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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
銀河連合日本外伝 Age after
92/119

銀河連合日本外伝 Age after ― 悠遠の王国 ―  第一話


 日本がティエルクマスカ銀河連合に加盟してから一〇年後の世界で、フェル副総理と柏木防衛総省長官が話していた『六、七年前の世界』

 特にフェルに影響を与えたその時代。彼女が一〇年前『日本の議会議員は二期まで』と決めていたそれを撤回させてしまった出来事。

 実のところ一〇年後の形容年齢二七、八歳なフェルは、旦那の柏木が見てもどことなく落ち着いたフリュになったと思う所が多々ある。

 ま、ホエホエはホエホエでそこんところはあんまり変わらないのだが、ちょっと何かを悟った雰囲気のある一〇年後のフェルさん。

 旦那の柏木を心から愛し、二人の間にできた娘を、これまた家族として心から愛し、普通の家庭をもつ普通の女性。そして母親。

 そんな当たり前のことではあるが、その当たり前に磨きをかけつつも、普通の人から見れば、非現実的ともいえる『日本国副総理大臣』を異星出身ながら務めるフェル。


 未来の彼女を語るには、この一〇年後の世界から遡って六・七年前の世界。

 あの銀河連合加盟を果たした時代から三、四年後の世界を、少し垣間見なければならない。


    *    *


 時は二〇一云年のある日。銀河連合加盟式典があった日より三年後の世界。

 地球では、カグヤに次ぐティ連技術を搭載した艦艇、マーズ・ホープ・エンタープライズ号、MHE宇宙船の愛称で呼ばれる米国の大型宇宙船が、一年前に無事、月軌道宇宙空間生活実験を終了させてその後、火星のティ連テラフォーミング地区の米国治外法権設定区域へ向けて旅立っていった。まあ旅立つとはいってもたかだが四~五日程度の日程なのでそんな大騒ぎするほどのことでもないのだが、当の主観者であるアメさんからみれば、夢の星間長距離宇宙船で火星に、しかも技術の力で相当な安全を担保して行くのであるからして、そりゃあもう力入りまくりってなもんで、世界へ向けてこれでもかという勢いで情報を発信していた。

 カグヤや、政府専用機として、デロニカ型の特注品を所有する今の日本人・日本政府からすれば今更感のあるところだが、それでも日本以外でこのような技術の恩恵をうけることができているのは米国だけなので、そういう点、そういう意味では確かに捨て置けない話題ではある。


 ただ、面白く無いのは米国以外の、特定の世界各国だ。

 LNIF陣営は、今後米国におけるエンタープライズ計画型宇宙船に搭乗できる人員を養成するため、各国の宇宙機関で人員の訓練を行っているのではあるが……流石に米国の見事な……実際はパウルかんちょが、ウルトラCを使ったデッチアゲという話もあるが……宇宙船をあそこまで見せつけられると自分たちにもその最新鋭宇宙船技術を公開しろと当然そういった話も出てくるわけで、LNIF陣営内でも今やそういうった駆け引きが行われているという現状がある。

 そして、当然そうなってしまうような事件というかなんというか……

 米国内では中国のスパイがFBIに捕まっただの、ロシアの美人スパイが捕まっただのと、もう連日そんな事件が米国系ニュースを賑わせていたりするわけで、世界はあいも変わらず賑やかだったりなかったり。


 さてそんな折、相模湾ヤルバーン特別州に建設された中型浮遊造船ドック。

 君島重工がヤルバーン州政府と折衝して出資。ヤルバーン州政府と共同で、人工浮遊大陸技術を使って建築したこのドック施設。大きさは全長一キロメートル程で、超縦長の箱型建築物が、ヤルバーン州のタワー部、ヤルバーン州本体から上空三〇〇メートルほどの場所にチョコンと隣接、接合されて浮かんでいる。

 そのイメージは、タワーに設置された巨大な箱型ロケットランチャーのようにも見えないこともない。

 ということで、このドック施設では今、とあるお祝いごとが行われていた。


 紅白の長い帯に繋がれたその先には、かの高級シャンパン『ドン・ペリニヨン』が結び付けられ、リボンが付けられていた。

 その瓶が振り子のように勢いつけて、赤い色をした壁に叩きつけられ、ポーンと弾けて割れる。

 すると周りから大きな拍手にブンチャカと小気味よい楽団の軍艦マーチが鳴り響き、その祝いの情景を映し出す。

 ドンペリを振り下ろすテープカットを行ったのは、ティエルクマスカ統括担当大臣・柏木迦具夜ことフェルさん大臣に、柏木ティエルクマスカ連合議員。井ノ崎に代わって現在の防衛大臣である元陸上自衛隊一佐の『鈴木正一』そして今年で恐らく任期が終了するだろう二藤部内閣総理大臣に政界引退も囁かれている三島太郎。これら政治家が連なってテープにハサミ入れ、ドンペリを船に当てて割った。

 後ろでは特危幕僚長の加藤にシエやリアッサ、シャルリに多川、久留米にヴェルデオ、エルディラにジェグリ、ゼルエにジェルデアと、その他いつもの特危の面々や、ヤルバーン関係者が顔を並べ拍手をする。

 海上自衛隊や陸上自衛隊、航空自衛隊に在日アメリカ軍関係者も招待されて祝うは、ある宇宙艦艇の完成式だった……艤装も、もう完全に成されており、状況的にみて流石に『進水式』とは言えないわけで『完成式』ということである。正確に言えば『完成引渡し式』とでも言えばよいか。


 さてその宇宙艦艇。一〇年後の世界にもチョロっと登場したが、これが昨年、柏木達が三島と話していた君島重工が中心となって安保委員会参画企業連合体が三年前のあの日、ヤルバーンからもたらされた所謂『ティエルクマスカ原器』を解析して、『航宙護衛母艦かぐや』つまり宇宙空母カグヤを徹底的に解析、構造を参考。ティ連技術を使用した純国産宇宙艦艇建造計画で建艦されたふね


【DDHS-002航宙重護衛艦・ふそう】 


 であった。

 さてこのふそう。漢字で書くと『扶桑』と書くが、少々その性能諸元を明記しなければならないだろう。


 まずその名前の由来。扶桑とは所謂この国『日本国』の古い呼び名の一つである。古代中国で『日の出ずる遥か東方の海にある神木』を意味する言葉、つまりこの意味が転じて日本国の俗称となった名称である。まあつまるところそういうわけで、同じ日本を意味するかの有名な呼称を使うと、日本のコンプライアンスを司る創造主の天罰を受けるからビビってその名を使わなかった……というわけでは断じてない。ないのである……多分。

 でもって、この扶桑。同じ艦名を持つ船として有名なのは、太平洋戦争中に旧日本海軍が使用した戦艦『扶桑』。その有名な理由が船のデザインで、海外でも一・二を争う人気の美しい戦艦、ということになっている。なんせその艦橋が信じられないデザインで、「こんなの陸なら完全な違法建築物だろ!」というような拡張拡張、付け足し付け足し感丸出しの艦橋デザインが大人気な船であったりする。そりゃもう艦橋だけで言えば、そんじょそこらのSF宇宙艦艇も勝てないようなデザインだ。 


 それはさておき……この重護衛艦ふそう。全長は二九〇メートルもあり、かの有名な宇宙戦艦よりもでかい。でもDDである。『護衛艦』なのだ。

 さすがに艦橋デザインはあんなブっとんだものではなく、どちらかといえば所謂イージス艦に近い意匠にティ連風味な多目的設備マストが生えてたり。特徴的なのはそのイージス艦っぽいブリッジと、後部に大型ミサイルセル。そして後部砲塔基部も兼ねた大型艦載機格納庫が大きく一体化したような艦上構造物である。

 ここのところ米国が力を入れているMHE型宇宙艦艇とは大きく異なる点で、MHE型宇宙艦艇の場合、最初のきっかけがサマルカ意匠の宇宙艦艇技術で作ったために、あーいうファイナル・フロンティア系のデザインになっていったわけであるが、日本の扶桑計画の場合、カグヤの技術を参考に開発し、更には日本がティエルクマスカ原器として譲渡された虎の子技術『重力子型空間振動波機関』『ディルフィルド航法機関』『事象可変シールド技術』の搭載で、物理的なインダストリアルデザイン技術。即ち「航空力学」「流体力学」といったような技術の束縛からデザイン的に、完全に解放されているので、こんなイージス艦が空飛ぶような艦影でも立派に宇宙艦艇として存在できるという具合になっているわけである。


 その装備。今後ティ連世界へ頻繁に行き来する事も考えて、相当高度な装備を実装している。無論そんな装備を流石に純国産といえど日本人だけで解析なんてできるわけないので、やはりティ連の技術アドバイザーは必須であったりする。

 まずはブリッジ部。ここには通常レーダーの他に、質量感知センサー・亜空間航行制御モジュール群・兵装自動制御モジュール群などが実装されており、平均的なティ連艦艇のブリッジ機器は全て網羅している。

 船体前部にはシルヴェル・ベルクに装備された超高速斥力砲を固定式に再設計した同種の斥力砲を単装二基装備。そしてゼル・ハイクァーンハイブリッド装弾方式に変更したオート・メラーラ一二七ミリ速射砲を最前部に一基。ブリッジ両側面に合計二基。艦隊側面に横置き二基。格納庫両側面に二基。

 艦橋直前部には、VLSミサイル発射セルを装備。そして艦橋後部にもVLS発射セルを多数持つ。更にその後部には前部同様の超高速斥力砲を一基搭載できるがこの部分の砲は撤去が可能で、撤去させることで後部格納庫に搭載される機動マシン運用数を多くすることができる。

 撤去しない場合は、格納庫内部にヴァズラータイプを三機。旭龍タイプなら二機運用可能だが、砲を撤去すると、後部格納庫上面も航空甲板として使用可能になるので、ヴァズラータイプなら六機。旭龍型なら五機運用可能になる。そのあたりの運用は臨機応変。流石に『航空巡洋艦』といったほどのものではないが、この数のヴァズラーや旭龍を運用できるのは強みである。


 その他細かな装備を解説すると、艦後部下部にはお馴染みの空間振動波機関にディルフィルド航法機関が大きく鎮座ましまし、その区画にはメインハイクァーン制御装置に中央メイン制御システムが稼働する。

 航行機関には半球状の波動発生装置が特徴的で、そこには艦下部からの攻撃にも対応可能なフェイザー・ディスラプター・粒子ブラスター・重力子兵器発射用の多目的兵装スリットを装備。そしてカグヤ同様に、ゼル兵装スペースも甲板部側面。船体側面に装備されており、カグヤほど大量にではないが、仮想造成兵装を展開できるようになっている。


 ……すごいものだ。結局、ティエルクマスカ原器という技術を渡されると、今までそんなもの扱ったことのない日本人ですら、技術指導を受け、使用法さえわかれば、たった二年程でこれぐらいの船を作ってしまうことができるのである。

 発達過程文明である日本技術者の斜め上な妄そ……素晴らしい英知溢れるアイディアと、ティエルクマスカ原器が融合した最初の純国産宇宙艦艇がこの『ふそう』だ。

 その雄姿が今、この君島重工・ヤルバーン州共同宇宙船舶造船所にある。


 ドック前方の扉が上下に開き、相模湾を臨む海に、その向こうにある関東平野が小さく、また綺麗に開口した入り口から顔を覗かせる。

 ゴウンと色々と支えていたものが「ふそう」から外れる音。

 艦体は後部の大きな機関部に、お馴染みとなった眩く青白い光のラインをまとい、ゆっくりと前進していく。


「いやぁ、感慨無量ですなフェルさん」


 柏木連合議員閣下様が腕くんで、ちょっと涙目で話す。


『ウフフ、そうデすね。ニホン人サンの、努力の結晶デスネ。拍手拍手でス』


 フェルもニコニコで旦那の腕をとってそう話す。

 パっと見た目、艦本体部のある種非現実的なデザインの上に乗っかる日本人には見慣れたイージス艦っぽい構造物のギャップが余計に非現実的なイメージをその船に与える。

 そんな意匠の艦艇がドックから出ると、何の問題もなく空中を浮かび、船首を福島県にある特危自衛隊双葉基地にむけてゆっくりと進み出す。


「微速前進、高度九八〇フィートから降下開始。ヤルバーン州北東指定位置で着水」

『指定位置着水、宜候』


 ふそうブリッジに木霊する命令復唱。船自身はティ連人のアドバイザーに意見はもらったが、基本日本人のみで完成させた鑑だ。だが船の乗組員は星間国際色豊かである。

 特危自衛隊は連合防衛総省太陽系軍管区司令部も兼ねているので、基本『連合』の部隊だ。なので自衛官の種族もそれは豊富で連合系日本人や、出向連合加盟国軍人が沢山乗船している。


 『着水まで10・9・8……』「……着水!」「着水宜候!」「空間振動波浮遊固定確認!」「浮遊固定解除まであと……!」『浮遊固定解除。通常着水試験開始』「着水試験開始宜候。各部浸水チェック」


 着水と同時に船が慌ただしくなる。ハイクァーン・オートメンテナンスが働いている限り、浸水など本来ありえないのだが、そこは自衛隊伝統『目で見て確認』である。細かいところまで神経使える訓練も兼ねている。

 しばし後、各部異常なしの報が入り、通常航行に移り、白航引いて双葉基地に向かう「ふそう」


「とりあえずは問題なしか。やれやれだな」


 そう語るは特危自衛隊双葉基地司令の藤堂定道だ。彼は当面この「ふそう」暫定艦長の任も兼任する。なんせ特危自衛隊はエリート部隊である。即ちそうそう簡単に入隊できないので、現状慢性的に人材不足だ。なのでティ連系種族さんが大勢自衛官として出向入隊してくれているのだが。まあ日本人の部隊も相応に必要なわけであってそういうところ人材育成にも力を入れている。

 

「ということで、ヤルバーンのシミュレータで鍛えた腕前、期待しているそ香坂副長、あとはまかせる」

「は、お任せください藤堂艦長。この船に関しては熟知しておりますので……とはいえ」と香坂なる名前の自衛官は小声で「(クルーの手前大きな声では言えませんが、少々ビビっております故。はは……)」

「(おいおい、頼むぞ香坂。お前引っ張ってきた俺の立場もあるんだからな)」


 とそんな話を小声でヒソヒソと。とはいえこれも緊張を解く冗談である。香坂はキビキビと命令を矢継ぎ早に出し、効率よく艦を指揮する。


 さて、この香坂という男。名を『香坂裕こうさかゆたか一等特佐』という。そうこの男、実はかの天戸作戦時、『特務艦いずも』で藤堂の副官をしていた男である。藤堂が特危にスカウトし、引っこ抜いてきた。特危に来る前は、いずもでの任務を評価され、護衛艦「ひゅうが」の艦長をやっていた。そして「扶桑計画」が立ち上がった頃に特危へ配置転換を命じられ、ヤルバーン州のゼルシミュレータで連日宇宙艦艇操艦指揮の訓練を受け、このふそう運行試験過程が終了したあと正式にふそう艦長になる予定の人材なのだ。


「……ということで、試験航行過程が終了するまで俺に艦長やらせてくれよ」


 とおどけて話す藤堂。


「は、藤堂さんのカグヤ副長経験のお手並み拝見させていただきます……と、それはそうと、藤堂さんって確かカグヤ艦長になる予定で特危こちらに移ってらっしゃったのでは?」

「……と、当初はその予定だったんだがな。なんせ特危って日本人側の人員がまだまだ不足しているだろ。特に高級将官の」

「ええ。確かにそのようですね」

「で、カグヤ艦長はティラス将補に任せて、俺が基地司令になったという事だよ。ま、結果的にはこれで良かったという感じだな」

「なるほど。こちらへ来てから色々お聞きしましたが、何とも大変だったみたいですね。私が一番驚いたのは……」


 特危が実戦経験済みだということ。でも相手があいつらなので、その存在を知った時、なんとも複雑な気分だったと香坂は話す。


「あの事件やら話を知った時。もう日本が実戦経験済みだったとは、どう言えばいいやらで」


 香坂が口を少し歪ませて苦笑しながら話す。


「まあな。陸海空自衛隊からスカウトされたり、入隊試験受けて入ってきて、最初に言う感想がみんなそれだよ。実際俺もだけどな……この特危に入って、宇宙の果てで起こっていることを知るんだ。そして今俺達が持っているこの「力」がどれだけのものか実感する事になる。更にこの現代、世界で最も責任があり、超がつくほどの軍事大国がどこかを実感することになる」

「ええ、確かに……実際のところはこの力を地球内で行使されることはないのでしょうが……」


 藤堂も香坂の話にさもありなんと苦笑い。

 実際特危に入ったものはみんな香坂と同じ感想を必ず思う。


「だが、陸海空自衛隊でも旭龍の正式配備が決まったからな。使う装備がそうなれば、結局は一緒だよ。まあアレの配備でも、国内国外相当言われたらしいからな。はは」


 実は昨年、陸上自衛隊で先行試験配備の旭龍陸自仕様が二機、富士の総合火力演習でお目見えし、話題をさらった。そのカーキ色に塗られた旭龍は、観客や各国来賓の度肝を抜かせたという。

 その時、世界の軍事関係者が思ったことは、日本が核兵器とは違う、世界にプレゼンスできる『抑止力』を手に入れたということ。この部分が大きかったらしく、世界は相当動いたようだが、それはまた別の話。


「ところで香坂、嫁さんは元気なのか?」

「はい。実は昨年、局を退社しまして、専業主婦になりました。お腹大きいですしね。私の仕事もこういう感じですから」


 そう、実はこの香坂。あの天戸作戦の時に命からがら助けたあの時のレポーターと結婚してしまっていたのだ。


「そっか。ま、いいんじゃないか?」


 あの究極的な状況で、助けた男性と助けられた女性がくっついてしまったという、典型的なありがち状況でご結婚とは、ままそういうこともあるかという感じではある。

 嫁さんの元レポーターも、これできた女性で、結婚直後はそれでもレポーターをやっていたそうなのだが、香坂が特危に異動になる事をきっかけに局を自ら退社したそうだ。所謂マスコミ関係者故に情報漏えい防止に率先して協力しているというわけである。なかなかに感心だったりする。


 と、そんな話をしていると、艦はすぐに特危自衛隊本部基地となる福島県双葉基地に到着する。

 双葉基地も随時増築されて今や相当大きな港湾型基地になっている。

 ティ連防衛技術博物館のようなものも併設され、カグヤ見学コースの観光地にもなっているので、軍事基地でありながらカグヤ停泊日は連日観光客で一杯である。今日からここの名物艦艇に「ふそう」も加わることになるわけだ。そして現行先の君島重工ヤルバーンドックでは、二番艦の「やましろ」建艦も今後進んでいくだろう。他、今後一〇年を目処に、全長二〇〇メートル弱の駆逐艦クラス建艦も計画されており、航宙護衛母艦カグヤを中心に重航宙護衛艦・普通航宙護衛艦といった艦隊編成の計画が進んでいる。

 更には日本独自の宇宙旅客船、全長三〇〇メートルクラスの船を計画中だ。

 もちろんティ連イゼイラの目出度いぐらいにバカデカイ超絶船舶に艦艇、艦隊に比べればささやかなものだが、それでもこの惑星地球でいえば、大きな一歩でもある。

 実際、米国でも日本の航宙船舶技術よりは遅れている技術とはいえ、米国なりの創意工夫を凝らした宇宙艦隊や航宙船舶の整備計画が進んでいる。その中の米国戦略軍・航宙駆逐艦『ジョージ・ハリソン級』『レナード・ニモイ級』や、NASAと米国大手航空宇宙企業スターセクター社の計画する『グローバルスタンダード・エンタープライズ』クラスという官民共同開発宇宙船の完成がどんな風になるのかも世間では注目されている。


 ……ふそうは、霧笛を一発鳴らしながら、専用桟橋にその艦体を接舷させる。

 桟橋ではカグヤファンの観光客が「ふそう」の接舷を拍手で出迎え、またここでもブンチャカと楽団が音楽奏で、新鋭艦の到着を祝う。

 無論マスコミもこの光景を撮影し、世の茶の間に届ける。

 保守系局のレポーターは、その雄姿を講談師のように讃え、リベラル系の局では議論に論議させたい波紋広げるスタンド報道をやりたがる。


 かの時より三年後の世界は、こんな出来事が世を賑わせる時代として始まる事になる……


    *    *


 さて、そんな中、柏木にフェルは首相官邸で今後の外交日程を話し合っていた。

 

「……結局、私の方はどうもティ連方面への外遊ができずに、総理任期を終えそうですね」


 そう話すは任期満了も近い二藤部。


「ま、おいらもそうなるかな。歳もアレだしよ。色々忙しかったからな総理」

「そうですね三島先生。私達もなんだかんだで突っ走ってきましたから……よくよく考えれば時間があまりにも足りなかった、といったところでしょうか」

「だな……っと、柏木先生にフェル先生、俺も多分次の内閣解散後の選挙で政治家最後だと思うしよ」


 三島のその言葉に、柏木とフェルは「えっ!?」となる。


「三島先生、引退って、またどうして」

『ソウですミシマセンセイ。貴方ほどの方が引退だなんて、もったいない……』


 すると三島は手をぴらと降って


「いやいやまだ引退はしねーよ。次の選挙は出るさ。でも多分それで終わりじゃねーかな? 年齢的にも」

「ああ、そういう意味ですか。確か自保党の定年て比例代表だけだったはずだから、おかしいなとは思いました」


 自保党の定年は七三歳だが、これは比例代表候補に限られており、小選挙区に定年はない。ただ、小選挙区は自保党の選挙戦略で候補が決まるために、公認がもらえないと小選挙区で頑張ってもあまり意味が無い。なのでもしかすると次の総裁次第では、三島は公認をもらえない可能性もあるのだ。

 次の総裁候補は、こと昨今の自保党にはたくさんいる。

 春日、井ノ崎、清水、寺川。他、柏木やフェルもその中に入っている。フェル総理大臣を希望する世論は冗談抜きで非常に多かったりするのだ。無論その理由は、政治家として有能であるからで、タレント扱いでは決してない。そのあたり意外に国民は世の中をよく見ているもので、更に現在の日本、選挙権が一八歳に引き下げられてからは、真面目に教育現場で選挙を学ばせる学校も増え、選挙に行くことを義務にしている学校も増えていいるようで、むしろ成人で選挙に行かない大人の方が馬鹿にされていたりするそんなご時世だったりする……この世界では。


「……んじゃ、柏木連合議員としては、次の連合議会には、あの「ふそう」で行ってみたいと?」


 二藤部が柏木に尋ねる。


「はい。まあ色々理由はありますが、大きなところではティ連各国の防衛関係者に『日本もこれぐらいの船をハイクァーン使って作れるようになりました』ということをお披露目したいのもありますし、あと、ふそう搭載のディルフィルド機関の試験や、日本人特危隊員に、外宇宙航海を経験させたいというのもあります。ま、あとはそのあたりも含めて、私がティ連へ行くのに便乗させてもらえれば、何かと経費削減になりますかなと、そんなあたりです。で、そのあたりは鈴木先生にも了承を頂いていますので、あとは特危直轄の責任者。つまり総理のご許可が頂ければということです」


 するとフェルも柏木の話が終わるのを待ち構えるように


『アノ、ファーダ・ニトベ? ワタクシもお願いがあるのデスが』

「? はい。何でしょう」

『実ハ、ワタクシも一度イゼイラへ帰りたいと思っているですヨ』

「ほう、といいますと?」

『ハイです……実は、イゼイラの議会から日本のティ連担当国務大臣として、表敬訪問して欲しいと依頼を受けているデス』

「ああ、その件ですか。はい、私もサイヴァル議長からそのお話は伺っていますよ」

『ハイ……あと、もう一つあるのですが……実はですね、チョット困った事態になりましテ……ね、マサトサン……』

「ん? あ、あ~あ、あの件な。そうそう。確かにそれもあった。あーそうだったな……チッ。あれなぁ……」


 柏木は何かメチャクチャめんどくさそうな仕草で首をボリボリかき、舌打ちしたり。


「??……困った事態? はて、それは一体……」


 二人の様子を訝しがりながら見る二藤部。


『実はですねファーダ。私とマサトサンは、イゼイラにある、ある有力なティ連国際団体から、あることを打診されて、メチャクチャ困ってしまっているデす』

「はぁ、はてそれは?」

『ハイ。その団体は【ティエルクマスカ創造主認定有識者委員会】という、大変メンドーな、それでいてティ連世界、特にイゼイラではとてつもなく各方面に影響力のある団体でして……』

「は、はぁ……【ティエルクマスカ創造主認定有識者委員会】ですか……ま、まぁ何をする団体かはその団体名で大体想像はつきますが……」 


二藤部と、隣りにいる三島は、そのあからさまな名称の団体名を聞いて、眼と口を細めフェルの話を続けて聞く。


『ソノ、有識者委員会がデスね、今度新たな創造主を決めるとかで、実は……私とマサトサンと、ニーラチャンが候補に入ってしまってるんですよぅ』


 フェルが言うには、この有識者委員会の開く認定会議は、まー地球で言うところのノーベル賞みたいなものなのだそうだが、ノーベル賞と違うところはこの会議で創造主に認定されると、ファバールやメルヴェン、ナヨクァラグヤらと同格の創造主。つまりティ連世界で崇拝の対象となってしまうのが厄介なのである。例えるなら、ノーベル賞もらって八百万の神々の一柱に同時になるのと同じぐらいの意味があるという話。

 それはもう創造主、つまり地球人の認識では、所謂その名の通り「生き神様認定」になるわけであり、死後には正味創造主としてイゼイラのお伽話にも永久に記されるような存在になるわけであるからして……


「……ということなんです総理。これ困りものですよ」

『ハイィィ……私は普通のフリュとして生きたいのに、カミサマコースまっしぐらなのはちょっと……』

「ええ。で、フェルの悩みもそうですが、もしこんな認定されたら聖地案件を棚上げしている意味がなくなっていまいますよ。なんせ、宗教の教祖クラスが連合議員や大臣やってるようなものですからね」


 そういうと、二藤部も三島もフェル達の話を聞いて半笑いだったのだが、柏木のその一言で即出てくる言葉。それは……


「政教分離……ですか……」


 二藤部は顔をしかめて「それか……」という感じで言葉を漏らす。


「ええ、そうです。ですので、実を言いますと今回フェルと一緒にイゼイラへ行って、その認定委員会の本部へ乗り込んで創造主認定をお断りしてこようかと思っているわけでして」


 そう柏木が話すと、二藤部と三島も頷きつつも


「でもよ先生。そんなの量子通信でチョチョイとゼル会談でもして済ませちまえばいいんじゃねーのかい?」


 というとフェルがプルプルと顔を横に振って


『ファーダ達にはよくお分かりにならないと思いマスが、創造主認定有識者委員会会議は、その源流が太古の、私達がツァーレと死闘を演じていた頃の『イゼイラ大皇国・元老院聖人賢者会議』にまで遡る由緒正しい組織でして……お話を通すにもそうそうカンタンなものではないのですよ……ソモソモ、この会議の創造主認定を断るなんて本来ティ連人としては有り得ない話なのでして、ハイ……』


 実際その話を聞いたニーラはもう嬉しくて寝れないモードになってしまい、祖父のジルマは鼻高々だという話。


 二藤部に三島はコクコクと素早く頭を振って頷き、「みなまで言うな委細了解」とばかりに掌を上下に振ってわかったと話す。

 なんせ今の自保党とて、その連立する政党がそっち方面が母体の政党であるからして、言われるところからは結構言われているのは事実である。なのでこれ以上そっち方面の宗教系な問題は、あまり好ましくないのは確かにその通りではあった。


「なるほど、わかりました。では体裁的にも可能であればお二人揃って、その委員会へ折衝に行きたいと」

「はい、そういうことです総理」

『ソウでございまス、ファーダ』


 二藤部は三島と目線で頷いて「そういう事なら」と許可を出した。

 柏木は連合議会があるので、どっちにしろティ連には行くことになるのだが、フェルはあの三年前以来の帰国となる。あの時は涙枯れ果てるまで泣いちゃったり、ティ連の内情に、機密に、かぐや姫伝説の云々にと、日本と連合の歴史に刻まれた大騒動な時だったが、今回はあの時にくらべればまだお気楽な里帰りではある。ただ、相当に歴史があって由緒正しく……ちょっと小難しそうな人々のいる組織へ顔出さなきゃいかんのがチト難点ではあるが……


    *    *


 ということで二週間ほど経ったある日。

 『DDHS-002航宙重護衛艦・ふそう』は、柏木のティ連議会出席日程に合わせる形で、連合本部への表敬訪問を行う日がやってきた。

 日本人初の、国産ティ連型宇宙艦艇での超超長距離試験航海である。いやがおうにも気分は盛り上がる。

 もちろん双葉基地には取材のマスコミも殺到し、記念行事なんてのも行われていたり。


「本日は、この目の前に見えます日本初の国産ティ連型宇宙艦艇。航宙重護衛艦「ふそう」が、単独でティエルクマスカ連合本部へと表敬訪問する日がやってまいりました。先ほど、防衛省と内閣府が発表した内容によりますと、今回この「ふそう」は、冥王星の長距離ワープゲートを利用し、まずはイゼイラ星間共和国を訪問した後、ティエルクマスカ連合本部のある宇宙域へ向かう予定となっているそうです。この連合本部の存在する場所は、極秘事項ということで一般にはまだ公開されていませんが……」


 とそんなレポーターが原稿片手にカメラへ向かって解説する絵も、いろんな場所で見られたり。


 さて、此度の航海にはいかなるスタッフが同行するかということだが、案外お馴染みの連中が行くことになるわけで……


 まずは柏木。こやつがいないとそもそも話にならない。でもってフェルさん大臣。この方も先の通り、件の委員会へお願いにいくのと同時に、「日本の国務大臣」としてイゼイラ議会へ表敬訪問。

 水先案内人として今回の任務のみの「ふそう」臨時副長に就任したニヨッタ二佐。同じく艦長職研修中の香坂副長。艦長を務めるは、特危双葉基地司令としての立場でも訪問する形になる藤堂。


 柏木とは別に、ティ連各国代表の対応役として、白木が「はじめてのティエルクマスカ」で超ウキウキモードになっていたり。そして実働部隊として、ここは慣れた要員をということで艦載する旭龍複座型担当のシン・シエコンビに、陸戦部隊指揮官の大見とアドバイザーとしてヤルバーン州軍からシャルリが同道。


 ちなみにリアッサは今回お留守番である。流石に特危の重鎮幹部がみんなして出っ張るのもまずい。加藤、久留米、樫本・ティラスらとともに留守を守る。官僚組では新見が留守を守る。


 次に、技術アドバイザーとして、そんでもって『創造主認定委員会』へ顔見世しなきゃならん今や東大のマスコットにもなってしまっているニーラ教授……いや、創造主ニーラ・ダーズ・メムル様。もちろんこの呼名は死後の話で、生きている間は『賢者ニーラ・ダーズ・メムル様』という名誉呼称を頂けるそうな……昨今は、歩く時も手の振りがこころなしか大きくなったニーラ教授。エッヘン度当社比五倍ぐらいである。


 最後に……この方も一度はイゼイラやティ連本部に行っとかなきゃいかんだろという事で、ナヨクァラグヤこと、ナヨさんな『ナヨ・ヘイル・カセリア・ヤルバーン州議会進行長』閣下も同道願えるという話。なのだが、昨今完全に新見の、内縁の妻状態なナヨさんが彼と離れるのでちょっぴり寂しがっていたり。



 ……なんだかんだでよくよく見れば、かなりのメンバーではないかという話もあったりする。


「……って、安保委員会の最強スタッフじゃないですかコレ……」


 柏木連合議員が、ふそうのミーティングルームで腕くんで唸る。


「まあよう連合議員様、なんだかんだで俺達クラスが同行しねーとカッコつかんだろ」と白木。

「確かにな。連合本部……俺も始めて聞いた時は耳を疑ったが、その人工の星系に行って、防衛総省幹部と話するにも俺とシャルリさんクラスは欲しいだろ」と言うは大見。

『万ガ一、ガーグ・デーラノ連中ト遭遇シタ際ハ、ドウシテモ機動兵器ガ必要ニナル。トナレバ……』

「だなシエ。俺達がいかねーわけにはいかんだろうな」と語るはシンシエコンビ。現在異星敵性体とガチでやりあったことがある地球人は多川のオッサンのみである。

 ちなみにフェルさんシエさんともお子さんは、またこれ柏木真男夫妻や恵美のお世話になったり。

 まあ今回のティエルクマスカ連合「ふそう」親善訪問計画他、諸々案件の滞在予定日数は二週間というところ。そんなに長くはない。


『ま、あたしも行くから安心しなヨ。連合本部の防衛総省管轄地区では色々顔が効くからサ』


 そう、シャルリは元連合防衛総省軍騎兵科空挺戦闘団所属の精鋭だったことを忘れてはいけない。ティエルクマスカ連合人工星系区は彼女の庭のようなものだ。


 で、最後はニーラ教授とナヨ様。


『では、妾は今回カシワギとは別に、ヤルバーンの代表として来訪者のお相手をすればよいのですね』

「はい。そういうことでお願いします。で……私とフェルの、例の件。かの団体さんに口添えしていただければ大変助かるのですが……」

『デスデス。ナヨサン、そういうことでニホン国の法の件もありますので、ナヨサンが口添えしていただけたら、あの頭の硬いクソジ……ゲホゲホゲホ……保守的なお方々もご理解くださると思うのでス』

『ウフフフ、あいわかりました。妾とてそのあたりは創造主の遺志としての自覚はあります。話ができるのであれば、上手い具合に取りなしましょう』

「すみませんナヨ議会進行長閣下」

『アリガトですナヨサン』


 二人してペコリと頭を垂れる。

 だが、と横から疑問を呈するは、賢者ニーラ様。昨今ちょっとお姉さん風味になってきたニーラ。


『ファーダファーダ。でも、創造主になるのはファーダやフェルお姉さまの死後の話ですよ。そんな死んだあとの話なんて別にイイじゃないですか』

「でも、ニーラ教授は今その『賢者』って称号持ってるでしょ?」

『ハイ』

「それって地球っぽい言い方すれば『司祭』や『阿闍梨』やらそんな階位や敬称じゃないですか」

『ウ~ン、そうなるのかなぁ』

「それがマズイんですよぉ」

『しゅーきょーってのですか? めんどっちーですねぇ……』

「ですなぁ……」


 そう。それをたがだかお断りにいくのに、この始末である。即ち、その『ティエルクマスカ創造主認定有識者委員会』とはそのぐらいの組織であるということでもある。


 さて、てな具合にあとは藤堂や香坂らブリッジクルーの紹介と、今後の予定や艦内規律などの説明を終えたあと、出港準備に入るふそう。

 この「ふそう」はカグヤとは違って完全な軍用仕様の船だ。従ってカグヤほどの旅客船的な設備はほとんどない。全く無いわけではないが、せいぜい艦内休憩サロンにその面影があるぐらいで、部屋も高級士官やVIP以外は二人部屋である。パーティションで仕切られているので唯一それでプライベートが守られている程度。

 フェルと柏木はVIPなので個室を充てがわれる予定だったが、二人が「夫婦なんだし二人部屋でいいよ」という話になって、一般の二人部屋が充てがわれる。シエと多川もそれでいいのではとそういったところ。

 もしティ連のエライさんを、ふそうに乗せるような事になった場合にVIPルーム使ってもらえるから良いではないかという話でもある。


    *    *


 さて、『航宙重護衛艦ふそう』は出航時間と相成り、双葉基地港湾を離岸する。

 特危隊員甲板に出て、皆して整列敬礼。シエと多川も甲板に出て敬礼していた。

 マスコミのカメラも砲列をなし、今日この記念すべき日本独自の宇宙時代始まりの証となる船を撮る。

 フェルと柏木も甲板に出て手を振る。ふとみると二人の可愛い姫が真男に抱っこされてバイバイしていたり。シエと多川の可愛い坊主も絹代に抱っこされてバイバイしている。恵美と綾乃ちゃんも手を降っていた。

 ままこれはこういう仕事なので親としても仕方のないところでもあり、つらいところでもある。とはいえゼル通信システムもあるわけで、いつでも会おうと思えば会えるのは会えるのでそういうところで家族の絆は守られていたり。


 ……ふそうは離岸後、いつものパターンで白航引いたあと、空間振動波機関を稼働させ、その艦体を宙へ浮かび上がらせる。そのまま高度をぐんぐんと上げて大気圏突破を目指す。

 その間、航空自衛隊のF-15J戦闘機隊が、ふそうのエスコートについて飛行限界高度まで付き添ってくれた。これは別に編隊飛行して喜んでいるというわけではなく、きちんとした理由がある。それはF-15の視点で外部から何かふそうに不都合がないかを点検観察してくれているのである。

 そこはいくらハイクァーン保守点検に修復が可能なティ連技術艦とはいえ、日本伝統、技術屋の原点でもある宇宙最強の保守点検方法『目で見て確認』だ。


 「ふそう」は順調に大気圏を難なく突破し、地球圏の軌道を抜け、月軌道をも抜けて順調な通常航行を行う。

 丁度今日は、イゼイラからの定期旅客船『アスカマル』の来港日だ。現在、週二のティ連便も、週四にまで増えて、相当数の船がヤルバーン軌道タワーにやってきている。

 アスカマルを左手に見て「ふそう」は通常航行。お互い通りすぎるのを鑑賞できるほどであるから、距離的にはかなり離れている。だが、アスカマルの方は二〇〇〇メートル級の旅客船だ。「ふそう」の方が全然小さい。なので、向こうさんはコッチを確認できているのかなと艦の諸氏は思ったり。発光信号を炊いて互いの航海の安全を祈り合う。


 艦内にピーヨと警報が鳴る。


『達する。本艦はこれから木星域までの特殊空間跳躍航法試験を行う。関係者は担当部署で待機。以上』


 特殊空間跳躍航法――即ちディルフィルド航法のテストだ。ここは自衛隊用語ではこのような呼称になっている。でもってもうディルフィルド航法のテストは月軌道から少し離れたところから木星域までというのが慣例になってしまった。まー言ってみれば「絵になる場所」だからという理由なのだそうだが。


 艦内はその通達で諸氏ディルフィルド航法準備体制に入る。とりあえずは皆して着席だ。それで十分である。

 毎度のごとくドン! というイメージで空間という名の水面に飛び込むように「ふそう」は地球圏宙域から姿を消し、刹那、木星宙域へドカンと「ふそう」は姿を現す。艦前方下部に空いたディフレクターフィールド発生装置から放たれた波動によって、前方の小さな木星デブリは豪快にフッ飛んで行く。


「藤堂艦長、空間跳躍終了。ふぅ……ゼルシミュレータとほとんど変わりません。やれやれです」

「そうだな。俺もゼル訓練では何回か経験したことはあるが、リアルは初めてだ。はは、そこは副長と同じだよ」

「ですが、そう考えるとあのゼルシミュレータとはすごいものですね。実際の体感と何ら変わらない体験が可能なわけですから」


 そう香坂が話すと、それを聞いていたニヨッタが


『デすから、そのゼルシミュレータでの訓練と、このような実地訓練との組み合わせが大事なのですよ。コウサカ副長も今後実際の操艦を経験していくことになるとは思いますが、段々とリアルに慣れてくると、ゼルシミュレータとの違和感を感じてくるようになりマス。そうなればイチニンマエですよ、ウフフ』


 その言葉を聞く藤堂に香坂。やはりこの場所ではニヨッタの方がずっとベテランである。


「いやはやニヨッタ教官には色々と教えてもらわなければならないことが多いようです」と藤堂。

「は。本当ですね。まったくもって宜しくお願いいたします」と香坂。


 二人とも階級はニヨッタより上だが、そこは学ぶものと教えるものの礼儀である。


 さて、各部点検と同時に、環境シールドのテストも同時進行で行う。

 ここでも甲板に出て環境シールド内での木星見に興じることができるが、そこはなんだかんだで自衛隊。時間制限で命令一発キビキビと諸氏点検任務に従事する。

 とはいえ、こういうところではまだまだヒマ人であるフェルに柏木、白木にナヨさん、賢者ニーラ様。所謂官僚・政治家組。


「なんか悪いなぁ、俺達だけ観光客気分で……何か手伝おうか……」


 とはいっても軍用艦艇で何を手伝うのかという話。んなもん手伝えるところなんてないのでなんだかんだと二人して水入らずな旅になってしまうという具合である。

 まま、当地に到着した途端に忙しさ爆裂の二人であるからして、これぐらいの自由な時間は許されてもいいだろう。


 と、各種点検も終了し、次に向かうはディルフィルドゲート冥王星ステーションだ。

 ここも現在ではすっかり太陽系向けの主要ゲートとなって、旅客船の行き来も激しい場所になった。

 この冥王星ステーション。来年には火星に移動させることになっており、現在イゼイラ政府が推める『太陽系火星中央港計画』での太陽系の基幹ステーション基地として太陽系全体をカバーできるティ連と地球世界の交流基地にしようという作業が進行している。

 ただ、そうなると太陽系を周遊しながらの地球到達ができなくなるので、ちょっち不満の声も聞かれたり。

 それはともかく、そんな予定もある冥王星ステーションに程なくジャンプで到着すると、冥王星ゲート基地スタッフから歓迎の言葉をもらう「ふそう」。

 現在、冥王星ゲートステーションは有人ステーションとなっており、定期的にヤルバーン州から人員がシフト交代で滞在しているのだ。直径五〇キロ規模の宇宙ステーションである。こんなのが火星宙域までワープしてきたら、それはもうまた一悶着あるのではないかと思うが、今の日本人は「まぁいいか」と、もう慣れたものだったりする。


『コチラ冥王星ディルフィルドゲートステーション。「機動巡洋艦フソウ」のミナサン、ようこそ。只今からゲートシールド装置を転送装着いたしまス。指定された位置で待機してください』

「こちら『機動巡洋艦ふそう』了解。指定位置で待機。よろしくお願いいたします」


 航宙重護衛艦ふそうは、ティ連艦艇規格だと、中型機動巡洋艦クラスになるので、こういう呼ばれ方をする。そもそも駆逐艦も巡洋艦も強襲揚陸艦もひっくるめて『護衛艦』と呼ぶ日本の呼称の方が異常なのだ。今の日本なら、仮にヘストルの座乗する戦艦バーシェントと同型の艦でも『護衛艦』であろう。


 程なくふそうにはゲート通過用シールド装置が転送装着される。

 カグヤにしても、このふそうにしても、ティ連のみなさんからすると珍しい意匠の船なので、今後のために色々と記録もとっていたりする。

 しばし待つと、ゲートがお馴染みの波動を発し、その波動は宇宙船の中で音の波に変換されてウォンウォンという音を奏で、船内に響き渡る。


「お、始まりましたね」


 ブリッジでその様子を見学する柏木とフェル。


「はは、柏木議員はもう慣れたものではないですか?」


 香坂がそう柏木に問うと


「でも、あの境界面に突っ込む瞬間は今でもドキドキしますよ。全く違う世界へ突入しますからね」


 この応えに藤堂も


「我々もゼルシミュレーションで何回か経験しましたけど、あんな方法で移動することを考えた、その~……トーラル文明ですか? そいつらってどんな連中かと思いますけどね」


 するとフェルも


『確かニ。トウドウ艦長の仰るとおりでス。私達も大昔に彼らから貰ったものを解析して使っているだけですから、こんなスゴイ技術を発明した過程を知りたいデスよ』

「ですから発達過程文明との共同研究が不可欠だと?」

『そういうことですネ』


 なるほどなぁと皆して妙に納得してしまう。

 と、そんな雑談でゲートステーションの作業完了をしばし待つと、ゲート側から通過許可が出た。


『量子接続信号、レグノスゲート中継でイゼイラ中央ゲートに直結。亜空間回廊目的地へ順調に形成中……こちらメイオウ星ゲートステーション。機動巡洋艦フソウ。空間境界面形成完了。進入どうぞ、よい旅を』

「了解、感謝します……ふそう進入始め。微速前進」「ふそう進入始め。微速前進宜候!」「微速前進宜候~」


 藤堂の命令で復唱が木霊する。と同時にふそうがゲートへ向かってゆっくりと進入していく……

 いつものとおり、澄み切った湖面に小石を落とすがごとく進入するふそう……と同時に、ドンとばかりに瞬間、外を見ることができる環境モニターは、まるでいろんな色をぶちまけた荒れ狂うインクのような渦潮の中心をぶっ飛ぶように突き進む画に変化する。


「これですよこれ! いやー、現実もやっぱりスゴイですな!」と瞬間顔を強張らせる香坂。

「ああ、いやはやまったく強烈だよ」と藤堂。


 だがニヨッタ副長は『まー、スグに慣れますヨ。オホホ』と余裕である。もちろん横で構えるフェルさんもすまし顔。まるで山陽新幹線のトンネル程度にしか思っていない。


 場所はちょっち変わってふそうのサロン。カグヤほどではないが、この船唯一の船内で憩える空間であるが……


「あ……おあ……」と壁面モニターにかぶりつくは白木室長さん。

「こ、これは……スゴ……」と呆然とするは大見ニ佐。


 その隣では、ゲート体験済の多川先生と、シエ奥様が余裕のフフン顔。

 白木と大見の間に立って、二人の肩を叩くはシャルリ姉。ぬはは顔で驚く白木と大見を見て楽しそうだ。


『おー、立派なモンじゃないかい。全然揺れないね。いい船じゃぁないかい、気に入ったよアタシゃ』


 とシャルリ。初めての国産艦としては、ここまで堂々と亜空間回廊を行くことができるとは立派なものだと。


『デ、ドウダ? シラキ、オオミ。初メテノ亜空間ハ』


 そうシエが二人に問うと、白木、大見が口をへの字にして……


「いやはや、どう答えたらいいか……ただ言えることは、この事麗子に話したら……」

『話シタラ?』

「絶対今度連れて行けといいますな……むはは」


 そう応える白木。みなも確かにそうだと大笑い。


「美里に話しても、同じ答えだろうな」

「お、そうなのか? 大見」

「ああ。話した時点で、次の家族旅行先決定だ」


 多分、次に大型休暇とれた時は、家族そろってイゼイラ行きかもしれんと。でも行くだけで現在三日かかるので、最低一〇日の休暇は無理だと苦笑いの大見。


「さて、亜空間回廊に入っちまったら、あとは到着までのんびりするしかないな」


 と多川。恐らくシフト制で休息時間が割り当てられるだろうと話す。

 ティ連では、亜空間回廊を通過する際は、本当に何もする事がないので、通常空間到達後、超忙しくなるのを見越して全員この時を利用して体を休めるのだという。

 なので、以前の亜空間回廊内でガーグ・デーラの奇襲を受けた事件や、『カグヤの帰還』作戦なんてのは異例中の異例作業なのだという。

 という事で、亜空間の奔流に身を任せ、回廊を驀進するふそう。艦には現状異常無し……


    *   *


 ……「ふそう」がゲートに進入してしばし後。

 太陽系外縁部から約一光年先。つまり、地球文明圏境界線上にあるイゼイラ領国際宙域ステーション。人工亜惑星『レグノス』


 もともとは人工亜惑星要塞というティ連の最終戦略強襲兵器を民需転用した宇宙ステーションで、現在はこの太陽系から一光年先の地球文明境界線、つまり国境上に太陽系の防衛や、交通、交易中継基地として鎮座している。

 このレグノス同様の人工亜惑星に搭載されるディルフィルドゲート。その出力は冥王星ゲートの比ではなく、各国中央星宙域にあるメインゲートクラスの出力を持った兵器で、そのゲート出力を利用して、各国から怒涛の艦隊を作戦宙域へ送り込むことができ、更には連合本部人工星系の『ディルフィルド亜空間兵器』の発射ノズルとしても機能するという本来は恐るべき、所謂『兵器』なのだが、そんな性能を平和利用で使用すれば、超大型の人工都市としても機能するわけであって、現在のレグノスは兵器として機能しておらず、ティ連国際宇宙ステーションとして機能している。


 そんなレグノスは、ディルフィルドゲートをなんと六器も備える。独特のケルビン多面体状の構成の内、正方形状の開口部をゲートとしており、その部分が六つ。これすべてゲートであって、即ちこのステーション一機で同時にそれだけの艦艇進入と放出を同時に行える恐るべき性能を持つ。

 そんなレグノス・ディルフィルド管制室に亜空間回廊中継接続の報が入る。


「お? メイオウセイゲートから回廊中継の信号が来たぞ」


 管制室の担当官がいつもどおりの仕事をこなす。昨今は旅客船も就航し、その作業も慣れたものである。


「このタイムスケジュールだな。確か、ヤルマルティアからの便だ……なんでもヤルマルティア初の国産巡洋艦が連合に行くって話だぞ」

「へー、ということはヤルマルティアもハイクァーン工学を習得したってことか……こりゃおもしろくなりそうだな」

「確か……ハルマの地域国家アメリカ国も磁力型で相当高度な航宙艦艇を建艦してるという話だけど」

「磁力型はディルフィルドジャンプさせるための出力強化が難しいからな。そこんとこどうするんだろ」

「ヤルマルティア以外の地域国家へ、重力子型機関の提供は禁止されてるんだろ?」

「らしいな。まあでもメイオウセイゲートがカセイにまで移動すれば、磁力型でもティ連へ来るには問題無いだろう。ゲートシールドが装備できればどんな船でも問題はないからな」


 そんな管制官の雑談。基本、ゲート管制はシステムが自律的に行うので管制員はモニタリングのみなので楽な作業だ……




 ……と、そう思っていた彼らだったが、彼らもプロの技術者である。システムから送られてくるデータの異変に気づく……


「ん? なんだこれは……」

「どうした?」

「これ……これなんだけど、こんな量子信号、予定にあったか?」

「え? どれどれ……いや……タイムスケジュールにはないな。どこからだ?」

「いや、わからん。域外信号扱いになってる」

「え? おいおい、域外信号っつったら、連合領域から一〇〇万光年以上先か、並行宇宙か、もしくは……」


 と、そんな疑義を話していると、ディルフィルド管制室に、急な警報が鳴り響く。


「!!……どうした!」


 その突然の警報に慌てる管制員達。


「おいおいおい、コレ見ろ! システムが勝手に亜空間回廊を構築しているぞ!」

「なに!? どういうことだ!……って、この航路、あのメイオウセイゲートから来た亜空間回廊波動の進路じゃないか!」

「え!? 待てよ! システムが勝手に航路を切り替えてるのか!?」

「戻せ!」


 そう、今彼らがなぜに慌ててるかというと、自律システムが「ふそう」をイゼイラゲートへ送る為に設定した亜空間回廊コースを、勝手に変えているためである。

 例えるなら、鉄道線路の切り替えポイントをガチョンと勝手にシステムが変更したのである。


「だめだ! 戻せない!」

「クソっ! 管制システム、答えろ! なぜ勝手にこの航路を変更したっ! すぐに元へ戻せっ!」


 管制官はシステムへ怒鳴り散らすように叫ぶ。するとシステムは淡々とした口調でこう返答してきた。


【_管制システムへの質問。回答します_現在、当システムは、イゼイラ共和国空間交通及びその管理に関する連合法令第七条に基づく緊急信号を受信しました。従って本システムは、この信号への対応のために、当該信号発生地点へ最も到達が容易な航路を設定した連合軍用艦艇を誘導する義務を負います。従って現在ダンク09087658番号で亜空間回廊波動を接続中の航宙軍用艦艇を当該設定地域へ誘導します】


 その言葉を聞いて顔面蒼白になる管制員。


「ち、ちょ……ちょっと待て! 空間交通法第七条だと!!」

「なに? どういうことだ、意味がわからんぞ!」

「いや、そんなのは後でいい! んじゃシステムは!……」

「ああ、このヤルマルティアのフソウを連合の艦艇と認識したんだ。まずいぞ……でも第七条って……」

「おい! フソウに亜空間量子通信は繋がるのか!」

「はい! それは問題ないかと!」

「ではすぐに状況を報告してやれ! いくらヤルマルティア人の国産宇宙艦っても、全員が全員ヤルマルティア人ってわけではないだろ!」

「確か……今回のフソウには、フリンゼが乗っていらっしゃるとか」

「なんだと……そうか、いやむしろそちらのほうが有り難いかもしれんな。船のヤルマルティア人達へ説明しやすいだろう……とにかく連絡を! で、回廊から船を放出する予想地点は!」

「まだだ、システムも計算できないと言っている。回廊から出てからじゃないとわからんそうだ」

「はぁ!? なんだそれは……そんなパターンなら……おいおいおい、ちょっとまて、その信号、もしかしたら別宇!!……」



    *    *


 亜空間回廊を驀進する『航宙重護衛艦ふそう』

 順調な航海のように見えた「ふそう」だったが、その異変は彼らも認識していた。


『原因はマだわからないのかっ!』


 今、艦長席に着くは、なんと副長のニヨッタだった。藤堂はニヨッタの横に立ち、艦長椅子と手すりに手をかけてニヨッタの指揮を黙って見守る。

 香坂も藤堂に同じ。なぜこうなったかといえば、簡単な話である。藤堂、香坂ともにゼル訓練で経験したことのない状況だったからだ。なので藤堂はすぐさま艦長席をニヨッタへ譲り、指揮をとってもらっていた。こういうところ特危隊員は臨機応変だ。全員が自分の技量を心得ている。変な意地は張らないのだ。


「ニヨッタ副長! 今、レグノス管制センターより入電! 読みます!」


 その内容を聞くニヨッタ。するとみるみるうちに顔色が変わっていく……


『な・に……連合空間交通管理法第七条だト……』


 その言葉を聞いて、日本人以外のふそうスタッフがざわつき始める。

 即座にその異様な空気を感じ取る藤堂と香坂。


「ニヨッタ副長、どうしました?」

『……あ、いえ……まさかこんな法が適用される状況が発生するなんて……』

「?」

『トウドウ艦長、少々厄介な状況になりそうデス。よろしければミーティングを行いたいのですが許可いただけますカ?』


 藤堂は香坂と顔を見合わせて頷くと、ニヨッタの提案を了承した。ただ、そのミーティングには必ずフェルを出席させて欲しいと……



 ……ということでミーティングルームに主要メンバーが全員揃う。

 現在のふそうが置かれている異常な状況に、みな不安顔だ。


『みなさんそろいましたネ』


 ニヨッタが淡々と話す。まずこの船団最高責任者である藤堂が……


「みなさん、まずは現在このふそうが置かれている状況ですが、この艦が沈没するとか、そんな状況ではありませので安心してください」


 そう笑顔で語り、皆を安心させるが、その笑い声も乾いたものだ。さすがに船に火がついたとかそんな状況ではないのでそこまで深刻には考えていない。ただ、ニヨッタが藤堂に変わってその次を話すと、少々深刻な事態であることが理解できた。


『実は……先ほどから本艦のシステムが、この艦の置かれている異常な状態を感知し、その原因をさぐっていたわけデすが……その原因、先ほどレグノスステーションから量子亜空間通信が入り、判明しました……』

「と、言いますと?」


 一応このメンバーの中では最も政府へ近い立場にある柏木が、ニヨッタに問う。


『ハイ……』と言いつつ、ニヨッタはチラとフェルの方を見て『連合空間交通管理法第七条に基いて、レグノスステーションの航路管理システムが強制的に本艦の航路を変更したそうです』

「この船の航路を変更した?……つまり、亜空間回廊の到着地点を変更したということですか?」

『ハイそうですファーダ』


 そうニヨッタが話すと、ガタっと急にフェルが立ち上がり……


『連合空間交通管理法第七条……ですカ?……』

『はいファーダ……いえ、フリンゼ……』


 するとフェルの横に座るナヨもニヨッタの目を見て


『ニヨッタ。間違いないのですね……その言、冗談ではすまぬことデスよ』

『は、ファーダ……いえ、フリンゼ・ナヨクァラグヤ。間違いありません』


 ニヨッタはあえてナヨをナヨクァラグヤの名で答えた。

 フムと頷くナヨ。そしてフェルの肩に手を当てて「まあ落ち着け」と諌める。そして背後からシエが同じく彼女の肩をとる。

 シャルリにニーラ、他ティ連人諸氏は同じ様な雰囲気。フェルがなぜにここまで狼狽するか理解しているようだ。

 無論日本人勢は、何のこっちゃわからない。

 すると次に白木が事を問いただす。


「ニヨッタさん。無論我々日本人にもわかるように説明してくれるのでしょうな?」

『ハイもちろんですケラー。そのためにみなさんをお呼びしたわけですので』

「はは、確かにそうですな。失礼、ではお願いできますか?」

『はい。では……どこからお話しましょうか……』


 ニヨッタは、まずその『連合空間交通管理法第七条』というイゼイラの法を話し始めた……


 この法、なんでも制定されたのが聖イゼイラ大皇国時代の法律なのだそうで、その当時の法が、共和制になってからもイゼイラ共和国法へ受け継がれた法なのだそうである。

 その法の内容は、イゼイラ旧皇族に関する内容で、所謂旧皇終世議員に関する法なのだが、その内容を簡潔に書くと……


【連合空間交通管理法第七条:共和国旧皇終世議員が宇宙船、トランスポーター他、あらゆる状況下で遭難事故に遭遇し、消息不明の事態に陥った場合、遭難信号を傍受した付近の政府、もしくは軍のあらゆる機動機械は当該発信地域へ直ちに探索行動へ向かわなければならない。超空間航行中の艦艇は、その到着地点を変更しなければならない】


 とあるそうだ。


「ということは、その法令に基いてレグノスステーションのシステムが、この「ふそう」の超空間航路を強制的に変更してしまったと……」


 そう問うは藤堂艦長。


『ハイ……この「ふそう」ですが、ニホン国の艦であると同時に、トッキジエイタイ。つまり、連合防衛総省太陽系軍管区司令部の艦とシステムは認識したようで、この船をその遭難信号の元へ送り込むのが妥当という結果を導いたようです』


 なるほどと、とりあえず納得する日本人諸氏。で、なぜこんなイゼイラの都合丸出しみたいな法が、連合法として取り扱われているかというと、例の『加盟国優先法規定』に指定されているからだそうだ。なので、連合はイゼイラのこの法に該当する状況が発生した場合、協力しなければならない。ただこんな状況そうそう発生することもないと思っていたので、イゼイラ政府も言ってみれば……放置していた法規定なのだそうだ。ただ不運なことに現状「ふそう」がこの法の定める状況にはまってしまった形になったというところだ。


 だが、その話を聞いて日本勢納得はしたものの、何かティ連のみなさんの様子がおかしい。

 フェルに至っては、柏木の腕を取って、何かガタガタ震えているようでもある。

 そこで柏木がニヨッタに問う。


「ニヨッタさん。なるほど概要はよくわかりました。状況的にそういう事ならば、遭難者がいるということですよね、しかも旧皇議員さんなら大変だ。藤堂さん、捜索に協力しましょう」

「ええ、もちろんです。人命に関わる事ですからな。特危としても優先度は今の任務より遥かにそちらのほうが上だ。で、どうすればいいのですか? ニヨッタ副長」

『ハイ……ハァ……ただ……その遭難者ですが……』


 小難しい顔をするニヨッタ。目が泳いでいる。

 するとフェルが


『ミナサマ……そこからは私がご説明しまス』

「え? フェルが? なんでまた?」

『ウン……マサトサンも、よく聞いてくださいね……』

「ああ……」

『実ハ……その、連合空間交通管理法第七条に該当する遭難信号を発する機会のある人物とは、イゼイラが共和制に移行して以降、一件しか発生していません』

「……」

『その人物とは……私のマルマとファルン。つまり、ガイデル・ヤーマ・ナヨクァラグヤと、サルファ・ヤーマ・カセリアの例しかないのデす……』

「なっ!!」


 この一言で、日本勢の諸氏、ティ連人諸氏とその想いを一つにできた。

 そりゃそうだろう。今までずっと遭難して死亡していたと思われた人物。しかも時が時ならイゼイラ皇帝と皇后の遭難信号だ……


 正直なぜに今になってとは思うが、それが現実なのだから仕方がない。もしそうならフェルとしてはつらいところだ。なんせ遭難状況を知っているし、あれからどれほどの時間が経ったか。当然考えられるは遭難した船の残骸が、何らかの理由で長い時間をかけて自動修復し、遭難信号を発したか。それぐらいしか考えようがない。なので救出に向かっても恐らく回収できるのはミイラ化した遺体か何かか……いや、遺体すらないかもしれない。

 ここに来てまさかそんなことになるとは……と。

 思わずフェルの肩を力を込めて抱きかかえる柏木。


 で、憂慮する事態はそれだけではないとニヨッタは話す。


『今一番の問題ハ、その信号を発する地点が……別宇宙である可能性がありまス』

「???」


 ハァ? な顔の日本人。で、ティ連諸氏は「げぇえええ~」という顔をしている。


「べ、別宇宙? な、なんですかそれは」

『ソレを説明すると長くなるのですが……』


 ……別宇宙。それは地球でも有名な、筋萎縮性側索硬化症を患いながらもその天才的な思考で数々の宇宙理論を提唱している博士も唱える……所謂端的に言えば別世界。もしくは異世界ともいえるものである。並行宇宙とは少しちがう。


 色々と宇宙物理が唱えられている現代ではあるが、その中の有力な説の一つに、宇宙空間とは、とある大きな空間の中に存在する空間のことで、たった一つしかない……というものではないのだという。例えるなら、海の中で発生する泡のようなものといえるかもしれない。

 つまり、大きな某の空間に、「宇宙空間A・B・C・D」という具合に存在するもので、我々の宇宙もその中の一つなのだという話。

 ただそれだけの話ならいいのだが、その宇宙空間によっては物理法則などが各々違ってしまう可能性もあるわけで、もし仮にとある宇宙空間に飛び出て、その空間にヒッグス粒子のような存在がない。もしくは絶対量が何かの理由で少ないような宇宙だったら、ふそうはその空間に飛び出した途端、光になってしまう。

 で、以上終了だ。この物語も終わってしまう。

 まあただ、遭難信号が量子通信で受信できるぐらいであるからして、そんなえげつない宇宙空間ではないのだろうとは思うが、それでもこちらの常識が通用する宇宙かどうかは未知数だという。

 実際、遭難信号が受信できてはいるが、普通ならすぐにその信号でわかる『状況情報』がまったく入ってこない。つまり『良好』に通信できている状態ではないのだという。

 するとナヨが……


『なるほどの……ではその空間の状態。特に通信情報は、妾の様子を見れば、すぐに判断できますね、ニヨッタ』

『え? ファーダの?……あ、そうか!』


 そう、ナヨ閣下は仮想生命体だ。その自我をもつ本体はヤルバーン州にあるナヨ専用に設計されたトーラルシステムである。そこから量子通信で仮想生命体素体のナヨの存在を主観に彼女は存在している。つまり「ふそう」が飛び出た世界で量子通信に何らかの異常をきたすような物理法則の世界であった場合、一時的にふそうは地球やティ連からみて行方不明状態になることは確実で、ナヨも自我を仮想生命素体で維持できなくなってしまうという理屈になる。


「なるほどそういうことか……」


 柏木が腕くんで唸る。フェルも少し不安顔だ。


『マア……その遭難信号が出てるという事を考えるト大丈夫だとは思うけどぉ……こればかりは飛び出してミナイとわからないデスねぇ……』


 諸氏、なんともいいようのない雰囲気だ。こればかりは地球流に言えば、「運を天に任せる」しかない状況である。ただ、今回の件、こんな別宇宙から遭難信号が飛んで来るとは思いもよらなかったので、第七条システムの改良を提言しないとと、ニヨッタは思ったり。



 そして「ふそう」は急遽起こったこの事態の中、その目的地不明な終着点の亜空間回廊を突き進む。



 さて、彼らが飛び出す宇宙とは、どんな宇宙なのか。

 そして、遭難信号の正体とは?


 航宙重護衛艦ふそう。そしてその任務、のっけから大きなものとなるのであった……

 






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― 新着の感想 ―
出来た当初はただののっぺらぼうなタワーだったヤルバーン州も完成して数年も経過するとタワー部に超技術で造船ドックや居住区画が貼り付くようになり凸凹になっている様子を観ると一直線に落ちていた影がどうなって…
[良い点] 細かな設定がありながらも読みやすくてとても良いと思います。 [気になる点] ふそうの艦影にCIWSがあるように見えましたが実際のところどうなのでしょうか。 [一言] これからも頑張ってくだ…
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