銀河連合日本外伝 Age after ― ヤル研秘宝館 ― 第一話
さて、今回は、前回がジェットコースターみたいなお話だったので、ちょっと息抜きなお話をということで、数話を予定しています。
お楽しみください。
日本が銀河連合に加盟し、三年後の世界。
件の『惑星サルカス・ヂラール攻防戦』が終わった直後の頃。
柏木達はその後、イゼイラで再び藤堂達と合流し、地球―日本へ帰国することになった。
イゼイラでは先行して帰って来ていたフェルに柏木、ナヨと「ふそう」クルーが揃ったところで、サイヴァルが皆を議長府官邸区に招待して歓迎レセプションを行う。
なんせナヨさんという超超大物ゲストもいるという事で結局お祭り騒ぎになり、当地時間で三日ほど滞在することとなってしまった。
その際ふそう滞在最終日に、丁度地球から定期便でイゼイラ第二大使館大使の任に就くこととなった人物が、任期を終えた田辺と交代するための引き継ぎ式を行っていた。
「では滝本さん。よろしくお願いします」
「ええ、任せて。三年間ご苦労様。ターシャもね」
「ダー。でも正直言って私はここにずっと住んでもいいぐらいでした。それぐらいスバラシイところですよタキモトサン」
「ええ、そうですね。響が成人して独り立ちしてくれたらまた来ようかとか、そんなことをターシャと言ってましたよ」
「うふふ、それは楽しみね。で、こちらがフェルフェリアさんの、お城の管理責任者と仰られる……」
『ハイ、ファーダ。サンサ・レノ・トゥマカと申します。仰るとおり、フリンゼのお城で侍従長を仰せつかっておりますが、同時にニホン政府から在イゼイラ第二日本大使館の事務部長も仰せつかっております。以後宜しく、何でも仰せつけ下さいませ』
「これはご丁寧に、私は……」
こんな大層な肩書持つのなんぞ初めての滝本。サンサの気品ある対応にいやはやと恐縮して応じてたり。
ソレ以上に彼女も話には聞いていたが、この第二日本大使館の職員全員がヤーマ城の侍従侍女軍団だとはと、これはすごいもんだと思ってしまう。
……さて、実はなぜに滝本が今回の大使に選抜されたかというと、日本ではある政治的決定がなされて日本第二大使館には今後当面の間、宇宙事業関係者が大使の職に就くということになっている。これは今回の田辺大使が宇宙事業拡大という側面から見ても成功したと判断しての事で、宇宙関係専門家、つまり科学者や技術者の視点をもって第二大使館の大使職に据えることで、専門家の目でティ連の政治を習熟してもらおうと、そういう試みをもって行われている。で、今回の滝本も約二年から三年を目処に大使職を遂行してもらおうということである。
というわけで、田辺一家も「ふそう」に乗って地球へ帰還と相成る。
……と、『ヂラール攻防戦』を終えた後の話で、そんなちょっとした出来事もあったりする諸氏。そして日本国へ帰国。
やっぱり日本や地球世界で、ヂラール攻防戦の話題は未だ尽きぬようだ。
航宙重護衛艦『ふそう』が特危自衛隊双葉基地に帰って来た時、それはそれはもういろんな種類の人物団体が大勢待ち受けていた。それこそ万人単位だ。
そりゃ地元観光産業の目玉でもあるティ連技術艦船が一隻でも帰還してくれたわけなので、そのほとんどは【♡おかえりなさい♡】【ごくろうさま!】といった地元民のプラカードに横断幕掲げてブンチャカと。有志の地元高校の楽団と陸自音楽隊のコラボで一発SF関係のマーチな音楽奏でたりと、そんなレセプションも行っている横で【双葉基地反対!】【平和憲法に逆行する特危自衛隊反対!】【ジラールも命ある宇宙の生き物だ!】とか、誤字晒して相も変わらずの宴会芸を披露してくれていたりするのを生暖かい目で見る市民国民がいたりしてと、今日も左右健全な通常営業している日本国ではあるものの、やはりヂラールとの戦い。特に決戦映像は……やめときゃいいのに白木のオッサンが作った『構想四〇年の超SF大作ここに登場!』とか言い出しそうになる編集で『ホンマかおい!!』と突っ込みたくなるような如何わしい演出もアリーので……
もう一躍時の組織となっていたりするわけであったりする。
それ以上に昨今外務省が『公式が病気』となってしまっているわけであるからして。
それまでの特危自衛隊に対する日本国民の印象は、単純に『宇宙で活動する自衛隊』程度の認識しかなかった。というか、そういう認識レベルになるよう、政府が色々研究して世論の目がそのような具合になるようにあえて誘導していたわけなのだが……
確かに特危の存在は、ティ連の管轄下にあるティ連全体を防衛する組織の一員として、またその加盟国である日本国が監督権限を持つ組織として世界にはプレゼンスしている。だがこの地球世界では、そんなものをカタログ通りに「はいそうですか」と素直に認識する国なんざひとっつもないわけで、唯一の例外といえばサマルカと一部国交を持つ米国ぐらいが『日本を通じて』ティ連の国是を知り、その実効性が本物であると知っている国なのではあるが、その他の国家でいえば、あの欧州諸国ですら現在日本をなんだかんだで警戒してしまうような地域になっている。
ただ欧州の場合、西側と旧東側と呼ばれる国々では、お互い自由民主主義国という関係上、その警戒対象が、色々と競合する経済的なものという点だけで、軍事的な脅威とはほとんど思われていない。むしろ軍事的に言えば、欧州へはNATO関連で安全保障関係の情報も流れている。それに、二藤部政権が進めている安全保障政策の関係上、銀河連合主権・日本国の安全保障力に期待する向きがあるぐらいであり、そのあたりは差し引いて考えても良いものではあるのだが……
問題なのは、日本が日本主観で『メンドクサイ』と思う国々である。
日本が銀河連合に加盟するまで、この諸国とはなんだかんだ言いながらもまぁまぁなんとかやってきたのではあるが、三年前の地球における所謂『見えない国境なき闇の主権』である『ガーグ』が色々と起こした揉め事、その中の一つでもある『魚釣島事件』によって日本と中国の関係が決定的に悪化してしまった。
今の日本にとっては、「それがどうした」といえるだけの状況にはあるのだが、ここでもしヤルバーンがいない状況でこんな事になったら、日中間でどんな事が起こるやという本気で全面的な一触即発モノの事態になりかねない状況が出来るわけだが、そこは現在ヤルバーンが日本にいて、銀河連合日本が今では相手になる現在の状況、中国も対外宣伝工作に注力し、それ以上の動きはない状態なわけではある。
それに……本質的にあの事件は、張国家主席が企んだシエさん命名の『チャイナ・ガーグ』一掃・粛清作戦に日本が結果的に乗ってしまった事件でもあったわけで、中国というか、張主席個人としては日本、いや柏木個人に借りがあるわけで、そういうところでも大人しくはしてくれていたわけではあるが……
三年も経ち、日本はこんな別宇宙でとんでもない事件や活動を行い、なんというか、地球において日本と、しいて言えば米国の二国が地球的常識を逸脱した国家になりつつある現状、それ以外の国々は当然おいてきぼりにされているところがあるわけで、特に今回の『別宇宙惑星サルカス・ヂラール攻防戦事件』は、地球における国際社会の諸々な『不安』に『不満』、『懸念』に『疑念』、そういったいろんな感情が噴出した状況を、とうとう作り出してしまったのである。
そういった勢力の音頭をとっているのが……案の定、中国とロシア、そして韓国と、しいていえば、経済的な方面で不満を抱くドイツであった。
韓国に至っては、ついに日米の同盟関係を表向き維持はしつつも、ソッチ方面へ降ってしまったのである。
中国は、かの中国主導の国際銀行問題や三年前の『アジア信用共同主権会議』など、所謂米国基準の国際インフラ主導に不満を持つ国々の受け皿狙いで自国の主権影響範囲拡大を目論んできたわけであるが、今回もその手法で欧州諸国にも接近し、まあ当然といえば当然ではあるのだが、日本や米国に対し、ティエルクマスカ連合との『国交格差』の是正を求めて色々と手を打ってきたりしているという現状なのである。
今回の『ヂラール攻防戦事件』は、そんな地球世界情勢の鬱積していた状況、そして状況を見守っていた各国の動きに拍車をかけてしまったわけで、そんな最中での柏木達の帰国と相成ってしまったというところでもあった……
* *
「いや先生、ご苦労さんだったなぁ……大変もいいところだなぁ」
総理官邸で柏木とフェルを労う外務大臣兼副総理の三島太郎。
「とにかくみなさん、大きな怪我や死傷者もなく、無事帰国してくれて何よりでした」
と本気で心配心労していた二藤部。どことなくお疲れ顔。それもそうだ、戦後日本において特危という特殊な組織ではあるが、本格的な武力行使で害獣退治を他主権国家、おまけに別宇宙の主権国家でやってきたわけであるからして……普通に考えても戦後日本史に残る出来事であるのは間違いない。
『ニトベセンセイ、ミシマセンセイ。この度は私の身内の件で、ニホン国や国民のミナサマには、大変なご心配と、ご迷惑おかけしてしまいましたデす』
フェルが深々と頭下げて謝罪。だが、
「いやいや、何を仰られますか。頭を上げてくださいフェルフェリア先生。連合憲章で我が国も、粛々と連合法令に則って事を行っただけの話です。頭を下げられる筋合いのものではございません。ささ……」
席を立って恐縮する二藤部。
『デすが、あの第七条自体が普通ではない経緯の連合法でして、そんなのもありまスし……』
すると三島がまぁまぁと手を振って、
「だけどよフェル先生、それで親御さんが生きてるのわかって再会できたんだ。めでてぇ話じゃねーかよ」
『ハイ、そう仰っていただけると……』
「それによ、何も今回の事件、迷惑って話じゃねーや。むしろ得るものがたくさんありすぎて困っちまうぐらいの成果が出た。ソッチのほうが結果的には大きいやな」
するとその言葉に柏木も頷いて、
「そうですね……で、サルカス世界への、というかハイラ王国への顧問団派遣は、我が国からも?」
すると二藤部が、
「ええ。これは今回の外交監督権を持つイゼイラのサイヴァル議長からも要請がありましてね。我々も映像やその他資料を拝見し、研究しましたが……確かにそのハイラ王国という国、当初で言えば地球でいう一七世紀ぐらいの文明のようですね」
「はい。今でこそお義父……ゴホン、ガイデル国王陛下達の持ち込んだティ連技術や、今後あの世界に入っていくだろうイゼイラ経由の大掛かりなティ連技術で大きく文明のありようが変革すると思われますが、それ以前は、丁度地球で言う『産業革命まであと二歩ほど手前』といった感じの文明だったそうです。ガイデル陛下のお話では、サルカス人の方々は、自分達が惑星に住んでいる事自体も知らなかったような人々だったそうで」
「成る程。それでサイヴァル議長は、我が国にハイラ王国やサルカス世界の復興に協力してほしいと打診してきたのですね……」
「ですね」『ハイです』
即ち、一七世紀のような時代を踏んで発展してきた日本にも協力して欲しいということだ。もちろんティ連各国でも、トーラルと接触する歴史の過程は様々なので、近い歴史文化を経てきたディスカールやハムールといった国々も協力に参画している。
ふむ、という感じで腕組んで目で考える二藤部総理。彼も政権最後のこの年度で、後の政権へ続く政党アピールに丁度良いネタが舞い込んできたと内心喜んでいたりするわけだが……まあこれも柏木や特危クルーにUSSTC諸氏が、頑張って良い結果出してくれたおかげでこんな事も言えるわけであり……下手したら政権吹き飛んでいたかもしれない事案でもあったわけであるからして……
「実はですね柏木先生、フェルフェリア先生」
「はい」『ハイ』
「今回の件で、世界各国からあの事件の全容を全面情報公開しろと、これまたやいのやいのと言われているのですが……」
「まあ、それは当然そうなりますよね」
さもあらんと頷く柏木。
「あの相模湾での接触から、もうかれこれ三年経つわけですが、現状日本と日本以外の世界を取り巻く状況、これも随分変わりました。丁度米国が、我が国との同盟国という接点があるおかげで、なんだかんだと彼の国もティ連と繋がりを持つ、事実上の『地球の盟主』となっているわけですが……」
そう。ティ連と関係を持った地球の盟主は『日本』ではないのだ。なぜなら現在の日本は、当の『ティルクマスカ連合国』だからである。現在における地球の、ティ連と関係を持つ盟主は米国なのである……なんだかんだでちゃっかりしている国、アメリカ合衆国さんだったりする。
「……その米国主導をやはり快く思わない中国やロシアとその影響国。そして、エネルギーや……何と言いますか、宗教的に警戒心を持っている中東諸国などが、今後の安全保障に関して地球世界における日本がどういう役割を果たしてくのか、一度会合を持って問いたいという話を多く打診されていましてね」
ああ、そういうことね……と思う柏木。横でフェルさんもハァハァと頷いている。
『今後の安全保障に関して~』なんてのは建前だ。つまるところ『せめて米国レベルの技術を俺達にも寄越せ』と日本に打診しに来ているわけである。世界は……
「やっぱアレだよ先生、かのサルカス星だっけか? あそこの映像が強烈すぎんたんだよなぁ……あんなのSF映画どころの話じゃないだろ、おまけにヤル研連中の造った妙な兵器も出てきてよぉ……白木君の編集も出来過ぎだぞありゃ」
三島が頭をかいて話す。つまるところ…………みんなして「ヤリスギ」たのがちょっとマズかったという話。
いやはや、この『自保党の悪い癖』で、政権が長くなって安定すると、誰かがどっかで「やりすぎ」てしまうきらいが無きにしもあらずだが、でも事実を事実として公表しないわけにもいかないので、別に悪いことしているわけじゃなしと……んなこと言うなら、旭龍を富士の総火演で見せたのはどうすんのとか思うが、今更な話ではある。
「ということで、そういうこともありまして……複雑なところなのですが、近日中に世界各国の安全保障関係者を我が国に招いてですね、ティ連技術を利用した防衛技術関係の会合を行おうという話になりまして……」と二藤部。
「はぁ……」
「その中の予定にですね……ヤル研施設の見学も含めるという話で進めています」
「え゛」と柏木。でもって、
「いやいやいやいや総理、ヤル研、見せるんっすか? 外国人に」
「ええ、我が国のティ連技術最高研究機関ですからね。あの施設を見学させて、我が国も情報公開を拒否しているわけではないということを印象付けとかないとと思いまして。所長の方にはもう打診していますよ」
「さ、沢渡部長さんには……話つけましたか?」
「所長から通達は行っていると思いますが……」
アチャーと思う柏木。なんせあの施設の雰囲気は『独特』である。
かの旭龍開発でも、完全に趣味と実益を兼…………ベースのイゼイラ過去技術が優秀だったおかげで実現できたというある意味稀有な例でもある。あの施設には正直何が隠されているのかわからんところが困ったもんで、ぶっちゃけ……何が出てくるかわからない。
とそういうことで、ヤルバーン側の担当者とも打ち合わせを頼んますと、早い話が丸投げされた柏木連合議員とフェルフェリア・ティ連統括担当大臣。
ティ連連合議員という役職も日本国では閣僚職なので、ティ連統括担当大臣のフェルと協力して事に当たらなければならないわけで、まま言ってみれば今回の件、二藤部や三島も柏木やフェルにお任せするよという感じで、好きにやってくれと、そういう話なのである。
ということで、久々の国会食堂で昼飯を喫飯する柏木とフェル。
フェルさんはいつもの名物カレーライス。柏木もそれに付き合う。
『コッカイ食堂のカレーライスはいつ食べてもオイシイですね!』
フェルのうまそうにカレーを食べる姿を見ると、なんとなくホッコリする柏木先生。だが柏木のスプーンはイマイチ進まない。
『? どうしたでスか? マサトサン。お腹の具合でも悪いのですか?』
カレー皿の中をスプーンでぐるぐるかき回しながら物思いにふける柏木に訝しがる愛妻。
「ん? あ、いやそんなことはないよ。ちょっと考え事をね」
『フム、何か悩んでいるのなら私にも話すですよ。ネ?』
「はは、いや、まぁ……う~ん……そうなんだけどね。はぁ~……ははは」
『?』
少し考えた後、カレーを口に運ぶ柏木。
「モグモグ……ん、いやさ、フェルはヤルバーンのヤル研、行ったことあるでしょ?」
『ハイですヨ。あのキョクリュウサンの試作型を見てビックリしちゃった時ですよネ』
「そそそ。で、あれ以降は?」
『ウウン、行ってないですヨ。ってか、ニホン国の機密部署ではないですカ。そうそう簡単には行けないでしょう?……モグモグ』
「いや、実は俺もなんだけどさ……でも以前、あの旭龍ができる前に、ほれ、最初の国交交渉の時、機密がどうのこうのとか言ってた時あったっしょ」
『フムフム』
「あの時にね、ティエルクマスカ原器もらって、しばらくしてから一度覗いたことあったのよ」
『フムフム』
「その時にね……ま、なんと言いますか、色々と画期的な研究をですね、国民から頂いた血税を使って、とてつもなく驚異的で素晴らしい意味不明なものを作ってたりしたのを目撃してしまいまして……いや、そりゃね、基礎研究なんてのはあんなもんなんだというのは俺だってこれでも一応大学出てますからわかりますよ。ええ、わかりますとも。そりゃね、ニュートリノがどうのこうのとか、重力波がどうのこうのっていって、んじゃ明日から何かカネになるようなもんかいなって言ったらそんなもんじゃないよっていうような事なんだけど、それをティ連原器使って……」
『マサトサン……』
「で、それでですね……ってハイ?」
『何を言ってるでスか?』
カレースプーンくわえてきょとんとするフェル。
つまるところ、あの施設を外国人に見せるというのは、国際的安全保障と、軍事緊張の緩和を目的にしているとはいえ……大丈夫かいなと。
ソレを聞くフェルは、柏木が一体何に悩んでいるのか全然理解できていない。それもそうだ。発達過程文明の某を最も神聖視するティ連人のミナサンは、ヤル研という存在はヤルバーン技術者達の科学研究の『お手本そのもの』……ということになっているわけであるからして、フェルは旦那が何に悩んでいるのかサッパリわからないわけである。
「あ~、まぁいいや。向こうにも話はいってると思うから、沢渡部長とちょっち話しなきゃな……」
頭かいて「なんだかなぁ」という表情の柏木先生。フェルはまだ「何の話ですか?」な顔であったりする……
* *
『ヨシ、ではそこの反発係数を三五にあげてくれ』
『了解……こんなものか?』
『車体の重量はどんなもんダ?』
『マァ問題ナイだろう。ニホンセンシャの車体重量は元々軽いからな』
ということでここは、『防衛省防衛装備庁 ヤルバーン・ティエルクマスカ技術・装備応用研究所』通称みんなの『ヤル研』
日本中のバカと天才の紙一重をかき集……我が国の誇る最先端の技術者に科学者と、昨今は、ティ連人の技術者科学者も彼らの科学の探求、即ち発達過程文明の科学哲学や科学思想に思考過程を研究するために、ヤル研へ参加し、ティ連人諸氏の研究活動に協力もしてたりしていた。
「おーい」
『ア、サワタリ部長。お疲れ様でス』
「ほいおつかれ~。で、どう? うまい具合にいってる?」
『ア、はい。こんな具合ですがどうでしょうカ?』
「どれどれ……って、はぁはぁ、こういう発想かぁ……あ、なるほどなぁ、これは考えつかなかったなぁ……」
ティ連人研究員諸氏の研究ハンガーへ様子を見に来たヤル研統括部長の沢渡耕平。『瀬戸かつ』で買ってきたお昼のカレー丼弁当を人数分持ってみんなの作業を見に来たというところ。
で、ティ連人研究員みなんさんは、一体どんなものを今研究してなさるかというと……
『コノ10式センシャを更に高速化できないかと、既存のチキュウ科学に、ティ連式の機械工学技術を色々と組み合わせて改良を施してみましタ』
「おおー、これね。いやはやこんな発想が出るとはすごいね……って、ティ連人さんには完璧な機械二足歩行技術があるのに、なんでまたこんな研究を?」
「私達のロボット型歩行技術に近いモノを、このような別の方法で実現している事にタイヘン興味をもったのでスヨ」
そう、このティ連人さんの研究チームは、『無限軌道』即ち『クローラー』や、米国のとある企業の商標登録で『キャタピラ』もしくは『キャタピラー』と呼ばれる機動機械の駆動方法に興味を持ったのだという。
さて、この『無限軌道』という駆動システム。西暦一七〇〇年台後半に『リチャード・ロヴェル・エッジワース』という人物が発明したとも言われているが、同時期に同様の発明をした人物が複数人いるので、誰が最初かというのはあまり明言されていない。
この『無限軌道』という言葉だが、なぜこんな大層な単語になっているかというと、所謂このキャタピラと現在一般的に言われる移動システムが、現代においてどれだけ画期的なものかということが、このシステムに別の命名をした英国の博学者、かつてこの機構の特許をとった『ジョージ・ケイリー卿』の言葉で理解できる。
それは『万能鉄道』という呼称で、しいていえば、『無限軌道』というよりは、この『万能鉄道』という呼称のほうが、この移動方法の画期的さを理解するには良い呼称である。更に言い方を変えるなら『無限鉄道』という言い方をしても良いだろう。
即ち、【鉄のレールともいえる『履帯』を巻くことによって無限に『鉄道、鉄路』を作りながら、その上を車輪で走る】という構図になるのがキャタピラである。それ故に不整地の上でも、車輪式では到底踏破不可能な障害物があるような地形でも、自ら『鉄の道』を造りながら走る装置という概念、それがこの無限軌道、所謂キャタピラというものなのである。
この無限軌道の面白いところは、地面へかかる移動駆動部圧力の比率『接地圧』がキャタピラ全体で大きな面積として地面に圧力が加わるため、圧力が分散され、比率数値的に人間の二足歩行と、ほぼ同等になるという性質を持っているのだ。ということは即ち、二足歩行で移動できる場所は、キャタピラを使えば、まあ大体移動可能ということになるわけで、現在の戦車などは、おおまかに言ってみれば『二足歩行』しているのと同じ状態にある機械である……ともいえるわけである。
ただ残念なことにこのキャタピラ駆動は、速度が出せない。
理屈では当たり前の話で、あんなデッカイベルトをたくさんの転輪の上に巻いて、グルグル回すのだから、『張力』という抵抗力と重量や接地摩擦力やらなんやらがかかって、キャタピラ駆動中はもう抵抗力摩擦力の嵐となるわけであって、このような駆動方法で、そんなに速度など出せるわけがない。なので現用の最新戦車でもせいぜい時速七〇キロ前後が関の山で、大戦中の中戦車なら時速五〇キロ出れば良いほうだった。
……とそんな駆動方法『無限軌道』をなんとか高速化できないかと研究対象にしたこのティ連人研究員サン達。
彼らが考えたのは、「無限鉄道」という言葉からの発想。
鉄道とは、キャタピラの意味する「無限鉄道」と違って、鉄道ゆえの車両走行摩擦力が極めて低いので、重量物でも高速を出すことが可能だ。なぜか? それは第一に鉄道は不整地を走らない。そしてキャタピラを巻いた時に発生する『張力』が発生しない。
そこでティ連人さんが考えたのは、「なら、不整地云々は走る状況は任意で変化するので仕方ないにしても、張力を排除したら、無限軌道システムは、もっと性能向上するではないか」と……
『……トイウ事で部長。この【リニア・クローラーシステム】ですと、現在のチキュウの科学力でも充分実現可能でス。マア、部品の製造にハイクァーンを使う精密製造工程が必要になりますが』
「ほうほう、どれどれ……」
ティ連人さんの考えたクローラーシステム。なんとも面白いもので、クローラーの転輪部は、まるで旧ドイツ軍の4号戦車H型のような増加装甲『シェルツェン』に似たようなカバーで覆われて見えないのだが、その装甲板をバコンと外すと、二個程の誘導輪だけでクローラが支えられており、履帯の中では転輪・動輪の代わりに、何やらコイルシステムのようなものでクローラーが浮かされているような、そんなシステムだった……
例えるなら、普通のクローラーが、転輪動輪に鉄路を巻いたようなイメージがあるとするなら、これは転輪動輪の代わりに、車体側面についたコイルの周りへ、リニアレールを巻いたような、そんな無限軌道システムだったりする。
「へぇー、なるほどなぁ……確かに、これなら実質宙に浮いて走ってるようなもんだもんなぁ。よく考えたなぁ……って、これでも確かに地球の技術でできないことはないだろうけど、部品やパワーソース考えたらやっぱりティ連の技術ないとなぁ」
『ハハ、確かにそこはそうデすね、サワタリ部長……我々も我々でどこまでチキュウの技術のみでできるか、どこからティ連科学を導入しないとダメかというのを勘案しながらやっています。そこがオモシロイですよ』
なるほど良い傾向だと思う沢渡。
一見彼らにとって無駄な作業に見えるこんな技術でも、ティ連人さんには重要な『科学』なのである。
正直発達した彼らを日本人視点で見れば、リバースエンジニアリング的な発見をしつつ、自分たちの技術を融合させていく様は、それはそれで意義のあることなのかなと思ったりする。日本人技術者が『14式浮動砲』を造ったのと同じような事なのだろう。
「んじゃ、走っているところ見せてよ」
『ハイ、あ、この間キミジマジュウコウの試験施設で走らせてみた映像がありますガ、ご覧になりますか?』
「ああ、是非見せてくれよ」
ちょっと一息というところも兼ねて、休憩室でコーヒーでもすすりながらその映像を見る。
キミジマ重工の自動車製造部門が使用するレース場のような試験コースを走るリニアクローラー付き10式戦車。
ヒュン! っとカメラの前を通り過ぎていく異常に高速なクローラーを付けた戦車。しかも音も静かだ。
車載カメラからは、『ヒィィィ』という音にどう見ても戦車とは思えない速度で走る10式。その横で対比マシンとして、君島重工が造ったスポーツタイプで二〇〇〇CCクラスの自動車が並走していた……どう見ても時速一〇〇キロ以上は軽く出ている。時速一五〇キロは間違いなくイっているはずである。
「ふはは! こりゃすごい。10式がこんな速度で走ってるなんて、違和感ありすぎだぞ」
手を叩いて大笑いすると同時に感心もする沢渡。
「いや、こりゃ売れるなぁ……これぐらいなら売っても良いんじゃないかなぁ」
などと考えたりする。別にクローラーは武器でもなんでもないので売ってもいいかもと思う沢渡。
ライセンス料取れたらヤルバーンの商売にもなるんではないかと。
でも改めてティ連人さんの、発達過程文明技術を吸収する能力には驚かされる。まさかリニア系のシステムを使ってクローラーを作ってみるとは思わなかった。これはこれで、この発想もすごいものだと思うし、また見逃せないとも思う彼。
……とまあそのあたりは置いといて、
「っと、君はここのチームリーダーだったね」
『ハイそうです。それが何か』
「うん、ちょっとミーティングするから付いてきてくれる?」
『わかりました』
ということで、このチームのリーダーを連れて次の部署へ向かう。
次の部署。ここは『旧防衛省技術研究本部』このヤル研では『旧技本』という愛称で呼ばれる古参のヲタ……年季の入った研究員が研究する部署、即ち日本人研究員用の研究開発部署である。
その開発室に近づくと、何やらグラインダーがクォンクォンと回り、何か急停止するような音が聞こえてくる……とってもイヤ~な予感がする沢渡。
この沢渡、確かに彼も若干、某の成分をもった研究者ではある。それは自身も若干認めている。そんなのがオルカスという少し三十路入ってはいるが、美人イゼイラ人を嫁に出来たという運命は出来過ぎだとも思ってはいるが……
彼ですらこの日本人研究員のいる研究室に入る時、さらに言えば中から聞こえてくる想像しやすい音などが聞こえた場合……なんとなくこの現『防衛装備庁』に税金を収めて頂く国民の皆様に申し訳なく思ってしまわないこともなかったり……
カチャンとドアあけて中に入る沢渡とイゼさんリーダー……瞬間、沢渡は「やっぱり……」と思う。
何やら人型の有線ラジコンのような機械。全高はまあ大体四、五メートルほど。基本、まだガワがついていないフレームのみの本体だが、背中のパックから天井に配線が伸びて大規模な有線誘導のようなイメージで実験されている。
脚部には普通自動車で使われる大きさのタイヤのようなものが装着されている。それが先ほどの音の原因だろう。
頭部には、いろんなセンサー類が取り付けられ、胴体には研究員が乗り込み、正式な操縦システムがまだ装備されていないのだろうか? 何やらコンピューターゲームのコントローラーのようなものでその実験体を操作していた。頭部には映像装置のついたバイザーのようなものを装着していたり。
左に右に前進後退と、チョコマカとよく動く『有人ロボット』である。
「はぁ……やっぱりこんなの造ってたか……」
「あ、どもども部長」
この研究室のリーダーが手を上げて沢渡の元へやってくる……なんとなく三日は風呂に入っていないっぽい感じである。
「あのさぁお前……何コレ……」
「え? 何って、勿論特危陸上科用、防衛装備品の研究っすよ」
「おう、で、この大きさで何を目指してんの?」
「そうっすね、旭龍や旭光Ⅱと、コマンドローダーの丁度合間を埋める分隊直協用の機動兵器っすね」
「あ、そ」
まあそう言われればそんな感じはする。確かに特危の提唱する『新機甲戦術』を考えた場合、主力のローダーL型に分隊支援用のH型。でもって直協できる大きさで、戦車クラスの大型火器を搭載できる機動兵器っつーのが、言われてみればない。その上は航空宙間科の旭龍に旭光Ⅱだ。
そう、特危では旭龍や旭光Ⅱは『艦載機』の扱いなので、基本航空機カテゴリーなのである。従って機動形態で地上戦やるのもあくまで『空対地攻撃』の一種なのだ。ということで陸上科には『戦車』の位置に相当する『ティ連式ロボット型』の機動兵器がまだないのである。ちなみにカグヤのシルヴェルは、四脚型ではあるが、基本カグヤの主砲なので海上宙間科の所属である。それもあって搭載数自体もそんなに多くはない。
とはいえ、特危全体での作戦を考えた場合、それでも良いっちゃぁ良いのだが、陸上科にもう一回り大きな打撃力は正直言って欲しいのは欲しいところ。なのでこんな兵器を考えたりしているポン人研究者のミナサン。
そんなところを説明してくれるそのリーダーではあるが、そこへ、イゼさんリーダーが聞いてはいけない一言を。
『トコロで、この機動兵器、まだ外装がついていないようデスが、どんな外装を装着するのですカ?』
そう聞かれると、「フッ」と三日風呂に入っていないそいつがニヤリと笑い、PVMCGを操作して、その『完成予想図』とやらを見せる……
盗まれた過去を探したくなって、一人知らない街を彷徨いたくなるようなデザインだった……
足の裏の車輪でクンクン動くし……
反省ザルのようになる沢渡。彼もコイツらに比べたらまだ理性はある。ってか、やっぱり研究者達の青春時代が色濃く反映されているのか、それとも若い奴らもゲームやら何やらに感化されたのか。
「あのなぁお前……ま確かにティ連技術使ったらできるんだろうけどよう……陸自さんみたいに旭龍の陸戦専用仕様とかでもいいじゃんかよ……」
「それではダメです」とキリっとなって言われても……と思う沢渡だったが、まぁ話は聞いてやる。
連中の言い分だと、旭龍陸自仕様ではデカすぎるのだそうだ。旭龍陸自仕様は現在陸上自衛隊機甲科の所属だが、特危の陸上科は基本海兵隊のような性質を持っているので、陸自仕様の旭龍はかえって運用しにくい。なのでコマンドローダーH型よりは大型火器の運用ができる機動兵器をという感じで試験されていたのだそうで、その大きさが先のようなイメージの兵器であったりするそうなのだが……
理屈はわからんでもないが、やっぱり世代というか何というかで、立派な学校出て、ココに派遣されてきて、やることが子供の頃の郷愁を具現化……まぁいいやと思う沢渡。
それができる環境があるんだから仕方がない。仕方ないのである。そう、仕方ないのだ。
とま、気を取り直し、そこんところは置いといて、そのチームのリーダーを呼ぶ沢渡。
イゼさんリーダーも連れて、皆して『会議室』に行こうと言う話に相成る。他のリーダー連中はもう行っているという事で、残ってたこの二人を連れに来たという次第の彼。
トランスポーター乗ってやってきたのは、もうお馴染みの『瀬戸かつ』……ガラと戸を開けて入ると、女の子の声で「いらっしゃいませ~」という元気な掛け声。
「ども、大将……って、トモちゃん! 帰ってたのか!」
「あ、沢渡さん。お久しぶりです~」
二〇歳の瀬戸智子。イゼイラへ留学中だが、今はイゼイラ的な長期間休暇の時期で、日本に帰ってきていたという次第。いやはやと挨拶なんぞ。
で、奥の『会議用』の座敷へ。といっても何か特別な事している場所ではなく、たまたまココが人目につかない場所なので、ココにしているというだけの話。とりあえず防音シールドを貼って、盗聴機器がないか調べてと、段取りこなしてミーテイングとなる。
「……で沢渡さん、海外の連中にヤル研を見せるとかいう話を聞いたんですけど……」
「ああ、政府から通達が来てな。ま、とうとうという話だよ。ティ連防衛総省からも公開許可レベルの設定が、きている。つまり、その設定レベルまでなら自由に公開してもかまわないという事だ。勿論するしないは日本の勝手だから、別に連合憲章上の法的拘束と履行義務があるようなもんじゃないんだがね」
「でもなぜまた……」
「要するに、先だってのヂラール攻防戦あったろ、やっぱりアレの公開が世界的に相当ショックだったようだな。今度国連の安全保障理事会でも『未知の地球外敵生体』への対応ってところで話し合うそうだよ。ま、俺達にしてみれば今更な話なんだけどな」
ヂラール以前にガーグ・デーラの件で日本は特危という形で既に交戦済みだ。
ヂラールの場合は結果的にサルカス世界を防衛するために戦闘はしたものの、ティ連と何か因縁があるよな敵性体ではない。いってみれば偶然出会った恐るべき害獣である。なのでティ連社会としてもよくわからないお初の敵なので、これが理由で地球世界に対しても、警告警戒の意味も含めてすぐに公開できるわけであるのだが、ガーグ・デーラの場合はティ連に因縁を持つ敵性体である。これを知られてしまうと、『ティ連が既知の敵性体を地球圏に持ってきていた』ということが知られてしまうわけであり、外交上非常に問題が大きくなる。日本もそれを解っている。更には柏木が一番先に地球人として接触していたとなったら更に大きな問題となるのは間違いない。なので『日本―ティ連的』には、やはりヂラールよりもこいつらのほうがヤバイのである。敵としての性質的にもティ連から見て未知の技術を使っている分、面倒なのはコッチなのだ。
ということで、いずれは来るべき話ではあったことなので、とうとう来たかという思いのヤル件リーダー達。
自分達の好き勝手やっていた所業がバレ……日本とティ連―ヤルバーン相互協力の証ともいうべき共同研究成果を世界に公表するというのは、やはり抵抗がないわけではない。言ってみれば外国の連中はタダでその成果を拝めるわけだ。
確かに見せるだけで内部の極秘技術や仕様まで教えてやる義務はないのではあるが、そこからまた新たな外交交渉が生まれ始まる。
一見何の関係もない事が複雑に絡み合い、このヤル研公開案件にもくっつき、政治家のみなさんはスッタモンダともめるのである。
よくよく考えたら「んな外国の事なんかほっときゃいーじゃねーか」という話になるのだが、そこはそう簡単な話ではない。それはもうこれまで、そしてここに来るまでのストーリーでわかる話である。
めんどくさかったらティ連技術で世界征服でもすれば手っ取り早いというそんな話もあるが、逆に言えばそんなことする連中にティ連が交渉を持つはずも無い。そういう事である。
だが……
ここまでの経緯があっても、ヤル研の技術者科学者連中は渋い顔。
なぜなら彼らのその所業が、とうとう世界の目に触れてしまう時がきてしまったからである。
実は、ヤル研にはとある特権のようなものがある。いや、特権という『権利』というよりも、ある種の『規制緩和』が適用されているのだ。
なんせ……ヤル研での研究には『コスト』の概念がない。いや、厳密にいえば、そりゃあるのはあるのだが、所謂一般的な会計概念でいうコストがない。
そりゃそうだ。現物を作る前にゼルルームで本物と全く同等のモックアップを造ることができ、更にいえばヂラール攻防戦で活躍した、ヤル研が内密にハイラ王国軍へ供与した『試製18式自動甲騎』のような、仮想造成物質そのものが、そのまんま実戦調達装備として活躍してしまうことが普通にある。所謂ヤル研用語でいうところの『データ装備』というヤツだ。
仮に先程のいかがわし……画期的な直協機動兵器にしても、あの試作機はハイクァーンを利用したリアル製造物ではあるが、仮にモノにならなくて廃棄するにしても分子へ元素還元すればいいだけの話なので廃棄コストもかからない。
そんな風なので、そりゃ日本人研究員達は、我が世の春が来たとばかりに、生の感情むき出しで思い思いの鬱憤を形にするわけで、人様にはいえないようなものも出来ては黒歴史として即座に消えていくようなものもあるわけで、思いつき開発も含めれば、どんだけの試作品があろうかという話にはなる……という噂だが……あくまでも噂、噂なのである。
そういうのもあって、ヤル研では第一次から第五次までの開発段階があり、第四次開発品以降の物件のみ、成果物申請する仕組みになっており、それ以前の第三次開発品は、成果物の記録を残して申請する義務はなく、第二次より前の段階での開発品は、記録を取らず、自由に廃棄しても良いということになっている。即ち、言ってみれば第二次までの開発品は、その開発過程・段階がどうであれ書類上は好き勝手に作っても良いという話で……事務手続きを緩和して旺盛なる基礎研究に没頭してもらえるよう配慮しているという次第であったりする。
あるヤル研開発者は語る……ちなみに映像的には首から上はモザイク。音声はヘリウムガス吸ったみたいな声。
「んなもんモノによっちゃさぁ、大きな声じゃ言えないけど、壮大な学芸会のネタや幕張のコミ(ピー)プレレベルのもんだってあるんだよ正直な話。それを海外の連中に公開するって、無謀すぎるだろうよぅ」
「いやホント、マジでマズイのもあるんだよ……その意匠だけで世界各国のミナサンがデフコン2ぐらいイキそうなのとか」
「まぁ間違いなくあれだよ、外国からスニーキング食らうだろうな、俺達」
「旭龍なんてのは、アイツのボツった第四次開発に比べたらんなもんマシマシ。まだ真っ当な方だよ」
などと語る。というわけで……早い話が今海外勢にこられたら色々マズイのである。あーこりゃこりゃ。
会議室で頭抱えるヤル研の税金ドロ……明日を見つめる憂国の技術者・科学者達。
「おい~ どうするよぅ、おま、整理せんと何言われるかわからんぞ……柏木さんに」
「海外勢はアレだぜ、どうせ旭龍の後継機とか、旭光Ⅱの後継機とかそんな変形するFー14みたいなの思い描いて来るんだぜ」
「いや、お前だけだ、そんなの頭に思い描いてるのは」
「いや~どっちにしろ困ったなぁ……みんなワザと第二次開発で止めてるもんゲフンゲフン……」
一体この連中はここで何をしているのかという会話がポンポンと出てくる。
だが、唯一ティ連人さん連中のみ
『私達の研究成果を規定の許す範囲で見せられるというのは良いことダと思いますけど』
と優等生回答。
そらリニアクローラーみたいなのを真面目に研究している分には問題ない。ティ連人サンは優秀である。
両肩をポンと叩いてウンウンと頷く同僚達。
『エ? あのロボット型の機動戦か……』
「だぁぁ! アレの開発は無かったことになってるんだ、言わないでくれぇ」
「何言ってんだよ、後生大事に三次開発扱いにして、ゼルシミュレータで大事にしまってるじゃないか……あ、そうだ、それ見せよう。ウン」
「やめてーーー」
諸氏、そんな悲鳴に嗚咽しながら酒も進み、会議は踊っていく……いや、酔っ払っていくのである……
* *
さて、そんな経緯もありーので執行猶予数日間の時を彼らに与え、とにかく人様にお見せできるものを何か適当に見繕いなさいという安保委員会指導の元、ヤル研の連中は奔走するわけであるが、ここでふと誰もが思う疑問。
「ヤル研って防衛省の管轄じゃないの?」
という話。
その通り防衛省管轄である。とうことは担当大臣は本来現防衛大臣の鈴木正一ではないのかという話になる。そりゃそうだ。
従って鈴木の責任でヤル研研究員を動かすわけだが、柏木のティ連連合議員とフェルのティ連統括担当大臣という役職は、総理直轄の特命大臣。すなわち総理の次に担当事案では権限のある大臣でもあるからして、このヤル研に関してのみ、ティ連との対外交渉、即ち連合防衛総省関連事案では鈴木よりも権限を持つのがこの夫婦である。
というよりも実際の話、まだこの三年後程度では、柏木ほどティ連に精通した人員は育っていない。現在唯一そういった人物がいるとすれば、田辺かターシャことタチアナぐらいなものだ。
こればかりはなんだかんだで時間が必要である。なので、田辺の次の滝本、またその次と受け継がれた者達が次の世代を教育していくのだろう。
というところで、柏木連合議員は日本人でありながらティ連側に立って日本政府と折衝し、フェル大臣は、イゼイラ人でありながら日本側に立ってティ連と折衝するという構図も出来上がる。
なんだかんだで、なかなかに考えられた人事である。
そんな話もあってので、柏木とフェルに鈴木は二日後に迫った『国際防衛関連協議会』という建前の『ヤル研内覧会』のために、進捗諸々準備に打ち合わせのため、ヤル研へやってきていた。
「どもども柏木先生、フェルフェリア先生、それに鈴木先生。お久しぶりですね」
今日は白衣を脱いで、スーツ姿でキメている沢渡。彼はこれでなかなかに男前で、三十路女房オルカス自慢の旦那だったりする。
「ども、沢渡さん。お久しぶりです」と柏木は軽く握手。
『コンニチワですケラー』とフェル先生も。
「よろしく、沢渡さん」と鈴木も握手。
「……ということで沢渡さん。今日は先日から通達しています、例の国際協議会での事前資料見学会の件でお伺いしたわけですが……」
「はい、承知しております柏木さん。その点、内々で色々議論しまして、とりあえず外国関係者にお見せできる資料を見繕っては見ましたが……」
『私ハ、そのあたりで、どんな資料をお見せいただけるのか、ワクワクしていますヨ』
とフェル大臣。なんとなくウキウキではある。
「その点は私も同感ですね。特危もそうですが、今後の陸海空自衛隊へもティ連技術を利用した装備が普及することはとても望ましい事ですし、それを純国産で世界へプレゼンスできれば効果的な抑止力にもなります」
確かのその通りである。鈴木は『普通の人』『普通の元自衛官』としてとても優秀な言を述べる。
さて、今ここにいるのは……【柏木という、ヤル研が何をやらかすか知っている人】【フェルという、ヤル研が何をやらかしても発達過程文明的見地で感動できる人】【鈴木という、ただの普通の元自】という種類の人間である。この三人は、これから明日の会合のために事前視察という形で、この魔窟……施設へ事前視察するという次第。
沢渡に平手で誘われ、鈴木はIDカードをピっと機械に通して施設へ入っていく。
柏木にフェルはPVMCGの自動認識なので顔パスだ。そこは流石だと思う鈴木。
このヤル研はとにもかくにも日本最高の機密施設の一つである。従って施設中に機密保護用のティ連技術がふんだんに使用されている。ただ、そこはティ連技術ということもあって、逆に地球世界のような何十にも区切られたセキュリティをくぐっていくような感じではない。
ヤル研研究員は全員PVMCGの局員用を支給されているので、言ってみれば常にヤルバーンシステムから監視されている状態なのだ。従って特定のセキュリティ・チェック・ポイントのような施設が逆に言えばない。なので……
(案外ちらかってるなぁ……)……と。
足元には、スケボーや、どんだけコケても腹筋を鍛えるマシンに座っているCMで有名なアレが置いてあったり、昔懐かしいテーブル筐体のテレビゲームが置いてあったり……
『マサトサンマサトサン』
「ん?」
『この机みたいナものは、てれびげーむですか?』
ゲーム大好きなフェルさんは無論その筐体へ敏感に反応する。
「日本的に言えば、かなり大昔のね。そっだなぁ……今から二〇年以上前に主流だった、ゲームセンター用ゲーム機の形態だよ」
『ヘ~』
電源が入っているらしく、その画面からは『竜巻ナンチャラカンチャラ!』とかSEが漏れ聞こえてくる。ある意味、雰囲気は自由である。これが防衛施設庁本庁の研究室ならばこうはいかないだろう。
ただいえるのは……とにかく広い施設だ。
以前、柏木達が旭龍のプロトタイプを見た時の施設も広いのは広かったのだが、ここまでの広さではなかった。
軌道タワー化したヤルバーン。即ちヤルバーン州になって以降、この施設における日本治外法権区の割当が、それは物凄く大幅に拡充され、軌道タワー中央タワー区画や、第一接続艦区画にまでヴェルデオの指示で、その施設区画は拡充され、もう本庁の研究施設を軽く凌駕するような、「こっちが本丸じゃないのか?」というような施設になっている。
そんな施設なので、一番近くの研究区画に行くにしても、かなり歩かねばならず、一五分ほど歩いて、ティ連人研究区画に到着した。
無論この区画は、先のクローラーマシン開発を行っていた、真面目に発達過程文明を発展研究させている安定した研究員諸氏の研究区画だ。
「どうぞこちらへ……」
と、その研究区画の扉を開けて、中へ誘われる。すると、先のティ連人研究者達が、ティ連敬礼をして柏木達を迎える。柏木らも礼してやぁやぁと。
そして件の沢渡オススメの『リニア・クローラーシステム』を紹介。映像を見せられ、その説明を受けたり。
「おお~! こいつはすごいなぁ。なるほど、クローラーを『無限の鉄道』と見立てて、リニアで駆動させるか……なるほど、これなら概念的に空中へ浮いているのも同じだから、軌道張力も関係なくなるか……」
と柏木はVTRも視聴しながら、
「ふ~む、この速度だと、一五〇は出てるな……こりゃすごいぞ……」
と芸大出の偏った知識が久々に唸りを上げ、柏木の目も政治家であることを忘れて真剣モード。
『ホント、素晴らしイですね! ティエルクマスカ的発想を、チキュウの技術へ当てはめるなんて……しかも部材はほぼ全てチキュウのものですね。ということは、精密機構の設計さえなんとかなれば、チキュウの技術でもできるという事ですカ?』
フェルもなかなかのものだ。工学系は実のところフェルの専門外だが、元調査局員の知識がキラリと光る。
「この速度で戦車が爆走する姿を思うと……どうなるんだろう」
そう思うは鈴木。日本でこんな高速極まる速度で走る戦車なんか必要か? と思うなかれ。高速道路網の整った日本だからこそ、こういう装備は必要なのだ。旧技本が造った機動戦闘車もコンセプト的にはこのリニアクローラー車と変わらないが、クローラーで、信じられない高速とクローラーの安定性、高耐久性があれば、そりゃこっちがいいに越したことはない。
「実はこのシステム、米軍と既に技術提供交渉が始まっていまして……」
と沢渡。このクローラーシステムに目をつけた君島重工が、米軍とライセンス生産の交渉を始めているという話。なんでも君島が「これは売れる!」と踏んだのか、特にティ連特有の技術を使っているわけでもないので『ティエルクマスカ技術防衛装備移転三原則』にも引っかからないだろうという話で、アメリカさんに売りつけに行ったら即買いの返事が来たという事。
まま、日本としては、旭光Ⅱもありーの、旭龍もありーのと、こういう移動システムはなんとなくもう今更感があるにはあるが、それでも二〇〇キロクラスの速度で走り倒すクローラーシステムは、今の日本でもなかなかの技術である。
こういう発想をしてきたティ連人技術者さんを褒める柏木連合議員閣下。
鈴木も同じようなところだ。
科学の使徒と言われている彼らではあるが、それでもその科学の根源は他者から頂いたものであるからして、自らが使っているものになるまでの過程を知らない彼らである。
その彼らにとって、こういった研究もこれまた……
『トても有意義でスね』
『大変興味深く、タノシイです』
という事だ。
日本人が、失った日本の伝統工芸等の技術を研究して身につけるという感覚と似てはいるが、少し違う。
彼らにとってはこのクローラー機構も『失った技術』ではなく、言い換えれば『一からの開発』なのだ、なんせ元々なかった物なのだから。
それまではリバースエンジニアリング的な手法でしか過去の技術を研究できなかった彼らだが、地球や日本との接触で、『発達過程文明』という、トーラルとの接触以降の新たなイノベーションをもたらす『接触』があったとも言い換えることができる。そう考えれば、確かにこんな技術でも彼らにとっては至宝に近いものなのだろう。
* *
んで……次である……
柏木の心配が杞憂であればよいのだが……この施設にあるいろんな『資料』とやらを見る限り、イヤ~な感じがしないでもない。
……ということで、その扉の前に立つ。
「えっとですね、ここは我が施設で行われる第一次開発から第五次開発までの内、第二次開発までの試作品を保管してある場所になります」
その沢渡の説明を聞いて、「?」となる柏木。
「え? ちょっとまってくださいよ……」と資料のページをパラパラとめくり、「第二次開発までの試作品は、ほとんど廃棄されているのではないのですか?」と質問する。
「いえいえ、確かにそうなのですが、第三次以降の開発に繋がるものや、個人的な趣……ゲホゲホ、今後の研究次第で芽が出そうなものは、あえて保管してあるんですよ」
「なるほど、ではこれも見せていただけると?」
「ええ、ですが……自分で言うのも何ですけど、かなり奇天烈なものも含まれますので、海外の方にお見せするにはちょっと向かないものもあるかと思いますので、そこは政府の方で見極めて頂くとして……」
「ああ、はいはい。ま、そういうのはコッチで決めさせていただきますんで」
ということで、ウィンとセキュリティロックを外して、保管室に入る……
ゴンと何かのレバーをスライドさせる沢渡。パパパッと室内に、大きく広く光が灯る。
すると、保管室一面に並ぶ超豪華絢爛、スペシャルで荘厳な……………………1/1ワンフェ……自由な発想に満ち溢れた、口にするのもはばかられる開発品の数々だった……
口をあんぐり開けて呆ける鈴木。彼も若き日々に、少なからず目にしたアレやコレと似たような物もあるみたい。
「はあ……やっぱし……」
頭抑えて反省ザルのようになるは、柏木連合議員閣下。
こういうのを『キテレツ』で済ませて、平然と政府閣僚にお見せする沢渡も沢渡だと思う彼。
沢渡さん、結構イケメンなのだがこういうところ、オルカスとどんな夫婦生活送ってんのかなと。
やっぱちょっとズレている。
『フゎわぁぁぁぁぁぁぁ……スゴイスゴイ!』
目を爛々と輝かせて、何か宝物でも見つけたかのような顔をするフェルサン。まま、その背景を知らないのは彼女だけ。
柏木先生、ふと右手の一番近い場所にある第二次試作型機動兵器の側に行く。
「こ……これはもう見るからに……」と鈴木。若かりし日を思い出す。
「ええ……第二次開発で終わりのシロモノですね……」と柏木。よりによってコレかいと。
『エ? どうしてですカ? カッコイイじゃないですかぁ』とフェル。「いや、格好は別にね」と旦那。
なんとな~くイメージできるのは、『アレとは違うのだよ』と言いたくなる機体。いや、その片鱗が見える試作機。
明らかに、手の形をした五連装機関砲に、チョロっとワイヤーのような物が見える右手。んでもって、一応インダストリアルデザインという名の元で、効率よくデザインを企画開発されなければならない工学技術に基づく意匠でなければならないのに、どういうわけか無意味に威嚇したデザインのマニピュレータ肩部。
(なんでよりにもよってコレなんだよ……)
とトホホ顔になる柏木大臣。特に彼も芸術系大学を出て、エンタメ系企業に就職したこともある身故に、この意匠には言いたいことが山ほどある。
……とまぁ他にもこんなものが腐るほどあるココ。鈴木大臣は「あちゃ」という顔で、一人保管庫内をうろつきはじめた。
「いやはや……こりゃ視察するの大変だぞ……こんなのばっかりかぁ?」
これで第三次開発以降の成果物が旭龍や旭光Ⅱなのだから、まだアレがいっちゃんマシな物なわけで……多分こんなん序の口。
まぁ、確かに東京モーターショーなんかで『ナンジャコラ』と思うようなコンセプトカーをドヤ顔で展示するメーカーもあるわけだし、この『左腕部五連装機関砲装備』の機体も、そんなのと思えば、普通なのかなぁとも思えるように努力したいわけで……
『コ、ここはヒホウカンですね! マサトサン!』
目を爛々と輝かせてウキウキモードのフェルサン。
「秘宝館って……淡路島の妙な観光施設じゃあるまいし……はぁ……これ、米国だけならまだしも、NATO関係者や、ロシアに中国、韓国にも見せるんだぞ…………あの~沢渡さん? もちょっとマトモな試作品って……」
手をピラピラ振って沢渡に言い寄る柏木……
そう、ここが所謂、後に言う【ヤル研秘宝館】である……




