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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
銀河連合日本外伝 Age after
84/119

銀河連合日本外伝 Age after ― Project Enterprise ― 第二話

 

 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ。


 郊外のとあるスーパーマーケット。

 とはいえ、アメリカ合衆国様のスーパーマーケットであるからして、そりゃでかい。スーパーマーケットどころか、ハイパーマーケットというヤツだ。

 クソだだっ広いフロアに、食料品から子供用品。楽器にスポーツ用品。アメリカらしく銃砲店にアウトドア用品と、ワンフロアなスーパーマーケット自体が商店街といったような、そんな場所。


 そこにプゥ〜ウ、ファウファウとサイレンならして青ランプ回し、何台ものパトカーがキィとブレーキ鳴らして続々と停車する。

 バンバンとパトカーのドアを楽団の打楽器のごとく鳴らし開けて、飛び出してくるポリス達。

 彼らはパトカーのドアを盾にしてシューティングスタイルを取り、銃を構える。

 パトカーは続々と到着し、上空にはサンフランシスコ市警のヘリコプターが舞う。現場は騒然としはじめた。

 スーパーマーケットの買い物客は騒然とし、中には悲鳴をあげるものもいて、次々と非常口から脱出してくる。

 買い物客達は、背を屈めて鈴なりに並んでゾロゾロと非常口から出てきた。

 黒人の女性警官が大声あげて誘導し、買い物客達を保護する。


 すると直後、買い物客の脱出に呼応するかのごとく、スーパーマーケットの中から大きく不愉快なガラスの割れる音に、何かが破壊される音。そして……


「sit! 頭を下げろ! くそっ! なんだってんだ!」


 そこにいる黒人ポリスの声が大きく響く。

 と同時に、バババっと乾いた銃声の音が響き、辺りからキャーという悲鳴が木霊する。

 近くで取材活動をしていたとおぼしきマスコミのカメラも入ってきたようだ。警官に止められてはいるが、可能な限り肉迫しようとそのレンズを銃声のする方向へ向け、レポーターらしき女性がそこに割って入り、現場をレポートする。


 するとマスコミのカメラが来たのを見計らったかのように、覆面顏な数人の男達が、ボディアーマーで身を固め、身体中にライフルのマガジンや手榴弾を装備し、辺り構わず無差別に発砲しつつ姿を現す。

 その発射される弾丸は恐らくフルメタルジャケット弾だろうか、パトカーや自動車のドアに車体を簡単に貫通させてくる。


 ――フルメタルジャケット弾は、本来ハーグ陸戦条約下で、無駄な苦痛を与える弾丸の種類を排除し、被弾した時に回復しやすい貫通性を持った弾丸として、軍隊では普通に使用されている弾丸だが、これが一歩軍事利用外で使用されると、今現在のような、かような事態をもたらしてしまう――


 そのサマを見た野次馬やマスコミは、悲鳴を上げてちりじりになり、大きな遮蔽物を探して身をかがめ、我が身を守ろうとする。

 犯人の手に持つ銃は、AK系列の銃だろう。レールマウントに西側的なアクセサリーをゴテゴテと取り付けている。

 残念な事に、応戦するポリス達の銃は、所謂拳銃で、せいぜい9ミリ口径のオートマチックか、38口径、40口径のリボルバーだ。弾数も拳銃で一四発前後でワンマガジン。リボルバーなら六発といったところだろう。そこに米国警官標準装備のショットガンが付くぐらいのものか?


 銃の頭数だけでいえば警察官側の方が多いが、なんせ向こうは恐ろしく高度なミリタリー装備だ。

 犯人の着込むボディアーマーは、警官の持っている拳銃程度の弾丸では貫通させることができない。確かに犯人のボディに命中してはいるようだが、命中箇所を押さえながらも、立ち上がって反撃してくる。しかも相手は複数人……五人はいるようだ。


「仕方無い! 頭を狙え!」


 といっても、こんな戦闘距離では、頭部になどそうそう簡単にあたるわけがない。

 警官側は一人、また一人と犯人……もうここまでくればテロリストと表現した方が早い連中の凶弾に倒れていく。

 仲間の警官が倒れた同僚の襟を持って引きずり、安全圏へ後退する。

 果敢にも突貫を行った勇気ある警官が敵に肉迫するが、奮闘かなわず倒れ、かなりまずいところを撃たれたのか、被弾したポリスは這いずって、フルメタルジャケット弾が貫通しない分厚い塀を縦に、腹を抑えて息を荒くする。


「SWATはまだ来ないのか!」


 と叫ぶ警官達。まさかここまでえげつない連中だとは思いもよらなかった。警官隊だけでなんとかなると踏んだのがミスだった。状況の連絡が少し遅れたのだ。

 犯人の正体も、もう今更調べずとも一発でわかった。

 黒字にヘタクソな白い環状模様。そして独特の文字。そう、あの中東で国を称するアホどもに傾倒したバカが、このアメリカにもいるのである。 


 すると、そのドンパチ真っ盛りの戦場ともいえるスーパーマーケットに、逃げ遅れた客がまだいたようだ。

 女の子の手を引いた母親。今がチャンスとばかりにタイミングを見計らってスーパーから飛び出してきた。

 だがマズっと思い、戻れ! と手を振る白人女性警官。

 母親は頭の中が必死モードになり、その警官のジェスチャーが目に入らない。

 まずい事にその母娘、テロリストのターゲットになった。奴らはアサルトライフルをガンガンと母娘めがけて狩猟でもするかのごとくぶっ放してきた。

 母娘はチュンチュンと弾く銃弾に巻き込まれ、頑丈そうなコンクリートのベンチを盾に、その場で釘付けになる。母娘を助けるために9ミリオートマチックで応戦する白人女性警官。だが、その警官も敵の仲間に撃たれて、もんどりうって倒れる。すぐさま女性警官をカバーする同僚の白人男性ポリス。

 どこで買ったか知らないが、装備だけで言えば警官より数段上の装備を持つテロリスト。この国ではこんなものでも軍用品ネットオークションやネットショップで簡単に手に入るのだ。


「الله أكبر!」


 するとそのテロリストは事もあろうか、その母娘めがけて神を称える言葉を吐きながら、手榴弾を投げ込んできた。

 「にげろぉ!!!」と叫ぶ警官達。だが母娘は足がすくんで動けない。母親は子供に被さって盾になろうと試みる。その時!


 手榴弾の爆発直前に、その着弾地点へ光柱が立ち昇る。

 その光柱の登場と、ほぼ同時に手榴弾が爆発。もうだめか! とマスコミや警官隊達が目を覆い、そして現場に顔を向けると……


 クオンクオンと音をさせ、その母娘が光のドームに包まれていた。その中には、それまでそこにいなかったもう一人の人影。

 左腕を盾のように構えて、母娘の前に片膝付いて庇うようなポーズを取る。

 無論、母娘は傷一つ負っていない。というか、その男はどこからやってきたのだ? そしてあの光のドームは?


 唖然とする警官達やテロリストを他所に、その人物……男はスックと立ち上がる。

 その容姿。グレーのスリーピースなスーツ姿に、黒く小さめのリボンネクタイ。スーツの中に履くは、ダークブラウンな拍車の付いた、革のウエスタンブーツ。

 ……ちなみに拍車とは、ウェスタンブーツのかかとによく付いている歯車の事だ。これを拍車という。馬に乗った時、これで馬の腹を蹴って、馬を加速させる。急ぐ時の『拍車をかける』という言葉の語源はここからきている。これ豆知識……

 

 そして、黒い革のテンガロンハットを乗せるその頭部の肌の色は……水色肌でツートンカラーの目をした、鳥のような羽髪。男の眼前にVMCモニターが展開され、そのモニターにシステム画像な現在の状況配置が、見たことない文字でチラチラ表示される。そう、その男、なんとイゼイラ人だった!

 男の正体。いや、デルンの名は、ティ連随一のウェスタンヲタ……いや、ヤルバーン州政府・内務省自治局主任兼、日本国警視庁公安部外事一課・出向警部補、キャプテン・ウィッチな元シエ自治局局長の部下であり、現局長リビリィの部下でもある『セマル・ディート・ハルル』その人であった!


『Are you ok?』


 その水色姿でイケメンエイリアンは、白人母娘に声をかける。母は娘を抱いてコクコクと頷く。

 セマルはニッコリ笑って「もう大丈夫だ」というと、近くにいた警官に声をかけて母娘の保護を頼む。

 その警官も現状にわけがわからず、今時アメリカ人でもしないような、ウェスタンな格好の水色肌な男へ呆気にとられ、その正体不明な異星人の言うことをホイホイと聞いてしまう。


 セマルは母娘を警官が保護した事を確認すると、グイと顔をテロリストどもの方へ向け、目を座らせ、さらに片目を細くさせる。その顔、セマルの大ファンな『go ahead make my day 』な俳優のよう。


 黒人警官の一人がセマルの正体を知っていた。調査研究に来たイゼイラ人である事を知っていたのだ。


「ミスター何しにきたっ! 下がって! 今スワットが来る! それまで!……」


 セマルは後ろ向いて心配ご無用の手を挙げると、テロリストにツカツカとゆっくり背筋を伸ばして近づいていく。

 彼がPVMCGをスっと撫でると、腰にガンベルトがゼル造成される。そのホルスターの中には……なんともマニアックなパーカッション式リボルバー拳銃『レミントン・M1858ニューモデルアーミー』が刺さっていた。ウェスタンの定番拳銃SAAではないところがセマルの哲学。


 ――このM1858ニューモデルアーミーという拳銃。パーカッション式という、シリンダーの前から六発分の火薬をサラサラと入れて、弾を六発分押し込んで込めて、シリンダーの後ろに、玩具のキャップ火薬のような雷管パーカッションをこれまた六発分取り付けて、やっと発射させる事ができるというSAAよりも旧式な発射システムを持つ、金属薬莢式以前のシングルアクションリボルバー拳銃なのだが、この銃が持つ、ある独特の機能があるおかげで、現在でもコピーが生産されている、SAAと人気を二分するシングルアクション拳銃なのである。その理由は――


 テロリストは「なんだコイツは」とばかりに、ライフルをぶっ放してくる。が、セマルはカっと靴を鳴らし、走りだすと、母娘を狙ったテロリストの真ん前へ飛び出して対峙。敵はライフルを発射するが、セマルに当たりはするものの、弾丸がセマルの目前でひしゃげ潰れ、カラカラと地面に転がり落ちる。その様子を見て、目を丸くし狼狽するテロリスト。慌てて胸の手榴弾に手を掛けるが、セマルがホルスターに収まるM1858に手をかけて、体を後ろへエビ反りにし、ホルスターから銃を抜くと、腰だめでファニングショット……引き金引きながら銃のハンマーをもう片方の手のひらと指で二発分起こして雷管叩き、回転させ、連射で弾丸を放つ。手で「仰ぐ」ように発射させる技法から「ファニングショット」と呼ばれているが、セマルのファニングショットはどこで練習したのか見事なプロ級ショットだ。ズバババンと銃声を鳴らし、黒色火薬独特の硝煙がもうもうと彼の周りに立ち込める。

 まま普通ならこのM1858の弾丸では、威力はあるものの最新のボディアーマーは貫けないところだが……この銃はゼル造成銃だ。弾丸はスタンブレットである。ボディアーマーなんざ逆に効果が無い。

 セマルの放った弾丸は、見事六発アホに命中し、敵は体中に青白い電撃を纏ってもんどりうって倒れる。

 

 セマルは敵が倒れたのを確認すると、先ほどの撃たれた警官が救出可能になったとみて、近くにいる仲間を手招きし、救出するようにジェスチャーする。

 それをみたその同僚警官は、腰をかがめてその彼を引きずって救助。

 更にそれを阻止しようとするテロリスト。

 セマルはPVMCGを操作して、救助する警官の前にシールドを展開させる……銃弾が空中で弾かれるサマに、びっくりする警官達。

 あまりに非道なそのテロリストに、いい加減キレたセマルは、首を少しかしげ、目を細めてテロリストめがけて堂々を姿を晒し、靴の拍車をガッチガッチと鳴らしながら、ツカツカと近づいていく。

 セマルは自分が身を晒すことで、攻撃を自分に集中させようと考えたのだ。

 当然テロリストはセマルめがけて集中砲火だ。だが、キンキンとセマルの周囲で光を発し、敵のライフル弾は空中でひしゃげ、カラコロと地面をむなしく転げ落ちる。

 セマルはその銃弾の雨の中、弾がなくなったM1858のシリンダー軸を少し引き抜き、親指で空のシリンダーをポンと押し出して廃棄し、腰から新たなシリンダーを取り出して銃に装着し、シリンダーを平手でカラカラと転がして稼働を確認すると、また敵めがけてファニングショットでぶっ放し、撃破する。


 ――このシリンダー交換システムが画期的で、SAAのような金属薬莢が主流になりつつあっても、この銃のパーカッション方式は根強く残ったのである――


 このセマルがとった一連のアクションを観た警官達。映画好きなコップ達が頭を過るモノ……


「あ、あれって、イーストウッドのペイルライダーじゃねーか……」


 と口をポカンとあけてそう漏らしてみたり。

 敵もここまでくれば、このセマルが只者ではないと察する。基本あのアホ国を崇拝するように見えて、単に世の中に対して不満をぶちまけ犯罪に走っただけの、ただのバカなので、ちょっとビビらせば、簡単に尻尾巻いて逃げ出すのがこの手の奴らだ、敵はライフル撃ちながら狼狽して逃げ出そう

とするが、セマルは再度素早くシリンダーを交換した銃で、容赦なく背を見せた犯人に正確な射撃を放ち、敵を昏倒させる。


 あっという間に犯人を三人打ち倒すと、これで形勢逆転だ。警官隊が反撃に入り、丁度SWATも到着した。

 セマルが倒した三人は、造成銃のスタンモードで昏倒させたのだが、他の犯人はこんな状況でも抵抗を見せたため、SWATに射殺された。

 セマルに倒されたこの三人も、どのみち懲役五〇〇年とかそんな刑でシャバとはお別れだ。言ってみれば死刑のようなものだ。こんな連中にかける情けなど、セマルにはない。セマルも一応イゼイラで治安を預かる身だ。その長い任務生活で、凶悪犯人を射殺した経験もある。そしてその行為に後悔などしたことはない。ただ、流石にここはアメリカなので、主権の違う治安部門の人間が犯人を射殺するというのも何かと問題があるということで、スタンブレットで抑えたのだが、これがイゼイラなら、法の命あれば彼もこんなテロリスト、容赦なく射殺しているところだろう。


 ……そして事件は解決した。

 セマルはM1858をトリガーガードに指入れてクルクルと数回ガンプレイして回した後、スコっとホルスターに収める。と同時に、ガンベルトやホルスター、そして銃が霧散して消える。

 そのサマを見て、驚くサンフランシスコ市民達。マスコミカメラにもバッチリ撮られたり。

 現場は応援のSWATで埋め尽くされてまた騒々しくなるが、とにもかくにも一般人に犠牲が出なかったのが何よりだとセマルは安堵する。

 撃たれた警官たちも、重軽傷あるがとりあえず命に別状はないとのことで、ホっとする彼。

 現場ではマスコミが奇跡の活躍を見せたセマルにカメラの砲列を向け、その水色で鳥の羽を髪に頂き、テンガロンハット被った時代錯誤な異星人に視線が集中する。


「ヘイ! ミスターイゼイランシェリフ!」


 さっき声をかけた黒人警官が手を上げて、セマルに近づく。


「やるじゃないか。はは、まるで映画のワンシーンだな! 来いよ!」


 そういうと、彼はセマルの手を取り、勝者の腕を上に掲げる。

 すると、周りの警官達にマスコミ、そして野次馬な観衆が気勢を上げて、口笛吹き、拍手してセマルの勇姿を称えるのだった……




 ………………………………





 ……と、そんな事件があった米国でのとある日より、時間は二日ほど前まで遡る。

 

 『DDCVS-001・航宙機動汎用護衛母艦かぐや』こと、宇宙空母カグヤは、地球上で初めての長距離航海というか、長距離飛行というか、ままそういう感じの長距離移動を行った。

 ってか、そんなものイゼイラから太陽系外縁部に飛んで、地球まで来る事考えたらどうという話ではないのではあるが、そこはやっぱり感覚的な話で、特に日本人となれば、かような超大型艦艇で、しかも空飛んで米国になだれ込んでやろうって話になれば、それは痛快なお話にはなる。


 そんなところでカグヤは太平洋を横断し、米国カリフォルニア州サンフランシスコ沖約五〇〇キロメートル地点に到着する。米国までもう目と鼻の先だ。

 すると案の定、米空軍の歓迎と言えばいいのか、それとも偵察と言えばいいのか、はたまた単に物珍しさで飛んできたといえばいいのか、米国空軍の誇るF-22ラプター戦闘機が飛んできた。

 普通ならここでF-22の編隊飛行みて、柏木あたりならウヒョヒョで喜んでしまうところなのだろうが、今回ドギモを抜かれているのは、当然米空軍の方だ。


 「おい、なんだあれは……」とでも言っているのだろうか、隣を飛ぶ僚機に何やらジェスチャーで会話しているパイロット。確かに普通は誰でもそう思うだろう。なんせ艦船に似た、後ろに妙な動力くっつけた巨大な空母のようなものが浮いて飛んでいるのだ。

 当然彼らのような世代が思い出すのは、幼き頃見たジャパニメーション『スターブレイ……』


 物珍しそうにカグヤの周囲を旋回して飛ぶF-22編隊。何周か回って彼らは通信を入れてきた。今回はきちんと所属をネリス基地と名乗ってきた。まあ言ってみればサマルカとはもうかなりな仲であるからして、礼を失してはいかんわけで、前回のように所属を秘匿する必要もなくなったということだろう。


『こちらネリス基地所属443戦闘兵器飛行隊。スペースキャリアー・カグヤ、ようこそ合衆国へ。こりゃまたとんでもないお客さんがきたもんだ。歓迎するぜ、どうぞ』

「こちら銀河連合日本国、特危自衛隊所属、DDCVSカグヤ。入国許可を願いたい。どうぞ」

『入国を許可する。で、どうするんだ? ゴールデンゲートブリッジはまたぐのか? くぐるのか?』

「カグヤより443。くぐらせてもらうよ、いきなりこの船が市民皆さんの上を飛ぶのもどうかと思うしね」

『了解だ。では適当なところで着水してくれ。って、そんなのが着水したらどんな風になるんだ? はは』


 まだこの距離では、デーリーシティあたりからはまだカグヤは見えない。

 F-22のパイロットは、アメリカ市民にカグヤの着水を見せてやってほしいと茶目っ気を出し、サンフランシスコ湾からちょっと離れた場所あたりでどうかと提案する。

 だが、そんなところでドブン、ザッパンとやれば、そりゃもう高波発生プールではないが、そんなのが沿岸地域をモロに襲うだろう。

 無理じゃないのかとそんな顔をするが、ティラスが推進パルスフィールドの調整で、なんとかなるだろうと、片目つむって通信士にOKを出す。


 カグヤは、サンフランシスコ湾に入るゴールデン・ゲート海峡に向かって着々と進み、高度を少しづつ下げていく。

 本土に接近するにつれ、プライベートジェットや、ヘリのような航空機が多くなる。すなわちマスコミである。カグヤ進路の邪魔にならないように飛んでくれるかといえば、残念ながら決してそういう感じではないわけで、所謂ベストショット狙いな、まま言ってみればあまり周りの事は考えないような、そんな感じ。


「アメさんのマスコミらしいっていえば、らしいわな。トラクターフィールドで、いつでもどかせるようにしとけよ」

「了解」


 藤堂がまぁこんなもんかと、想定の範囲内とばかりにハエのように飛ぶ小型ジェットやヘリを大きなディスプレイ際によって眺める。

 右に左に上へと目をやると、まあなんとも賑やかな空だ。小さいのから大きいのまで空を飛びまわっている。流石米国というべきか、航空機大国ここにありといったところだ。

 藤堂が眺める景色は下から上へ流れ、どんどんとカグヤは降下している。

 前方を見ると、小さくポイントポニーダ灯台に、ロボス岬に挟まれるサンフランシスコ湾入り口のゴールデンゲート海峡。

 そして海峡にかかるかの有名な、真っ赤な釣り橋、ゴールデンゲートブリッジ。日本語では金門橋が見えてきた。


「ティラス艦長。着水指定ポイントに近づきます」


 カグヤはその巨体を海面から高度数百メートルの位置まで降下してきていた。

 

『ヨシ、ではこのまま着水を開始せよ。空間振動波機関のディメンションシフト指数はそのまま。水面に接してもカグヤ周囲はディメンションシフトを維持。浮力はかけないように』

『了解。このまま水面ニ、着水シマス』

「かぐや、水面接触まで10・9・8・7……」


 カグヤは巨体を水面に接触させるが、なんと水しぶきもあげす、まるで水面に埋まり、めり込んでいくかのように着水する。

 F-22のパイロットや、マスコミの空撮部隊は、カグヤが超巨大な飛行艇が着水するかのように、ドッシャァ! とやらかすかと思ったが、そのあまりに拍子抜けな、かつ、観たこともない彼らの物理的常識を逸脱した着水風景に目を丸くする。

 で、しばし間を置いて、カグヤは何かの効果機能を解除したのだろう。艦首から艦尾にいたって、ドッシャァァァ! と大きな水しぶきをまとい、白航引いて、水上を進んでいく。

 何かその間をおいたドッキリのような着水風景にびっくらこく米国諸氏。

 その様子を見ていたマスコミも、これは良い絵だとばかりに、カメラを回す。


 このカグヤの変な着水は、所謂空間シフト航行を着水時も維持し、水上でも空間をシフトさせて移動したために、何かを水面に埋め込んだような移動を行い、そしてそのあと、空間シフト機能を解除したために進行速度相応の抵抗を水しぶきで物理的にぶちあげたのである。これで湾内を水浸しにしなくて済むという寸法である。こんな感じのティラス艦長のショーである。


 カグヤの勇姿は、それはもう洩れなく全米でライブ中継されている次第であって、ニューヨーク・タイムズスクエアの大型液晶モニターでも、そのクソでかい空母の着水するシーンが流され、多くのニューヨーカーがその様子に足を止めて眺めていたり。

 当のサンフランシスコでは、それはもう市民が今か今かとカグヤの到着。すなわちゴールデンゲートブリッジをくぐる様を見たいと、カグヤを見渡せるいろんな場所に陣取っていたりする。


 しばし待つと、もう見るからに異様な……米国人視点では、それはもうモンスターとでもしか言いようのない航空母艦の形をした馬鹿デカすぎる艦船が、海峡へ進入し、湾内へ向かっている壮絶な光景を目撃する。

 中には自家用ヨットやクルーザーを持ち出してカグヤを眺めようとする輩もいたようだが、さすがに好奇心旺盛な米国人でも、それに接近しようとはしなかった……なんせ彼らの知っている原子力空母なんぞよりもデカい代物だ。しかもそいつは空を飛ぶ。

 それを見る米国人たちの口をあんぐりと全開開放させながらカグヤは進んでいく。

 コーヒーの入れ過ぎでアチチな演出や、ハンバーガー掴んだつもりが、野球ボール掴んでそれを口に入れるなんてボケ方もお約束。みんなしてそんな感じであったり。

 ゴールデンゲートブリッジの手前に差し掛かった時、カグヤはマストを造成して日章旗に連合日本国旗。ティエルクマスカ連合旗に連合イゼイラ旗。そして米国旗を掲げて、金門橋の下をくぐっていく。

 それはもうその橋梁と、カグヤとのデカさの対比がなんともトリック映像のようだ。

 まま、金門橋の下は、カグヤより小さいとはいえ三〇〇メートル級の原子力空母も通れる大きさなので、とりあえずはなんとかなったようだ。

 カグヤも水上航行しているとはいえ、浮力で航行しているわけではないので、喫水も沈めたり浮かしたりしてなんとかやっていた。いざとなればもうここはザバンと水上から出て、海上数メートル空中を浮いていればいいという話もあるわけで……なんとかなるだろうと、そんな米国入国であった。




 ………………………………




『やっと着いたデスねぇ~。ここがアメリカ国ですかァ~』


 フェルさん壁際スクリーンに寄って、サロンから外の景色を眺める。今丁度ゴールデンゲートブリッジをくぐり終わったところだ。これからサンフランシスコ湾に入ろうというところである。

 イゼイラ人にとっちゃ同じ惑星内で、一〇時間近くかけて移動するという感覚があまりないので


『チキュウという星が、どれだけ大きな星かと思っちゃいましたですヨ』


 なんとも地球が木星ぐらいの大きさに感じるわいなと、コロコロ笑っていたり。


「はははは、まぁなぁ。イゼイラなら、星の裏側行こうと思やぁ転送機でアっという間だもんなぁ」


 と柏木がフェルの意見に同意する。


「ダストールでもそうですよ」と多川が言うと

『ウム、ダガ、ノンビリ出来テ、悪クハナカッタゾ』とシエ。


『ですネ、シエの言うとおりです。私もこういうのんびりサンな旅は好きですヨ』


 と、そんな感じで緊張感もなく、まま和気藹々。

 ティ連人は、所謂ビジネスとしての『移動』と、風景を楽しんだりするレクリェーションとしての『移動』は、感覚的に全く別物のようなのである。なので、かように『仕事』で同じ惑星内で一〇時間以上も乗り物乗っているという感覚が大変に新鮮なのだそうだ。


 湾内に入ると、柏木はとある小島を見つけて指を指し、向こうで他のスタッフとワイワイやってるセマルを呼ぶ。


「セマルさんセマルさん!」


 何事かとセマルが飛んでくる。


『ハ、なんでしょうファーダ』

「ほら、セマルさん、あの小島」

『ン~? あの島?…………』と、その小島をマジマジ見るセマル。すると「アッ」と手を打ち『アレは、アルカトラズケイムショ遺跡デスね!』

「はい正解~ って、はは、遺跡というほど古くはないけどね。さすがイーストウッドファンのセマルさんですね」

『イエイエです』


 と言いつつドヤ顔のセマル。

 するとフェルが


『ケイムショ? 犯罪者収監施設跡なのデスか? そんなのがドウして有名な施設なのです?』


 柏木は、このアルカトラズ刑務所が、かような場所にあるので脱走不可能な刑務所として名を馳せており、そこから脱走するという実際に起こった事件を元にした地球で有名なフィクション作品があると説明してやる。

 セマルは、治安担当が本職なので、参考のために観たこのDVDが面白くてハマってしまい、何回も観たという。


『……でも、母国イゼイラや、ティ連の殆どの国では、仰るような脱走などということはまずありえませんから、そういう点でもチキュウの犯罪者取り扱いがどういうものか、アノ作品はそういう点でも参考になりましたよファーダ』


 すると、元自治局局長のシエも話に混ざり


『ソウダナ。我々ティ連人ノ、チキュウデイウ「懲役刑」トイウモノハ、所謂「生体機能停止刑」ヤ「冷凍睡眠刑」ニ相当スル。ソレニ付随シテ、人格矯正処置刑ナドガアルカラ、コウイウ形式ノ、犯罪者ニ労役義務をヲ課シ、一般社会カラ隔離スルヨウナ形ノ収容施設ハナイナ』

「そうなんですか!」


 と柏木が驚いて聞く。さすがの柏木といえど、まだティ連やイゼイラの刑事罰等の全てまでは知識としてない。死刑制度がなく、代わりに人生や人格に死ともいうべき時間的な体罰を与える刑はあると以前会談で少し聞いた事はあったが、そういった刑罰が懲役のような罰則にも及ぶとはさすがにまだ知識としてはなかった。

 考えてもみれば当たり前の話で、ハイクァーンやゼル造成が主流で、貨幣経済社会でない彼らに、労役を罰則として与えることにはあまり意味が無い。なのでそれもある意味当然かとも思う柏木大臣。


『マサトサン。当初私達が地球を調べた時、この件では、なんとも非効率な犯罪者の取り扱いだと頭捻っていたモノなのですが、なるほど犯罪者を処分する上で、私達のような技術を持っていないとなれば、かような形にならざるを得ないかと、そう思ったこともあるですヨ』


 つまり、地球社会においてもティ連社会においても、その刑罰の本質とは『価値を代償として支払う』と言う事なのである。

 ではその罪に応じた価値を犯罪者に供出させる時どうなるかといえば、貨幣社会の地球では、懲役という形になるのだろうし、ティ連社会では、生きる目標そのものに個人個人が価値を見出す社会であるから、『その存在がその時代に存在しえる意味』が価値となる。なので、彼らにとっては自分の事を誰も知らない世界というものは、耐え難いほど、それこそ死んだほうがマシなほど苦痛な世界なのだ。しかも元あった人格まで人工的に変えられては、それは自分の価値そのものが死んでいるものと同じである。

 ある意味、死刑よりもキツイ刑罰かもしれない……それが彼らの社会では普通なのである。


 彼らも、このヤルマルティア計画成功以降、そういった刑罰の概念にも発達過程文明的手法を取り入れようという動きが司法界でもあるようで、今まで懲役と名が付けば眠らせまくっていたティ連の刑罰手法でも、逆に軽犯罪程度のものなら、日本の刑罰を参考に「懲役」という労役を課す概念も導入し始めているのだとセマルは語る……とそういうセマル君も治安部門担当な視点で、発達過程文明を研究していたりするのだが、そこがそれ、何かにハマってしまうと何とやらというやつで、セマルの場合はそれがウエスタン方向に行ってしまったりするわけで、柏木が自分の若かりし過去とその姿を重ねて細い目をし、頷いていたり……


『マサトサン。何をニヤニヤして頷いてるデスか?』

「んあ? あ、いやいやいや、なんでもないよ、うん」


 嫁に奇異な目で見られる柏木。

 と、そんな四方山話をしていると、艦はサンフランシスコ湾のとある地点で停止する。

 ブオーっと地球船舶特有の霧笛な音鳴らして停泊。錨を降ろす。って、実際に錨を降ろすわけではないが。

 喫水は大丈夫かという話になるが、カグヤは水面に浮かんでいるわけではないので底が着きそうになったら高度を調整して若干浮かび上がってみたり。そんな感じ。

 南にはサンフランシスコの摩天楼が見え、隣にオークランドの街。東にはバークリー、北側にリッチモンド。

 柏木としてもTES時代に何回かきた懐かしい街。ただ、海側から陸を望むのは彼も初めてだ。

 停泊後間もなく、陸からなにやら飛行物体が飛んできた……双眼鏡で見ると、深いカーキに二本の白線を引いた……大統領専用Vー22オスプレイだ。護衛のヘリを伴っている。

 見る間にカグヤへ接近すると、イゼイラ人誘導員が甲板で指示を出す。

 オスプレイはローターを斜め上に向け、見事な超短距離着陸を見せる。

 普通ならヘリコプター同様にVTOL着艦というところなのだろうが、なんせカグヤはバカでかいので、若干の走行を必要とするオスプレイお得意の超短距離着艦も可能なのだ。

 オスプレイの無事着艦を見届けると、護衛のヘリはどこかに去っていった。まあセキュリティに関しては、カグヤにいるかぎり安心安全ではある。そこは間違いない。


「いや〜 やっぱいい飛行機だねぇオスプレイは」


 柏木の偏った知識ならではの発言である。まま日本では落ちるだの落ちないだのと煩い話題の航空機だが、この機体の特性を知っていれば、オスプレイ自体は何の問題もない素晴らしい機体だということが理解できる。

 このオスプレイという機体。実は人類史上初の技術的特性を持った機体なのである。それは自然界の『鳥類』とまったく同じ飛行方法を持つ機体なのだ。従って単純に「ヘリコプターと飛行機の間の子」という機体ではない。なのでそういった『間の子』感覚や、認識で操縦するパイロットがいるから事故を起こすのだ。実際その通りである。

 逆に言えば、この機体が「鳥と同じ挙動で飛行する機体」という、既存の航空機とは全く違う特性を持った機体だと熟知したパイロットが操縦すれば、それは素晴らしい性能を発揮する機体となる。それぐらい特殊な機体なので、パイロットの養育・育成・練度向上が一番重要な機体であるのが、オスプレイという航空機なのである。


 と、そんな知識を頭の中で反芻し、素人気分でオスプレイの着陸を見ていると、後部に衛士が並んで捧げ銃の姿勢をとる。


『マサトサンは今回任務のボスサンなんでスから、早くあのヒコーキのところに行かないと』

「そうですよ柏木さん。さぁ行きましょう」


 そりゃそうだと思う柏木大臣閣下。フェルと藤堂に促され、オスプレイ後部ハッチに向かう。フェルは無論柏木大臣の副官ということで。藤堂はこの船では副長であるが、双葉基地の司令官だ。そういう点では今いる特危隊員の中では一番偉い。


 柏木は、堂々とした態度で、捧げ銃する隊員を横目にジョージ・ハリソン大統領を迎える。

 ここで、通訳は白木と言いたいところだが、彼はハリソンがカグヤ艦内をNASA職員や米軍より先に見学するということで、その準備に麗子と田中さん共々で奔走してたりする。なんせカグヤに乗ってるスタッフは限られてるからして、みんなできる作業を分担してやらないと、という感じ。


 ということで、柏木もPVMCGの翻訳機能全開で大統領と会話をしていた。


「いやはや、いつ見てもそのデバイスの翻訳機能はすごいですなカシワギ大臣閣下。いや、殿下とお呼びした方がよろしいですかな?」

「いやいやいや、ご勘弁を大統領閣下。もうその話でいじられるのはコリゴリです。ハイ、むはは」

「フェルフェリア閣下も、相変わらずお美しい。今日は色々とお世話になります」

『イエイエですファーダ・ハリソン。私達ティ連人も少しの間お世話になりまスから、よろしくおねがいしまス』

「で、貴官がSCSDFの基地司令と発表があった……」

「ハ、少将の藤堂正道と申します。お初にお目にかかります大統領閣下」


 とそんな話で諸氏握手なぞ……ちなみに将補という階級は、准将とイコールではない。一般軍隊の少将に相当する階級なのだ……

 藤堂はきれいなネイティブ並みの英語で対応する。さすがは将補だ。彼に関しては、大統領と一緒に来た参謀本部幹部が知り合いだったようで、彼からもハリソンは紹介を受けていたようだった。

 ハリソンは、先の国策結婚式に招待されていたので柏木やフェルとも面は通っている。

 かの時でも、PVMCGの翻訳機能を見て、超大手検索サイトや果実マークの翻訳ソフトが吹っ飛ぶと冗談めかしに言っていたが、ハリソンが帰国した後、即行で両社から業務提携の話が日本政府やヴェルデオの元に来たと言う話。もちろん丁重に断ったそうだが。


 柏木達は、ハリソンや側近達。即ちリズリーや補佐官らとそんな感じで挨拶を程々に済ませると、彼らを誘ってその脚でカグヤの中へと向かう。

 捧げ銃するティ連人隊員や、日本人自衛隊員にハリソンはピシっと敬礼しつつ、その場を離れる。やはり流石は米国大統領だ。こういうところは素直にカッコイイと誰しも思うだろう。

 で、ブリッジ入り口の艦内転送機に入る諸氏。何も知らないハリソン達は、甲板からの入り口に、今入ったと思った瞬間、一瞬にカグヤのサロン区画に飛んできたので、正味目をまんまるにして、リズリーともども驚いていた。他の補佐官諸氏も同じく。SPもこれまた同じく。

 とはいえ、先の柏木結婚式に招待された際、転送装置の驚異自体はハリソンもリズリーも経験済だったのだが、まあこればかりはそうそう『慣れる』という感覚に達するまでには時間を要するだろう。

 なんせ前回は施設単位の建物の中だったわけだが、今回はいくらデカいとはいえ、一介の艦船だ。そんな艦船でもかような転送機が普通に使われていれば、そりゃびっくりもする。

 転送先のサロンでは、白木や麗子に田中さん、セルカッツにシャルリも待機していて、先日のグレーム・レイク基地以来の再会を喜んでいたり。


「ん? ミスター・シラキ。ミスター・ニイミは、今回いらしゃらないのですかな?」

「はい大統領閣下。新見は別件で今回は……」


 適当な理由で誤魔化す白木。コクと頷くハリソン。まぁそういうこともあるだろうと。

 だがその当の新見さんは、ドノバン大使やら、その他各国大使の相手、でもってかの方のお相手で手一杯。これはこれで結構忙しかったりする。特に『かの方』に新見氏はメチャクチャ気に入られているので、離してくれないんだとか。新見の仕事も積極的に手伝ってくれているそうで、そういう点で新見自身も大助かりという話。

 あと、精死病の治療法が解明できたとはいえ、更なる治療の効率化研究や、例のナヨ帝オリジナルの、弟子達の子孫が関わっているNPOへの対応もあってので、もうかの方とお互い専属状態同士という話で、張り切っているそうな。


 ……ということで、日米担当閣僚、首脳会談といったところだが、ここはカグヤのサロンである。

 普通なら、長いテーブル挟み、小さい国旗を真ん中におっ立てて対面で話すところを想像するが、マスコミも入っていないので、そこらへんは形式ばらずに済む。諸氏ゆったりソファーに座って、飲み物と菓子をつまみながらの会談となる。

 カグヤ側からは、柏木にフェル、セルカッツ。藤堂に白木、麗子、田中さん、そしてシエに多川、大見、久留米、シャルリが代表として出席。メンツ的には申し分ない。

 米国ホワイトハウス側からは、ハリソンにリズリーと補佐官軍団に参謀本部幹部である。

 会談の内容は、米国のプロジェクト・エンタープライズに関係する協力と、その協力に見合った、ヤルバーン州のビジネスな話だ。具体的な実務内容は、担当者同士で行われるので、今日は米国大統領のカグヤ視察も含めたそのあたりの事前会談だ。


「……大統領閣下。本気でアメリカの技術だけで、かのサマルカさんが譲渡した設計図、完成させるつもりだったのですか?」

「もちろん当初はそのつもりでしたよ柏木大臣。これは冗談ではなくね。それが我が国のやり方です」


 ハリソンは、堂々とそうだと言ってのける。


「私も詳しい話は学者や技術者ではないのでわかりませんが、科学者達が言うには、ミス・セルカッツから頂いた図面や資料の学術的記述に関して『理解』はできるそうなのです」


 そうハリソンがいうとセルカッツが驚いた顔をする。


『リ、理解ができる? では公式や理論。組成式などもですカ?』


 セルカッツが問うと、ハリソンはそうだと答える。


『ケラー・セルカッツ。我々も以前、マサトサン達と会談した時、似たようなお話がでましタ』

 

 そう、イゼイラでの、ヤルバーンが機密としていたことを全開示した時の会談ででた話だ。

 それを結果として見せられれば、彼らに比べて遅れた科学の地球人類も、SF作品のように想像や連想することはできるから、そこから色々発展させて『理解』はできるのだと。

 ハリソンは続ける。


「ただ、やはりそれを実際に形へ成すとなれば、そこからはもう物理的な話です。色々な問題……いや、問題や障害以前の話も出てくる。ハハ、まぁそこのところをフェアに……」


 そういうとハリソンは人差し指と親指を合わせて、欧米ではお金を表すジェスチャーでスリスリと擦り、


「ビジネスでなんとか、というところですよ。今回私はNASAや軍から『仕入れ』を任されているという次第です。ははは」


 案外現実的な話だ。今回学者連中は、大統領閣下を営業でコキ使ってるわけである。

 でも、トップセールスという言葉があるぐらいで、大統領が財界の親分をまたぞろ引き連れて営業まがいな外国訪問なんてのはザラにあるわけで、二藤部だって米国でそれをやったことがある。そこのところはそんなものである。どこ国のトップだってやる話だと。

 で、今回は学者連中からアキハバラで買い物してこいと言われたと、ハリソンは苦笑いだ。


 先だって日本政府はそういう事もあって、米国から資材、部材、機材、試作制作、技術指導など、プロジェクト・エンタープライズで必要とされる日本やヤルバーン州に依頼したい諸々の目録の、見積もりを受けていたのである。で、今日ヤルバーン州側が、その見積金額を提示するのでハリソンもやってきたというのが今会議……というか、ミーティングの主要議題というわけだ。


 で、柏木はヴェルデオから預かった見積書を渡し、ハリソンにその金額を提示した……綺麗なイゼイラ様式で彩られた封筒をペーパーナイフで切り、中からこれまた綺麗な紙ともなんともつかない「紙のようなもの」に印刷された英語で書かれた文章を見る。

 ハリソンとしては内心ドキドキだ。なんせ例をあげればスペースシャトルプロジェクトが始まった時、その予算は七五億ドル。日本円にして約九二〇〇億円だ。ほぼ一兆円である。

 で、今回はサマルカ技術で正味あんな宇宙船を、しかもエイリアンテクノロジーで製造しようというのだ。どんな金額になるか……それでなくても国家予算が最近デフォルト寸前な感じで議会ともめにもめまくってた事もあった昨今。あまりに非現実的な金額だと、あんなことやこんな事を日本に要求して、また丁々発止やらないと…………とかそんな事を考えつつ、書類を一瞥するハリソン。

 横からリズリー他補佐官軍団に、参謀本部幹部も書類を覗き込む。


「…………    ブッ!」


 ハリソンがその金額を見て、思わず口にカップを当てていたイゼイラ茶を吹いてしまった。

 その金額、なんと


「は? 二億五千万ドル……ですって!?」


 二億五千万ドル。日本円にして、約三〇〇億円だ。ちなみに、原子力空母一隻の建造費用は四〇〇〇億円である。これには核燃料費用も含まれる。で、海上自衛隊いずもの価格が、一二〇〇億円で、イージス艦あたご型が一五〇〇億円だ。


 この見積もり金額の内訳は、火星まで行く宇宙船で、サマルカの設計を踏んだ相応の大きさを持つ宇宙船の外注建造協力費のようなものである。その『高度建造資材費コミコミ』で、完成となるまでサマルカさんがもれなくサポートして、三〇〇億円ポッキリである……ハリソンは思わず「安っ!」と言いそうなるが耐えた。


「い、いやこの金額……本当にこれでいいのですか?」


 するとセルカッツが答える。


『ハイ、ファーダ。間違いありません。ハイクァーン使用料に、資材合成料。元素変換料に技術指導料と、ジンケンヒ? というものを含んで、それぐらいでいいのではないかと、日本国ザイムショウの方々や、キギョウ関係者の協力も得て、算出いたしましタ』


 すると、麗子が割って入り、流ちょうな英語で


「大統領閣下。そのお見積り金額は、我がイツツジが検証させていただいておりますわ。田中さんのところもでしたわよね?」

「はい常務。OGHの方でも検証させていただいております。ほぼ間違いのない金額かと」


 財界では有名な麗子と、前回グレーム・レイク基地で颯爽と登場した田中さん……米国が裏をとったら、とんでもない経歴の人物とわかって、急にマークし始めたわけだが……彼女らの見積もり価格検証もあっての話で、計算ミスや、ふざけた価格ではないと理解できた米国側諸氏。お互いウンウンと頷いて、安堵の表情を見せる。

 白木に後で聞くと、これでも相当ボッたくってる金額なのだという。そりゃそうだ。はっきり言えば資材費だけで言うと、その気になれば件の産廃施設で出来上がる金額でいけるかもしれないのだ。正味資材費の元手はタダみたいなものである。そもそもハイクァーンやゼル技術を使うわけであるからして、そんな程度のコストなのだ。この金額でも、ヤルバーン州的には大儲けである。ヤルバーン州民に支給する円やドルが増えて万々歳だ。つまりその円やドルでヤルバーン州民が日本でお買い物して消費してくれるので、日本としても景気が良くなってありがたやという話である。日本もちゃんと得するのである。

 値切ってきても、まあ二〇〇億円ぐらいまでは負けてやろうと思っていたが、あまりに破格の安さなので、さすがに米国も値切ってこなかった……あまりの想定外な金額だったのだろう。


 もちろんこの金額で宇宙船ができるわけではない。あくまでヤルバーン州に対して米国側が支払う『外注費』分であるからして、そこに国内での経費諸々がひっつくわけなので相応の費用はかかるのだ。

 米国側の試算では、今回の見積も含めて、恐らく原子力空母一隻分強程度の価格でできるのではないかと試算しているようで、かなり喜んでくれたようである。

 原子力空母一隻程度の価格で火星まで最短距離で一日か二日で航行するような汎用宇宙船が手に入り、しかもノウハウまでも入手できるのだ。これはもう破格としか言い様がない。この結果に米国側も興奮気味である。


 米国陣営は特に異議を唱えることもなく、見積もりを受け取る。とはいってもこの見積書はあくまでこの会談用の概要書であって、追って正式にヤルバーン州政府から提示があるということで、本日の会談記録をとる。金額の変更はまずないだろうとそんなところ。


 結局米国がなぜに値切りに出てこなかったかというと、言ってみればヤルバーン州政府や、サマルカのご機嫌を損ねないようにするためである。実際安い値段提示して、もっと安くしろといわれたら、普通は誰でも機嫌を損ねる。だがこれまでの米国はそれを他国へ平気でやるのだ、普段は……なので米国相手、いや米国に限らず外国相手の商談では、ふっかけて落とすというのは当たり前のことなのだ。

 ハリソンはこの金額を議会にかけて承認を得なければならない。そこでまた民主党と共和党がスッタモンダやらかして、別に反対でもないのに、別件の問題を認めさせるために反対と言ってみたりと、民主主義ゆえの面倒くささ乗り越えて、彼は議会の予算承認を得なければならない。ご苦労な話である。

 とはいえ、今回ばかりは野党もなんだかんだで予算を承認するだろう。しなかったらこのプロジェクトは終わりである。イコール、サマルカさんとこと切れる。以降、ティ連技術の研究に大幅どころか、云十年単位の遅れが出る。そうなるとぶっ叩かれるのは今度は野党の方だ。野党もそんなのは御免蒙りたいだろう。ということで、まあ、若干の形式的なスッタモンダあれど、恐らく予算案は承認されるだろう。


 ハリソンは、満足そうに柏木ら日本スタッフと立ち上がって、握手し、めでたくヤルバーンも三〇〇億円を頂戴することに成功する。WIN-WINのビジネスとは、こういう事を言うのである。

 で、ハリソンらは、その後、カグヤを見学する。メインブリッジで、ティラス艦長らと面会し、握手。

 そのまるで赤い制服着たハゲ艦長が出てきそうなブリッジに驚く。おおよそ軍用艦なイメージのブリッジではない。更に言えば、かの変なメーターで埋め尽くされたようなブリッジイメージでもない。

 ティラスは、スタッフを紹介しつつ、機能を色々説明して回る。

 もし、米国のプロジェクトな宇宙船が完成すれば、基本はこのカグヤのブリッジにある構造とさほど変わらない。なので、参謀本部の連中も、色々とメモを取っていた。デジカメの撮影もOKしてやった。特段撮影されたところで困るようなものもない。

 格納庫にも案内。今回の訪米ではカグヤとの演習も予定に入っているので、格納庫の兵器へ近づくことは許可しなかったが、遠目で見学することは許可した。

 それはもうやっぱり一番目を引くのはヴァズラーにシルヴェル。旭光Ⅱに旭龍だ。フォーラ・ベルクⅢ型は、御御脚が出ないとさほどインパクトがある機体ではない。今はまだおとなしくといったところである。

 ここの写真撮影は許可しなかった。さすがに格納庫はちと不味い。


 ハリソン達米国勢は、見るもの全てが珍しかったのか、矢継ぎ早に質問をフェル達に浴びせる。

 ちょっとそのサマが鬼気迫るものもあったので苦笑しつつ引いてしまったり。そりゃそうだ。米国人はアメリカ・イズ・ナンバーワンで今までやってきた。全ての世界標準を米国主導でやろうとしてきたのに、このカグヤだ。もう日本のみは別格の世界へ行ってしまった訳であって、それは鬼気迫るものもあろうかと思う。

 以前、魚釣島事件があった前後、米国は日本を鉄壁の要塞とみなしたという話もあったが、これは鉄壁の要塞どころか、別の宇宙がそこにあるぐらいの認識を持たなければならないかもしれないと、そんな風に思う米国諸氏。ハリソンは色々側近たちと話しているようだ。

 結局ロシアや中国が危惧していたのは、今ハリソン達が思っていることで、それが自分達に、牙をむかないかということなのである。

 それは軍事的な事由にとどまらず、経済、科学、周辺諸国に及ぼす影響等々そういう全ての事を含むのだ。おまけにこの二国はほんの隣国である。まだ日本はともかく、ヤルバーン州は彼らにとって、本当にかなわん存在だろうと、これは柏木達でさえ客観的に見てそう思う。


「……では、カグヤ乗員の方々が、本土へ上陸される場合は、このIDをお持ちになって、ヘリなり、その……デロニカ、ですか? それでサンフランシスコ国際空港か、もしくはオークランド国際空港へお寄りください。特別搭乗口を手配させていただいておりますので」


 柏木達クルーは、ハリソンの従える補佐官の一人から、ティ連人の米国上陸手順について説明を受ける。転送で上陸してもよいが、その場合は事前に通知してほしいと言われた。

 日本人勢は、外交官特権があるので、港湾、空港など税関があるところで入国する際は、基本顔パスだ。

 そのあたりの説明も受け、補佐官の一人が連絡員としてカグヤに残る事となった。女性補佐官のようだ。

 その一人を残して、ハリソン達はオスプレイで去っていった。


「……カシワギ大臣。私は大統領補佐官ティエルクマスカ問題担当の、スーザン・レイスです。よろしく」


 ポニーテールで見るからに快活そうな典型的アメリカ美人な、白人女性が、ピっと柏木に手を指し出し、挨拶をする。


「はい、よろしくお願いいたしますレイスさん」

「スーザンで結構ですわ、大臣閣下、フェルフェリア閣下もよろしくお願いいたします」

『はいでス。よろしくお願いしますネ。ケラー・スーザン』


 フェルもティ連敬礼でご挨拶。


「これからわが国で色々な場所にいらっしゃる事になると思いますが、私はその間、ずっとこの船に駐在させていただきますので、お声をかけていただければ色々便宜を図らせていただきます」

「え? ずっとですか? そりゃ……お疲れになりませんか?」

「ええ、その点はご心配なく。交代要員も用意しておりますので、一時的に私以外の人間が担当する事もあろうかと追いますが……こんな面白い任務、誰が他の奴にやらせるかって話ですよ閣下、ウフフフ」


 要は、好きでやってるので、気にしなくていいという話。なるほどと笑う柏木にフェル。


「では……あ、シエさ~ん!」


 少し離れたところにいたシエを呼ぶ。すると、小走りでやってくるシエ


「オーマイ! も、もしかしてキャプテン・ウィッチ!?」

「ええ、そうですよ。あ、きたきた」

『ドウシタ、カシワギ。デートノ誘イカ? フェルノイル前デ堂々とト不倫ノ誘イトハ、ナカナカヤルナ、カシワギ』

「あ……あのね……シエさん……はは……」

『モウ! また心の声を捏造シマスよシエ~~』


 フェルの最近編み出した対シエ用攻撃技。ピンポンダッシュならぬ、捏造つぶやきダッシュ。なんかわけのわからない技を覚えたフェル。何を言ってんだかと諸氏笑うが、スーザンはそんなフェル・シエジョークにも興奮しっぱなしである。


「ミ、ミス、あ違った。ミセスでしたっけ? ミセスシエ、よろしく、わ、私は……」


 どうもスーザン、シエの熱狂的なファンなんだそうな。握手してもらってメチャクチャ嬉しいらしい。欧米でのシエ人気は日本以上に相当なものだと聞いていたが、こんな大統領補佐官までもという話なら、その通り相当なものなのだろう。


「あ、シエさん。彼女が連絡員になっていただける方だそうで、お部屋までご案内していただけますか?」

『ウム、了解シタ。デハスーザン、ツイテキテモラエルカ?』

「は、はは、ハイ……ワオどうしよう。キャプテンが私を部屋まで案内してくれるなんて、嘘みたい……」


 なんかブツクサ言いながらモデルウォークなシエに連れて行かれるスーザン。とはいえ、これで米国滞在体制は整った。後はカグヤ諸氏、各々の任務開始というわけである……とはいえ、今日はもう夕刻で、明日からという感じ。カグヤクルーは残務を片付け、各々プライベートな時間に入る者もいれば、これからシフトで仕事に入る者もいたり、そんな感じ。


 米国政府はサンフランシスコ湾でのカグヤ滞在に関して、マスコミ各社へカグヤ上空でのヘリコプター等の取材飛行を全面的に禁止した。これはテロ防止という側面もあるが、米国政府も日本政府からイゼイラのマスコミ禁止法に関して注意してもらうように通告しているのと同時に、カグヤの乗員にとってこの船は『家』なので、プライベートな話もある。なんせ米国側は、今回のカグヤの来訪に関して相当気を使っているので米国らしくない規制が結構多い。そこを米国のマスコミがやいのやいのとこれまた文句言ってもめてたりするわけではあるが。



 ……その夜……


 日も落ちて、街の灯が灯る時、柏木はフェルをつれて甲板に出ようという。


「ほらフェル、あれ見てごらんよ」

『フワァァァァ! これは明るいですネェ』


 サンフランシスコを指さす柏木。

 摩天楼に煌々と文明の灯が灯り、昼間のビル群がまるで光の描画を描くかの如くそびえる光景。

 金門橋も光の描画のシルエットとなり、橋を走る車のヘッドライトが幻想的にそこを行き交う。

 柏木が艦橋を見ると、その屋上に二つの人影。向こうもこっちに気づいたのか、手を上げている。

 どうやらシエと多川のようだ。お二人も艦橋屋上でこの摩天楼を見ているようだ。ままデートというヤツだろう。そういうところ特危は分別さえ守れば、あまり五月蝿い事は言わない。特危の組織母体はどちらかというとティ連イゼイラ軍寄りなので、そっちの風土習慣をベースに運営されていたわけで、そんな艦内文化なのだ。

 やる時はやる。それ以外は肩肘張らない。そんな感じなのがカグヤの艦内。逆に言えば選りすぐりのエリート部隊であるからして、そういった風紀でも仕事ができるのだと言う事もできる。これが徴兵された、どこの馬の骨かもわからない兵士同士だと、その風紀たるやどうなるかわかったものではない。逆に言えば、地球社会における高度に科学技術化された軍隊の、将来の縮図が、このカグヤクルーといえるかもしれないのだ。


 という感じなので、周りを見ると……そこかしことやはり自衛隊員にヤルバーン州軍兵士という感じで、この米国摩天楼を見学しているようである。

 日本でも、東京など大都市部の夜景を『云万ドルの夜景』とか言ってはいるが、なんだかんだ言ってもやはりこの米国が元祖である。そのダイナミックな建造物に自由と民主主義が具現化したようなその光景は圧巻としか言い様がない。

 でも、イゼさんや、ダストールさんからすれば、成層圏まで貫く建物がズバズバおっ立つ星で、こんな風景魅せられても、そんなに面白くもないんじゃないかと思うが、そこはやはり感性の違いというやつだ。


『厳かで、風情がある風景でスねぇ……トウキョウの夜景も荘厳でしたが、アメリカ国のこういった知的生命体の光もまた美しいでス。日本語で言うなら……「シンセイ?」さを感じるですよ……』


 こういう感覚なのだ。

 所謂発達過程文明における知的生命体の歩んだ象徴。自分達が手に入れられなかった知らない歴史、足跡、文化の一つとして彼女たちは見ている。なので、なんとなく憧れチックな表情で見ていたりする。


 ふと周りを見ると、ありゃりゃんと思う柏木。

 意外な事に、わりと……男女にデルン・フリュなカップルで見学している隊員が多い。色々と進展しているなぁと思う柏木。リアッサと樫本も向こうにいるようだ。

 水面に映る地上と同じ光景。おそらく陸ではこの巨艦カグヤを同じように見物する観光客で、沿岸は溢れかえっているのだろう。今回ばかりは見世物になるのも、まぁいいかと思う大臣。これも交流である。 そしてティ連から供与されたとはいえ、海軍旗と銀河連合旗を掲げ、サンフランシスコ湾に浮かぶ巨艦の構図。柏木に限らず、多くの自衛隊員はどう思うのか?……まま、そう思うのかもしれない。

 BGMかけるなら、『二つで十分っすよ』なSF映画で流れたブルースな音楽。

 そんなメロディが似合うサンフランシスコ湾の夜。


 カグヤ米国での初日。まだオヤスミナサイまでは、少しある…… 




 ……………………………… 




 さて次の日。メンバーは各々の任務を果たすために、各自事前に話を通しておいた場所へ向かう。


『ではファーダ。私はこれからサンフランシスコ市の治安部門へ視察に行ってきますス』

「はい。あ~それはわかりましたけどぉ~……」

『? 何でしょうファーダ』

「い、いや、その格好ですが……大丈夫ですか? セマルさん」


 セマルの今の格好、グレーのスリーピースに……以下略。先の通り。


『エ? 何か問題がありますカ? きちんとした正装だと思うのでスが』


 何かおかしいか? と問うようなジェスチャーのセマル君。


「あ、いや、まあ……なんといいますか、う~ん……」


 それ以上はいえない柏木。これ以上言ったらセマルをガッカリさせてしまいかねないし、同じような趣味を持つものとして理解できなくもないのだが、確かにスリーピーススーツだけなら問題ないんだけど、足の履き物にネクタイの種類。んでもってお帽子がちょっちコスプ……


 と、そんな感じでセマル君は、特危のWACスタッフとともにヘリでカグヤへ迎えにきたFBIスタッフとともに視察地へと飛び立っていった。

 FBIのスタッフに「イカしてるじゃないかその格好」とか言われていたり。アメリカ人的にもまだ許容範囲内らしい。

 確かにテキサス州のテキサスレンジャーや、特定の普通の人などは、あんな格好の人いるし~。でも水色お肌な異星人さんだし~とか、頭の中をぐるぐると過ぎりながら


「大丈夫かなぁ、セマルさん」

『何がですか? マサトサン』

「え? あ、いや、あの格好……あー、まいいか……」


 文化の違いとはいえ、あの格好はなぁと思う柏木大臣。オーマイダーリン・クレメンタインだと苦笑い。


 さて、セマルはそんな感じだが、久留米と大見にリアッサは、午前中にやってくる米陸海空軍と、NASAの一部スタッフカグヤ見学ツアーのお相手だ。ツアーが終われば、近隣の海軍基地で大見達とティ連スタッフも含めて、懇親会も兼ねた演習の打ち合わせである。


「……と、そんな感じだ柏木。俺もこんな立場でアメリカくんだりまで来るとはなぁ……」


 ウ~ンと背伸びしながらそんなことを話す大見。


「がんばってねぇ~ オーちゃん」

「フフ、まぁやりがいはあるな。リアッサさんとヘルゼンさん達がしっかりしてくれてるから助かってるよ。お前はあのプロジェクト関係なんだろ?」

「まあね。今回はそっちがメインだし……グレーム・レイクに行ってきますよ。もうドキワクですな」

「で、黒服着た奴らにパシュってやられて、記憶消されてな、ロボトミーされて連中の手先になるんだぜ」

「はいはい。そうならないように気をつけますよ。な、フェル」

『ハイですよ。ご心配なくケラー・オオミ。もしマサトサンにそんなことしたら、その基地を衛星軌道攻撃で吹き飛ばしテ……』

「いやフェル。俺を第三次世界大戦の引き金にしてどーすんだよ」


 とま、かように諸氏各々任された任務へというわけである。しばらくして件の米軍御一行と、NASAさん達がやってきた。

 久留米や大見が丁重に対応。そしてリアッサの姿に驚きつつも、色々と説明を受けていたり。


『ダイジン。そろそろアタシ達もいくってさ。用意はできたかい?』


 シャルリが柏木達を迎えに来た。今回はフォーラでは行かないようだ。甲板にはデロニカが待機していた。搭乗口で白木達が待っているようだ。


「わかりました。んじゃ行くか、フェル」

『ハイですネ。行きましょう』


 諸氏、そういう感じでデロニカに搭乗。本日もサンフランシスコ湾の空は、マスコミさんの航空機がひっきりなしだ。でもってサンフランシスコ市警のヘリと「あっちいけ」だのなんだのと、スッタモンダやりあっているようである。

 デロニカの飛行を警告し、空からマスコミ航空機をどかせる。

 デロニカは機関出力を上げ、空中に浮かび上がる。で、このデロニカは日本人の自衛官が操縦していた。もう日本人も自衛官レベルで機種転換訓練を受けた隊員なら、ティ連の乗り物も操縦できるほどになっていた。

 実際、近々引退する政府専用機B747の代わりに、デロニカを政府専用機で導入する事が既に内定しており、現在ヤルバーン州へ政府専用機仕様を発注中なのである。無論この機体に対して日本政府はヤルバーンに一機一〇〇億円。二機で二〇〇億円を支払う予定である。どっかのナントカ摩擦の影響で、ボロクソ高いジャンボジェットを買わされる事考えたら、破格の安さだ。もし今後、海外で邦人が戦争や紛争の影響で取り残されても、このデロニカ政府専用機があれば、シールドかまして最前線でも突っ込んでいける。日本の国益を考えても、相当お買い得だったりする。


 カグヤのデロニカは、艦載用の輸送機仕様なので、客席区画の広さは最上部1階分しかない。おまけに艦載用として小型化されているので、所謂ヤルバーンからいつも羽田に飛んでくるデロニカとは大きさが少々違う。とはいえそれでも機内というか、船内はゆったりできる広さだ。

 今回、その輸送用デロニカ二機でグレームレイク基地へ向かう。

 このデロニカ二機には、今回のプロジェクト用にハイクァーン機器にゼル造成機。各種シミュレータ機器等々が積まれており、資材の本生産をヤルバーンで行う前の事前資材試験調査の目的がある。もちろんこれら機材で実際の宇宙船製造に必要なものの完成品を作ることができれば、一気にそのまま製造してしまおうという魂胆もある。

 実際、今回同行している工作部隊隊長のパウルは、できれば此度の訪米でおおむね段取りつけてしまいたいという意図もあり、何か色々と考えているようでもあった。


 ポチポチと地球製のノートパソコンでネットを検索するパウルさん。このノートパソコンは、ゼル造成品ではなく、リアルな日本製のノートパソコン。支給金で購入したそうな。経営の神様が作った会社製のノートパソコンである。銅のような色のデザインがお気に入り。ただちょっとディスカール語が入力できるように、ハイクァーン改造していたり。


『…………ん? これは……』


 モニターにいっぱい窓を開いてトラックパッドで消しては開き、開いては消ししているパウル。

 ディスカール語を打つと、すぐさま日本語に翻訳変換されて、検索サイトなどで検索されている。そりゃこんな翻訳機能のシステム、果実会社や大手検索会社は欲しがるだろうと。


『ファーダ・カシワギ。すみません、チョット……』

「はいはいなんでしょう、パウルさん」

『このシャシンの施設? ですか? 廃棄場かなにかですか? ここはいったいどういう施設なのでしょう?』


 パウルは、ネット百科事典にひっかかったある基地の写真を見せて柏木に問う。


「ん~っと? ああ、なるほど、ここはアリゾナ州にあるデビスモンサン空軍基地ですね」

『何やら、使われなくなったフィブニー機動兵器がたくさん放置されているようですが……』

「ええ。ここはですね、退役して使われなくなったけど、もし何か国家に危急の事態が起こって兵器が必要とされる時に、いつでも使用できるよう保管しておいたり……」


 柏木の偏った知識の本領発揮で、そこんとこパウルに説明する。

 旧式になって退役した兵器ではあるが、何かあった場合使える兵器を保管したり、同盟国でまだその旧式が主力として使われていて、本国では生産されなくなったために部品取り用として保管されていたりする中古兵器の保存方法。これを『モスボール保管』というが、そういった保管をされている航空兵器や、もう正味使わなくなった航空兵器を廃棄している基地が、このデビスモンサン空軍基地である。


『……なるほどなるほド。では、場合によってはここにあるガラクタを使っても、特に誰にも文句言われないってことですよネ』

「はは、文句いわれないかどうかはわかんないですけど、まぁ~そんなところですかね」

『フムフム……これは使えるわね……』


 笹穂耳をピコピコさせて、閃いてしまったパウル。工兵職人の頭脳がフル回転する。


「あ、パウルさん。何か考えてるんですか?」

『え? あ、ははは、そうでスね。まぁ色々と……』


 実は事前に米軍が考えたサマルカ技術の宇宙船と、NASAが考えた宇宙船の完成想像図や、設計概要図などをパウルは見せてもらっていた。で、彼女が言うには……その設計図通りに作るのは、まあいい。恐らくヤルバーンが協力すればできないことはないだろうと。但し……


『地球時間で二ネンというのはチョット無理ね~』


 という。なぜなら、両者が出してきた図面に想像図は、まるでプロジェクト名に相応しい「チョットマテ」な図面だったからだ。

 ってか、ある意味これは仕方がない。なぜならサマルカの基本宇宙船設計思想が、所謂円盤型ないしはそれに近い形状だからだ。それに合わせた諸々を鑑みると、今の地球のエンジン概念や、恐らく装備される化学ロケットスラスターやらセンサー配置などなど考えると、そんな工業デザイン的形態にならざるを得ないところはあるのだ。

 だからパウルは、効率よく、なおかつパウルの哲学「美しく」やりたいと思い、色々思案していたそうな。


『ファーダ・カシワギ? お願いがあるんですけど、ちょっといいかしら……』


 無論、そのお願いとは、この基地へ行けないかどうかアメリカと掛け合ってほしいという話。

 彼女はどんな作戦があるというのだろうか?




 ………………………………




 白木達が先般来た通り、彼らはグレーム・レイク空軍基地に到着した。

 今回はテレビでよく見かけるデロニカとかいう宇宙船の登場だ。基地のスタッフに誘導されて滑走路に着陸する。


 柏木とフェルは迷彩服3型に着替えて、実務的な仕事であることをアピールする。実際実務的なわけではあるが、言ってみれば災害などで政府閣僚が作業着着て、現場に入るのと同じような感じである。フェルも迷彩服を着用して、デロニカを降機する。

 グレーム・レイク基地スタッフと……


「ヘイ! ミスター・カシワギ! ミセス・フェルフェリア!」


 親しげに声をかけてくる知った顔の男性。元ISSキャプテンのダリルだった。


「ああダリルさん! お久しぶりです」

『ケラー、その節は……』


 柏木にフェルが握手。久方ぶりの再会を喜ぶ。

 今回のプロジェクトで、ダリルがその経験を買われて、宇宙船船長の候補として名が挙がっているそうだ。


「いやあ、こんな仕事ができて嬉しいですよミスター・カシワギ」

「そうですね。私も今まではどっちかというと機密機密で何かと不便不自由してましたが、今回はきちんとしたビジネスですから、大手ふってってところですね」

『マア、私がアメリカ国まできちゃっていまスから、そういうことですよ、ケラー・ダリル』

「ハハハ。確かにおっしゃる通りで。それでも、アンドレイやブライアンが一緒でないのが、やはり少し寂しいですが……こればかりは仕方ありませんな」

「ですね、いまの国際関係じゃ、どうにも……」

「で、マモルを誘おうと思ったら、あの野郎、ターシャと勝手にイゼイラへ五千万光年、先行してしまってるんですから、もうなんだかね」


 手を横に挙げて苦笑いなダリル。


「いやぁ、それとこれとはまた違いますよぉダリルさん。実は日本政府も今回の『Project Enterprise』ですけど、結構注目しているんです」


 実際その通りだ。

 いかんせん日本はもう銀河連合に加盟してしまい、当初の会談時にティエルクマスカ原器を入手してしまった。そして旭光Ⅱに旭龍。カグヤの譲渡だ。そういう点、ヤル研が色々あそ……頑張ってくれてはいるものの、ある面で日本は銀河連合加盟という形で、恵まれてしまっているところがあるのは事実で、こういう米国の手探りな開発というものも行わないと……という意見は、実のところ少なからずあるのだ。

 ……ということで、日本でも君島重工が中心となり、現在極秘裏に技術習熟プロジェクトとして、ある計画が進行している。だが、これはまだ政府内でも安保委員会の一部しかしらない計画で、まだまだ秘中の秘な計画だったりする。無論柏木は知っている。そういうところもあるので、米国のこの計画は、日本としてもどういう経緯を辿っていくのか、推移を注視していたりするのだ。


 そんな話をしていると、いつの間にか基地からフォークリフトやクレーンが大動員され、デロニカの荷物が下ろされていく。

 もちろんデロニカスタッフも、作業用のデルゲードを持ち出して荷物搬出である。パウル艦長も手伝ってたり。笹穂耳がTシャツ着て、袖をまくり、デルゲードの頭部装甲をガバっと開けてコンテナを器用に降ろしていたり。Tシャツには、大きな筆書きで白地に赤く『妖精魂』とか書いてある……絶対意味わかってないと思う柏木大臣。なんでも後で聞くと、日本のファンからもらったモノらしい。大変気に入っているとのこと。

 実はパウル艦長、この米国でもシエに匹敵するほどの人気者だ。なんせ西洋人からすれば、所謂妖精さんは縁起物であるからして、おまけに別嬪となれば、そりゃ人気も出る。

 こないだなんかは、フランスのどっかの男性から、延々愛の言葉が綴られたキモイ手紙をいただいて、ゴミ箱に捨てたとか。

 この基地でも、現在美人独身ティ連人さんの筆頭株なので、第二・第三の柏木・多川狙いな野郎が沢山いるとかいないとか。ちなみにパウルさん。外見年齢は、地球人比で25歳~26歳ぐらいという話。


 と、そんな感じで荷物搬入が進む中、セルカッツとヘルゼンが、カグヤのハイクァーン造成器でできたマテリアルを転送させる大型転送装置をデロニカの中に造っていた。ここは米国関係者の、無許可な立ち入りは禁止される。セキュリティシールドを張って、侵入者お断りというやつだ。


 と、かような感じで、着々とプロジェクト推進の準備が出来上がっていく。

 と、ダリルと、その他スタッフと話していた柏木とフェルに、パウルが声をかけてくる。

 妖精魂Tシャツに、汗だくになってタオルで体拭きながら、とてもティ連の洗練された異星人さんにはみえないエルフのコスプレしたどっかの建築作業員のようなパウルに、一同なんとなく親近感を覚えたり。


『ねえねえ、ファーダ。あの件、アメリカ国さんに言ってくれた?』

「ああ、そうでしたね。ちょうどいいや」

『? アノ件? それは何ですカ? マサトサン』

「うん、いや、パウル艦長が、ちょっとアメリカで行きたいところがあるって話でね」


 すると横で聞くダリルが


「行きたいところ? ほう、それはどこですか? よろしければ私がお聞きしますが……」

「はい、このパウルさんなんですが、今回の貴国プロジェクトをお手伝いする際の、船体・素材アドバイザーな方なんですよ」

「Oh! それはそれは……」

「で、彼女が今回の宇宙船建造に当たって、利用できるものは何でも利用したいってことで、デビスモンサン空軍基地に何か使えるものがないか見に行きたいって話でして……どうですか? ダリルさん」

「なんだ、そんなことですか。お安いご用ですよ。私は空軍出身ですからね。わかりました。で、ミスパウル。いつがよろしいですか?」

『はい、できれば早いほうが……もし可能なら今日にでも』

「今日ですか……結構お急ぎですね」

『うン。時間も限られてるしネ。できることやっときタいし』

「どうですか? ダリルさん」

「いや、特に問題ないでしょう。あの基地はアリゾナ州だ。飛行機で行けば、そんなに遠いところじゃない」


 するとフェルが


『デロニカには、トランスポーターを積んでいたと思うですから、それで行けばいいと思うですヨ。マサトサン』

「なるほど。んじゃいけるな……ではダリルさん。お願いできますか?」

「わかりましたミスター。では手配しておきましょう」


 ということでこれからすぐにでもパウルの希望が叶うこととなった。彼女は一体どんな作戦を考えているのだろうか?




 ………………………………




 さて一方、サンフランシスコ市警察を表敬視察しているセマル君。なんか一人イゼイラ人のくせに、BGMにバンジョーの音かギターの音が鳴ってたり。

 やっぱ違和感あるよなぁとセマルのお付きになってくれたWACもそんな風に感じてしまう。

 向こうの方で、女性警官が、セマルを見て同僚となにか内緒話をしたり。

 だが、いかんせんセマルは日本人の柏木達が見ても男前なので、白人黒人プエルトリコと、いろんな人種の女性警官がさりげなく見出しなみを整えたり。

 今のセマルの格好、これがそこらの地球人なら「うわぁぁぁぁ」とか「えぇぇぇぇえ」の類だが、これがイゼイランのセマル君だから許されるのである。


 お付きのWACが流ちょうな英語で、セマルの素性を紹介し、よろしく頼むと頭を下げる。セマルもティ連敬礼で丁重に。但し、出向で『外事』にいっていることは話さなかった。これは流石に機密事項である。

 すると市警の警官は拍手に口笛と、まま歓迎されたり。よくこんな状況になると、めんどくさいから誰かに押し付けるというような映画の演出があったりするが、あんなのは映画の中の話。普通はかように歓迎されるものなのだ。

 

 で、彼は市警署長と市長の歓待を受け、署長から、ちょっと小太りの黒人警官を紹介される。今視察期間中の案内役警官のようだ。


「ウエルカム、ミスター。私はダリー・ダンカン巡査部長です。よろしく」

『よろしくお願い致しますケラー』


 ダリーはその水色肌と羽髪に興味津々だ。向こうじゃスマホで写真撮ってる警官がまだいたり。

 もう今では、このティ連人がよく使う敬称、イゼイラ語由来の「ケラー」という言葉も地球ではよく浸透しており、ネットでも流行語的に「お主は~」とか「オマエ」の代わりに昨今「けらー」という言葉が見られるようになってきた。

 なので、その言葉に外国人も昨今あまり違和感を抱かなかったり。


 セマルは、ダリーに市警の中を案内される。何か映画で見たようなあんな雰囲気の警察署内だ。

 っていっても、映画によくあるような、いきなりドパンクなバカが腕を押さえつけられて、わめきながら署に入ってきたり、どうみてもヤクでラリってる奴が暴れてたりと、そんな風ではないにしろ、やっぱり署は色々と忙しそうだ。

 セマルはダリーの説明にコクコク頷きながら、時にはPVMCGを動かして記録を撮っていたりとなかなかに仕事熱心だったりする。

 だが、恰好が恰好なので、署にしょっぴかれてきた容疑者連中の方々に、奇異な目で見られたりと。隣のお付きWACはなんかもうセマルに対するみんなの視線をかえって楽しんでいるようである。


 拘置所を見学した際には、やはり日本も米国もイゼイラも本質は変わらないなと思った彼。

 ここはそんなものだと、逆にそういった知的生命の共通性を確認できたことが収穫だとセマルは思った。


 んで、もしここに柏木がいたら狂喜乱舞して田中さんに説教されそうな場所。署の射撃練習場に案内される。

 今でもドンドンドンと音が漏れ聞こえる。セマルも柏木ほどではないが、特定の地球製武器には興味があるので、是非にとばかりに見学させてもらったり。


「ミスターは、地球製武器の使い方はわかるのかい?」


 ダリーは気さくに声をかける。するとセマルも


『それハもちろんですケラー・ダリー。私もニホンの警察やジエイタイで、地球製武器の使い方は習得しましたよ』

「ははは、そうかい。じゃぁこいつを撃ってみるかい?」


 ゴトリと目の前に置かれるは、スミス&ウェッソン・M29。44口径マグナム弾を使用する『世界一強力な拳銃』とのたもうた刑事がいた有名な拳銃である。

 無論セマルにとっては、神聖な域に達するグッズであった。


『こ、コココ、これはっ! 44口径のりぼるばーケンジュウではないですかっ!』


 そのあまりの驚きようと、妙に詳しいので驚くダリー。ちょっと訝しがった顔をするが、傍にいたWACがフォローする。


「あはは。ミスター、すみません。セマルさんは……」


 件の俳優の大ファンだと説明した。なるほどと手を叩いて爆笑するダリー。セマルはテロテロと勝手にM29をPVMCGに取り込んでいたり。これはそれまでのセマルコレクションにはなかった貴重な武器資料である。ってかさすがにそれは日本で使ったらマズイぞと。外国人スパイ相手にその銃造成して「さあやれよ、楽しませてくれ」とか言うなよと、そんな風に思うWACさん。

 

 で、モチロン試射させてもらうセマル。バァァン!とものすごい音と、自然に肘が曲がってしまう反動にセマルはびっくらこく。


『ひゃぁ~……スゴイですね~ 確かに強力なジュウです』


 よく古い日本の漫画で、銃声の事を「バキューン」と書いた漫画などがよくあった。今じゃこんな擬音はもう死語となってしまっているが、実は実際に生の銃声を撃っている人な主観で聞くと、このバキューンという銃声。間違っていないのだ。

 現代の録音機器では、非常に高い高周波は録音できないのでわからないが、実際銃を撃ってみると、「バキューン」というよりは「バーン!」と「キーン!」という音が同時に鳴っているような感じの音がするのだ。これは口径が大きい銃であれば顕著にそう聞こえる。

 この理由は、弾丸がライフリングのミゾにそって回転しながら銃から飛び出すとき、この弾丸とライフリングがこすれあう音として「キィーン」という非常に甲高い音を発する。なのでおそらく漫画家の誰かがその音をリアルに表現してやるぜ! と思い立ち「バキューン」としたのだろう。


 銃の威力も、流石は44口径だ。現代じゃ、かの生物災害ゲームで有名なデザートイーグル拳銃に見られる50口径AEといった44口径マグナム弾よりも強力な弾丸なんてザラにあるが、それでもやはり「狩猟時に熊に出会った時、咄嗟に熊を相手にできるよう作られた弾丸」だけあって、すごいものだとセマルは思う。ってか気分はあの俳優なので、ちょっとご機嫌なセマル君。


 すると、いつの間にか射撃練習場には、他の警官もわんさと見物にやってきて、セマルの様子をやんやと見物してたり。

 すると、その警官の中の一人が……


「ミスター! あなたの国の武器って、今持っていないのですか?」


 となかなか無茶な事を聞いてくる。


『は、ハァ……ないことはないですが……見せてもいいのかナ?』


 とダリーに尋ねると、まぁ今日は警察で見せるんだからいいだろうということでお許しが出る。

 するとセマルは右手を肩のあたりにかざすと、パァっと掌を光らせて、イゼイラで治安部門職員が普通に装備する拳銃型粒子ブラスターを造成した。

 そのサマに見学の警官唖然騒然。「オオオ!」とどよめきが流れる。

 即座に構えて、キシュシュ!っという音を発しながら、SF映画のごとき光弾を数発発射。

 マンターゲットに命中すると、穴をあけて焦げ目を作り、さらに向こうの金属壁にも環状の焦げ目を作ってたり……びっくらこく警官を前にセマルは……


『我々の国でハ、凶悪ナ犯罪者は、時にパーソナルシールドを展開したり、重装甲兵器でかかってきたりしますので、こういう武器が主流になります……って、エ? みなさん、どうしました?』


 セマルの講義に無意識でコクコク頷く市警の諸氏。ダリーの方を見ると、手を横に挙げて苦笑いだった。

 

 とそんな感じで、なんとなく映画のワンシーンにでも出てきそうな様相の市警なわけだが、一人の警官がセマル達のいる射撃場に慌ててやってきて、事件だと言うと、全員今までのフランクな様子から一転して大慌てで持ち場に戻っていく。


 ダリーも、その警官から耳元で事件の話を聞くと、目の色を変えて、大慌てでもとの職場に復帰しようとする。

 セマルは訝しいがってダリーに


『ケラー。一体どうしたのですか? みなさん急に慌ただしくなりましたガ』

「すみませんミスター。急な大事件で緊急出動がでました。とりあえず署でお待ち下さい」


 そういうとダリーも、その小太りの体に機敏さをみせて、ダッシュで射撃場を出る。


『ケラー・ニシダ? これはどういうことでしょう?』


 付き添いWACな女性自衛官の名前は『西田』という名前だそうな。


「はい、恐らく周囲の会話を聞くに、どこかで大きめの事件が起こったみたいですね。とにかく戻って誰かに聞けば、詳しいことがわかるでしょう」


 そう言うと、二人も急いで玄関前ロビーへ戻り、近くにいた警官に事の次第を訪ねる。

 すると、今放送しているテレビを指差して、あんな事件が起きたので全員出払ったという話。

 その事件は、郊外のスーパーマーケットで銃を乱射している連中がいるという911通報。米国では日本の110番は、911番にかける。

 セマルは腕を組み、口を少し歪ませて、そのテレビニュースを見入る。ダリーの姿が少し映った。

 スーパーマーケットに映るは、多くの警官の姿。正直、あまりうまい具合に事が運んでいるようには見えない。

 近くにいる警官に聞くと、容疑者は五人。その五人は、この地球世界でも相当高度な装備で暴れまわっているという。しかもどうやらテロリストのようだと。

 コクコクと頷くセマル。警官が言うには、『すわっと』とかう高度な武装を施した警官隊も出動したので大丈夫だと……だが、少々警官隊の犠牲が多いような気がしないでもない。セマルとしては、この国の治安はこの国の治安維持機構がどうにかする問題であって、彼はあくまで視察研究に来ている客人なのだ。まさか飛び出して手伝うというわけには……


『あっ! ち、ちょっと待って下さい。テリー!アレを映して! まずいわ……どうやら逃げ遅れた母娘のようです! 知らずに飛び出してきたのでしょう。オーマイガッ! あれじゃ犯人の餌食だわ!』


 テレビカメラは、どうやら逃げ遅れた母娘の映像をズームで負う。

 犯人が放つ銃弾の中、なんとか遮蔽物を見つけ、うずくまっているが、身動きとれないようだ。

 セマルはその映像を見て戦慄する。組んだ腕を思わず解いて、そのレポートに見入る。

 イゼイラ人は家族や友人、恋人を大変大切にする種族だ。この映像はちょっとショッキングであった。

 セマルはいてもたってもいられなくなったのか、VMCモニターを起動させ、衛星軌道で周回している偵察仕様ヴァルメにPVMCGをリンクさせ、警官に詳しい場所を地図で教えてもらい詳細な衛星地形画像を呼び出す。

 ……そのすさまじい精細な、人の動きまでライブな映像で見える衛星動画に警官達はギョっとする。

 委細詳細がわかると、セマルはVMCモニターを切り、WAC西田に耳打ちして話す。


「ええええっ! セマルさん。本気ですか!」

『ハイ。急がないと私の見立てでは、このままじゃもっと犠牲者がデます。すみませんが、ここで待っててください』


 西田も特危WACの端くれ。セマルの半径数十メートルの正義は理解できる。

 フゥと吐息をつくと、頷いてセマルの背を見送る。

 セマルは西田の背中をポンポンと叩くと。正面玄関から外に出る。

 幸い米国はどこも広い。正面玄関から出ると、いきなり飛び出してきた水色肌なウエスタン姿の男に通行人はギョっとするが、セマルは通行人に「離れて……」とジェスチャーをすると、PVMCGを作動させる。途端にセマルは光柱に包まれて、その場から姿を消した……

 呆気に取られるは、通行人市民に、玄関からセマルを見ていた市警スタッフだったり。


 さてセマルさんの活躍は、先の通りであったりする……




 ………………………………




 グレームレイク空軍基地の諸氏。

 着々とデロニカから機材が搬入され、Project Enterprise らしい雰囲気が完成していく。

 大型の転送装置がそろそろ組上がるということで、セルカッツ等技術スタッフがやいのやいのとチェックを入れていたり。そこには点検作業で『妖精魂』のデカい漢字が光るTシャツ着たパウルが奮闘中。


「ミス・パウル! 用意できましたよ! 向こうの許可は出ました。そろそろ行きましょうか!」


 フェルが軍用トランスポーターをデロニカから引っ張り出してきて、飛び立つ準備なんぞをしてくれていたようだ。その型は、イゼイラで防衛総省軍基地へ行った時に見たタイプと同じもの。

 デビスモンサン空軍基地には、フェルに、こういう時頼りになる田中さんにパウル、ダリルと、特危スタッフで向かうという寸法。

 柏木も本音を言うとついて行きたかった。そりゃ大量のモスボール軍用機見て、ヒャッハー気分を味わいたかったが、大臣の肩書きがそうさせてくれない。ちょっとトホホな柏木先生だが、そうも言っていられないわけなので、ここがそれ、まま辛いところ。きちんとしないと、あとで田中さんと麗子の説教ツープラトンを食らってしまう。


 柏木が手を振って、いってらっしゃいと見送ると、フェルもニコリで手を降って返す。

 どうやらトランスポーターの舵はフェルがとってるようだ。SMS操縦らしくVMCモニターを操縦席に浮かばせていた。トランスポーターには流石に『ルーシーサイモク』はないわけであって……

 ダリルもお初のその乗りモノにちょっと興奮気味で、隣の田中さんや 前に座るパウルに色々話しているようだ。


 ……デビスモンサン空軍基地に向かうトランスポーターは三台。 

 グレーム・レイク基地からは、南東に約八〇〇キロの位置にある。航空機を使えば、そんなに遠い場所ではない。

 フェル達の乗ったトランスポーターは、時速約七〇〇キロメートル。 高度二〇〇〇メートル前後を維持しながらデビスモンサン基地へ一直線にスっとんでいく。無論米国市民国民に何事かと思われるのも後々メンドクサイので、対探知偽装をかけての飛行だ。ダリルはその光学迷彩にも驚いていたり。

 これは正直な話、米軍がノドから手が出るほど欲しがる技術だ。これさえあれば、中東への、かのバカども対策で地上軍の投入も容易に可能となる。だからあまり軍関係者の前で、この対探知偽装を披露したくなかったのだが、ダリルならまぁいいだろうというフェルの判断だった。


 ……さて、かようにフェル達は目的地へ突き進む。

 すると早いもので、1時間ちょっと飛ぶと、目的地が見えてきた。

 だが。さしもの宇宙規模な感覚を持つフェルやパウルでも、この眼下に広がる凄まじい景色には目を見張る。さしもの田中さんも目を丸くして上空からその基地を見下ろしていた。無論、特危スタッフも、流石軍事大国米国という迫力をまざまざと見せつけられていたり。

 彼らが見たもの。それは少々大げさなれど、地平線の彼方まで続くかと思われる、モスボール保管されたF-4ファントムに、F-15イーグル。F-5タイガーⅡ戦闘機に、なんと最近まで現役で、いろんなポップカルチャーメカの元ネタとなったF-14トムキャット戦闘機まで、きっちりとシーリングをかまされて保管……とおうか放置というか、モノによっては廃棄というか、そんな感じでまるで現役を退いた航空機の墓場のごとく、ズラリと並んで駐機してあった。他には大型軍用機に、爆撃機、輸送機といった類の航空機まで。爆弾や増加タンクなんてものも、露天の叩き売りの如く、そんな感じで並べられている。さながらその様相は、航空機版大型中古車センターのごとし。恐らく柏木が来てたら、発狂間違いなしだったであろう……あとで見せびらかしてやろうと企む田中さんが、スマホで写真をパシパシ取っていたり……いやはや。ただ、この凄まじい光景には、誰もが圧巻となるのは間違いナシではある。


 諸氏「おお~」などと唸りながら指定された着陸地点に向かう。

 ただ、その中で一人、目を真剣な眼差しにして、上空から何かを目利き吟味するかのように眺めていた。

 そう、パウル艦長だ。


『ン?』

『? どうしましたか? パウル艦長』

『フリンゼ……申し訳ないけど、あの……航空機の上を飛んでくれるかしら』

『ん?……って、はりゃぁ~……アレはまたおっきいフィブニー式飛行機ですネェ……』


 すると横からダリルが……


「ああ、あの機体ですか。あれは我が国の軍が誇る大型航空機ですが、多分予算削減で廃棄になった機体じゃないですかね」


 なるほどと頷くパウル。そしてポツリとこう漏らす。


『あの機体……使えそうね……』



 パウルが凝視するその超大型フィブニー航空機。

 『成層圏の要塞』という意味の名前を持つ機体。その名も……



 『B-52・ストラトフォートレス』だった……




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