ。大丈夫だって言ってんだろうが。なんなら、武田の前にお前からやっちまうそ」


「わかったわかった。悪かったよ。ごめんごめん」


 妙にあっさりと謝る明彦。らしくない態度だ。健一はさらに言いかけたが、タイミングよく正和が入って来た。


「おいしん棒、いっぱい買ってきたよ……って、どしたの?」


 殺伐とした空気を感じたのか、心配そうにふたりを見る。


「別にどうもしないよ。いいところに来てくれた。みんなに話があるんだ」


 そこで、明彦は真剣な表情になった。


「なあ、三丁目のボロい空き家あるじゃん」


「ああ、あるな」


 何の気無しに健一が答えると、明彦はとんでもないことを言ってきた。


「夜、あそこにオバケが出るらしいんだよ。みんなで、ちょっと行ってみないか?」


「えっ……」


 健一は、顔をしかめている。明彦の言っているボロい空き家とは、町外れにある一軒家のことだ。

 かつては金持ちの一家が住んでいたらしいが、家の持ち主である中年男が妻と息子を滅多刺しにした後、首を吊った……といういわくつきの場所である。事件から数年が経っていたが、未だにそのままの形で残されていた。屋敷は広く、二階建てだ。中には、高級な家具がまだ放置されているらしい。夜中になると妙な物音がするとか、夜中に人影を見たとか、妙な噂が絶えなかった。


「んだよカトケン、お前もしかしてビビってんのかよ?」


 明彦にからかわれ、健一はカチンときたらしい。血相を変える。


「は、はあ!? ビビってるわけねえじゃん! だいたい、オバケなんかいるわけねえんだよ!」


 そう、健一は幽霊やオカルトじみた話が大嫌いだった。学校で、そんな話をしている連中をブン殴ったこともある。理不尽な話だが、クラス内で彼に逆らえる者など、明彦くらいしかいなかったのだ。以来、このクラスでは、健一の前で幽霊の話はタブーとなってしまった。

 そんな彼の動揺する様を見て、明彦はにやりと笑う。


「だったら、怖くねえよな。行こうぜ」


 そう言った後、正和の方を向いた。


「マッちゃんも行くよな?」


「う、うん。行くよ」


 正和は、愛想笑いを浮かべながら答えた。彼はもともとイジメられっ子であり、明彦と健一に助けてもらったことに恩義を感じている。ふたりが行くといえば、行かないわけにはいかないのだ。

 その後、明彦はすぐさま計画を立てた。夜中の零時に、家を抜け出して集合する。その後、町外れの空き家へと侵入し探検する。自分たちが入った証明として、三人の名前を書いてくる。さらに、中にあった高そうな物を戦利品として持ち帰る。

 はっきりいえば、計画などと呼べるようなものではない。だが、三人は真剣だった。空き家の探検……それは、明彦たちにとって大きな意味を持っていた。

 明彦と健一は、特に成績が良いわけではない。むしろ、学業は底辺であった。教師たちから褒められるようなことなど、一切していない。もっともクラス内では大きな顔をしており、ケンカの強さはクラスでもツートップであった。

 だからこそ、クラスにいる一般の同級生たちに真似の出来ないことをする必要がある。彼らに何が出来るかといえば、体を張って皆が驚くようなことをやらかすしかない。

 その上、明彦と健一はライバル関係にあった。かつて二度ケンカをしたが、二度とも決着はついていない。いずれも、取っ組み合っている最中に教師が止めに入ったのだ。今では、お互いの強さや行動力を認める仲である。

 だが同時に、こいつには負けたくないという感情もあった。明彦が行くのに、健一が行かない……などと言うことは出来ない。

 もし彼らが今の時代に生まれていたら、バカなことをしでかしてはSNSで拡散するような子供になっていただろう。だが幸か不幸か、当時は今ほどネットは発達していなかった。







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― 新着の感想 ―
[良い点] あれこれも気になることだらけですね! ワクワクです! 続きも楽しみにしてます!
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