銀河連合日本外伝 Age after ― 悠遠の王国 ― 第五話
――イゼイラ星間共和国・主星・首都サント・イゼイラ。行政区画第二日本大使館――
日時は少しだけ遡る。
フンフンと大使館内を掃除するフリュ。ヤーマ家侍従長兼、第二日本大使館・事務部長のサンサ・レノ・トゥマカである。
流石ヤーマ家侍従長だけあって、極めて優秀な能力のサンサさん。今、この大使館には日本人職員も派遣されており、公使、参事官、防衛駐在官など、ネイティブ日本人スタッフもボチボチと充実してきたところ。
イゼイラの第二日本大使館職員は、全員ヤーマ家侍従侍女で占めているという、なんとも変わった大使館ということで、イゼイラ行政区でもちょっとした有名施設であった。
実は地球時間でいう今年中に現在大使職を勤める田辺が、子供のこともあってその任を終えるため、日本へ帰国することになっていた。次の大使着任日程も決まっており、ままそういう節目で忙しいサンサ。
昨日はイゼイラへ久しぶりに来訪する予定だったフェルと柏木が、急遽、緊急の連合法令発動で来訪が延期になるとだけ聞かされていたたわけで、ちょっと心配もしていたりする彼女。
実は彼女らが現在どういう状況下にあるのか、まだ事の詳細を聞かされていないサンサであった……
「ただいま!」
カツカツと靴音を鳴らして早足で大使館に戻ってくる田辺大使。息切らせて急いで戻ってきたようだ。
この巨大なイゼイラタワーには、イゼイラの行政を司る官公庁や、各加盟国大使館など、政治行政に関する施設が集中して立地しているため、非常に利便性が良い。なので田辺もイゼイラ関連の仕事、つまりイゼイラ政府の大使召喚などの対応もすぐに行えるので、なかなか仕事がしやすい環境にある。
「あ、スプるィェーズダム(おかえりなさい)マモル」
田辺の嫁、愛称ターシャことタチアナが彼を迎える。息子の響が田辺の足にまとわりついてくる。と、田辺はよいしょと響を抱き上げる。響君も三歳になった。
「ああ、ただいまターシャ。で、サンサさんは?」
「今、会議室を掃除中よ」
「そうか、丁度良かった。会議室で彼女に話がある」
「何か急ぎの用事みたいね。どうしたの?」
「ちょっとね。何ならターシャも同席するかい?」
「アラ、いいの?」
ということでターシャも同席。彼女が同席できるぐらいなので、政治的な案件ではないのだろう。
響をいつも遊んでくれる懐いた職員、というか侍女に預け、会議室へ。
「サンサさん」
『あら、お帰りなさませファーダ……と、息せき切らせてどうなさいました?』
と、ティーカップを二人分出してお茶を淹れるサンサ。全ての所作がさりげなく自然である。
「ああいやサンサさん。あなたにお話がありまして、しかもかなり重大な」
『?』
「お掛け下さい。ちょっとそのあたりをお話したいので」
『アラアラ、はてさてどういうお話でございましょう?』
サンサは手をタオルで拭きつつ、適当な椅子に背筋を伸ばして腰掛け、田辺の話を聞く。ターシャも田辺の隣に同席。
田辺はフゥと息を一つつくと、「どこから話せばいいものやら」とつぶやいて、
「……私もこちらへ来て、柏木さんほどではありませんが、色々イゼイラの事を勉強させて頂きましたけど……えっとですね、サンサさんは、イゼイラの『空間交通及びその管理に関する連合法令第七条』ってご存じですか?」
『え? ハイそれはもちろん。イゼイラ旧皇族や旧貴族にお仕えする者なら、知らぬものはいませんですわね』
「なるほど。で、実はですね、今回柏木さん、あいえ、柏木連合議員とフェルフェリア大臣の来訪が延期になった理由なんですが、その『連合法令第七条』という物が適用されたという事なのだそうです」
『えっ!!』
サンサはその言葉に思わず立ち上がって狼狽する。その狼狽ぶりはプロフェッショナルなサンサにはそぐわないぐらいのものだ。その言葉の意味を知るサンサは相当に訝しがる表情。
田辺はここに至る流れの詳細を彼女に説明した。無論彼もサイヴァルに聞いた話をしただけなので、全部受け売りという形にはなるが。
「……ということだそうで」
『え? で、では、エルバイラとエルバルレの遺品やご遺体が……』
サンサは口に手を当てて、小刻みに震えながら田辺の話を聞く。
「いえ、事はそんな簡単な話ではないそうです。まず、柏木さん達新型護衛、あ、いや機動巡洋艦は、私も詳しくは知らないのですが、『別宇宙』という、この宇宙空間世界とは違う異空間に飛び出たそうで、そこである惑星を発見したそうなのですが、なんとですね……そこでフェルフェリアさんご両親の生存を確認したという事なのだそうです」
『……へ?!?☆』
「いや、あのですね……」
再度説明する田辺。彼も人が悪い。だがそれも仕方ない話で、彼からすればイゼイラのエルバイラ夫妻遭難事故なんて物は、遠い銀河の不幸な一事件にすぎないわけで、フェルやサンサ達関係者ほど配慮して話ができるものではない。言ってみれば単なる『朗報』を話して、喜んでもくれるとも思うワケである。
だが、サンサは田辺の話を聞いて、完全に石化した……というか、石化後、う~んと唸ってドテっと気を失ってしまった。
んでもって、田辺が慌ててサンサを会議室から担ぎ出し、公邸のベッドへ寝かせて、ターシャが扇子でパタパタ仰いだりと、どうしたんだと侍従侍女達も田辺に詰め寄って理由を問いただすと、これまたしばしの石化後に、そりゃもう侍従侍女軍団大騒ぎになり、喜ぶわ泣くわ、響君を高い高いで振り回すわ、田辺に抱きつくわターシャが担がれるわ、城にも連絡を入れると、向こうも向こうで大騒ぎになり、更には喜びキレた侍女が同フロアの連合各国大使館に言いふらしに行って、更にドチャマカになって……田辺は……
(俺、最後の最後でなんかえらいことやらかしたのか?)と、人生最大の狼狽をしてしまうのであった……
そんなこんなでドチャマカ加減が収まり落ち着くまでかなりの時間を要することになり、ガイデル達がその世界で選挙君主制の国王やっているということや、現状最大級で懸念されるヂラールとの戦闘やらを説明するまでに少々時間を要してしまう事となる。
それらを一通りサンサに説明すると、目つきが変わるサンサ。まるで彼女は侍従長から、百戦錬磨な司令官のような顔つきになり、
『ファーダ・タナベ。以降この件は私にオ任せ下さい。ご心配なく』
ティ連敬礼をして部下の侍従侍女軍団にテキパキと命令をするサンサ。指示ではなく『命令』である。
侍従侍女軍団も、訓練された兵士のごとく関係各所へ即座に散っていく。
なんでもサンサの豊富な人脈を最大限使って、事をスムーズに進めさせるという話。
その動きを呆然と眺める田辺。なんだかんだいって彼は宇宙飛行士で政治家ではない。この世界の政治プレゼンスは、サンサ達の活躍に頼っていたところ大なのである。
しばらくすると、侍従侍女がダストール大使とディスカール大使を連れて日本第二大使館へ戻ってきた。
『ファーダ・タナベ、ケラー・サンサ。話はお聞きしましたぞ。なんとも大変なことになりましたな』
とディスカール大使。この国とイゼイラは距離的に遠い国という事もあって、あまり深い親交のある国同士ではなかったのだが、今回のヤルマルティアの一件、特にパウル艦長の活躍で、同じ旧君主制国家ということもあって急速に親交を深めている国同士である。
『とにかく重大な事態だ。当事国のドゥランテ大使館へも我が国の使節を飛ばした。程なくドゥランテ大使もこちらへ来るだろう』
ドゥランテ大使館とディスカール大使館はご近所なので、すぐに使節を走らせたという話。
『ウム、我ガ国トシテモ、看過デキン事態ダ。ガッシュ前総統ニモ至急伝デ報告シタ。早急ニ支援艦隊ノ編成ヲ行ウヨウ、総統府ニ要請シテオイタゾ』
ガッシュとガイデルが親友であることは、ダストール国民なら誰でも知るところだ。なのでいつでも事を起こせる対策を打ってくれるという。
『あとはファーダ・タナベ、機動巡洋艦を送り込んでいる貴国の対応も今現在として重要になります。我が国も全面的に支援をさせて頂く。後ほど貴国閣僚とお話できるよう会談の場を設定していただきたいのですが』
『ウム、ディスカール大使ノ言ウトオリダ。私モソノ会談ニ参加サセテモラオウ』
するとサンサが、
『その前にファーダ・タナベ。もう一度ファーダ・サイヴァルへ皆してお話に参りましょう。ダストールとディスカール、そしてドゥランテのご協力を得られれば、とりあえずの緊急策を講じることはできまス』
ウンウンと頷くダストール、ディスカール両大使。
「わかりました……ターシャ!」
「ダー?」
「公使や参事官にも連絡取って。一佐にも連絡を。で、参事官には官邸と連絡取ってもらって」
「わかったワ」
ターシャも人手が足りないというわけで、大使夫人としてお手伝い。
だがサンサの本気モード恐るべし。簡単に大国大使とナシをつけてくる。恐るべき侍従長だ。こりゃヤーマ家がフェル一人でも立派にやってこれた理由が理解できようものである。
田辺はつくづくサンサ達侍従侍女軍団が大使館職員で良かったと思う。
* *
ということでハイラ王国。
ガイデルに『妹』なる人物を紹介されるフェルに柏木。
いかんせん柏木をモノにするまでは天涯孤独の身と思っていたフェルにとって、『妹』なる存在は想定外も想定外。事態がよく飲み込めなかったり。
「メル、少し行儀良くしなさい」
「う、うん」
飲み物が入ったカップと摘まんだオードブルをポソっと元の場所において、父ガイデルの顔や、フェル・柏木の方を左右首振って見ながら「ナンジャラホイ」というような表情のメルフェリア。
両親は彼女のことを「メル」という愛称で呼んでいる。
今度はサルファがメルへ話す。
「メル、この子の名前は、フェルフェリア・ヤーマ・ナヨクァラグヤといいます。わかりますね?」
「えええっ!!」
フェルとは初対面のメルが、びっくりしたような顔でフェルと視線を合わせる。
「じ、じゃぁこの人が……小さい頃、マルマやファルンがベッドでお話ししてくれた『小さいフェル』っていってた……私のお姉ちゃん?」
「ああ、そうだよ。お前がずっと会ってみたいといってた、フェルだ」
そうガイデルやサルファがメルに話すと、メルは全力疾走で長いテーブルを半周し、
「うひゃぁぁぁぁぁ!」
といってフェルへ抱きついてくる。
「ほぇ!?? むきゅーーーー」
電光石火の疾走で抱きつかれ、拘束されるフェル。
メルは頬をフェルの顔へスリスリとこすりまくり、なんだかとても嬉しそうだ。
その様子を、きょとん度倍増で観察するしかない柏木。
すると、メルはフェルへ抱きつきながら、視線を柏木の方へ向けて、
「ねぇファルン、マルマ。このおっちゃんは?」
(お、おっちゃん?)
「その方はな、聞いて驚くなよメル……ヤルマルティア国の議員さんで、フェルの夫のケラー・マサト・ヤーマ・カシワギだ」
そう話すと、またメルの顔が「うわわわ」となり
「ヤルマルティアって、マルマが昔、おとぎ話で読んでくれた?」
「ええ、そうですよ」
「うひゃぁぁぁぁああぁぁ!」
「私もさっきまで信じられなかったが、本当の事だよ、メル」
そうガイデルが話すと、メルは右の手の甲を正面に向けながら、ひざまづいてハイラ式謁見礼をすると、
「マサトのおっちゃん。私めは『親衛使徒騎士団団長・メルフェリア・ヤーマ・カセリア』と申しまする。よろしくおねがいいたしまする」
全然柄でない挨拶をするメル。
『え? あ、は、はい。私はティエルクマスカ銀河連合の……』
思わず起立し、礼を返してしまう柏木。
(おっちゃんじゃなくて、お義兄さんではないのかいな?)
と思うが突っ込まない。
自分もメルというイゼイラ少女のノリに乗せられ、礼を返した後、思わず吹き出しそうになる。フェルはあいも変わらず頭に「???」とはてなマークが灯りっぱなしだ。するとフェルは頭をプルプルっとさせてそのはてなマークを飛ばし散らすように冷静に努めようとすると、
「ファルン、マルマ」
「? なんだい?」
「ア、ア、あの、あの、申し訳ないのですが、ちょっと混乱してしまって……いろいろ頭の中を整理したいので、き、今日はお休みさせていただくです」
それはそうだろう。わけのわからん娘がいきなり出てきて「これは妹」と妹爆弾ぶつけられたら日にゃ、普通は吹っ飛ぶ。
生き別れとかそんなのではない。要するにハイラへ落ち着いて、ガイデルとサルファが励んだ結果がこの娘だ。正味血の繋がりある実の妹なのだ。それぐらいは容易に理解できる。
ただ、それでも赤の他人に近い『実の妹』にいきなり抱きつかれてもという感覚はフェルにはある。
ガイデルら二人もそれぐらいの事は理解できてあたり前だろう。だが、それをいきなり紹介したというのは、おそらくメルの役職『親衛使徒騎士団団長』という立場。つまり相当な高官なのであろうし、見た目と違って実力も相当な人物なのだろう。
そんな人物であるということは、遅かれ早かれ今のような流れになり、互いを知り合わないといけない状態にはなる。
家族間のことなので、長引かせたくないという判断があったのかもしれない……
一礼して部屋を出て行く柏木とフェル。侍女に部屋へ案内される。
扉から顔だけだして、フェル・柏木の背中を口尖らせて見送るメル。どうも彼女は本気で『姉』にあたる人物と会えて喜んでいるようだが……
フェルは柏木の手をとってぎゅうと握っているようだった。
二人の寝室として割り当てられた部屋。そこはこの城の重要賓客を迎える部屋で、最も豪華な客室だ。
そこは我が娘と婿の使う部屋である。ガイデル達も当然気を使いもする。
部屋に入ると同時にフェルは柏木の方を向き、つま先立ちで彼の後頭部に腕を回して接吻をかます。
「ん?」という顔でその行為を受ける彼。柏木もフェルの腰に腕を回して受け止めてやる。
フェルは唇を外すと、小走りで立派なハイラ様式のベッドへ飛び込むようにドボンと身を沈めて、
『ハァ〜ア……』
と、大きなため息を漏らす。そのため息の意味、勿論言われなくても柏木は理解できる。
彼はうつ伏せになって寝転ぶフェルの横に腰掛けて、彼女のお尻をペシと叩くと、それにフェルが反応し、モソモソと匍匐状態で体制を変えて、柏木の大腿へ頭をのっけて膝枕状態になる。
「ま、十数年間か? それだけ日も経てば、な、フェル」
『……』
「どうした?」
『……先に生まれた私ガ、本当のマルマやファルンの事を全然シらないのに、赤の他人みたいな妹が一番ファルンやマルマの事を知っているなんて、おかしいデスよね』
「そうだな」
柏木はフェルの顔を撫でながら、彼女の言い分を肯定してやる。
フェルはそれが憎たらしいとか、そういう感情は別にないらしい。彼女とて父母の置かれた立場で、夫婦という関係があれば、そういう行為に及んで、身内の一人増えもするということは理解できなくはない。
だが、どう言葉で言い表したらよいかわからないが、やっぱり普通じゃないと、そう漏らす。
『デモ、嫌な気持ちではないデスけど……』
どうみても慕ってくれていそうな、あの妙に明るいメルフェリア。
どうやらガイデルとサルファは妹なる彼女へ、フェルのことをよく話していたようだ。
「でもさ、それをいえばあのメルフェリアちゃんも、同じような立場だろ」
『どういうことですカ?』
「だってさ、あのメルフェリアちゃんに限ったことじゃなくて、この世界で生まれたティ連人の子供達はさ、ティエルクマスカ世界の、あの科学技術で出来た世界を、壊れた宇宙船の資料や、親から聞いたお話の世界でしか知らないんだ。そこんところはイゼイラ人というよりも、ハイラ人に感性は近い。そういう人が自分の姉となると、やっぱり特別な目で見てしまうというのはあると思う。向こうは向こうでフェルの事を憧れている訳だよ。そんな人が自分の姉だってね。だから悪気はない訳だしな……フェルは、ナヨさんを親族として迎えることが出来た時、どう思った?」
柏木のその言葉にハっとするフェル。その表情を見て、
「だろ? それと同じだよ」
コクコクと小刻みに頷くフェル。言われてみれば確かにそうだと思う。
こういうところは柏木も歳の功だ。まだまだ若者のフェルの立場へ、兄貴視点で助言もしてやれる。
それにフェルとてそこらへんのネーチャンではない。人の上に立つ身である。大臣でフリンゼで、何といっても彼女とて今では子を持つ母親だ。相応の立場の、相応な感情も求められる。ままそういうところは、どっかの昼ドラみたいなドロドロした方向には行かないので、まだ安心はできるが……
すると、部屋の扉の向こうから、カチャと音がする。明らかに「人の気配」というやつだ。
扉の方をみる二人。状況が状況であるわけで、どんな人の気配かなんとなく理解していたり。
フェルが柏木の膝から頭をはずし、扉の方へ。でもってギイと扉を開け、廊下の左右を見渡すと……
「……」
向こうの柱の陰に、うずくまって隠れているつもりの人影。顔を半分ソ~っと出してフェルの方を見るが、基本バレバレである。ハっとして、ピュっと身を隠す。
なんとなくいじらしいアホの子成分を含んだその行動に、思わずフェルは両手を腰に当てて、笑みをこぼしてしまう。
「メルフェリアちゃん?」
フェルがそう呼ぶと、メルは腕を後ろに組んで、デヘヘ顔で柱から身を晒す。
さっきの「ナヨ帝を親族とすることができた話」の後というわけではないが、メルの姉に対する興味津々な行動も理解できなくはない。
「どうぞ入っていらっしゃい。一緒にお話しましょう」
平手で部屋の中へ誘うフェル。するとメルはニコ~とした顔になり、スタスタとフェルの元へ。
ここでお互いを知る事は、悪いことではない……
* *
次の日……惑星サルカスの「次の日」も地球と同じ朝日を拝む。
昨日はフェルとメルもお互いの親睦を深められたようだ。結局柏木は貴賓室で一人眠った。
メルがフェルと一緒にいたいと言うものだから、フェルがメルの部屋へ行って、そのまま一緒に寝てしまったようだ。
フェルの話だと、メルは騎士団団長というだけあって武に秀でた娘らしく、部屋の中も女の子らしい部屋ではあるが、所謂剣や盾にブラスターライフルなどが壁に掛けられ、ハイラ様式の鎧が飾られていたという。
でもって、フェルはイゼイラの事をそれはもう矢継ぎ早に質問され、答えてやるのも大変だったという話。この時ほどゼルクォート、即ちPVMCGのありがたさを感じたことはないという。
PVMCGの記録から映像資料を見せてやればいいだけだからだ。で、彼女はPVMCGを持っていないという話。それもそうだろう、ハイクァーン装置が破損しているわけであるからしてそれを増産できない。つまり遭難者の装着している分しかない。それ以上の数を増やす事ができないのだ。
ままそういうこともあるので今日、ニーラがやってきて、件のヂラール対策のためにも早急にハイクァーンジェネレータを修理してやらないといけないわけであるが。
それはさておき、メルはフェルの見せる映像資料を食い入るように眺めていたという。
その言葉の端々に「行ってみたいなぁ」「すごいなぁ」の連発で、日本の映像も見せたそうな。
メルが日本の映像を見たとき、まま彼女は「発達過程文明云々」や「聖地案件」など関係のない、いってみれば「イゼイラ系ハイラ人」なので、父母の話す御伽話の国という理解が先にあって、一般的なイゼイラ人が抱くような関心はなかったみたいなのだが、ただ一つ彼女を釘付けにしたのが戦国武将の鎧甲に日本刀だった。早い話が「とてもカッコ良かった」らしい。で、地球の正味「馬」という動物にも関心を持ったそうな。
と、そんな昨日の出来事もあった朝食時の会話で……
「フェル、どうだ? 落ち着いたか?」
ガイデルが皆にパンのような穀類系の加工食品を取り分けつつ話す。
国王様自ら食事を取り分けるとは、結構家庭的な人物である。
「はいファルン。昨日はメルチャンと沢山お話しましたデすよ。フフフ」
「昨日、お姉ちゃんにいっぱいイゼイラのお話をしてもらったんだ!」
「そうですか。で、どうでしたか? メル」
「うん、一度行ってみたいと思うけど……どうなのかなぁ」
メルはチラと一緒に食事をとるサスアの方を見る。彼はすまし顔で食を進めていた。
その二人を見る柏木とフェル。柏木はフェルに視線を合わせると、彼はテーブルの下で、両の人差し指をパチパチと交差させる。そして首を傾げてみせ、微笑する。
そのジェスチャーを見るフェルは、軽く「エ?」という目をして、再度フェルはメルとサスアを見る。んでもって柏木にコクコクと頷く。
そのメルとフェルと柏木の姿を眺めるガイデルとサルファ。クックと笑い、お茶をすする。
ちなみに、フェルはメルに「マサトサンは、お義兄様で、おっちゃんではないですよ」と言ったそうなのだが、メルは「えーー、でもおっちゃんっぽいよー」ということで、愛称として「マサトのおっちゃん」になってしまった。まあ物理的におっちゃんなので仕方がない。
柏木は密かに「おにーさん!」なんて呼ばれることを期待していたというわけではないが、美加におじさんと呼ばれてもするので、慣れたもんだ。そこんところはまあいいかというような感じである。
フェルも、幸いなことにここまで慕ってくれる底抜けに明るい妹「メルフェリア」のおかげで、そんな親子の時間的確執に悩んでいたのもなんだかバカバカしくなったようで、ま、今や彼女も家庭を持つ母親でもあり、今更そんな事に葛藤しても仕方ない、今後のことは良くはなれこそすれ悪くなることはないだろうと割り切ることにしたそうだ。
ということで、朝食が終わると、ふそうスタッフが来るまで諸氏自分達の時間に入る……
「とぉあっ!……たぁっ!……うりゃっ!」
城の中庭で剣のような武器を振るい、何やら朝稽古しているのは、フェルさんの妹爆弾メル。
昨日はちょっとばかしアホの子成分出して、フェル姉に甘えまくっていたメルだったが、彼女も騎士団長というぐらいであるからして、腕っ節はものすごく強い。
目をつむり、薄目を開けて何かを感じ取ると、ロングソードのような武器を素早く振りかざし、人に見立てた木偶を斬りつける。
すると、どこからか手を叩く音その数二人。
『いや、お見事。すごいねメルちゃん』
「あ、マサトのおっちゃん……って、え? こっちの人は……ダストールの人?」
もう一人手を叩くは、
『ナカナカイイ体捌キダ。良ク訓練サレテイルナ』
シエだった。今日は多川と二人でちょっと早めに城へ入ったようだ。
旦那はガイデルとはお初なので挨拶しているという話。なんでもフェルに妹がいたという話を聞いて、早く会ってみたいといてもたってもいられなくなったシエが、飛んできたという次第。
柏木は、シエの事をフェルの幼なじみで、姉のような存在だと教えた。
「それはそれは、フェルお姉さまがお世話になっておりまする」
礼儀正しくハイラ敬礼をするメル。その姿へにこやかにティ連敬礼で応じるシエ。
すると、シエはVMCモニターを立ち上げて、何かを探すと……なんと竹刀を二つ造成する。
『フム、コレデイイカ』
「ふみゅ? これは何? シエ姉ちゃん」
『マア、ソウダナ、訓練用ノ模造刀トデモオモエバイイ』
そういうと、地面を竹刀でパシパシ叩き、
『メル、オマエノ動キニハ、マダ無駄ガ多イ。ドレ、私ガ相手ヲシテヤロウ。カカッテコイ』
シエは竹刀のもう一方をメルに投げて渡す。
「あ、そんな事いっていいのかなぁ~ よーし、私の相手、まともにつとまるのってサスアぐらいなものだからね。シエお姉ちゃんがどんだけの腕っ節かみてあげるよ」
『ククククク、面白イ娘ダ……カシワギ、私ハ少シコノ娘ト遊ンデイク。時間ガキタラ呼ンデクレ』
『はいはい。お好きにどうぞ』
ハイラ式剣術の構えをするメル。先ほどの話を聞くに、どうもサスアから教えを受けたようである。
シエは自衛官になってから、大見や樫本、愛する旦那の多川から教えてもらった剣道の構え。柏木もしばし二人の試合を楽しませてもらったり。シエとメル、武を嗜む者同士のコミュニケーションだ。武人が心通わせるのは、これが一番てっとり早い。
ということで、朝から竹刀を打ち合う音が心地よく中庭に響く。
昨日の会談でとりあえず決まったことは、ガイデル―ハイラ側の希望として、予想されるかのヂラール襲撃に対抗するための安保体制に力を貸して欲しいということだった。
とりあえずその件を日本政府へ伝えた藤堂。無論この件に関しては、連合憲章事案に現在なっているので、その報は連合防衛総省へも伝えられた。
すると、その返答は「現在討議中」との事。正直あまり色よい返事だとはいえなかった。
というのも、連合、いや当の事件当事者のイゼイラとしては今回の件、正に『奇跡の事件』として大々的に知れ渡っており、サイヴァルも全力で対応しているのだが、まずいことにこの『第七条』では、イゼイラ旧皇族を『救出』するためにはいかなる手段を講じても良いとされているのだが、これによる第三国や第三勢力への積極的交戦、安全保障協力までは謳っていないので、今のままでは援軍を差し向けられないのである。ではどうすればよいかという事だが、このハイラ国とイゼイラ、もしくは日本でもいい。国交をもてばいいという話になるのだが、国交を持つには加盟国の審査がいる。それでなくても地球の一七世紀レベルの国だ。はっきりいやぁ連合の国交交渉基準外の文明なのがハイラ王国である。自分達が「惑星」に住んでいることがやっと理解できたところで、宇宙の概念もまだ希薄な文明だ。どっちにしても手間がかかるのは手間がかかる。
おまけにガイデルが不可抗力で生存のためとはいえ、まさかその文明の国王なんぞをやっていると聞かされたわけなので、事は余計にややこしくなる。
なんせ『第七条』の武力行使基準と現在のガイデル達の立場が矛盾してしまうので、どうしたものかという話になってしまうわけだ。
ただ、サイヴァルの話では、事が異常事態だということで今回ばかりは特例もありうるという話で、イゼイラはもちろんのこと、ドゥランテやディスカールにダストールも各国へ積極的に働きかけてくれているということで、急遽臨時で盟約主権国家緊急防衛理事会を開いてくれるという。
この盟約主権国家緊急防衛理事会で話が決まれば、とりあえず防衛総省の軍はまだ動かせないが、有志国の国軍を派遣する事は、各国独自の判断でできるらしいので、現在はその結果待ちということであった。
幸いな事にガイデルの船に装備されているハイクァーンやゼル関連機器の修理は、ガイデル達遭難者生存のためという法解釈で完全修復が認められた。
修復したハイクァーンやゼル機器で何を造成して誰に渡すかまでは、連合が管理できない別宇宙の話ということで、事実上目を瞑ってくれるという。即ち、もしこの船のハイクァーン諸々が修理できればその時、この惑星サルカスの文明にもトーラル文明の遺産が広がるということになる。結果、連合への加盟も現実の話になるかもしれない。
……と、そんなところを朝から始まった会議でガイデル国王と、皇太子兼摂政サスアに報告する藤堂。
その内容は、昨日コッチへ泊まりの柏木やフェルもまだ知らない事なので、この会議で報告を受ける形になる。
『なるほど、ま、そんなところですか……思っていたよりは良い回答ですね』と柏木。
「ええ、そうですね」とフェルも笑顔で相づちをうつ。
というのも、柏木は下手したら「とにかく強制的にでもふそうにガイデルとサルファ以下遭難者を乗せて、しのごの言わずにその星から脱出しろ」とでも言われかねないと心配していたからだ。もしそんなこと言われたら、次にヂラールが襲ってきた時、この星はまず間違いなく壊滅である。
それ以前に、ハイラ人たちと一戦交えないといけないかもと心配したり。となると、ガイデルが下手したら彼らに味方してガイデル達とも敵対するかもと、そんなところまで考えていたりしたのだ。
まあ連合やイゼイラの方が、柏木の妄想よりもよほど良心的決定をしてくれたいうことで、柏木も安堵した。だが、今後の進展は若干時間を食いそうだということで、その間はふそう側でなんとか対応して欲しいという話。
「ということでニーラチャン。すぐにでも作業に取り掛かってくれますか?」
「はいはい。わっかりました。もう昨日破損状況をヴァルメで大方調べてますので、修理の目星はついています。心配はいらないですよ」
ニーラのその話を聞いてガイデルや遭難者、いや、『使徒』のみなさんも「おお」と歓声をあげる。
「で、ナヨサマ、じゃなかった、ナヨサンも手伝ってくれますか?」
「うむ、あいわかった。わらわ……コホン。私もお手伝いしますよ、ニーラ教授。ですが、ちょっと私も私用があるので、それを済ませてからで」
「あ、」とニーラはガイデルやサルファの方へ視線をやり、「あそうか、なるほどです。ではそれが終わってからということで」
ウンと頷くナヨ。
ということで、とにかく予想されるヂラール襲撃に対抗する手段を講じなければと諸氏会議もほどほどに切り上げて実務に入る。
香坂とニヨッタが作った計画書に乗っ取ってみな任務を開始する。
ハイラ側もその計画書へ全面的に従う、という了承を得ていたので話は早かった。
さて、ふそう側首脳陣が最も懸念しているのは、ヂラールが次に襲撃してくるときの兵力構成だ。
ふそうが初めて奴らと会敵した時、その構成は強襲揚陸艦だけのような、完全にサルカス世界の軍事力を舐めきったような編成だった。
そこへ「ふそう」という強力な戦力が割り込んできたのだ。ヂラール連中からすれば、予想外の痛手だったはずである。
となると、当然次は連中も相応の兵力構成で挑んでくると予想できる。
「とはいえ、あいつらなんかバカっぽかったからなぁ……こっちの予想通りで来るかぁ?」
と話すは白木。今回は彼のサヴァン能力大活躍で、事の詳細を完璧に記載記録し、日本政府へ送っておいた。どうせスッタモンダまたもめてるんだろうという話。
「まぁなぁ、確かに知的生命と戦ってるというよりは、なんだか猛獣かテレビゲームのモンスターかなんかと戦ってるみたいだったからなぁ」
と語るは大見。
『デ、ソコヲ数デ攻メテクルノダロ? マアアレダ、チャイナ軍ト戦ッテイルトオモエバイイ。クククク』
「まぁたシエ、んなヤバイ発言してよぉ……って、人海戦術って奴か? 確かに朝鮮戦争ん時に国連軍がアレをやられてジワジワきたっていう話だからなぁ」
シエの発言に突っ込みいれつつ、肯定してしまう旦那の多川。
「確かに。人海戦術は面の攻撃ができますからね。現代戦はどちらかというと点の攻撃が最近主流な訳ですが、面で攻められると、殲滅戦をするしかなくなる。当然こちらも被害が大きくなる。ハァ、どうしたもんかなぁ」
『デスネ。ハイクァーンやゼルシステムを修理して、武器の供給率を上げても、根本的な解決にはならないデスよ。やはり連合の手を借りないと……』
柏木とフェルも、自衛官諸氏の発言を肯定する。相手の生体兵器は一体何者なのかまったく分からないが、どっちにしてもサルカス世界は現在『戦争状態』であるのには変わりがない。となれば戦争を終わらすためには……
(どちらかが降伏するか、講和するか、だが……)
どうも連中はサルカス世界を滅ぼそうとする勢いだ。当然講和なんぞはありえないだろう。
となると、
(敵を滅ぼすしかないのか? うーむ)
どこまで柏木連合議員として考えるべきか。難しいところである。
そんな事を城の作業指揮所として借りた部屋で話したりするふそうスタッフ諸氏。
……とさて、とりあえず諸氏方針も決まったところで、この危機を乗り切るべく作業に入る。
実働戦闘部隊。つまり最前線での戦闘指揮は、多川、シエ、大見、サスア、メルフェリアが担当する。
改めてお互いの面通しも済んで、現場部隊を視察するみなさん。
『機動兵器といえば、あの斥力物質とかいうので出来た乗り物だけか……』と空見上げて顎をさする多川。
『陸戦となると、騎馬戦が主流ってわけですね。ブラスター兵器使えるのが救いか』と語るは大見。
『最初ノ準備ガ良カッタノダロウ。今マデ良ク耐エテキタモノダ』と話すはシエ。それでも「ふそう」が来なければ、あの時点で限界だっただろうと話す。
「まったく。シエ殿の仰るとおりです。陛下達がこの世界へ流れついてくれなければ、恐らくこの国、いや、この世界はとっくの昔に……」とサスアが今更ながらやっぱり天佑だと語る。ヂラールは元々この世界を狙っていたフシがあるからだ。つまりこのヂラール達の行動に巻き込まれたのはガイデル達の方だということ。
「ところでお師匠様!」
とシエに恐れ多く話すはメルさん。「はぁ? 師匠?」とみんな目をむいてメルの方を見る。特にサスア。
どうもメルは、先ほどのシエとの対決で、ケチョンのクソにやられたらしい。って、メルが決して弱いわけではない。いや、むしろメルはこの世界では剣豪として知られた方なのだ。サスアに剣の手ほどきを受け、あとは実戦で鍛えてきた強者でもある。そんなメルがヘロヘロになるぐらいやられたというのだから、つまるところシエが強すぎるのだ。その強さにメルが感服して弟子入りを勝手に決めたという。
『ナンダ、メル』
シエもまんざらではない様子。エッヘン顔でメルに応じる。
「騎士団団長として、少々教えを請いたいことがありまする」
『ウム、イッテミ?』
メルが言うには、ガイデル達がもたらしたブラスターライフル等の兵器はこの世界の兵器概念を一変させたものだというのはもう当たり前の話なのだが、厄介なのが、ヂラールはすぐに懐へ飛び込んでくるので、なんだかんだで剣で戦わなければならない場合が多々あるという。その時、せっかくのブラスターを効率的に使えないので、なんとか同時に使う戦法がないかと話す。
その話を聞いて「フム」と考えるシエさん。で、ピコンと頭に電灯が灯る。
『ナルホドナ。ソノ点ハコイツニ相談シタ方ガイイ』
とシエが指さすは大見。
『え? 自分ですか、シエ一佐』
『ホレ、オマエタチガヨク使ウ【ジュウケンドウ】ッテイウヤツダ』
『ああ、なるほど。あ、そうか、ブラスターライフルには銃剣の概念がないのか』
ポンと手を打つ大見。
『ならさ、ニーラ教授に相談して、ハイクァーンが直ったら、とりあえずメルちゃんの部隊だけでもブラスター用の銃剣アタッチメント作ってもらってさ、訓練してやれよ大見』
『了解です多川一佐。確かに騎馬戦で銃剣が使えないのはつらいな。形状は四四式騎銃みたいな据え付け型がいいだろうな。うん、いけるかな?……』
「よろしくお願いいたしまするオーミ師匠」
『は? じ、自分も師匠ですか!? いや、参ったな……』
メルの底抜けな明るさには、みんな救われる。サスアも横向いてクククっと笑っていた。
* *
ガイデルとサルファの私室。
コンコンとノックして、侍従に案内され、中に入るはフェルとフードを被ったもう一人。
「ファルン、マルマ」
「おお、フェル。どうした?」
「あら、お仲間の方もご一緒? 今お茶を入れますわね」
ガイデルとサルファも仕事の手を休め、しばし休息。
ガイデルは事態を早く進展させるためという理由で柏木に請われ、サイヴァルとマリヘイル、二藤部、ヴェルデオ宛の親書を書いていたところだ。
ガイデルはソファーにフェルと、そのフードの人物を誘う。平手で着席を促し、自分もボスっと腰を掛ける。
「貴方は確か、ナヨ・ヘイル・カセリアさんという方でしたな。確かイゼイラ特殊部隊の」
ガイデルはイゼイラ特殊部隊の存在がどういうものかはよく知っているので、その名前も偽名だということは理解している。とはいえ、偽名は偽名でも本人からすれば、その意味がかなり違うのではあるが。
「ファルン。実はその件でですね、この方もご紹介しておきたいと思いまして……」
フェルが真剣な眼差しで二人を見据えて話す。
「マルマとファルンが、私にメルチャンという新しい家族を紹介してくれました。なので私も、今の私にとって大事な御方、いえ、家族をご紹介するですよ」
「家族? ふむ。で、この方がそうなのか?」
ガイデルも帝位をもつ者の親族間におけるしきたりは知っている。当然フェル自身が知る親族は今現在殆ど無いはずなのだが、そんなフェルが大事な家族という人物、何者だろうと訝しがる。
「ハイです……ではナヨサン、あ、いえ、ナヨ閣下。お顔をお見せくださいますか?」
「あいわかりました。では……」
ガイデルとサルファは、フェルが「閣下」という敬称をこの人物に使ったので、「え?」と思う。だが、ナヨがフードを取った瞬間、「え?」どころの騒ぎではないことを理解した。
フェルの城、ヤーマ城の壁にもかかった肖像画。イゼイラ人なら誰でも知っているその姿。フードを取るその人物の素顔は、ガイデルやサルファにとってあまりに信じがたい姿であったのは言うまでもない。
「なっ!!! まさか!!!」
「え、ええっ! そ、そんな!! し、始祖様!!?」
無論彼らの前に立つは、ナヨサンとは世を忍ぶ仮の姿。その正体は『ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ』その遺志の具現化であった。
うろたえる二人。だが冷静に考えて死者が蘇るなど、そんなことがあるはずもないと思い、
「フ、フェル……こ、これはどういうことなのだ!?」
とガイデルは娘に問う。
「ハイ、実は……」
フェルは、かのナヨクァラグヤ・ニューロンデータのプロテクトが解け、トーラルシステムと一体化したデータが自我意識を持ち、ナヨがこの世に再誕したこと。そしてニューロンデータのプロテクトが即ち、精死病を治療するデータを完成させる鍵だったことを話した。そして、その謎を解くきっかけを作ったのが、フェルの夫、柏木であったことも。
「そうか……そんな事が……」とフェルの言葉に重く頷くガイデル。そしてナヨの方を見て「では御身は……」
「うむ、妾はナヨクァラグヤの写し身。限りなく本人であり、また別人です。今はフェルフェリアの従姉妹ということで、ヤルマルティアで生活しています」
ガイデルとサルファはそれでも跪き、敬礼してナヨを見上げる。いくら写身とはいえ、遺志であることには変わりはない。それ以上にナヨクァラグヤのニューロンデータプロテクトが解けたというだけでも、イゼイラ人にとっては奇跡の類の話なのだ。
「しかし、御身の今のお体。まさかあの『仮想生命体ドーラ』のものを流用していなさるとは、はは、驚きでございますな、しかも量子通信でコアユニット直結の亜生命になっておられるとは……流石科学者としても名を馳せた御方だけはあるようで」
「うむ、おかげで色々とやりやすくはなっておる。ふふふ」
フェルも、彼女のおかげで親族ができたと語る。そして、メルのような妹爆弾をぶちかました親に対する意趣返しで、ナヨを紹介したと冗談めかしに語った。実際はそんなことはないのだが。
「ははは、なるほどな。そうか……改めて思うが、それほどまでに時間が経ったのだな……当たり前といえば当たり前か」
ガイデルはピカピカに拭かれたテーブルに映る老いた自分自身を見る。そしてフェルの姿を見てそう語る。彼の記憶にあるフェルは、まだまだ幼児語で、サルファの言葉を真似していた小さいフェルだった。
それが、まさか新たな生命体として再誕したナヨクァラグヤを引き連れてやってきていたとは……と。
ただ、ではなぜにそんな大層な人物がここにいるのかとガイデルが問うと、例の柏木先生ら創造主認定会議の断りを入れに行くために、その執り成し役になってもらっている事と……
「私も、その創造主候補なのですよファルン……」と困惑顔のフェル。
「は? なんだって?」と、また耳を疑うガイデル。
「え? フェルが創造主?」と口をとがらすサルファ。
そこに向けてやってくるは、これまたドカンとドア開けてご登場のメルちゃん。
「おねーちゃん! これからオーミのおっちゃんと新たな訓練を!……って、うわっ! きれーな人! だれ? 誰?」
よくよく考えたら、メルはイゼイラ系ハイラ人だ。ナヨの事など全然知らない。従ってナヨの威厳など「なんですか? それ」である。
ということでまた話がメンドクサそうな方向に行きそうな妹ブラスターの登場。
いやだから、あのその、と、アタフタする国王陛下に王妃陛下。
話が混ぜ繰り返されて……えらい親族会議になってしまうフェルであった。なんとも自由な王室である……いやはや……
* *
さて、実働部隊諸氏に、フェルの周りにとそんな出来事が同時進行する中、肝心要の大仕事を任されているヤルバーン科学局副局長兼、東京大学客員教授、賢人ことニーラ大先生が、どっかの自作パソコンショップ限定販売の特製ネコサンキャラ天板付きノートPCを叩きながら、早速作業を開始していた……って、そんな地球製ノートパソコンでハイクァーンシステムの何某が分析できるんかいなと思うが、そこはニーラ教授のPCである。相当に改造済だという話。どういうわけか、VMCモニターも空中に浮かんでいたり。
『ふむふむ、やっぱりスゴイですねー。ハイクァーンジェネレータと、ゼルシステム。その両方とも性能だけで言えば、「ふそう」に搭載しているものよりもよっぽどパワーがあるシロモノですヨ』
バルベラ城から地球距離単位で二〇キロほど離れた森の中にある朽ちた宇宙船。
今やもう草木が周りに生い茂り、おおよよそ宇宙船のシルエットは残されていない。ただその船内は綺麗に整頓され、周りは防壁に囲まれて衛視が立ち、防衛部隊が駐留するなどの立派な警護体制が確立された遺跡のような施設になっていた。その中に案内されたニーラ教授一行。
『あ、シャルリお姉サマ、どうでした?』
船の中を見まわってきたシャルリ。色々と記録したVMCボードをニーラに渡す。
『いや、流石VIP御用達の宇宙船だねぇ。こんな形とはいえ、バーデル級の宇宙船内部を見学できるなんて、名誉な事だわさ』
このバーデル級なる宇宙船。先の通り、言ってみれば宇宙船版エアフォースワンのような船である。本来ならVIP保護のための機密事項満載な宇宙船であって、イゼイラ人ではないシャルリが内部を見回れるような船ではないわけなのだが、そんなのも今更な話である。
『で、ニーラ、あたしが手伝う事ってナンだい?』
『はい~。今からこの船のハイクァーン装置関連全てと、ゼルシステム関連全てを修理して、もうここへ固定施設化しようと思うんですけどぉ~、どうも色々と自律造成データベースに欠損箇所が多いみたいなんで、お姉サマの持っている防衛関連データを取り敢えず全部移植して、まずは安保関連のものだけでも先にキッチリなおしておきたいなと』
『ナルホドね。了解だよニーラ。で、宇宙船自体は直さないのかい?』
『ソレは流石にもう無理ですね~ そんなことするぐらいなら、ハイクァーン直して一から造船したほうがよっぽど早いですよ。それに、多分遭難者サンや、ハイラ技術者の卵さん達がいろいろ応急で手を加えたのでしょうねぇ。独自のシステム構築もしているみたいですから、そのあたりも考えて修復しないといけないのでぇ、なかなかこれはやりがいがありますよん』
と、ニーラは腕まくってふそうスタッフやハイラ人技術者、遭難者技術者に愛用の指付き指示棒振って指示を出す……って、みんなあの「指」は何なんだろうと思っているが、口に出しては言わない。
しばし後、ナヨ閣下も応援にやってきた。
「あ、ナヨサマ! お待ちしていましたよ」
「あい、ニーラや。待たせましたね、フゥ」
なんとなくお疲れ顔のナヨさん。てか、仮想生命のナヨが疲れるのかという話だが、精神と生体は同期しているらしいので、疲れもするのだろう。
「あり? どうかしましたか? ナヨサマ」
「え? あ、いえ、あのフェルの妹メルフェリアと申す者、あれはただ者ではありませんね、ウフフ」
「あ、私も聞きましたよっ! 確かフェルフェリアお姉サマに実の妹がいたっ! とかニホンの『ますこみ』が飛びつきそうなアレですね?」
「ええ、それですが、妾もあんな元気な娘は見たことがありませぬ。ガイデル達は妾を見て驚いておったのですが、あの娘の登場で、なんだか状況がもうどうでもよくなってしまって……本当に妾はフェルの従姉妹設定になってしまいました」
なんだかメルが状況を混ぜ繰り返したわけで、メルがナヨを「ナヨクァラグヤの再誕」という存在であることが全然理解できないので、フェルの従姉妹だということにしたら、それはそれでまたメルが喜んで「ナヨお姉ちゃん」と言い出す始末で、結局ガイデルやサルファが、もうそれでいいではないかと、そんな風になってしまったという話。
「あははは! 私はまだ会ってないですけど、そのメルちゃん、強者ですねぇ」
「ウフフ、そうよな。ニーラとも歳が近そうだし、よい友になれるのではないかな?」
とそんな話をしながらナヨにも作業に加わってもらう。
今回ナヨがこの修復プランの肝になるという話。彼女がいれば、すぐに修理できるかもと、ある目論見をもって手伝ってもらうことになっていた。
「ではナヨサマ。プラン通り、このハイクァーンジェネレータをゼル端子で浸食してくれますかぁ?」
「あい。で、その主が作った修復システムに妾がアクセスして、ゼル端子を修復用に制御すればよいのですね?」
「ですですぅ。おねがいしますぅ。もしウマイことすれば今日中にでも直せるかもです」
「なるほど、では妾も気合いを入れて頑張らねばなりませぬね」
このハイクァーン装置が直りさえすれば、あとの体制構築はあっという間に終わると言う話。
ナヨがいなければ、最低でも地球時間で一週間はかかったかもしれないという。その間にヂラールが襲来すれば最悪だと。
『流石は賢人ニーラに、ファーダ・ナヨだねぇ。んじゃあたしも兵器データの転送やっとくよ』
『はいお願いしますシャルリお姉サマ』
シャルリに誉められ、最近ちょっと出てきた胸張ってエッヘン度当社比三.五倍ほどのニーラ教授である。
* *
「とぁっ! やっ! たーっ!」
多用途銃剣を装着した89式小銃を振り回すメル。それを腕くんで見るは大見二佐。
大見はメルが『射撃と剣撃を両立させる戦闘方法がないか』という質問を受けたので、その問に答えるべく、銃剣戦闘というものがあることを教えた。
で、着剣した89式をメルに持たせ、好きなように扱わせてみたのだ。
パパパンと引き金を引いて、的に向かって射撃もしてみるメル。その反動や、薬莢が飛び出るギミックに驚いていたり。
『どうだメルフェリアさん。どれが使いやすい?』
「オーミ師匠、メルでいいですよぉ」
「はは、ではメル君、とりあえず色々使ってもらったが、ハイラの兵はどれを好むと思うかな?」
大見は89式以外にも、色々と銃剣を装着した銃器をいくつか「ふそう」のハイクァーンで製造し、メルに振らせてみたのだ。すると……
「ふみゅ……えっとね、多分これかなぁ……」と候補を上げるは、旧日本軍の使用していたカービン銃『四四式騎銃』に、ロシア製の『SKSライフル』『モシン・ナガンカービン』
『なるほどな。基本ピストルグリップ型のアサルトライフルタイプはあまり好まないということか』
そんなことをつぶやく大見。するとメルも、
「オーミ師匠、やっぱり騎兵がこのナイフとブラスターを別個に持っていちいち付けるのは鬱陶しいですよ。一番いいのがこの……」と四四式を取り上げ「このぐらいの長さの剣が折りたたみで付いてるのがいいっす」
メル曰く、ベストは四四式だという話。
『なるほどわかった。そのあたりをニーラ教授に話しておこう。今のブラスターを改造する形で銃剣を取り付けられるようにすればいいな』
イゼイラのブラスターライフルは、ちょっと地球の銃器とは違ったデザイン概念で作られている。
まず、グリップが所謂純粋なピストルグリップになっておらず、銃床下部からかなり角度のついた『逆への字』のようにグリップが伸び、トリガーは戦闘機の兵装スイッチのように、グリップ頂点に設置され、親指で発射するような構造になっている。従って、グリップをグっと握ると案外銃剣戦闘しやすいのではないかと大見は以前思ったことがある。
『あとは訓練をどうするかだが……』
とそう話すと。その点は心配いらないとメルは言う。
『騎士団は、剣と槍の両方使えまする。で、このジューケンという武器は、どっちかというと槍に近い武器なので、とりあえずはなんとかなりますよ師匠』
おそらく実際なんとかなるのだろう。
米軍を例に上げると、彼の国において現在銃剣術は歩兵訓練過程から廃止されていたりする。
その理由は、近代戦において、銃剣格闘をする機会などまずないという判断と、ナイフ格闘術や剣術などの他の格闘術を身に着けていれば、銃剣を使った専門の格闘法を特に身につける必要はないだろう、即ち、他の格闘術の延長で銃剣術は身につけられるという判断で、銃剣専門の戦闘術は各国で徐々に廃止される傾向がある。
確かにこの判断は正しいのだが、日本における所謂『銃剣道』というものはこの西洋の銃剣術とはちょっと違ったところがあり、一概に同じようには語れないところがあるのだ。
ままそのあたりは別の話になるのだが、とりあえず大見は切羽詰まった現状もあるので銃剣一式が造成できるようになった場合の使用方針はメルの判断に任せることにした。
そんなところで、今後の方針を話し合うメルに大見。
すると、柏木がそこへやってくる。
『よぉ、オーちゃん』
『ああ、柏木、待ってたぜ。で、例のブツは持ってきてくれたか?』
『ああ、これね。ふそうのハイクァーンで、今急遽量産させている。こっちのハイクァーンが使えれば、もっと普及させられるだろ』
と、柏木は大見に頼まれて、あるものを持ってきた。
『メルちゃん、ちょっとこっちにおいで』
「うにゅ? 何おっちゃん?」
『腕出して』
「ほい」
すると柏木はメルの腕にPVMCGを装着する。
「あ、これってファルンやマルマが付けてるゼルクォート!?」
『ああ、そうだよ。これを持っていれば、いざというときの戦いも有利になる』
「やったー」と喜ぶメル。とっても欲しかったそうだが、現状遭難者が持っているだけの数しかないし、バイタル登録されているので他人は使えないわけで羨ましかったという話。
『あと……これは俺からのプレゼントだ』
「え? なにこれなにこれ?」
柏木は、メルに『US・M9拳銃』別名『ベレッタ92F』をメルに渡す。柏木が、かつてのプロジェクト・エンタープライズ関係で米国へ渡米した際、射撃場でデータを取りまくった逸品である。それをハイクァーンで製造し、メルに渡した。
M9を珍しそうに手にとってピロピロ眺めるメル。
『ほれ、ちょっと後ろ向いて』
「ほえ?」
剣を刺すベルトにホルスターを付けてやる。今流行の大腿にホルスターを固定する『レッグ・ホルスター』という奴だ。そこにM9を刺すように教える。ま、剣の鞘のようなものだと。
マジックテープで固定するのが面白いらしく、バリバリと剥いだりくっ付けたりしたいるメル。
『おいおい柏木、そんな拳銃渡してどうするつもりだ?』
『オーちゃん、気づかないか? ここの人、ブラスターライフルやブラスターキャノンなんかの大型火器は持ってるけど、ブラスターガンや、ラピッドガンみたいな小型火器持ってないだろ』
『あ! なるほど、確かにな……』
『今、ニーラ教授から聞いたんだけど、護身用小型武器の造成ができなかったんだってさ、やっぱ壊れててよ』
『なるほどな……で、これを試作でか。武器マニアの面目躍如だな柏木』
『るせー、人をヤル研みたいに言うなよ』
で、丁度自律造精機能の修理も終わりそうなので、たまたま修理状況の視察に訪れていた柏木は、ニーラ大先生に、「なんでもいいから小型武器のデータ寄越せ」と言われて、このM9拳銃のデータを渡して、一挺試しに作ってみたのだという。
『ということで、その試作品。なんか話聞いていると、接近戦の武器もあったほうが良いみたいだからね、メルちゃんにあげるよ。ブラスターライフルはエネルギー弾だろ? んでもってそれで実体弾使えたら、色々と戦いやすいだろ。ということでメルちゃん、あとで拳銃とゼル弾倉の使い方なんかを、オーちゃ、あ、いや、大見師匠から教えてもらえよ』
そういうと、メルは嬉しそうな顔をして、
「おっちゃぁ~ん、ありがとぉ~」
と嬉しそうな顔で抱きついてくるメル……但しM9持ったまま。
『うわ、アブねぇって! まずそれしまえ! セフティ外れてるだろ!』
「ほえ?」とダブルアクショントリガーをフニフニするメル。ハンマーが半分行ったり来たり。
『だから、これを下にさげないと! って、それ以上引くな~!』
それを呆れ顔で見る大見師匠。これまた変な兄妹ができたと首を振る……
ということで、とりあえず「ふそう」で量産したPVMCGをサスア達幹部将官にも配るふそうスタッフ。
おいおいは兵士市民国民全員に支給したいところだが、それにはバーデル級のハイクァーンを早く修理しないと、という話。ちなみにPVMCGの仕様と武装レベルは軍事用のレベル5という事。かなり多種多様の銃火器に防衛装備も造成可能だ。パーソナルシールドも展開でき、個人防御能力も相当強化される。ヂラールの接近戦にも対抗できるだろう。
バルベラ城に臨時で設置された参謀本部。
バーデル級宇宙船、量子通信設備の修復が完了し、破損した造成データを補うために「ふそう」のデータをまるまるコピーするようにシステムネットワークを構築する修復チーム。
バーデル・ハイクァーンに記録されていたトランスポーターのデータや、ヴァズラークラスの機動兵器データは残念ながら欠損していたが、ふそうハイクァーンに記録されていた日本版ヴァズラーである旭光Ⅱや、14式浮動砲、コブラHGS、F-2HMなどの機動兵器データを移植することが出来たのは幸いだった。
早速というわけで、ふそうのハイクァーンと、バーデル・ハイクァーンの内、転送機能も活用して、修復できた機能を優先して使い、機動兵器の造成を試みると、とりあえず数時間に一機の速度で旭光Ⅱを造成できた。
いかんせん「ふそう」のハンガーに設置された機動兵器メンテナンス用ハイクァーン設備を利用して製造するので、効率が良いとは正直言えないのだが、それでも機動兵器を製造できるという事自体はありがたい。
ただ、操縦できる者が限られているので、量を造成しても意味がない。ましてやハイラ人に操縦方法を教えることなど現状では到底できないので、とりあえずヴァズラータイプを扱える人員をかき集めて、シエの旭龍を隊長機に急増の機動兵器部隊を創設した。特危兵器はふそうの人員で操縦資格がある連中を割り当てる事にする。
『でさシエ、とりあえず一人でもパイロットが多くいた方がいいだろ。なんで俺は今回F-2HMのパイロットをやるよ。シエは機動戦モード固定で旭龍預かってくれないか?』
『フム、今回バカリハソレモヤムヲエンカ。了解ヨ、ダーリン。トリアエズ急ゴシラエダガ、中隊規模ノ機動兵器部隊ハ編成デキソウダナ』
そういうと、遭難者イゼイラ人、所謂『使徒』の一人は、
「カーシェル・シエ。俺たちはどれだけこのヴァズラータイプを恋い焦がれたか……あのクソ共と戦っている時、こいつさえあればと、どれだけおもった事か……」
悔しさをにじませる使徒イゼイラ人。口を真一文字にして、旭光Ⅱの装甲を撫でる。
『コノヴァズラーハ、ヤルマルティア製ノ最新仕様ダ。イゼイラヴァズラーニ比ベテ少々使イ勝手ハ異ナルガ、良イ機体ナノハ保証スル。ソシテコノ機体ハ、オマエタチニクレテヤル。今度ヂラールガ攻メテキタラ、コイツデヤツラニ思イシラセテヤレ』
「ああ!」と拳に力がこもる使徒達。さっそく習熟のために製造できたばかりの機体から順番に乗って、操作感覚を合わせようと訓練に入る。とりあえずティ連技術の機動兵器を確保できたのは大きいと士気も高まる諸氏。
ただ……
『ダーリン、コレデモセイゼイ、ハイラ王国ノ一部ヲカバーデキル程度ノ戦力ニスギン。オソラク次ノ戦闘ハ……』
「ああ、この惑星全域での戦いを覚悟せにゃならんかもな。俺達がこの星に来た時の、あの強襲降下部隊だけでもあれだけの規模だ。しかも生体兵器、言ってみりゃ、アレ全部が生き物で自律兵器なんだからな……次に来るときは、やっぱどう考えてみても、アレ以上の規模で来るんだろうなぁ……まぁ皆殺しにしても良心傷まないのが救いだが、俺ぁドーラ君達と戦ってるほうが、まだマシだね」
『ソコハ同感ネ、ダーリン……』
* *
バーデル級宇宙船のハイクァーン機器修復作業は、現在順調に進んでいた。やはりVIP用の船舶だけあって、自律システムの一部を修復完了させた途端、その自律システムが自己診断を始め、自らの破損を分析して自己修復を行い始めた。しかもその速度はニーラが思っていたより高度で高速だという話だ。
ナヨの埋め込んだゼル端子も効果を発揮し、ナノレベルの修復を効果的に行っていた。
『やっぱ高級品は性能が違いマスねぇ~』
作業がはかどってありがたやという事で、後はふそう技術部門スタッフに任せて参謀本部へ、お食事ついでで報告にきたニーラ教授。ナヨにシャルリらは一足先に戻って今後の防衛体制の打ち合わせなどを藤堂とガイデル、サスア達とで行っていたところ。
「ではニーラ教授、バーデル級のハイクァーンとゼルシステムは……」
『ハイ。ま、ハイクァーン自律システムが動き出した時点で、もうおっけーって感じですよ、かんちょ。モグモグ』
「そうですか、なら一安心ですな」
……と言いながら、みんなはニーラの持ってきたお弁当が気になって仕方がない。笹の葉でくるんだ塩鮭のおにぎりである。おいしそうにモグモグほっぺに米粒つけながら食べている。
サスアにガイデルは、なんであんな葉っぱにくるんでいるんだと不思議に思ったり。
だがそれを問う勇気が諸氏にはない。多分治ったバーデル級のハイクァーンでテスト造成したのだろうと、そう思うことにした。
『……で、みなさん、ちょっとお耳を拝借なんですけどぉ』
指をぺろぺろ舐めながらおいしく食べ終わった笹の葉をゴミ箱に捨てて、VMCモニターを造成するニーラ。
実は彼女、さすがは賢人教授大先生というところで、かの戦闘で大見達が取得した敵の生体データ等々を時間を見つけては医学的見地から調べていたのだという。
『実はデスね、ちょっとあのヂラールのやろーを色々分析してたんですけどぉ、色々面白くて、めんどっちー事がわかったんですよねー』
「は? 面白くてめんどっちー事……ですか? なんですかそれは?」
口元歪めて問う藤堂。他のみんなもなんだそりゃと、そんな顔。
ニーラはVMCモニターを複数立ち上げて、そこにヂラール数種類のスキャン画像を表示する。
『この四本脚の大型ヂラール、ジエイタイのみなさんは通称【戦車型】って呼んでいますね〜、で、この中型のは【マルチ型】そんでもってこの手が長くて、脚の短いのが、すばしっこくてすぐに懐へ入ってくる【俊足型】……』
他、【空戦型】【巡洋型】【強襲母艦型】そして忌まわしき牢獣は、特危では【捕縛型】と呼称していた
。
「ええ、そうです。で、最後の、この一番ヒューマノイド型に近い悪魔みたいな格好のヤツが、【兵隊型】ですな」
サスアがそう指摘する。サスア達ハイラ人も、色々と特危隊員の指導を受けて、彼らの用語や戦術概念、戦闘兵器などの理解を深めつつあった。元々医療用ハイクァーンを利用した、人工筋肉や人工骨格を利用した機動兵器も稚拙ながら発明開発していたハイラ人なので、特危の完全機械化兵器に対しての理解も比較的早かった。
『ですね~。で、さっきの話なんですけどぉ、その面白くてめんどっちい内容なんですがぁ……この【兵隊型】以外のヂラールは要するに、まー言ってみれば、猛獣みたいなもので、人や物を襲うしか能がないんですけど、それでも最低限の行動制御はやっぱり行っているみたいなんですよねー』
「確かに。それができないと、『押しては引く』という行為すら制御出来ないって話になりますからな」
藤堂は、闇雲に敵を襲っているだけのように見えるこの連中でも、やはり最低限の作戦に基づいて戦線に投入するぐらいはしているだろうと指摘する。
『ですです~、で、どうもその指揮……というか制御を、この兵隊型がしているような、そんな感じなんですね~』
「何ですって? では、この兵隊型だけはこんなナリですが、生体兵器ではないかもしれないと?」
『ハイ~』
「では、この生体兵器を創造し、兵科として利用している知的生命体ってことですか!?」
『ウ~ン、そこなんですけど……そのあたりが所謂「メンドッチイ」部分になるかもしれないわけで……』
「??」
ニーラが言うには、これから自分が話すことは、多分地球人やハイラ人の諸氏には理解し難いことかもしれないから、そこんところを踏まえて聞いて欲しいという。逆に言えば、ティ連人はみんな理解できるという話。
『えっとですね、もしかしたらこのヂラール……【半知性体】かもしれないですぅ』
「え? は、半知性体?」
口尖らせてナンジャラホイな藤堂達日本人スタッフにハイラ人。
だが、その言葉を聞いたティ連人スタッフは『うええぇぇぇぇぇえええ……』というような顔をしている。
あちこちで『ホントかよ……』『こりゃ厄介だぞ……』『その話が本当なら、殲滅戦覚悟だな……』とそんな会話も聞こえてくる。
(は? 殲滅戦だと?)と訝しがる表情の藤堂。
「ニ、ニーラ教授、なんですか? その【半知性体】ってのは」
『ウ~ン、学術的なことを説明しても長くなるだけですので……どう言えばいいっかなぁ……えっと、例えるとですねぇ……頭のなかでバッチリ想像しテくださいね?』
「あ、はい」
『チキュウのおサルさんや、大昔の原始人みたいな『知性』が、ジュウやセンシャ、セントウキにヂレール核裂兵器とか、つくれるようになったとしたら、かんちょはどう思います?』
「え゛?」
そんな事になったら、サルの○○カキではないが、自分の欲望を満たすために、使えるものは遠慮憂慮なしに使いまくり、自らの生存権拡大のために、その生体兵器を家畜のように繁殖させ……
「……って、もしかしたらそんな……え? ああいった兵器を造る知性のみが発達した……理性や倫理観がものすごく原始的な存在、ってか、『動物』って事ですか!」
『流石かんちょです。その理解でいいと思いますよん』
なんじゃそりゃ! と思う藤堂。ニーラがいうには、大見達がもたらした敵遺骸の詳細なバイタルデータを調べている時、『脳』の構造を見て、そう直感したのだという。というのも、以前柏木がイゼイラに行った時、ヘストル将軍に聞いた『自分達の倫理観が根本から通用しない相手』という存在。そういった存在の一つが、この『半知性体』という存在なのだという。
即ち、『知性』が『習性化』している存在。高度な物を造ることができる、所謂『動物』。先のサルや原始人の話のように例えるならば、別の言い方をすれば、生体兵器的な生物を家畜化できる能力を持った『蜂』のような存在。そんな奴らかもしれないとニーラは話す。
その説明を聞いて、藤堂は先程の『殲滅戦』を語ったティ連人スタッフの方に視線を送る。
(なるほど、そういう意味か……チッ、それがマジなら本気でヤバいが……ん? もしかするとやりようによっては……)
つまり、そんな奴らと講和を結ぶことなど、まず不可能だからだ。言ってみれば連中は生存本能のままに他者を襲い、食い尽くすだけの知性のような習性のみが極端に発達した、所謂『動物』だからだ……
頭をパンと叩き、思案顔な藤堂。もしニーラの分析が当たっていれば、今回のハイラ王国に関する騒動、これは『侵略を阻止する集団的自衛権行使』ではなく、『生物災害から被災国を守る救難活動』という感じにもなりかねない。と同時にそこが良い方向へ持っていくポイントかもしれないとも思うが……
それでも災害救難活動といえば聞こえは良いが、その災害が『地獄からの使者』みたいな害獣の襲来である。
藤堂は、ミーティングを少し中断し、柏木とフェルに白木を急ぎ呼んだ……
* *
藤堂の話を聞いた柏木達は急遽「ふそう」に戻り、量子通信で二藤部と会談を持つ。
現在大至急でバーデル級のハイクァーン復旧真っ最中でもあり、パワーをなるべくそっちへ注ぎたいということもあって、ここは小さなVMCモニターの会談となった。
『……なるほど、詳細はわかりましたが、そのニーラ教授が話された内容、信憑性は問題ないのですか? 正直我々としては認識しにくい概念ですので』
「はい。その、『サルか原始人が、習性として高度な物を作る能力だけを発達させた存在』なんてのは、そんなの我々地球人は聞いたことありませんからね。ですが、確かに『テクノロジーを持った「蜂」のような存在』という例えならば、ナルホドとも思えます。以前、報告書にも書かせてもらいましたが、ヘストル将軍の証言も鑑みれば、理解できなくもないですが」
『ふ~む……』
腕組んで二藤部は唸る。
というのも、現在日本国内でも今回の事件はニュースになっており、やはり集団的自衛権関係の議論を呼んでいるという。所謂『波紋を広げそうだ』と言う話。
確かに法的には連合憲章事案で、現行の特危運用に関しても合法なのは間違いないのだが、ここぞとばかりにやはりメンドクサイ『市民団体』やらが、そこらへんで『戦争反対』『特危自衛隊反対』『平和平和で話し合おう』をやらかしている。
署名という、個人情報を束にして政府に渡そうという、よくよく考えたらとんでもなく恐ろしい行為を連日繰り返す連中も、日本のお馴染みな伝統芸能として活躍中。
やはりまだ日本では、合法な行為を行っても、『無敵の弱者権利』『弱者イズ・ナンバーワン』が全て正しいという理屈がまだまだ世間で通用すると思っている人々はたくさんいるのだ。これは世代も含めた問題なので、なかなか一日に変化できる物ではない。
『ニーラ教授は、今では日本でも著名な学者ですし、かの方が仰るなら『災害派遣』の名目で、日本独自にカグヤを派遣することも可能は可能ですが……』
二藤部が言うには、サイヴァルから「必ず防衛総省を動かすから待ってほしい」と言われているという話。
彼も今回の事件が、イゼイラの教科書にも載っている歴史的な問題でもあるので、事をこちらの勝手で進めていいものかと悩んでいるという。
『先ほど白木さんからも話を聞いたのですが、柏木先生も、例の【特務大佐権限】の発動をどうしようか迷っていらっしゃるとか』
「はい。実はなるべく使いたくないのが本音でして……これをこんな時に使ってしまうと、物の道理や順序を壊してしまうようで、いまいち乗り気になれないんですよ」
『わかります。強大な権限には、その力を行使できる代わりに、何かの秩序を破壊してしまう力もありますからね。その考え方は大事だと思いますよ、柏木先生』
頷く柏木。
結果を先に行えば、彼はこの事件で特務大佐権限を使うことはなかった。当初は真剣にその発動も視野に入れていたという話だが、ニーラの研究成果のおかげで、うまい具合に事を進められるかもしれないと踏んだからだ。
……丁度柏木が二藤部と通信会談していた頃、フェルもヤーマ家の一人としてサイヴァルと会談していた。その傍らには、ガイデルとサルファ。
『エルバイラにエルバルレ……よくぞ、よくぞご無事で……』
眼を細めて感慨深げな表情を見せるサイヴァル。その後、モニターの前で起立し、謁見敬礼する。
その背後では、議長補佐官やスタッフも同じく。
『フリンゼ、あ、いえ、ファーダ・フェルフェリア大臣。良かったですなぁ。私もなんといえばいいやらで、こういう時に最高の喜びを、感情に比例した言葉で言い表すのは実に難しいものです。はは』
と、そんな言葉で最上級の祝意を伝えるサイヴァル。
ガイデルとサイヴァルは友人同士でもあるので、その生存を心から喜んでいるようだ。いつになく高揚しているサイヴァル。
ちょっとした昔話にまずは花咲かせる二人。で雑談の締めは『お互い歳をとったなぁ』というところ。ままそんな感じだろう。
で、本題ということでフェルがサイヴァルに、
『ファーダ、今別室でマサトサンがファーダ・ニトベとお話していますが』
『ええ、フェルフェリアダイジン。こちらも概要は聞いております。ニーラ副局長、あ、いえ今はキョウジュでしたか? 彼女の分析、あれは大きいですよ。今ある障害の殆どを取り去ることができる可能性がありまス』
その言葉にガイデルが、
『それは、どういう意味でしょうか?』
結局先に論じられた第七条のエルバイラ保護の対策に、『災害』という認識で今回の件を適用できれば、人道上の観点から、エルバイラを救助保護した住民への援助支援という名目で防衛総省軍の派遣も『災害派遣扱い』で可能になるかもしれないという話。そういう前例ならいくらでもあるという事だ。
当初はサルカス世界のティ連人に対する理解度や、ヂラールという主権とサルカス世界の主権への介入。そういう状況が結果的に出来てしまったガイデル達の行動や立場など、連合でも初めてづくしな安保事案になってしまっていたため、こりゃ有志連合で事をすすめるかとディスカール・ダストール・パーミラ・カイラス・ドゥランテ・日本・イゼイラという国々が、国軍派遣で対応しようとしていたのだが、ニーラ大先生の研究結果のおかげで『災害派遣』という道ができたため、なんとか連合憲章規定もクリアできそうだとマリヘイルが今、連合議会で根回しにまわってくれているという。
有志国軍関係者もその根回しを手伝ってくれているそうだ。
やはりこういうのは、有志で行動するのも悪くはないが、悪くはないのだが、ティ連という連合主権体総意で事を運ぶことができるのであれば、そちらのほうが良いに決まっているわけである。彼らは『ティエルクマスカ銀河共和連合』という、種族の垣根を超えた誇るべき連合国家でもあるのだから。
『もう少し時間を頂きたいエルバイラ……いえ、ガイデル国王陛下』
『わかりましたサイヴァル議長。ただ……かの生体兵器群ヂラールの襲来も、これまでの行動パターンから推測するに、時間的にさほど間がないかもしれないということも、どうか……』
『わかっております。こちらも全力をつくしますので、ご心配なきよう』
……動き出す連合規模の大作戦。
恐らく次のヂラール襲来は、これまでの比ではないかもしれない。
ある意味「ふそう」の到来が、ヂラールの行動に変化を与える事になるのだろうが、それを論じても仕方がない。ふそうが来なくても、今のハイラ文明では遠からず悲劇的な運命を辿っていたかもしれないわけであるからして……
(半知性体か……そんな生物が宇宙規模で活動して……恐らく繁殖しまくってるんだろうなぁ)
柏木が思うのは、かのロバート・A・ハインライン原作の有名SFに出てきた宇宙生物だ。
(だけど、そんなのが自然由来で発生する生物なのかなぁ……)
やはり時間があればじっくり研究した方がいいのではとも思う。
なんせここは『別宇宙』だ。自分達の宇宙世界の常識なんぞ通用しない。自然由来の斥力物質があるような世界だ。このサルカス世界が現実なのだ。
だが今は、この状況をなんとか凌ぐことに全力を尽くさないとと思う彼。
ガイデルが語るそれまでの状況を鑑みるに、戦闘はもはや回避できないだろう。
しかも、もう話の通じる相手ではないということが確定してしまった。
殲滅戦になるのかと、渋い顔をする柏木。いざとなれば、ガイデルとサルファ、メル、遭難者達、可能な限りのハイラ人を「ふそう」に詰め込み、その人々だけでも、と……
その時は刻一刻と迫りつつあった……




